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ドラゴンフライ  作者: マサラ
第十章 静岡 決戦編
130/279

第百二十九話 君は僕が護る。

「やあこんばんは。

 今日も始めていこうかね?」


「ねえねえパパ……

 昨日の話だけどさ……

 (つづり)さんは飛び降りたの?」


「そうだね……

 あの時はびっくりしたよ……

 じゃあ始めていくよ……」


 ###


「Hearッ!

 Weッ!

 Goォォッッ!」


「ちょっとっ!

 (つづり)さーーーんっっ…………」


 あの人、先走って飛び降りやがった。


 んもう何て勝手なんだあの人は。

 僕も追わないと。


 ギャギャギャギャギャァァァン!


 白色光に包まれたガレアの身体から千もの閃光がいくつも束を作り地表に向かって射出。


 結局僕は一番最後だ。

 全くもう。


発動(アクティベート)ォォォォッッ!」


 ドルルルルンッッ!

 ドルンッッ!

 ドルルルルンッッ!


 発動音確認。


 フラッ……


 僕は身体を傾ける。


 重力に逆らう事無く半円を描き、倒れていく身体。

 そして身体がやや下を向いた瞬間……


 バンッッ!


 僕はガレアの横腹を蹴った。


 弾丸と化す。

 顔にぶち当たる空圧をいくつも突き破りながら超速で落下する僕の身体。


 これは先走った(つづり)さんに追い付くためだ。

 ぐんぐん落下する身体。


 ドドドドドォォォォォンッッッッ!


 地表から円状に炎が噴き上がる。

 流星群(ドラコニッドス)が着弾したんだ。


 地面から途轍もない勢いで立ち昇る炎のトンネルに飛び込む僕の身体。

 皮膚に熱を感じる。


 燃え盛る炎の中グングン突き進む僕の身体。


 いた、辰砂だ。

 辰砂と(つづり)さんだ。


 忙しなく動いている。

 何やら一方的な雰囲気。


 わかった、(つづり)さんが辰砂(しんしゃ)を殴っているんだ。

 音も聞こえる。


 ドゴォッ!

 バコォッ!

 ベキィッ!

 バカァッ!


 一発一発が物凄く重いのが解る。

 上下左右と辰砂の顔が揺れている。


 そろそろ僕も着地する。

 攻撃態勢。


 くるん


 身体を素早く反転。

 矢の様に右足を標的に向ける。

 それはまるでライダーキックの様。


「デリャァァァァァッッッッ!!」


 ドゴォォォォォォォォッッッッ!


 辰砂の腰に命中。

 余りの衝撃に支える事も出来ず、地面に叩き付けられる。


 ベコォォォォォッッッ!


 三則を使用し、超高度からの落下パワーも加えた僕の蹴りと地面とサンドイッチ状態の辰砂の身体は弓反りになり、その衝撃は標的の身体を突き抜け地面に伝播。


 ドコォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!


 瞬く間にクレーター生成。


 パタ


 静かに倒れた辰砂。

 全く声を上げない。


 スタッ


 燃え盛る爆炎の中、僕は辰砂の腰から離れ、地面着地。


 さあどうしよう。

 辰砂の魔力壁(シールド)はどうなったとか今気絶してるのかとか色々思考が巡る。

 とにかく今の顔を見ようと一歩足を踏み出す。


 グィッッ!


 と、そこへ(つづり)さんが僕の左肩を強く押しのける。


 ズザァッ!


 思わず転ぶ僕。


 (つづり)さんは無言で辰砂を強引に仰向けに。

 上に飛び乗り、辰砂の顔を両拳で交互に殴りつける。


 バキィッ!

 ボコォッ!

 ベキィッ!


 辰砂の顔は……

 両頬や瞼が膨れ上がっている。


 明らかなダメージ。

 と言う事は魔力壁(シールド)は張れていない。

 (つづり)さんの両拳は既にべっとりと血で塗れている。


「どぉぉしたのぉぉぉっっ!

 アンタ自衛隊なんでしょォォォッッッ!?

 もっと気合入れなさいヨォォォ」


 ダッッッッ!!


 勢いよく立ち上がる(つづり)さん。


 ガンッッッッッ!


 素早く脇に移動したかと思うと、烈火の様な凄まじいローキックを辰砂の脇腹に炸裂させる。


 ビュンッッッ!


 辰砂の身体が消えた。

 砲弾の様に真横へ吹き飛んでいった身体。

 燃え盛る炎を突き破り、青木ヶ原樹海の海に飛び込む。


 バキバキベキベキバキィィィッッ!


 木々が力任せに叩き折られる音が響き渡る。


 僕は今の一分足らずの出来事をただ無言で見つめていた。

 やがて静寂が訪れる。


「あぁ~~らぁ~…………?」


 (つづり)さんの呟き。

 嫌な予感。


 クルゥ~~ッ


 ゆっくりこちらを振り向く(つづり)さん。

 その表情に絶句する。


 頬や鼻先、口元に返り血の染み。

 ベロリと周りの血を舐め回し、ニヤリと笑う。


 その様子はまさに狂戦士(バーサーカー)

 そして、眼が紅い。


 この眼はヤバい。


 ザッ


 (つづり)さんがゆっくりこちらに歩み寄る。


「よぉぅやくぅ…………

 年下喰い…………」


 やがて周りの炎が鎮火する。

 が、そんな事を言ってる場合では無い。


 ザッ


 もう一歩踏み込んでくる(つづり)さん。

 間合いは一メートル強。


 スッ


 (つづり)さんの右手がゆっくり伸びる。

 もう駄目だ。


 ボッシュゥゥゥゥゥッ!


 七割観念した段階。

 水蒸気が物凄い勢いで(つづり)さんの身体から噴き上がる。


 ホッ


 安心した。

 良かった。

 本当にこの人は厄介だ。


―――ガレア、とりあえず終わったよ。

   僕達を拾いに来て。

   ポンコポンコ


―――おう。

   ポンコポンコ


 ビュンッッ!


 念話(テレパシー)を終えると、すぐにガレアが上空から降りてきた。


「竜司ーッッ!」


 ガレアの背中から笑顔でブンブン手を振る暮葉。

 僕は笑顔を上に向け応答。


「じゃあ(つづり)さん、とりあえずここから離脱しましょうか?」


「ええ…………」


 ん?

 何か元気が無いな。


 でもその時は気にせず二人ともガレアの背中に乗り込む。


「じゃあガレア、お願い」


【おう】


 バサァッッ


 ガレアは翼を広げる。

 そして大きくはためかせる。


 ビュンッッ!


 気が付いたら僕達は空に居た。


 薄茜色の陽がガレアの翠色の大翼に反射。

 キラキラ光って物凄く綺麗だ。


―――で、竜司。

   どこへ行くんだ?

   ポンコポンコ


 あっ

 そうだった。


 全方位(オールレンジ)


 翠色のワイヤーフレーム展開。


 ここで少し違和感。

 依然として大きく蒼色が広がっているのは変わりないが、さっきの広場。


 小さくて上空からだと見落とすかも知れないが、一点だけ蒼が無い所がある。

 この場所は僕らが飛び降りた所だ。


 大きさにして凡そ二メートル弱。

 流星群(ドラゴニッドス)で創った目くらましの円を一回り大きくした感じ。


 どういう事だろう。

 とりあえずガレアが返事を待っている。


 早くどこへ行くか決めないと。

 さっき居た場所で良いか。


―――ガレア、さっき居た場所へ戻って。

   ポンコポンコ


―――わかった。

   ポンコポンコ


 僕らは元居た場所まで戻って来た。


―――よし。

   ここだ。

   降りてガレア。

   ポンコポンコ


―――おう。

   ポンコポンコ


 ガレア、ゆっくり下降。


 ドスッ


 ガレア着地。

 さあ降りよう。


 フラッ


「えっ……?」


 ドサァァッッ!


 後ろで音がした。

 振り向くと(つづり)さんが居ない。


 どこへ?


 目線を下げると声も上げず、地面に横たわってる(つづり)さん。


 一瞬何が起きたのか解らなかった。

 ただ僕の知っている人が倒れた。


 僕の脳裏に浮かんだのはそれだけ。


 異常事態。

 ただそれだけは理解した。


(つづり)さんッッッッ!!」


 うつ伏せに倒れている(つづり)さんの側に駆け寄り、抱き起す。


「ハァ……

 ハァ……

 ハァッ……」


 息が荒い。

 汗も掻いている。


 僕は(つづり)さんの額に掌を合わせる。


 !!?


 凄い熱だ。

 僕は咄嗟に素早く手を離す。


 これはマズい。

 こんな所では処置や治療も出来ない。


 すぐに念話(テレパシー)でシンコに連絡を取る。


―――シンコさんっ!

   シンコさんっ!

   大変ですッッ!

   ポンコポンコ


―――何ようるさいわねぇ。

   どうしたのよ。

   ポンコペンコ


―――(つづり)さんがッッ!

   (つづり)さんがぁッッ!

   ポンコポンコ


―――ちょっと落ち着きなさい。

   (つづり)がどうしたのよ?

   ポンコペンコ


―――こっちへ戻って来たら倒れてっ!

   物凄い高熱でェッッ!

   ポンコポンコ


―――わかった。

   どこに居るの?

   ポンコペンコ


―――さっ……

   さっきの所です……

   ポンコポンコ


―――こちらも作業が終わったからすぐに戻るわ。

   (つづり)の荷物から瞬間冷却材出して水で濡らしたタオルで包んで脇の下を冷やしておいて。

   少しはマシなはずだから。

   ポンコペンコ


 終始落ち着いた声で会話し、罹患者に対する処置の指示もする。


 さっきまで僕はもう怒られたくないからシンコ()()と呼んでいたが、今はもう尊敬の念を込めてシンコさんと呼びたい。

 そんな気持ちだった。


―――はいっ

   わかりましたっ

   ポンコポンコ


 (つづり)さんの荷物からビニールに入ったカイロ大の蒼いパックが出て来る。

 表面にはこう書いてある。


 Instant Ice Pack


 多分これだ。

 これどうやって使うんだろう。


 表面にギザギザの吹き出しにこう書いてある。


 Push


 叩くのか。

 僕は思い切り叩いてみた。


 バン!

 バン!


 叩いた後グニグニやってみる。


 するとどうだ。

 物凄く冷たくなってきた。


「暮葉、タオルを水で濡らして固く絞って」


「わかったわ」


 僕は一緒に荷物から出したハンドタオルを暮葉に渡す。

 荷物からペットボトルを取り出す暮葉は半分ほど使い、タオルを水で濡らす。


 ギュゥッ


 固く絞って僕に手渡す。


 冷たくなった瞬間保冷剤をタオルに包む。

 (つづり)さんの半身を起こす。


「すいませんっ!

 (つづり)さんっ!」


 僕は(つづり)さんの上着を脱がす。

 腕を持ち上げ保冷剤を挟む。


 この時に気付いた。


 (つづり)さんの両拳から手首の辺りまで紫黒色になっている。

 あと左の鎖骨辺りにクルミ大の()()が出来ている。


 僕の荷物からシートを取り出し、そっと寝かせ、上から(つづり)さんの上着を被せる。


 ダダッ!


(つづり)はどうっ!?】


 しばらく待っていると、シンコが帰って来た。


「シンコさんっ!

 とりあえず言われた処置はしましたっ!」


【わかったわ。

 ちょっとどいて……】


 言われるままに僕はどき、シンコに譲る。


 シンコは黙って(つづり)さんを見つめている。

 まるで診断している様だ。


 バッッ!


 素早く(つづり)さんの上にかけられた衣服を取る。

 さっき見た両拳の紫黒色が気持ち上がってる様な気がした。


【これは……

 ペストね……】


「え……?」


 ■ペスト


 十四世紀に大流行したペスト菌の感染によって起きる感染症。

 当時一億人以上死亡した人間歴史上最も致死量が高いと言われる。

 症状は発熱、脱力感、頭痛。

 ペスト菌を保有しているノミに刺されて感染。

 感染付近のリンパ節が腫れあがる事もある。

 特徴として皮膚が紫黒色に変色する。

 黒死病と呼ばれる所以である。


「ペストって……

 あの病原菌のですか……?」


【そうよ……

 多分この症状はそうね……

 ボーヤ、(つづり)がどんな風に戦っていたか教えてくれない?】


 僕は細かく(つづり)さんの戦いぶりを話した。


 あっ……


「…………もしかして返り血……」


 無言で頷くシンコ


【両手から黒紫色になってるから……

 そうね。

 多分殴ってる時に拳を擦り剥いたんじゃないかしら?】


「どどどっ

 どうしようっ!」


 僕は焦ってしまう。

 こんな何もない所で感染症を起こすなんて思っても見なかったから。


【落ち着きなさい。

 とりあえず(つづり)は拠点に返すわ。

 ここじゃあ抗菌薬なんかも無いし。

 しかし発症が早すぎる……

 最悪のケースかもね……】


「どう言う事ですか?」


【例えば魔力を通してるかもって話よ】


 ゾクゥッ


 背筋に奔る悪寒。

 あの辰砂ならやりかねない。


【ボーヤ……

 悪いけど……

 (つづり)は戦線離脱するわ……

 大丈夫?】


 心配そうに見つめるシンコの眼を見てムクムク湧いてくる使命感。


「ハイ……

 僕に任せといて下さい」


【本当に大丈夫……?

 もしアレだったら援軍寄こすから】


「……ハイ」


【あ、あと調香華(パフューム・フラワー)で創った二種の華を渡しとくわ】


 シンコが亜空間を生成。

 中に手を突っ込む。


 出てきたのは大量の桃色の華。

 一体いくつ花束が作れるんだと言う程の量。


 バサァッ


 地面一帯が桃色に染まる。


「こ……

 これは……」


【これは薬草よ。

 水銀毒の進行を遅らせる事が出来るわ】


「草って……

 華じゃないんですか?」


【薬効作用のある花も薬草って言うのよ。

 この花冠を十個ぐらい握って汁を飲めばOKよ】


「はい……

 わかりました。

 ガレア、亜空間出して」


【おう】


 僕は地面いっぱいに置かれた桃色の華を手早く亜空間に格納する。


【多少の予防作用もあるから戦う前に飲んでおいた方が良いわよ。

 飲んだ後に魔力を通わせたら効能も上がるから】


 魔力を通わせるって言われてもなあ。


「はい……

 わかりました」


【あとこれ】


 シンコが手に持っている赤い花を渡す。

 えらく量が少ない。


「これは?」


【これは幻覚華よ。

 気休めにしかならないかも知れないけど。

 茎を斜めに切って相手に刺しなさい】


「折れたりしませんか?」


【物凄く硬いから大丈夫よ】


 赤い華を十束ほど手渡される。

 そういえば小さいナイフが(つづり)さんの荷物に入っていたな。


 ナイフを取り出し、赤い華の茎を鋭角に切る。

 うわ物凄く硬い。


 ザクッッ


 何とか切れた。

 僕は赤い華も亜空間にしまう。

 作業を終えた僕は(つづり)さんを抱きかかえ、シンコの背中に載せる。


「ハァッ……

 ハァ……

 ハァッ」


 顔から汗を出し、顔を紅潮させている(つづり)さん。

 物凄く辛そうだ。


「じゃあ(つづり)さんの事は宜しくお願いします……」


【わかったわ。

 ボーヤも気をつけてね】


「はい」


 ダダッ


 (つづり)さんを載せたシンコは走り去っていった。



 飛縁間綴(ひえんまつづり) 敗退

 決まり手 ペスト感染



「ガレア、亜空間出して」


【おう】


 ガレアの右に亜空間を出す。

 手を突っ込む僕。


 中から十束程の桃色の華を取り出す。


「確か花冠を握り潰すんだったっけ……」


 ギュゥッ


 僕は華を握り潰す。


 おっ?

 華から液体が染み出て来るのが解る。


 僕は上を向き、口を開ける。

 口の上に握り拳を持って来て、更に握る。


 ギュウッッ


 ポタァァッ


 握り拳の下から液体が染み出てくる。

 口に入る数滴の液体。


 ゴクン


 魔力を通わせる。

 体内を意識するのかな?


 身体に染みる液体に魔力を通すイメージ。


 出来たのかな?

 良く解らない。


 ここで僕は考える。

 辰砂の毒について。


 ペスト菌の毒と水銀毒は別物だ。

 おそらくスキルとして身についた水銀とは別で辰砂が身体に仕込んだのだろう。

 あの異常者ならやりかねない。


 そこから更に考える。

 まず何故ペストを選んだのかと言う点。


 解毒方法が確立されているから?

 確かシンコが言っていた。


 抗菌薬も無いし


 この言葉の意味は抗菌薬なるものがあると言う事だ。

 “毒を使う時は解毒薬を用意しておくもの”と言うのを漫画で読んだ事がある。


 おそらくあるはずだ。

 自身の保有しているペスト菌の抗菌薬が。


 それを奪えば(つづり)さんは治る。


 よし、僕のするべき事が解った。

 辰砂から抗菌薬を奪う事だ。


「よし、やる事が決まった。

 行こう二人とも」


 僕はガレアに飛び乗る。


「わかった」


【おう】


 全方位(オールレンジ)


 ワイヤーフレームを展開させ、再度確認。


 やはり依然として内部はほとんど蒼に染まっている。

 また水銀(メルキュール)は解除されていない。


 これはどういう事だろう。

 あれだけの猛攻を受けて辰砂は気絶していないのだろうか?


 それとも分泌された水銀は辰砂の意識とはまた別のものなのだろうか。


「ガレア、進んで。

 ゆっくりとね。

 あと魔力壁(シールド)と膜は厚めに張っておいて」


【わかった】


 ドスドス


 ガレアがゆっくり進み出す。


 最初に僕が作った道を進む。

 すぐに水銀の境界線まで辿り着く。


「ここか……

 ガレアストップ」


 ピタリ


 ガレア停止。

 僕は地表に降りる。


「ガレアと暮葉はちょっとここで待ってて」


【いいけど、どこいくんだ?

 竜司】


「ちょっとそこまでね……

 ガレア、暮葉を護ってあげてね」


【おう…………

 おう?】


 ガレアは良く解っていない様だ。

 僕はゆっくりと歩み出す。


 到着。


 足元に水銀。

 波打ち際の海岸線の様に横いっぱいに広がる銀色の線が森林の奥深くまで伸びている。


発動(アクティベート)


 ドルルルルンッッ!

 ドルンッ!


 発動音確認。

 僕はしゃがみこむ。


 ピトッ


 足元の水銀の海に人差し指で触れて見る。

 次の瞬間


 ジャキィィィィンッッッ!


 水面から無数の棘が僕を目掛けて勢いよく伸びる。


「わっ」


 僕はバックステップ。

 ある程度予想していた事だ。


 先の発動(アクティベート)は素早く動く為と水銀毒への防御の為だ。

 予測していた動きの為、僕は特に傷を負っていない。


【わっ何だありゃ。

 トゲトゲがいっぱい出てきたぞ】


「竜司っ!?

 大丈夫っ!?」


「うん、暮葉。

 大丈夫だよ…………

 さて」


 再び波打ち際に立つ僕。

 大きく息を吸い込む。


三条辰砂(さんじょうしんしゃ)ァァッッ!

 お前と交渉したいィィッッッ!」


 僕は大声を張り上げる。

 茜色の空に響く僕の大声。


 更に続ける。


「交渉に応じるならァァッッ!

 お前の言う実験に協力しようっっっ!

 この声が聞こえているならァァッ!

 証としてこの水銀を退いて欲しいッッッ!

 五分待つッッ!

 水銀を退かないのであればッッ!

 僕はもうガレアから降りて戦う事はしないッッ!

 ガレアは翼竜だッッ!

 この手段を取ったらッッお前の水銀に僕が触れる事は無いだろうッッ!」


【竜司……

 お前何やってんだ?

 誰も居ないのに大声張り上げて…………

 馬鹿みたいだぞ……】


「ホント。

 どうしたの?

 竜司」


 このガレアと暮葉の物言いを聞いて真っ赤になる僕。


 頼む。

 聞こえててくれ。

 僕の名誉の為に。


 僕は心の中で懇願する。


 シュル……


 足元の水銀に動きがある。


 シュルシュルシュルシュルゥゥゥッッ


 物凄い勢いで水銀が退いて行く。

 見る見る内に地面が剥き出しになる。


 ホッ


 良かった。

 退いて行くと言う事は聞こえていたと言う事だ。


 水銀に聴覚機能が備わっているのかは正直賭けだった。


「ホラッ!

 これだよっ!

 ちゃんと聞いてたでしょっ!?

 ネッ!?」


 ここぞとばかりに行動の正当性をアピールする僕。


【ま……

 まあ良いんじゃね……?】


 僕の勢いに若干ひいているガレア。


 よし、水銀は完全に無くなった。

 僕はガレアに乗り直す。


「よし行こう。

 ガレア」


 進むガレアの上で僕は考えていた。

 それは先程まで撒かれていた水銀の性能だ。


 水銀が退いた事で音を拾う事は可能と言うのは解る。


 棘による攻撃。

 あれは僕が水銀に触れた事で気づいたものと推測される。


 となると触覚機能も備わっているだろう。

 そして僕が水銀の境界線に近づいても動きが無かった所を見ると視覚機能は備わっていないのか?


 ■水銀(メルキュール)(索敵モード)


 広範囲に水銀を撒き、触れた物を検知する事が出来る。

 別金属を混ぜておけば、遠く離れた相手も汞和金(アマルガム)で攻撃可能。

 備わっている機能:触覚、聴覚

 範囲:全経四キロ

 索敵モードになっていると、全経四キロから膨大な情報が雪崩れ込む為、死角が産まれ易い。(推測)


 そうこうしている内に広場に到着。


 あれ?

 誰も居ない。


 とりあえず中心まで進んで、ガレアから降りる。

 地面に環状の焦げ跡がある。


 これはさっきの流星群(ドラゴニッドス)でついた跡だ。

 確かここから(つづり)さんが蹴り飛ばして右に消えていったんだ。


 僕は右を向く。


 木々が薙ぎ倒されている。

 力任せにへし折ったと言う感じだ。


 それが遠くまで続き、道が出来ている。

 もしかして……


 僕はその木が薙ぎ倒されている道に入る。

 物凄く歩きにくい。


【何だここ。

 歩きにくいなあ】


 うん、ごもっとも。


 そういえば辰砂の銀竜がいない。

 どこに行ったんだろう。

 それにしても長い道だ。


 今更ながら血液超循環(サーキュレーション)の物凄さを思い知る。


 キラッ

 キラッ


 遠くで何かが光った。

 水銀か?


 いや、光ったのは目線上だ。

 なら水銀じゃない。


 もう少し近づくと光の元が解った。

 銀竜の鱗だ。


 目線の先には倒れている男。

 三条辰砂(さんじょうしんしゃ)だ。


【毒の海 仲間の為に 我もまた……か】


 銀竜がボソッと呟く。


「あの……?」


 僕は恐る恐る声をかける。


【む……?】


「あの……

 貴方のご主人は……?」


【しばし待て……】


「僕は皇竜司(すめらぎりゅうじ)と言います……

 出来れば名前教えてくれないですか?」


 僕はこの辰砂の竜とコミュニケーションを取ろうと考えた。

 まだ辰砂よりかは話を聞いてくれそうだと思ったからだ。


【我が名はハイドラ……

 ハン・イ・ドライオス……

 毒竜だ……】


「毒竜……」


【フン……

 お前も皆と同じ反応か……

 人も竜も変わらぬものよな……】


「あのっっ!

 …………僕の友達が貴方の毒とは別の毒にかかってしまったんですが……

 解毒方法をご存じないですか……?」


【……血感染アンフェクシオン・サンか……

 それは辰砂が独自に編み出したスキル……

 我は知らぬ……】


「そうですか…………

 なら水銀毒は……」


【辰砂が不利になる事は教えられんな……】


「何故辰砂の肩を持つんですか……?

 ハイドラ……

 貴方も危ない考えを持つ竜なのですか?」


【危ないと言うのはどういう意味だ……

 人に対してか……

 竜に人の理を説かれてもな……】


「辰砂と言う男のやっている事は異常です…………

 と言っても貴方には理解出来ないんでしょうね」


【我も理解出来ない訳では無い…………

 ただ見てみたいのだよ……

 辰砂が我の毒を使って何を成すのか……

 人が我の毒を使う事で世がどう変わるのかをな…………】


 そんなもの大量虐殺に決まっている。


【我が産まれた理由もそれで解るかも知れん……】


「そんな事僕がさせないッッ!」


 僕が怒りを露にした所で声がする。


「フー……

 ようやく話せるぐらいまでは回復したか……」


 別の声。

 下から聞こえる。


 声のする方を向くと辰砂が物凄く悲しそうな顔で寝そべっている。

 顔が元通りに戻っている。


 確か(つづり)さんが馬乗りになっている時は瞼や両頬がボールの様にもの凄く膨れ上がっていたのに。

 しかし一向に起き上がらない辰砂。


「おい……」


「んあ……?」


(つづり)さんの高熱の原因は何だ?」


「誰だそれ……」


「お前を殴っていた女性だよ」


「ハッ……!

 あーあの空から降って来た女かーっ

 アイツもいい実験動物(サンプル)になりそうだったなあ……」


 声色は嬉しそうだが顔は物凄く怒っている様に見える。


「そんな事は良いんだよ……

 高熱の原因は何だ……?」


「んあ……?

 んなモン俺の血を浴びたからに決まってんじゃねぇか……

 ってかもう発症したのかぁっ!?

 時間にして十分~十五分……

 実験動物(サンプル)が浴びた血液量は二十五CCってトコかァ……

 アレでソレがそうなって…………」


 寝そべりながら僕を置いてきぼりで考え出す辰砂。

 もうコイツ殺そうか。


「そんな事は良いって言ってるだろっ!

 それよりも解毒方法はあるのかっ!?」


 僕は声を荒げる。


「んあ……?

 解毒方法ォ……?

 そういや……

 あったかなぁ~~……?

 ククッ」


 顔は物凄く怒っているのだが、声色は笑っている。

 しかも嘲笑の笑い声だ。


「あの血……

 ペストだろ……?」


「んあ……?

 よく判ったなあ……

 ただのペスト菌じゃねえぞ……

 俺が魔力を通して培養させた特別調合(スペシャルブレンド)の強力な奴だぁ……」


「お前馬鹿じゃないのか……?

 何でそんな代物、身体に入れてるんだよ……

 死にたいのか……?」


「んあ……?

 元々な……

 水銀(メルキュール)だと実験動物(サンプル)が中毒になっても死ぬって事が無かったんだよ……

 中毒にしても死ぬ前に病院に担ぎ込まれちまう……

 あと逃げたりする場合もあってなあ……

 そこで考えたのが短期間で死亡する菌の保有だァ……

 血感染アンフェクシオン・サンを使うようになってから交渉が捗ってナァ……

 ゲヒャッ……」


 なるほど。

 今の反吐が出る様な人でなしの発言で解った事がいくつかある。


 まず解毒方法はほぼ確定で存在する。

 何故なら元々血感染アンフェクシオン・サンが交渉をする為に編み出されたものだからだ。


 そして脅迫めいた交渉で悪魔の様な実験を重ねた結果、先の自衛官の様な短期間で死亡する水銀毒が完成したと言う事だ。

 早くその解毒方法を聞き出さないと。


「…………で、解毒方法は?」


 それを聞いた辰砂がヒビの様な笑みを浮かべる。


「ケヒヒッ……

 よおやく本題に入りやがったかァ~~……

 解毒方法はある。

 あるが……

 教えるには条件がある……

 わかってんだろぉぉ~~?」


 来たか。

 従うしかないのか。


 僕がこの要求を飲まないと、(つづり)さんが死ぬかも知れない。

 背に腹は代えられない。


 コイツ、こういう時は感情と表情が一致してやがる。

 本当に気持ち悪い。


「…………実験動物(サンプル)になる…………

 事……」


 ギリッ


 歯軋り。

 こんな異常者の言いなりになるのが物凄く悔しかったから。


「……とても宜しい(トレ・ヴィアン)ッ……

 解ってんじゃねぇかぁ~~……

 ケヒヒッ……

 もうちょっと待ってな……

 もう少しで全快する…………

 その後で……楽し~い実験(エクスペリアンス)の時間だぁ……」


 グッッ


 湧き上がる悔しさを抑えながら僕はただじっと待っていた。


【湧き上がる 怒りを止めるは 友の為……

 か……】


「俳句……

 お好きなんですか……?」


 僕は気を紛らわせる為にハイドラに話しかけた。


【違うな……

 我の詠む詩には季語が入っておらん……

 我が好きなのは川柳だ……

 長命の竜に季節の移ろいを理解するのは難しくてな……

 偶然詠んだ詩に季語が入り、俳句になってしまう時もあるが、故意に入れる事は我にはまだ無理だ……】


 確かに季語は入っていなさそうだ。


【聞く所によると……

 俳句・川柳は地球上で最も短い詩と言うでは無いか……

 十七文字という制限の中で、溢れる想いを込めると言う島国が産んだ素晴らしい文化だと感銘を受けてな……

 意思疎通を念話(テレパシー)で済ませていた竜には到底産み出せないものよ……】


 その通りだ。

 何で毒竜なんだハイドラは。


 別種の竜なら友達になれたかも知れないのに。

 ハイドラの考えに同調した僕は存在を少し勿体なく思った。


「よぉ~~し……

 完了~~……」


 辰砂の治療が終わったらしい。

 もう少し寝ていればいいのに。


「アバラ十二本……

 頸椎のズレ……

 脊髄骨折……

 背筋断裂……

 肝臓裂傷……

 右肺裂傷……

 その他四肢各部骨折……

 打撲……

 あとついでに顔の腫れ……

 完治まで一時間弱か……」


 一体何を言っているんだと思ったがすぐに理解した。


 今読み上げたのは先の攻撃で負った被害だ。

 よく死ななかったな。


「で、何をするんだ……?」


「タイトル

 “魔力注入(インジェクト)使用時と通常時の被毒時間の差異”ー……」


 そう言えばそんな事言ってたな。


 カクン


 また顔が真横に傾き、眼を正円近くまで見開いている。

 ギョロギョロと瞳孔が忙しなく動き、一挙手一投足も見逃さないといった雰囲気。


 って言うかちょっと待て。


「ちょっ!

 ちょっと待てってッッ!

 説明が足りないだろっ!」


「んあ……?」


 顔を元の位置に戻す辰砂。


「水銀毒にかかると大量に嘔吐するだろっ?

 脱水症状で死ぬなんてまっぴらごめんだからなっ!

 僕も身の危険を感じたら実験なんて放って、お前を潰しにかかるからな。

 これは脅しじゃないぞ。

 僕が死んだらどうせ(つづり)さんも終わりなんだ。

 それなら一人でも多く道連れにして死んでやる……

 お前も実験が滞るのは本意じゃないだろう」


「クア……」


 僕の訴えを聞いた辰砂は全く興味無しと軽い欠伸。


「どうなんだよッッ!

 水分は持っているのかッッ!」


 辰砂の態度にイラっと着た僕は声を荒げる。


「うっせーなぁ……

 水ならあるよ……

 これで満足か……」


 声色はめんどくさそうだが、顔は物凄く酸っぱい物を食べた様な顔だ。

 唇を窄ませ、眉をハの字にして眼を細めている。

 本当に気持ち悪い。


 カクン


 顔が傾き、横を向く。

 眼が正円状に。


 ギョロギョロ動き、僕の動きを観察している。

 気持ちの悪い辰砂の観察モードだ。


水銀(メルキュール)…………」


 ドパァァッ


 辰砂の身体から大量の水銀が分泌される。


「ホラ…………

 早く…………

 魔力注入(インジェクト)…………

 防御全振りだぞ……」


「解ってるよぉっ!

 …………集中(フォーカス)


 言われるままに身体全体に集中(フォーカス)をかける。

 本当に悔しい。


 発動(アクティベート)


 ドルンッ!

 ドルルルルンッッ!

 ドルルンッ!


「ホラ……

 発動したぞ……

 どうすればいい……?」


「そうだなあ…………

 右手を水銀(メルキュール)に浸せ」


「クッ…………」


 こんな異常者の言いなりなんて本当に悔しい。

 悔しさから短い呻吟が漏れる。


 でも解毒方法を聞き出さないと。


 頭を回せ。

 コイツから解毒方法を聞き出すにはどうしたら良いんだ。


 だが、今は言いなりになるしかない。


 ピチャッ


 僕は言われるままに足元の水銀に右手をつける。

 お?


 今は割と平気だ。

 身体の中に異物が浸透していく感覚は無い。


「これでいつまで居れば良いんだよっ!」


「…………中毒になるまでに決まってんだろ…………」


 クソッ


 しばらく僕はこの体勢のままで居た。


 三十分後


 空が茜色から雀色に変わって、薄暗くなってくる。

 全然平気だ。


 これはシンコさんが渡してくれた薬草の効能だろうか。

 と、思っていた矢先異変が起きる。


 ボヤァッ


 視界の端がぼやけて来る。

 もしかして……


 ブルブルブルッッ


 四肢が震え出す。

 体内に意識を集中すると明らかに解る異物混入感。


 ガクゥッ


 片膝を付いていた僕は両手を付き、四つん這いに。


中毒(アンポワゾンヌマン)……

 ようやくかァ……

 時間かかったなあ……」


「オウェェェェェェッッッッ!」


 急激に嗚咽が込み上げ、大量嘔吐。


 物凄く辛い。

 頭がフラつく。


「なるほどォ……

 魔力注入(インジェクト)を使うと中毒になるまで三十分強か…………」


 フラつく頭に浮かんだ一つの疑問。


 コイツの目的は何なんだ?

 一体こんな実験を続けて行ってどうなりたいんだ。


「オマエ……

 こん……

 オウェェェェェェェッッッッ!」


 再び大量嘔吐。


 ドボドボドボドボォォォッッ!


 口から滝のように流れ出る吐瀉物。

 地面に落ち、足元を濡らす。


 喉も焼けるように熱い。

 ヒリヒリする。


 もう限界だ。


 発動(アクティベート)


 ドルルンッ!

 ドルルルルンッッ!


 僕は魔力注入(インジェクト)を使い、回復に充てる。

 身体の中から異物が消えていくのが解る。


 よし、消えた。

 僕は立ちあがる。


「よぉ~しィ……

 さすが魔力注入(インジェクト)使い……

 次ダァ……

 タイトルゥー……

 “被毒時と通常時の魔力注入インジェクトの火力の差”ー……」


「…………だからどうしたら良いんだよ」


「次はナァ……

 何もせず足元の水銀(メルキュール)に右手を浸せ……

 おおっとぉ……

 その前にさっき使った魔力注入(インジェクト)が切れてからだぁ……」


 怒った顔をしながら勝手な事を言っている辰砂。

 待っている間、僕は辰砂に先の疑問について問いかける。


「オイ……

 お前は一体何を目指している……?」


「んあ……?」


「こんな非道な実験を一人で続けて……

 お前は一体何になりたいんだよ……」


「…………非道って何だ?」


「人の道から外れている事だよ……

 お前、僕より年上に癖にそんな事も知らないのか……

 あんな人の命を踏みつけにした実験なんて……

 非道以外の何物でも無いだろ……」


「あーアレかー……

 ドートクとか言う訳わかんねえ奴だろ……

 “人の嫌がる事をしちゃいけません”

 “ウソをついてはいけません”

 “整理整頓をしましょう”とか……

 学校でセンセーが管巻いてたやつ……

 嫌がる事っつっても不都合な事とも言い換えれるし、自分に不都合な事なら虚言も吐くわな……

 人間こそ利己に囚われた勝手な生物の癖によ……

 整理整頓なんて余計なお世話だっつー……」


 コイツは駄目だ。

 社会性、道徳的規範、モラル等が完全に欠損している。


 こう言ったものは学校に通う様になるまで下地を両親などから教わり、そこから道徳授業を受けて育んでいくものと思う。


 と、なると疑問は辰砂の両親に向けられる。

 いわゆる親の顔が見てみたいと言うやつだ。


「お前の両親は小さい頃に何も言わなかったのか……?」


「んあ……?

 何もって何だよ……」


「だから、こういう事をしたらイケマセンとか、友達とは仲良くしましょうとかだよ……」


「別に」


 軽い。

 本当に親の顔が見てみたい。


「お前……

 一体どうなりたいんだよ……

 人を踏みつけにして実験を続けて……

 人がどれぐらいで死ぬなんて知ってどうするんだよ……」


「んあ?

 俺は歩くBC兵器を目指してんだよ。

 致死量が解れば、ギリギリのラインってのがわかるしな……

 どれぐらいの服毒で話せなくなるのか……

 どのくらいの被毒でどれだけ火力が減少するのか……

 現存のBC兵器ってのはそう言った細かい調整ってのが無理だからな……」


 ヤバい。

 コイツはヤバい。


 辰砂がもし大成したら歩くだけで毒を振り撒く最悪の存在になるぞ。

 と同時に哀しくもなった。


 辰砂には癒しは無かったのだろうか。

 誰にも理解されず、一人ぼっちで兵器として一生を終える。


 そこには人として当然の幸せなどは皆無だ。


 だからと言って人を犠牲にした実験が許される訳が無い。


「そんな事許される訳が無いだろうッッ!!」


 僕は怒りを言葉に乗せて放つ。


「んあ……

 別に許してもらおうとは思ってねーよ……

 オマエも許す許さないは関係無いだろ……

 ただ実験動物(サンプル)として実験に協力するだけ……

 何せオトモダチのイノチがかかってるんだもんナァァァァ……」


 そんな話をしている内に辺りは夕闇に包まれ出した。


 そうか。

 そろそろ冬。

 陽が落ちるのも早いんだ。


「オイ……

 陽が落ちて暗くなってきているぞ……」


「んあ……?

 ハイドラ……」


 無言でハイドラの口が開く。


 キュンッッ!


 煌めく閃光が射出。


 ドッッッカァァァァンッッッ!


 森林に撃ち込まれた閃光が木に当たり、爆発。

 勢いよく立ち昇る爆炎。


「これでいいだろ……?」


 パチパチ


 立ち昇る爆炎の照り返しでボンヤリ浮かぶ辰砂の顔。

 ますます悪魔じみて見える。


 カクン


 辰砂の顔が真横に傾く。


「ホラ…………

 魔力注入(インジェクト)切れただろ……

 早く……」


 正円に見開かれた目。

 ギョロギョロと機械的なセンサーの様に動く瞳孔。


 今は従うしかないのか。

 僕は言われるままに右手を水銀の海に。


 ピトッ


 直ぐに来た。

 視界の端がぼやける。


 ブルブルブルブル


 手足が震え出す。

 嗚咽が急激に食道を遡る。


「ゥオエエエエエッッッ!」


 ビチャビチャビチャァッ


 大量の吐瀉物が口から流れ落ちる。


「おーおー……

 やっぱ何にもないと被毒がはえーなー……

 ホイッ!

 ここで魔力注入(インジェクト)……

 ホラ……

 早く……」


 カクン


 また顔が真横に傾く。

 僕がこんな状態なのにまるで意に介していない。


 敵なんだから当然と言えば当然なんだけど。

 物凄く辰砂に腹が立っていたよ。


「フォーカ…………

 ゥオェェェェェェッッッ!」


 駄目だ。

 言葉を発する事が出来ない。


 集中(フォーカス)


 右拳と両脚に魔力を集中。


 発動(アクティベート)


 ドルルルンッッ!

 ドルンッッ!

 ドルンッ!


 グググゥッ!


 かなりフラつきはするが、魔力注入(インジェクト)のお蔭で何とか立てる。


「おーおー立てるのかーっ……

 さすが魔力注入(インジェクト)使い……

 見事(ジェニアル)っ!

 ハイハイッッ!

 実験動物(サンプル)くんっ!

 実験動物(サンプル)くんっ!

 ちょっとイイトコ見てみたいーっ!」


 TVで見た事ある。

 飲み会みたいな煽り。


 ますます腹が立ってくる。


 ザッッ!


 一歩踏み出す。

 僕の頭の中では正直もう殺す気で殴るつもりだった。


 もしこの一撃で不幸な事になってもしょうがない。

 だって本人が望んだ実験だもの。


 この時僕は暗に殺人に対する自己弁護を心中で行っていた。

 (つづり)さんの事は考えずに。


 後でこの危険な考え方を猛省したけどね。


 そして僕は黙って魔力注入(インジェクト)で体内の毒素除去も行っていた。


 ピチャッ


 水銀の海が足元で音を立てる。


 ザパァッ


 脚幅を広げた事により、波を打つ水銀。


「本当に良いんだな……

 全力で殴っても……」


「殴んなきゃ威力が解んねぇだろ……」


 無防備に両手をダランとさせている辰砂。

 おそらく正面を撃って来ると思っているのだろう。


「そうか……」


 ギリ


 僕は歯を食いしばりながら、右拳をゆっくり引いた。


 ギュゥゥゥゥゥッッ!


 右拳を固く握り、腕をくの字に曲げる。


 ゴッッッッッッッッ!


 僕の右拳が火を噴いた。


 ガァァァァァァァンッッッッ!


 僕が放ったのは右フック。

 ストレートでは無く、右フックなのだ。


 大気摩擦で火を纏った僕の右拳が辰砂の右頬に激しく炸裂。

 大きく響く衝撃音。


 威力が伝播し、あらぬ方向へと曲がる辰砂の首。

 二百四十度程曲がっただろうか。


 ビュンッッッ!


 バキバキバキバキベキベキベキィィィッッ!


 真横に吹き飛ぶ辰砂の身体。

 ハイドラがつけた炎の横を突き進む。


 木々が力任せに薙ぎ倒される音がする。


 ズズズズゥゥゥン……


 遠くで重い音が聞こえる。


 着弾したのだろうか。

 とりあえず僕はガレアと暮葉の元へ戻る。


【おー竜司、凄かったなぁ】


「フフン……

 まあね」


 ガレアの驚嘆に少し誇らしい僕。

 しかしもう辺りは大分暗くなり、驚いてるガレアの顔がよく見えない。


 戻る時の足音で水銀は消えていない事は解る。


「ガレア、僕の指は見えてる?」


【ん?

 見えてるよ】


 薄暗くて良くわからないが、多分キョトン顔だっただろう。

 この光量で見えるのか。

 さすが竜。


「じゃあ僕の指の方向に魔力閃光(アステショット)撃って」


【おう】


 僕は少し斜め下に角度をつけて地面を指差す。


発射(シュート)


 キュンッッッ!


 魔力閃光(アステショット)着弾。


 ドッカァァァァァァァァンッッッッ!


 ガレアの込めた高濃度魔力が地面にぶつかり発火。

 巨大な爆発に変わる。


 天を衝く爆炎が一瞬で辺りを照らす。

 うん、少し明るくなった。


 ガレアと暮葉の顔も見える。

 辺りにあった水銀の海も消えていた。


 蒸発したのだろうか。

 なら狙い通りだ。


 今の魔力閃光(アステショット)は光源確保と水銀を消し飛ばす意味合いがあったから。


 ここで僕は考える。

 さっきの攻撃等の一連の流れについて。


 当たる瞬間魔力壁(シールド)が破られる時の特有の音はしなかった。

 と言う事は横には魔力壁(シールド)は張られていなかったと言う事だ。


「ねえガレア?

 魔力壁(シールド)って確か全方向に張ってるんだったっけ?」


【ん?

 前にも言ったけど良く解んねぇよ】


 確か竜界でも同じ事聞いたっけ。

 辰砂はどうだったんだろう。


 こちらが攻撃すると解っていて、魔力壁(シールド)を張らずにいるだろうか。

 おそらく辰砂が考えていたのは魔力壁(シールド)への衝撃や破損で火力を測ろうとしていたはずだ。


 そして腹や胸にストレートが来ると予測していたと思う。

 それが予想に反して横っ面を思い切り右フックで殴ってやったんだ。


 まあ仮に魔力壁(シールド)張っていたとしても破る自信はあったけどね。

 僕はこの段階で自身の成果に溺れ、本来の目的を忘れていた。


「あっ……」


 僕は気づいた。


 怒りのままに思い切り辰砂を殴ってしまったけど、これでもし死んじゃってたら……

 (つづり)さんが。


―――シンコさんっ!?

   シンコさんっ!?

   ポンコポンコ


―――何よ。

   うるさいわねえ。

   ポンコペンコ


―――(つづり)さんの様子はどうです?

   ポンコポンコ


―――今病院へ搬送されたわ。

   ポンコペンコ


―――やはり(つづり)さんの症状はペストです。

   しかも魔力を通して特別に調合した奴だと言ってました。

   ポンコポンコ


―――そう。

   最悪のケースだったって事ね。

   とりあえずこっちも専門医に召集をかけているから。

   ポンコペンコ


―――専門医?

   ポンコポンコ


―――特殊交通警ら隊、御用達の竜河岸の医者よ。

   ポンコペンコ


 医者と聞いて一人浮かんだ。

 口癖が“ん~~?”のあの医者だ。


―――その医者って……

   もしかしてD.D(ディーディー)の事ですか……?

   ポンコポンコ


―――そうよ。

   知り合い?

   ポンコペンコ


 やっぱり。

 僕が竜界から帰って来た時、兄さんがD.D(ディーディー)の病院を搬送先に選んだのはそう言う理由か。


―――知り合いって言うか……

   一度治療してもらった事があるんです。

   ポンコポンコ


 ■抗井独歩(あらがいどっぽ)


 警視庁公安部特殊交通警ら隊御用達の医者。

 元竜河岸。

 拝金主義者。

 家庭が竜河岸の家系にも関わらず、さほど裕福では無く平々凡々とした暮らしだった。

 “俺は違う。もっとBIGになる”

 と一念発起。

 儲けたいが為に医者を志す。

 医大学生の頃、魔力の有害性に自ら気付き、独自に研究。

 そこから魔力専門の竜河岸医者となる。

 魔力の汚染なんて意味不明の病気だから保険なんかも適用外。

 治療費も自分で想いのままである。

 本人が望んでなくても半ば闇医者の様になってしまう。

 だが本人は隠れているつもりも無いし、普通に保険適用内の患者も診る事もある。

 個人開業医に似つかわしくない巨大な病院を所有している理由は保険適用外の竜河岸から法外な治療費をふんだくった結果である。

 あだ名はD.D(ディーディー)

 DoctorDoppoの略。

 頭と語尾に“ん~~?”と間延びした言葉をつけるのが特徴。 


 本編 百三~百五話 参照


―――あらそう?

   まあD.D(ディーディー)に任せておけば何とかなるんじゃない?

   だからボーヤも解毒方法を聞き出そうとか考えなくて良いからね。

   気にしないで全力でやりなさいな。

   ポンコペンコ


 お見通し。

 もうこの(ひと)は僕の中でシンコさんだ。

 しかしこれで僕はもうあのゲスな実験に付き合う事は無いんだ。



 ガクン



 急に膝が折れた。


「あ…………

 れ…………?」


 踏ん張ろうにも力が入らない。


 ドシャァァッァァッッッ!


 地面に倒れ込む僕。


【あれ?

 竜司?

 どうしたんだよ………………?】


「竜司っっ…………?」


 ガレアと暮葉の声が遠くに聞こえる。

 意識が遠く遠く遠く。




 僕は気を失った。




 一時間後。



「う…………ん」


 僕はゆっくり眼が覚める。


 頭に柔らかい()()

 僕はフニフニ柔らかい()()を枕に寝かされている様だった。


 サラッ


 優しく頭に触れる細くて冷たいもの。

 これは掌だ。


「良かった……

 竜司……

 起きた……?」


 上で暮葉が優しい笑顔を浮かべている。

 僕は暮葉に膝枕をされていた様だ。


「ご……

 ゴメン……

 すぐにどくから……」


 僕は頭をどけようとする。


 が、動かない。

 何かこの状態懐かしい。


 栄の頃を思い出す。

 だけどその時とは身体の感じが違う。

 動こうとするのを体内に潜んでいる()()が阻害している様だ。


 でも体内で存在しているのが解れば、魔力注入(インジェクト)で除去できるのでは。

 まだ魔力残ってるかな?


 集中(フォーカス)


 身体全体に魔力を行き渡らせる。


 発動(アクティベート)


 ドルンッ!

 ドルルルンッッ!

 ドルルルルンッッ!


 身体から異物がどんどん消えていくのが解る。

 これは上手く行きそうだ。


 と、思った矢先。

 また異物に縛られる身体。


 一旦消えたと思ったが、また異物が発生して身体を縛る。

 爆発的に繁殖した様だ。


 そして、急に嗚咽も込み上げてくる。


「ゥオェェェェェェェッッッ!」


 僕は大量に吐いてしまう。

 暮葉の膝に。


 口から出た汚物に塗れる暮葉の膝。


「……ッカハァッ……

 ゴメン……

 暮葉……」


「ううん……

 気にしないで……

 苦しいんでしょ……?」


 膝が汚物にまみれているのにも関わらず、上で表情を変えず、微笑んでいる暮葉。


 優しく僕の頭を撫でてくれた。

 労ってくれる暮葉の優しさが本当に嬉しかった。


 ザッ


 視界の外で足音が聞こえる。


「あー…………

 今のはヤバかった……

 死ぬかと思った……」


 辰砂の声だ。

 首は動く様だから声のした方を見る。

 未だ燃えているガレアの灯した炎の明かりに照らされて、ぼんやり浮かぶ辰砂の顔に絶句した。



 首が曲がっている。



 ただその曲がり方が異常なのだ。

 角度にして約二百四十度。


 首の可動域を大幅に超えている。

 この状態でどうやって動けているんだ。


「首……」


「んあ……?

 あぁ~~……

 何か視界がおかしいと思ったら首か……」


 顔をほぼ逆さまの状態で普通に話している辰砂。

 両頬を手で押さえる。


 って言うかよく生きていられるなコイツ。


 グギギギギィィィッッ


 力任せに首を回転させ始めた。

 鈍く重く。


 その様子はゾンビやアンデッドの様。

 本当に人間かコイツ。


 ゴキィィッッッッ!


 大きな骨の音が響く。

 首の位置が正常に戻る。


 が、もうコイツを人間としてみる事が出来ない。

 悪魔のような口が開く。


「あー……

 アー……

 あー……

 よしこれで位置は大丈夫だな……

 あとは魔力注入(インジェクト)で……」


「お前…………

 何で生きてるんだよ……」


「んあ……?

 俺は痛覚鈍麻の処置してるからな……

 並大抵の事じゃあ死なねぇよ……

 それよりもさっきの攻撃だよ……

 オマエ……

 魔力注入(インジェクト)で毒素除去してただろ……?」


 痛覚鈍麻だって?


 確か漫画でコールドトミーっていう痛覚除去の処置があるって言うのを聞いた事があるけど、その一歩手前って事かな?

 おそらく痛みを感じにくい身体って事だろう。


「オイ…………

 実験動物(サンプル)の癖に無視してんじゃねぇよ……」


「そうだよ……

 身体に毒がある状態で拳なんて振るえないだろ……」


 それを聞いた辰砂の顔が笑顔になる。

 ねっとり纏わりつく様ないやらしい笑い。


「……愚か者(アンベジル)……

 テメェッッ!

 中毒状態で殴らなきゃ比較にならないだろうがぁっ!?」


 顔は笑っているが、声色は物凄く怒っている。


「んでオマエ……

 何でずっと寝てんの……?」


 と、思ったらすぐに平常。

 辰砂はもしかして精神を患っているのではないだろうか。


「知らないよ……

 何か急に身体が動かなくなったんだ…………」


 カクン


 僕の言葉を聞いた辰砂の顔が真横に傾く。

 眼が正円状。


 ギョロギョロ動いている。

 気持ちの悪い観察モードになった。


「フム……

 大量の嘔吐……

 身体は動かない……

 そしてこのタイミング…………」


 呟いた後、途轍もない怒りの表情。


「ヘァァァッ……

 オマエそりゃ気化水銀(ヴァプール)が発動してるんだよ……

 ケハハハァッ……

 コイツァ強力ダゼェ……

 水銀(メルキュール)よりも血感染アンフェクシオン・サンよりもナア……」


 僕はいつの間にか被毒していた?

 どういう事だ。


「いつ体内に入ったんだ……?

 怪しい動きはしてなかったのに……」


 僕の問いに怒りの表情を変えない辰砂。


「ヒャハッ……

 オマエ息してるだろ……?」


 怒りの表情はそのままで声色は笑っている。

 そして、この回答にもならない回答で僕は察した。


「気化した…………

 水銀か…………」


「おー……

 馬鹿だと思っていたら今回は察しが良いじゃねえか実験動物(サンプル)……

 この毒は悪食ダゼェ……

 体内の魔力を喰って爆発的に繁殖するからナア……

 他の竜の魔力だろうと知ったこっちゃねエ……

 タダナァ……

 発症タイミングを操作出来ねぇんだよナァ……

 いつ発症するかはまだまだ研究不足だァ……

 遅効性だし……」


 動けない僕の前で調子に乗ってペラペラ話している。


「何で動けないんだよ……」


「んあ……?

 そりゃ神経系に作用するからだろ……

 オマエ俺が何でペラペラ喋ってると思ってんだ……?」


「…………何でだよ……?」


 理由を聞いた僕を亀裂の様な笑みを浮かべ、悪魔の様な顔で見つめる。


「ケヒャァッ…………

 オマエはもう死ぬからだよ……

 気化水銀(ヴァプール)が発症した身体はまず全身の運動神経に感染して動きを阻害する……

 そこから中枢神経に感染。

 痛みと灼熱感が襲ってくるゥ……

 そして最後ォ……

 脳に感染して昏睡状態……

 そのまま……」


 ここまで言った辰砂は首を掻っ切るジェスチャー。

 そこまで行ったら絶命すると言う事だ。


 コイツ今回も表情と感情が一致してやがる。



 ……………………え?



 って言うか僕死ぬの?


 今自身に起きている事態が火急で切羽詰まった緊急事態だと認識した。


 発動(アクティベート)ッッ!


 ドルルンッ!

 ドルルルルンッッ!


 僕は再び回復を試みる。


 駄目だ。

 一旦除去される感触はあるが、また元に戻る。


「ハァッ……

 ハァッ……

 ハァッ……

 ハァッ……」


 焦る僕。


 嫌だ。

 死にたくない。


 暮葉と披露宴も挙げてないのに。

 お爺ちゃんとも仲直りしたんだ。


 ここから大学に行って友達も作って。

 色々やりたい事もあるんだ。


 僕の未来。

 僕が自分で勝ち取った未来。


 それが無くなる。

 消えてしまう。


「タダなぁ……

 こうなっちまうともうオマエの実験動物(サンプル)として利点は、ほぼ無くなるんだよなぁ…………

 しょ~がネェ…………

 それじゃあオマエが連れてるメスに実験動物(サンプル)をやってもらうとするか……

 タイトルー……

 “中毒状態での子宮への影響”ー…………」


 ザッ


 辰砂が一歩前に踏み出す。


 オイちょっと待て。

 まさか暮葉の事じゃ無いだろうな。


 辰砂の目線はもう僕を見ていない。

 上の暮葉を見ているのが解る。


「ヤメロォォォォォォォォッッッ!!」


 僕は叫ぶ。

 叫んで首をブンブン振る。


「無駄無駄無駄。

 一度気化水銀(ヴァプール)が発動したら、満足に動けネンだよ……

 オマエはそのまま身体を動かす事も出来ず……

 ………………死ぬんだよ……」


「暮葉ァァァァァァッッ!

 逃げてェェェェェッッッ!」


「えっ?

 えっ?

 何っ?

 どうしたの竜司っ?

 何でこの人こっちに歩いて来てるのっ?」


 戸惑い、その場から動こうとしない暮葉。


 駄目だ。

 暮葉は事態を把握していない。


 僕がやらなきゃ。

 こうなったら大魔力注入(ビッグインジェクト)



 いや、それを超える最大魔力注入(マックスインジェクト)を使ってやる。



「ガレアァァッァァァァァァァァッァァ!!!」


 僕は叫ぶ。

 最大級の魔力を引き出すために。


 ムゥゥゥゥゥニョン。


 こんな音が聞こえてきそうな程、大きな。

 本当に大きな魔力球がガレアの身体から滲み出してきた。


「んあ……?

 何だ……?

 この濃い魔力は……」


 余りに大きな魔力球の為、辰砂の歩みも止まる。

 興味がガレアから出た特大魔力球に移った様だ。


 フヨフヨ


 物凄く大きな魔力球のせいか、その様相を初めて確認した。

 表面はフルフル震えて柔らかそう。


 周りは白緑色。

 そこから中心に向かって緑が濃くなり、中心は常磐(ときわ)色。


 中に小さな光る粒子がチリチリ忙しなく動いている。

 魔力球ってこんな感じだったんだ。


 フワフワ軽く浮きながら、ゆっくりこちらに向かってくる。

 正直出しては見たものの、こんな途轍もなく巨大なものを身体に入れて大丈夫だろうか。


 いいや迷うな。

 ここで躊躇したら暮葉に危険が及ぶ。


 僕は暮葉の夫になるんだ。

 僕が護らないでどうするんだ。


 ピトッ


 特大魔力球の表面が僕の右上腕部に触れる。


 シュゥオォォォォォォッッッッッ


 見る見る内に上腕部に吸い込まれていく特大魔力球。

 それは洗面台の排水口に吸い込まれる水の様。


 全て体内に吸収。



 バァァァァァァァンッッッッ!!



 何だっ!?

 うわっ身体が浮いてるっ!!


 今の巨大な爆竹の様な音は魔力を取り込んだ時に起こる心臓の高鳴りか。

 いや、高鳴りって言っても身体が浮く程って一体どんだけ。


 いやいやいやいや。

 そんな事を考えている場合では無い。


 早く保持(レテンション)を行わないと。

 魔力酔い(ウェスティド)を起こしてしまう。


「うおすげぇ……

 巨大な魔力を吸収した人間って浮くのか…………

 前言撤回……

 オマエまだ実験動物(サンプル)として使えるな……

 タイトル変更ー……

 “限界を超えた魔力注入(インジェクト)の威力”ー……」


 浮いている僕の耳に辰砂の勝手な物言いが聞こえる。

 これでとりあえずは暮葉に危害が及ぶことは無い。


 だが辰砂をどうにかしないと危機が去った訳では無い。


 保持(レテンション)


 ガシュガシュガシュガシュガガガ


 保持(レテンション)が完了すると体内で濃縮され()()()()()様な感覚がする。

 その特有の感覚が無い。


 まだ足りないのか。


 保持(レテンション)ッッッ!


 ガガガシュガシュガシュガシュガシュ


 まだ足りない。

 もっとだ。

 もっと。


 保持(レテンション)ッッッ

 保持(レテンション)ッッッ


 ガガガシュガシュガシュガシュガシュ

 ガシュガシュガシュガシュ


 身体が熱い。

 まるで小型の太陽。


 この熱さは魔力酔い(ウェスティド)の兆候だろうか?


 やはり僕には無理なのか。

 あんな巨大な魔力を制御する事なんて出来ないのか。


 いや、信じろ。


 お爺ちゃんが教えてくれた“三則”を。

 先人の知恵を。


 絶対に上手く行く。

 僕が成功させて見せる。


「クッッッソォォォォォッッ!

 保持(レテンション)ッッッッッ!!!

 暴れるなぁぁぁぁぁぁッッッッ!」


 ガガガガシュガシュガシュガシュガシュ


 どうだっ!?



 ………………ん?



 やった。

 感覚がさっきとまるで違う。


 体内に感じる濃縮された巨大な力。

 先の様なギラギラした熱さは感じない。


 いや熱い事には熱いのだが、脈打つ力を感じる。

 じんわりと芯まで温まる母親の手の中の様な熱さ。


 成功…………

 したのか?


 集中(フォーカス)


 力の一部分を身体全体に拡散。

 これは現在僕を縛っている毒素の完全除去が目的だ。


 発動(アクティベート)


 ドルルンッ!

 ドルルルルンッッ!

 ドルルルルルルルンッッ!


 体内に響くエンジン音。


 さぁ僕を縛る身体の毒素よ。

 ここから出て行けぇぇぇぇぇッッっ!


 ブァンッッッ!


 僕を中心に吹き荒れる風圧。


「んあっ!?」


 その圧に押され、辰砂の身体がよろめいているのが見える。


 これで…………

 大丈夫なのか……?


 体内に意識を集中しても異物が残っている様な感触は無い。


 右拳を握る。


 ギュゥゥッッ!


 よし、続いて左拳。


 ギュゥゥゥッッ!


 大丈夫だ。

 動く。


 フワッ


 浮いていた僕の身体が優しく着地。


 バサァッバサバサッ


 問題無い。

 ちゃんと立てる。


 僕の身体から噴き出る風に着ている警視庁のコートがはためいている。

 この風は言わば体内にある超濃密魔力から溢れ出る余剰風。

 ガレアを解放した時に起こった魔力風みたいなものか。


「竜司から風が吹いてる……」


【竜司、お前どうしたんだ?

 何かタイガーボールみたいになってんぞ】


 ガレアも僕の変貌ぶりに驚いている。


 タイガーボールのキャラに似ていると言いたいのだろう。

 この漫画は“気”と呼ばれる力の炎の様な物を全身に纏って戦うのだ。


「ガレア…………

 君の魔力のお蔭だよ……

 そして僕は……

 また強くなったッッッ!」


「んあ……

 スゲェ……

 こんな圧はウチの隊長以外感じた事ネェ……」


 顔を紅潮させ、嬉しそうな表情と声の辰砂。


 相手が感じている“圧”が呼炎灼(こえんしゃく)やハンニバル、お爺ちゃんと同等と言うのなら、僕はそれらと同じ力を持ったと言う事になる。


 ザッ


 辰砂の方を向き、身構える。


 正直僕は怖くなった。

 十四歳で呼炎灼(こえんしゃく)やお爺ちゃんと同等の力を持って大丈夫なのか。


 だけどそんな事は後回しだ。

 今はただ僕の好きな人を護る。

 それだけだ。


「暮葉…………」


「なあに?

 竜司」


「君は僕が護るッッ!」


 ###


「はい。

 今日はここまで……

 って(たつ)?」


 (たつ)の眼が爛々と輝いている。

 フンッと鼻息も荒く、顔も紅潮。


「パパーーッッ!

 カッケーーッッ!

 スゲーーッッ!

 ホントにタイガーボールみたいィィッッッ!」


 物凄く興奮している(たつ)

 ちなみにタイガーボール、連載時から五十年ぐらい経つが未だ小中学生に大人気の漫画である。


「ははは……

 僕も初めての頃は同じ事考えたよ……

 じゃあ今日も遅いからおやすみなさい……」

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