俺が美丈夫さまっ? ~幼馴染が好きなのに乙女ゲー主人公にドキドキ~
この世界が恋愛シミュレーションゲームの世界だなんて、俺は信じたくない。
それも、前世のバイトでデバッグをしていたパラメータを上げていくタイプの乙女ゲーム「わたしの美丈夫さまっ!」の世界だとか勘弁して欲しい。
いくら俺「獅子光輝」がジッポン国では珍しい金髪で、ギリシャ彫刻系の顔立ちだとしても、攻略対象キャラクターの一人だなんて、夢だ、妄想だ! あるはずがない!
しかし頭の中でいくら否定しても、状況からしてどうやら現実らしい――
俺が前世の記憶に気付いたのは小学六年生のころだ。
記憶がよみがえった直後、鏡を見て現世はイケメンに生まれて楽チンコースかも、なんてちょっとだけ思ってしまった。けれど、現世をよく思い返してみるとイケメンもなかなか大変だった。
フツメン男子大学生の記憶を持ったからといって、どうにかできるもんなのか? と思うくらいに小学六年生の頃の状況はよくなかった。まあ、楽な人生なんてあんまりないのかもしれないけどな。
保育園時代から俺は女の子にモテていた。女の子の方が男よりませているとよく言うけれど、あれは本当だったようだ。
「みつてるくんはユウナとケッコンするのー!」
「ちがうよ、みっくんはサナのなの!」
「うでがいたいよー! ふたりともはなして!」
彼女たちに限らず、引っ張り合いで俺の腕が抜けそうになるなど当時は日常茶飯事だった。
もちろん誰ともそんな約束はしていない。まあ、ケッコンが何を示すのかもあまりわかっていなかったし、ロボットのおもちゃのほうがずっと好きだった。
「らんぼうなオンナはキライだ!」
「そんな、あたしはみつてるくんが好きなだけなのに!」
「そうだよ、みっくんひどい」
非難した途端、さっきまで腕を引っ張っていた二人が結託する。
「ぼくだって、ただ、キライなだけだ」
「うえーーん、みっくんがいじめる~」
俺も子供だったとは思う。でも、これ以外に怪我をさせずに離してもらう方法を知らなかった。
しばらく冷たくしていると彼女らの興味は運動神経の良い男子に移っていった。
新しい出会いがある度にそんなふうになることが多いものだから、いつしか女というものが苦手になった。男子からも「お前といるとオレがカッコよく見えないからイヤ」などと仲間外れにされることも多く、誰にでもやさしい男子や、一人が好む者と組むようになっていった。
当時の俺は自分が人に優しくするということはトラブルを呼び込むとしか思っていなかったので、同年代の女子に優しくするという発想があまりなかった。たまに年配の人や同性ですらあとを付けられたりするから、優しくすることが怖かったのだ。
そして小学三年の頃には冷たくした女子からの恨みと、男子の嫉妬もあいまって、いじめにあった。
親は俺に対して容姿と、勉強が出来ることにしか興味がないようだったから、殴られたりしない限り相談にも乗ってくれなかった。どうも、俺のことをステータスの一部程度にしか思っていなかったのだろう。学校の集まりにもほとんど来ない親だった。
空手を習わせるからうまく避けろ、何かあっても顔をしかめてシワをつけるな。
そんなことばかり言われ続け、気づけば表情を表すこともほとんどなくなっていた。
相変わらず容姿だけは良くて、母親向け雑誌や子供服のモデルなんかもやっていたから、能面王子なんてあだ名を付けられたこともあったっけ。
そんな時、普通に接してくれたのが隣の家に住んでいた幼馴染の巴だった。
「みっちゃんはいっつも難しそうな顔してるね」
「そう? みんなには表情がないとか、作り物くさい顔だとか言われてるよ」
「そんなの気にしてんの? 私にはわかるけどなあ」
「とも……あ、ありがと」
「みっちゃんったら変なの」
あの時巴は心底不思議だという顔をしてたっけ。
まさに乾いた心のオアシス。俺は巴を女神のようだと思った。
言葉の発し方を忘れずにいられたのは彼女のおかげだった。
そのうち幼馴染以上の感情を持ったけれど、同じようないじめにあったりする可能性を考えて告白できずにいた……いや、それは建て前でただ意気地がなかっただけなのかもしれない。
前世の記憶が戻ってからは、前世の人がバイトや部活で身に着けた処世術をなんとなく使えるようになり、女の子と表面上は普通寄りに過ごせるようになっていった。
元フツメンなのでイケメンが言うと気を持たせるようなこともあったから、慣れるまでは結構大変だったな。
心の中では表面上のことでコロッと態度の変わる女たちが嫌いだったし、男の友人もあまり深くは信頼していなかった。
巴とは相変わらず仲良くしたい、と思ったんだけど俺を好いている女が意地悪をしそうになってからは距離を置かざるをえなかった。
そしていつの間にか前世の記憶は、自分の心を守るための二重人格の一種だとか、妄想だとかそういったたぐいのものなんじゃないかと思うようになっていた。
そうではないと気付いたのは高校卒業後。親への反抗と女子を避けるために入った、地球防衛隊ジッポン国支部の駐屯地に足を踏み入れた時だ。
どこかで見たような感覚、宇宙人に対抗するために能力を得た人たちの髪の毛の色は一風変わっていることがある。
それこそ赤とか青とか緑とか……そしてそんな彼らの中には動物が入った苗字の人がちらほら……
俺の苗字も獅子、ライオンが入っているし、暗い金髪も訓練を重ねるごとに明るくなってきている気がした。
時が立つほど確信を持つ。俺は乙女ゲーム「わたしの美丈夫さまっ!」で一番攻略の面倒なキャラ、獅子光輝だと。
バックグラウンドは似通っている、でも前世では彼は二次元、現世では俺で三次元。違うような、違わないような不思議な感覚だった。
いじめられた過去もすべてこのためだったのだろうか? いったいどこまでが再現されているのだろう?
そして気になるのはゲームの主人公のことだ。
俺をおとすためのパラメーターはスタミナ、筋力、容姿、センスがかなり高め。それと他のキャラより俺への気遣いを四回多くカウントすることとなかなかハードな内容になっている。加えて好感度を上げることも必要だ。
主人公が俺を攻略にかかった時、俺はどうなってしまうのだろう。巴への恋心を忘れいきなり惚れたりしてしまうのだろうか。
せっかく家を離れ、偶然にも巴も同じ進路に進んだというのに。
俺は恐怖と胸の苦しみを感じた。
女性が少ないこの環境。ただでさえ、女はモテやすい。
まして巴は気立ても良く、おしゃれだし、かわいい。
惚れた弱みもあるけれど、黒目がちな目、柔らかそうなほっぺたをしていて、弾力のありそうな魅力的な尻をしている。そこからのびる脚もたまらない。
べ、別に、裸を見たわけじゃない。高校の水泳の授業で見かけただけだ。
とにかく他の男に取られるのは我慢ならない。
主人公とのフラグを折らなければ。
そして、巴に俺を男として意識させる!
これが当面の目標だ。
***
意気込んだものの俺はなかなか巴にはうまくアプローチができずにいた。
さいわい主人公も出てきたりしないが、パラメーターを上げるのに精を出していないか少し心配だった。
その日の訓練は終わり、俺も巴も次の日は休みだった。
宿舎へ向かう途中、ちょうどよく巴が前から歩いてきたので俺は声をかけた。
「やあ、巴。今晩たまには一緒に飯でも食べないか?」
「あら、光輝君、珍しい」
巴は目を丸くして、俺の顔をじろじろと覗いた。
一度距離を置いてから巴は俺のことをみっちゃんとは呼んでくれなくなった。ちょっぴり寂しい。
「いいだろ、食事に誘うくらい」
「そうね……っていいたいところだけど、先約があるの」
まさか、男か? いつの間に。
眉が思わず寄ってしまった。
その時後ろから、うわずった声がかけられた。
「と、トモちゃん、わたし、お邪魔みたいだからまた今度でいいよ?」
「だーめだめ、ツルったら、遠慮深いんだから」
巴にツルと呼ばれた女は妙に既視感があった。そして、この出会い方も。
女は一言でいえば、おとなしい感じで普通、どこにでもいそう。そういう印象だ。しかし、顔のパーツの配置は妙にバランスが良い。
胸がどくん、と高鳴った。
やめろ、やめてくれ!
巴が俺の顔を見たらどう思う。ああ、やっぱり、彼女は――
「あ、こいつは獅子光輝、ちょっとぶっきらぼうだけど、女子には大体そうだから気にしないで」
「はじめまして、巴さんと仲良くしている羽田野ツルです」
――乙女ゲームの主人公。
名前は聞いたことがない。ディフォルトの名前がないゲームだったから。
ゲームでは主人公の顔が出ることがあっても、目鼻立ちは描かれていない。でも、この胸の高鳴りと見たことのある髪色。
この状況はまずい。主人公が巴の友達だとか。
あまり冷たくしたら巴からの評価が下がることだってありうるわけだ。
「獅子です。よろしく」
「ふふ、巴さん、だって」
巴が羽田野に笑いかけた。
「だって、なんか、緊張しちゃって」
「みっちゃんも、もうちょっと愛想よくしなきゃ」
「お、おう」
久々に巴のみっちゃん呼びがでて、俺は顔を赤くした。
あっちも、こっちもドキドキしすぎる。
爆弾処理班のような冷静な心が欲しい。
「二人さえ良ければ三人でご飯行かない?」
巴の提案はまさに爆弾だった。
「「え?」」
「あら、やなの?」
「わたしはいやじゃないけど、そういうことじゃないんだと思うんだけど」
よく言った羽田野ツル。初対面の人と食事なんて何を話したらいいかわからないだけだ。
それに俺は巴をデートに誘っているんだよ!
巴は俺の表情とかには敏感なくせに、感情が自分に向けられているということには、とことん鈍感な女だった。
「食事を通して仲良くなるのもいいことだよ」
こいつ、さっきの表情に気づいて、くっつけようとしてきているのか?
好きな女に女を紹介されるとか、もう、どうしたらいいんだっ。
「そんな表情しなくても。大丈夫だよ、ツルはとってもいい子なんだから」
「えっと? トモちゃん?」
「もう、いいから、行くよっ」
巴に連れられて外に出た俺たちは、駐屯地からほど近いおしゃれな雰囲気の多国籍料理の店に入った。
「獅子君こんなところよく知ってたね」
巴をデートに誘うために、リサーチしたんだけどな。
店内は四人席や六人席もあるが、カップルシート的な前面が壁の二人掛けの席もある造りだ。
あわよくば、そっちに座りたかった。
「二人で来たからこんな席に通されちゃったな」なんて、言って密着したかったんだよ。俺は。
巴の隣に座ったのは俺ではなく羽田野だった。仕方がないので俺は二人の向かいに座った。
「まあ、こういうのたまにはいいかと思ってな」
「さすが上っ面イケメン。中身は不細工だけど」
「うるさいなあ」
「そ、そういえば二人はどういう関係なの?」
「ん? 腐れ縁かな」
「おいおい、腐れ縁ってなあ」
「ま、いいじゃない。私とツルは部屋が隣でね、仲良くしてるのよー」
巴が羽田野の肩に手を載せた。
ああ、俺も巴に触りたいのになあ。などと考えてしまう。
羽田野と巴は相当仲が良いらしく、昼食もよく一緒に取るらしい。
詰むよこれ。主人公さん、頼むから俺にあんまり興味持たないでくれ。
本当にマジで巴と恋愛できないよ。
それだけじゃない。
俺が羽田野にひかれてしまう展開もありうるんだ。さっき出会った時、ドキッとしたように。
加えて条件さえ満たしてしまえば、俺の好感度はすごく上がってしまう。
まさに地雷だ。
俺の地雷探知機は反応しまくり、胸は恐怖とときめきでいっぱいだった。
運ばれてきた料理に手を伸ばす気にもあまりならない。
かろうじてインドネシア風の焼き鳥をかじり、烏龍茶を胃に入れていく。
「光輝君、何かあって私を食事に誘ったの?」
「いや、ちょっと、緊張してるだけ」
「倒れないでよ」
「量は食べてないだろう?」
「そうだけど、珍しいんじゃない? 光輝くんが女子に緊張するなんて」
「いや、こういう店、一人じゃ来ないから」
「またまたー。ツルのこと気になるんでしょ?」
「違うって。あ、羽田野さんは休みの日は何してるの?」
話題替えに羽田野に話題を振った。
だけど、この質問は俺からの印象を変える質問と同じだ。やっちまった!
「わ、わたし? 読書とか、ゲームかな」
返ってきたのは三択のうち、まあまあの答えだった。良かった。現状維持だ。
この女は少なくとも今は俺狙いではないかもしれない。
「ゲームやるんだ?」
「うん、シミュレーションとか結構好き」
「へえ、俺はあんまりだな」
「でも光輝君上手いよね」
「まあな。でも、細かいところまで目について楽しめないんだよな」
前世でバグ探しをひたすらするというバイトをしたから、引きずっているところがあるのだ。
あのころはもう攻略本がつくれるんじゃないかと思うようなレベルでゲームをやっていたようだ。
「でも、こう見えて光輝君はギャルゲー好きでさ」
「え? 女の子とデートしたりするゲームだよね?」
「そーよ?」
こういう見た目だから意外に思われているのだろう。羽田野は大げさに目をまるくした。
「だって、現実の女子、怖いし」
巴が頬をハムスターのように膨らませた。
「私は女子じゃないっていうの?」
「ばか、お前は特別だ」
言ってから気づく。俺、なんてこと言ってしまったんだ。
告白も同然じゃないか。いや、巴は鈍いから気づきはしないんだろうけど。
まあ、羽田野に牽制になればいいか。
「や、やっぱりわたしお邪魔だったんじゃ?」
「だから、そんなんじゃないのよ。一通り食べたみたいだし、そろそろ帰ろっか」
やはり巴には通じなかったようだ。しかし、そこが燃える。
絶対に俺のことを意識させて、付き合うんだ。
乙女ゲームの主人公が登場したからには、強い意志が必要だ。
羽田野にくらりといかないように自分を律しないと。
***
「獅子、お前能力の方はいいんだが、どうも体力がないな」
巴、羽田野とご飯に行ってからひと月ほど経ったころ、その日の訓練を終えると、上官に呼ばれた。
「はい」
「能力と身体のバランスが取れてないんだ。だから、そうだな……」
上官は手を顎に当て、胸ポケットから手帳を取り出した。
「火曜と金曜、訓練後に筋肉のトレーニングをしてくれ。君は今後隊にとって有用だと考えている。手当も出すから、いいな」
「はい」
上官の提案は入って二年目の俺には願ってもない出世のチャンスを匂わすものだった。
基本的に上官の願いは断れないし、ゆくゆくの将来のためにも出世はしておくにこしたことはない。
トレーニングルームには様々な器械を利用して筋トレが出来る施設で、下手なスポーツジムよりも充実しているようだ。
「こいつは獅子光輝だ。知っているものもいるだろうが、面倒を見てやってくれ」
上官は器具の説明を受付に頼み、周囲にいる先輩方にそう伝えた。
「いいわよ。ウン、なかなか鍛えがいがありそうネ」
ひげ面の熊のような男が筋肉を誇張させるポーズを取りながら言った。
「山野下、またアレな言葉遣いになってるぞ」
「アラ、そうだった? ついプライベートの時間帯になるとネ」
「まあ、こいつは口調はこんな感じの時もあるが、トレーナーとしては優秀だ。面倒を見てもらうといい」
「はい」
ヤバそうな男だと思いながらも上官の命令だし、仕方ないかと、あきらめた。
もし、セクハラとかされそうになったら上官に訴えよう。
「じゃあまずは基礎体力の測定」
「四月にやりましたよね?」
「やあねぇ。それからもう半年も経ってるんだから、変わってるに決まってるでしょう?」
そうして測定結果を受けて下半身を中心にトレーニングをすることになった。
半年ほどたち、本当にトレーナーとしては優秀だった山野下さんにも慣れ、軌道に乗ってきた時だった。
「アラ、女の子がここに来るなんて珍しいわネ」
山野下さんが見た方向に目をやると入り口には、羽田野が少しおどおどした表情で立っていた。
「羽田野だ……」
「え? 知り合い?」
「友達の友達」
「ふうん? なかなかあの子も鍛えがいがありそうな子ネ」
胸がドキドキしてきた。
「心拍数あがってるわよ? そろそろ休む?」
「あ、ああ。ちょっと今日は疲れてるのかもしれません」
「知り合いならあの子に声かけてきたら?」
「えっと、はい」
山野下に言われて気づいたら、俺は羽田野の方へ歩いて行っていた。
き、危険じゃないか。
しかし向こうも俺に気づいたようだ。
「あ、獅子君」
「よお、ここに来るなんて珍しいな。何か用なのか?」
「えっと……」
疲れているとろくなことが無い。これも好感度を変える三択の質問だった!
もう、こいつに問いかけはしないことにしよう。切実に。
汗が垂れる。
1、獅子君がいるって聞いて、ドリンク持ってきたの
2、ただ体を鍛えに来ただけよ
3、筋肉って素敵だと思って
ゲームのときは1が好感度ダウン、2がバッチリ、3がまあまあということだったな。
マネージャーとかそういうタイプの人間は苦手ということだ。積極的な女性は苦手なんだ。
頼む、1を、1と答えてくれ!
「ただ体を鍛えに来ただけなんだけど」
うわあああ、きたああああ。
「こ、ここの器具は自由に使っていいらしいぜ。最初にこのノートに所属と名前を書いておくのがルールだ」
「へえ、ありがとう」
羽田野のニッコリ笑顔が恐ろしくてたまらない。
能面の俺が表情を変えている気がする。
羽田野は俺の顔を不思議そうに見ていた。
「じゃあ、俺はトレーニングに戻るから。お前も困ったら周りに聞けよ。強面だけど優しい人ばっかりだからな」
できれば、いなくなってほしいんだけどな。
「はあ……」
「獅子ったら、あの子気になってたりするの?」
山野下さんの所に戻ると妙な動きをしてしまったのに気付かれたようで、ニヤニヤされてしまった。
「いや。知り合いなだけです」
「そう?」
「三次元の女子は怖いんですよ、やっぱり」
「二次元なら何又でもかけれるしネ」
「そうですよ。いや、三次元なら俺だって一途ですけどね」
俺は巴一筋なんだ。
山野下さんは太い首を傾げ、俺の顔を見た。
「イケメンなら大丈夫だと思うけどネ」
「イケメンだってそんな万能じゃないっす」
「自覚してるところが、ムカつくわあ」
「しないと生きていけなかったんですってば」
***
あれからずっと羽田野は俺がトレーニングルームに来るたび来ているように思う。
どうやらここに来る中で最もマッチョな牛尾さんと組んでストレッチをしたりもしているらしい。
いつの間にか下手をすると俺にも迫る勢いで筋肉をつけている。
あれ、大丈夫なのかなあと心配になってしまうのは、強制力か何かだろうか。
恐怖とときめきのごちゃまぜになった感情を彼女に感じ、本当に嫌だ。
ひょっとして俺を狙いに来ているのか?
しかし、俺はチョロい男ではない。厳しい条件を揃えないと攻略できないのだ。
不幸中の幸いだよな。
ある時、いつものようにトレーニングルームへ入ると、珍しく山野下さんがこっちへ来いと、手をひらひらさせた。
「ねぇ、オネガイ。獅子ちゃん、三次元の女苦手なんだろうけどさ、合コン出てくんない?」
「え?」
「アタシみたいなのがでたら、女の子がかわいそうでしょ?」
「そうっすね。山野下さんは既婚者でしたね」
山野下さんはこう見えて既婚者。子供もいるらしいし、奥さんとラブラブだ。そういうこともあって、結構安心して仲良くできていた。合コンに出ちゃいけないのは、そういう問題だけでもない気もするんだけど。
「そうよお、牛尾ちゃんったら設備の方のコにまで声かけてるらしいのよお。若いコ探しといて欲しいっていうじゃない? 他のコには振られちゃってね」
「へえ、俺は関係な――」
「羽田野ちゃん誘うらしいのよお。きっとあの子を誘うならアンタの幼馴染も来るんじゃない?」
「え!?」
俺は山野下さんとそういった話をする仲になっていた。
巴が、合コンで誰かとくっつく、そんなことがあってはならない。
「行きます」
「やったあ」
山野下さんはいい笑顔で牛尾さんを呼んだ。
「牛尾ちゃーん! 獅子ちゃん合コン出るって」
「お、おう、じゃあ女子は集まりやすくなったかな」
牛尾さんはこちらをちらりと見て少しつまらなさそうな顔をした。
「なあに、しけた面してんのよお、あ、獅子ちゃんがイケメンだから引け目感じちゃってるわけぇ?」
「ち、ちがうって」
「大丈夫、あの子ああ見えてシャイなところあるから、アンタの敵じゃないわよ」
俺は確かに気の合う人の前以外では無口なほうだ。
牛尾さんはなにからなにまで筋肉でできてるんじゃないかってくらいの筋肉タイプだ。俺とは全然系統が違うから競合することはないとは思う。筋肉の好きな女子がどれほどいるかは知らないけどな。
正直俺は合コンに行ってもずっと巴と話していたい。巴を男から離したいだけなんだ。
「あ、羽田野ちゃん」
「ツルちゃん今度の日曜日、合コン行かない?」
「え! いいですよ!」
牛尾さんが誘うと羽田野はやる気満々といった感じだ。
牛尾さんはさっきの微妙な表情をそのままに、
「獅子とか、設備の高山君、あと外の一般の人が二人来る予定なの」
と言った。
「じゃあ、私が女子を集めればいいんですよね」
「うん、お願いね」
あれ? 牛尾さんも山野下さんの口調がうつっているような?
まあいいか。
「さ、獅子ちゃんトレーニング始めるわよ」
「はいっ」
山野下さんと一時間ほどのトレーニングを終えると、程よい汗と空腹感がやってくる。
少し休んであと三十分だな。
ぐううううーーーぎゅるるる
腹が大きな音を立ててなった。
ふと周りを見回すと羽田野がこちらを見ていた。
……聞いていたのか。思わず顔を背けてしまった。
足音がする。
「獅子君、飴食べますか?」
「え、あめちゃん?」
「あめちゃんってなんですか」
「あっ」
羽田野が首を傾げた。
俺は少し慌てた。関西生まれの同居だった祖母がいっつも「飴ちゃん、飴ちゃん」っていうからつい、言ってしまったのだ。
「べ、べつにいいだろ、飴の事、飴ちゃんって言ったって」
「案外かわいいところあるんですね」
「う、うるさいっ、でも飴ありがとな」
そこで気付く、これは条件の厳しいレアなイベントだったと。
普段、表情がわからないキャラクターの獅子が腹を鳴らしたり顔を赤くしたりと、前世ではなかなか人気のあるイベントだった。
レアなイベントを多重におこしてバグが出ないか調べる時何度も起こしたような気がする。
こいつ、俺の気遣いカウントを上げにかかってきているのでは?
そう考え、寒気がした。
「汗ちゃんと拭いて、風邪ひかないようにして下さいね」
「あ、ああ。わかってる」
鳥肌はお前のせいだよ!
さらにカウントが上がってしまったことに恐怖を感じながら、俺は相撲取りのようにタオルで顔と脇の冷や汗をごしごし拭いた。
***
次の日。花の金曜日。
合コン前に巴に会って、女神成分を補給したい。そう思った俺は巴を探した。
「とも……」
巴を見つけ声をかけようとしたが羽田野がすぐそばにいた。
くそっ。
「ツル、アンタもねえ、他人をくっつけるの上手くったって自分が男捕まえられなきゃダメじゃない」
「ええ? だって私なんかには無理だもん」
二人は俺に気付いていないようだった。このままそっと離れよう。
「だけど、男見る目は確かじゃん。この間の熊山先輩の特徴だって、藤原さんすっごく感謝してたわ」
「あれは、なんとなくわかるっていうか、占いみたいなものだもん」
「あれだけ俺様なのに食べ物に弱いとか絶対わからないよ」
「たまたま、たまたまよ」
熊山先輩は攻略対象キャラだ。俺様で他のキャラを攻略するときには非常に面倒なキャラである。回避の中で最も良い方法としては知り合いの美人を紹介すること。
ここまでうまくやってくるわ、条件の厳しいイベントを起こすわ。ひょっとして羽田野も俺と同じく前世の記憶、しかもゲームの記憶を持ってる可能性があるのではないか?
気付けばぶつぶつと肌が粟立っていた。
***
ついにやってきてしまった日曜日。
居酒屋に着いた時にはまだ誰もついていなかった。初めて行く場所だからと十五分早く寮を出たのがいけなかったらしい。
「あ、光輝君」
「お、巴……と、えっと、ひょっとして羽田野か?」
「うん、変わるもんでしょ」
なんで巴が胸を張るのだと思ったら、羽田野の衣装と化粧は巴の入れ知恵らしい。
しかし、こうなると俺を攻略可能な範囲になっていないか心配だ。
それとは別になぜか羽田野の顔が青ざめている。
「ツルったら、そんなに緊張しなくても」
「え? ああ、うん。わたしは大丈夫だよ」
そうして合コンは始まった。
そういえば、このイベントは羽田野が俺と帰らない場合、猪狩とかいうストーカー野郎に付けまわされるんだったけか。
かわいそうだけど俺ももう、パラメーターとかヤバいと思うんだよなあ。
かなりドキドキするところまで来ている気がする。やはり羽田野は、前世の記憶を持っているに違いない。
それはそれ、これはこれ。女子の向かいに男子が並ぶ席順になっている。巴に悪い虫がつかないように俺はしっかり巴の正面の席を確保した。
「とも――」
「獅子君はなんか食べる?」
「軟骨」
羽田野め、巴に声をかけようとしたところで邪魔するな。
「皆さんは注文ありますか?」
「おっ気が利くね」
また、気遣いカウントが上がりやがった。いい加減にしろよ。
「巴、お前って酒に強かったっけ?」
「私? まあまあだよ」
「くれぐれもつぶれるようなまねするんじゃねえぞ」
「わかってるってば。みっちゃんこそ」
「あれ? 二人って仲いいのお?」
「幼馴染なんです」
ちらりと横目で羽田野を見ると、積極的に声をかけているようだ。
しかしだ。
あいつ、腕の出る服を着ているもんだからその逞しさに俺と牛尾さん以外の男性陣は引き気味だ。
牛尾さんはその筋肉をじっと見つめていた。もう酔っているのかもしれない。
俺は、巴にばかり話しかけているし、女性陣は普段出会わない他の三人と親交を深めたいようだった。
合コンも中盤を過ぎると俺、牛尾さん、巴、羽田野以外の六人は一応のカップル成立となったようだ。これからそれぞれカップルで飲み直すらしい。
もちろん巴はバッチリ俺がガードしたつもりだ。
「みんなで飲みに行こうか?」
牛尾さんが提案した。
すかざず羽田野が
「トモちゃんと獅子君はどうする?」
と話題を振った。
また、気遣いカウントが上がる。もう、限界だ。
羽田野の考えを暴いてやる。
酒の勢いも加わって俺は意気込んだ。
「羽田野ツル、俺と来い」
合コンはもう終わったし、牛尾さんなら巴の好みとは違うから大丈夫だろう。
俺は羽田野の腕を掴んでファミレスへと引っ張っていった。
寂れたファミレスには人が少なかった。奥の窓際の席に俺たちは向かい合わせで座った。
「羽田野、お前転生者だろう?」
「転生って、輪廻転生の? 仏教的な考え方ならほとんどが」
「ちげえよ、前世の記憶があるだろう」
羽田野は俺の方を見てびっくりした顔をした。やっぱりか。
「ななななんで」
「お前の行動を見れればわかる。俺を落とそうとしているな」
「獅子君も前世で乙女ゲームを?」
質問に答えていない、そう思いながらも俺はうなずいた。
どうやら羽田野は普通のユーザーだったらしい。ハマっていた時期もあったが深く記憶するようなものではなかったらしい。
「で、わたしに惚れたら困ると」
羽田野は不思議そうな目で俺を見た。
「そうだよ」
「惚れそうなの?」
墓穴だった。俺は思わず顔の血流が良くなる感覚を味わう。
「幼馴染が好きだけど……お前も気になる……若干ホラーだけどな……恐怖のドキドキ感がする」
「わたしは……わたしも、困る」
「は?」
「筋肉つけにいってるだけだったから」
「どういうことだ」
羽田野はトレーニングルームを使うことがフラグ立てだということを忘れていたらしい。
そして猪狩というストーカー野郎を避けたかったと語った。
「つまり、記憶があやふやでゲームのシステムに筋力で対抗しようとしたのか」
「ま、まあね」
バカだ。こいつはただのバカだった。バカで良かったよ。いや、バカだから俺が苦しんだとも言えた。
他の奴らのルートたどればよかったのにと言うと、好みではないと羽田野は断言した。
どうやら二次元と三次元には大きな隔たりを感じたらしい。まあ、もっともか。
羽田野も羽田野で筋肉すぎて、選り好み出来るようには見えなかったんだけれど。
「ちなみに、誰も攻略しないルートってないの? 覚えてないんだけど」
「あ~、ボディビルで優勝する」
そう伝えると、羽田野は思ったより悪くないという顔をして
「じゃあ、するわ」
と言い放った。
「だからトレーニングルームにはこれからも通うわ」
「出来れば俺の来ない時間にしてくれ」
恐怖から逃れるためにそう口に出したが、羽田野はきりっとした顔をして断った。
「無理よ、わたし優勝するんだから」
「じゃあ、絶対フラグは立てるなよ、俺に近づかないでくれ」
「大丈夫。牛尾さんが好きだから」
思わぬ告白を聞いてしまい、しかも筋肉達磨な牛尾さんとは、お似合いだとは思うがすごく疲れた感じがした。
「わわわたしったら……これ内緒で」
「ああ、わかったよ」
まさかこんな展開だとは。俺は羽田野の頭を小突いて席を立った。
「げ、牛尾さんと巴!」
「女の子を送っていかないなんてサイテーね」
巴に指摘されて、俺はつい、強がってしまった。やってしまった。羽田野には冷たくしないようにしようと一応決めていたのに。
「アイツなら大丈夫だろ?女って認識するか?」
「ひっどい、後ろ姿はべっぴんさんよ!」
巴はフォローになっていないフォローをした。
「大丈夫アタシが送っていくわ。幼馴染コンビは二人で帰りなさい」
牛尾さんが山野下さんのようなオネェ口調で俺たちに諭した。
「え? 獅子君とトモちゃんって幼馴染なの?」
「知らなかったの?」
腐れ縁とは言った気がするが巴が伝えていなければまあ、知らないということもあるだろう。
羽田野は「へぇ」といって俺をにやけた目で見た。
「羽田野、あの事は秘密な」
「なになに秘密ってひどい」
巴は悪口だと思ったようで、文句を言った。
「いや、これ、秘密にしない方がひどいというか」
羽田野が空気を読んでくれた。と、同時にプレッシャーもかけてくる。
気遣いカウントがさらに上がったのか胸がドキドキしてきた。
「獅子君、自分でいうもんね」
「と、時が来たら言う」
羽田野に詰め寄られ思わず言葉が固くなる。
「約束だよ?」
巴が俺を上目づかいでじっと見た。とてもかわいく瞳が潤んでいる。
「おい、お前酔ってんのか?」
「いいから約束して」
「……ああ、うん」
答えたときには羽田野と牛尾さんの姿はなかった。
気を利かせてくれたらしい。あいつ良い奴だな。
「あのさ、巴って俺の事どう思ってるの?」
「どうって?」
「ほら、俺だって男だしさ」
「そ、そそそそそ」
「そ?」
「そうだけどっ知ってたけどっ」
「答えてくれたら俺、さっきの秘密言える」
「ぅ、お、ぅ、うううう」
巴は顔を赤くしてうめいた。
か、かわいい。
酔ってるだけかもしれないけれど、全く脈なしってこともないだろう。
「うーーーもう、明日っ」
そっと巴を支えながら俺は店を出た。
寮に向かって歩いて行く。人通りも少なく街灯以外の明かりはあまりない。
防衛隊の施設の周りは訓練のために大きく土地を取っている。
そのせいもあるのだろう。
ぼおっと明るく光る自動販売機の前で巴が立ち止った。
「ジュース飲むっ」
「はいはい」
金を入れてボタンを押すとルーレットが回った。
「お? あたりだ」
「ついてるね」
「もう一本はなんにしようかな」
「どーせビタミン系の飲むんでしょう」
「まあね」
巴はジュースを渡し、缶に口をつけると無言になり、そしてそわそわと周りを見回す。
俺が何気なく見た時計は十二時が過ぎていた。
「酔い、少し覚めたか?」
「ん、う、うん」
瞬きの速さが尋常じゃない。
「大丈夫か?」
「うん」
「しんどかったらおぶってやるからな」
「え、恥ずかしい」
真っ赤に染まった顔が酔いだけではない気がして、期待してしまう。
俺は照れた顔が出来ているだろうか。
気にしなくても巴はわかっているのかもしれないけど。
「あっ、あのね」
「ん?」
巴はジュースの缶の縁をなぞりながらためらいがちにこちらを見た。
「私、光輝君の事、男の人だなってやっと気づいた」
やっとって。
「ツルと二人で話すって出ていった時にね」
「ん?」
「みっちゃんでも女の人と付き合ったりすることもあるかもしれないんだ、ってわかったの」
俺はいままで女性からの告白は断る以外の行動を取ったことはなかった。
巴が好きだったし、好きじゃない女性と四六時中一緒にいるくらいなら、悪い噂を流されたりいじめられる方がましだと思っていた。
「私、どこかいつまでも子供のときのイメージが強くてさ。いや、イケメンなのは知ってたし、モテるのも知ってたよ? でもどこか現実離れしてた……なに言ってるんだろうね、はい、おしまい!」
「俺な……」
「だめ、なにも言わないで」
いい雰囲気だと思った。けれど巴は突き放すような事を口に出す。
そして表情は傷ついたようなおびえた顔をしている。
今、じゃあない、のか?
でもそれはいつなんだ。
そして俺は羽田野にドキドキしてしまうかもしれない心を持っている。
全部おわってから?
そんなの、こんな巴を前にして我慢、できない。
俺は何も言わず、巴を抱きしめた。
柔らかくて壊れそうな細い体。
胸の鼓動の遠くにジュースの缶が転がる音が聞こえた。
*****
それからふた月後に羽田野が地方のボディビル大会で優勝すると、俺は羽田野にドキドキすることもなくなってほっとした。羽田野には奇妙な友情すら感じる。
どうやら羽田野は牛尾さんとずいぶん親密になったようで、次の土曜に巴と俺も一緒にダブルデートに行こうという誘いが来た。
いろいろとお似合いだと思う。
土曜の巴はとても嬉しそうで、こちらも嬉しくなった。
ダブルデートを楽しんだあと、羽田野と牛尾さんが顔を赤くして「話がある」と打ち明けた。
「あのさ」
「俺たち結婚しようと思うんだ」
は? 早くないか?
「結婚式にはぜひ出てほしい」
「もちろん! おめでとう二人とも」
「俺も出席します。おめでとうございます」
「ブーケは絶対トモちゃんに投げるからね!」
「うん!」
「獅子君、そういえば、あの時の秘密は打ち明けたの?」
意地悪い顔をした羽田野の質問に、顔に熱が集まる。
「お前には関係ない」
そっぽをむいてごまかすと、巴はえへへと羽田野に笑いかけた。