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第十話 『騎士の矜持と聖女の誓い』

 ――心象魔術【無敵の騎士団ナイツ・オブ・アンライバルド】。

 

 どんな敵でも打ち倒し、大切な人を守ることができる――。

 そんな、聖堂騎士団への強い憧憬を形とした魔術。

 発動と同時に、レオを中央として室内に嵐を思わせる魔力が吹き荒れる。


「……っ」


 嵐の中央に立つレオの清廉で苛烈な気迫に飲まれ、マルクスの呼吸が止まる。

 吹き荒れる魔力は次第に収まり、そのすべてがレオへと収束していく。


「……は」


 魔力が収まってすぐに、マルクスは息を抜くように笑った。

 何故なら、心象魔術を使用したレオに何の変化も起こっていなかったからだ。


 世界中で確認されている心象魔術の使い手の数は、十人にも満たない。

 現在、教国に存在している心象魔術の使い手はレオ・ウィリアム・ディスフレンダーただ一人。

 当然、マルクスはレオの心象魔術の効果を把握している。


「ディスフレンダー。虚勢を張るのはいいが、その効果を私が知らないとで思っているのかねぇ?」

「――――」


 【無敵の騎士団】。その能力は仲間同士での力の譲渡だ。

 魔力、筋力、敏捷力。

 そういった戦闘における能力ちからを仲間へ譲渡する、もしくは自身が受領する。


 レオが仲間であると認識すれば、非戦闘員からでも力を受け取ることができる。

 戦闘においての応用力は非常に高い。

 つまり、この心象魔術は仲間が多ければ多いほど、真価を発揮するのだ。


「確かに素晴らしい能力だよ、それは。だがねぇ、この屋敷には君の仲間はいない。こんなところで心象魔術を使おうとも、無意味だ」


 そう断じ、マルクスは全身から生やしたワームの口を大きく開かせる。

 心象魔術とはいえ、所詮は魔術。

 ワームの力を使えば、容易く喰らうことが出来る。


「本当に君は、馬鹿な男だよ」


 マルクスは十本のワームを、レオに向かって鞭のように振り下ろす。

 同時に、口を開いたワーム達に向け、魔術の行使を伝達した。


魔技スペル――――」


 ザンッと音がした。

 何の予兆もなく、放った十本のワームの頭部が両断されていた。

 その直後、爆発が起きたかのように両断されたワームが破裂する。


「なん――」


 理解の追いつかないマルクスが、言葉を言い切るよりも早く、その視界からレオの姿が消えていた。

 風のように吹き荒れた魔力の残滓から、レオが何かしらの魔術を使ったのだと悟るのと同時。


「――はァッ!!」

「お、おおお――ッ!?」


 濃厚な魔力を纏った刃が、マルクスへ向けて振り下ろされていた。

 それに反応出来たのは、マルクスが曲がりなりにも実戦経験を積んできたからだろう。

 剣を構え、その刃を防いだのと同時に、


「な、ごぁ!?」


 マルクスの巨体は吹き飛ばされていた。

 私室の壁を砕き、長い廊下へと無様に転がる。

 受け身を取って即座に立ち上がったマルクスだが、握っていた剣の刃は根本から粉々に砕けていた。


「貴方の行いは、聖堂騎士に相応しくない。人として、許してはいけないものだ」


 壁の穴から、レオが姿を現した。

 その身に纏っているのは、鎧を思わせるかのような重圧な魔力。

 その効果、その魔力量は、通常の強化魔術を遥かに凌駕している。


「馬鹿な! 何故、そんな力が!?」


 そう叫んだ直後に、マルクスは理解した。

 この屋敷にいるレオの味方は、たった一人。

 だが、その"たった一人"は聖唱魔術を使用できる魔術師である――と。


「あの女ァ。この私が目をかけてやったというのに……!」


 マルクスが憎悪を滾らせながら呟いている間にも、レオは近付いてきている。

 鋭くマルクスを睨みつけ、レオは宣言した。


「――何よりキリエを傷付けた。僕は貴方を絶対に、許さない」

「……ッ!! 貴様のような青二才に、許可を貰う必要などないと言っただろうが!!」


 マルクスが咆哮し、全身からワームを生やしていく。

 それと同時に、レオの心象魔術を剥がそうと"魔技簒奪"を使用しうと試みるも――、


「させない」


 ――刃が奔る。

 風切り音すら置き去りにして、藍色の刃が瞬いていく。

 魔力を吸おう口を開いたワームが、次々に切断されていった。


「……ッ! この、このォ!!」


 予備の剣を抜き、ワームと並行して操るマルクス。

 実力だけを見るならば、屈強な男達を纏め上げるに相応しい能力を誇る、俊敏で強烈な攻撃。

 しかし、レオには届かない。

 囲い込むような四方からの攻撃は容易く躱され、隙を狙った斬撃は弾かれる。


 当たらない、当たらない、当たらない。


「クソ、クソ、クソッ、クソがッ!!」


 それどころか、攻撃を潜り抜け、レオの攻撃がマルクスの体を抉っていく。

 頬、肩口、脇腹、腰、様々な部位が斬られ、瞬く間にマルクスの足元は自身の血で染まっていった。

 

 目を血走らせ、砕ける程に歯を食いしばり、必死に放つ攻撃もレオには届かない。

 魔力を奪う暇はなく、傷を治す余裕もない。

 四方八方から強襲も、訓練によって培った体捌きも、己の戦闘経験を活かしたフェイントも、渾身の剣技も、ジョージ達を利用して得た英雄の力も、何もかもが通用しない。


「こんな、ことが」


 マルクスは悟った。


 たった一人の女から得た力で。

 たった一人の女を守るために。

 自分が戦っている男はまさしく、無敵の騎士・・・・・になっているのだと。


「う、あああああぁあああああッ!!」


 視界で藍色に煌めく、無数の斬撃。

 マルクスは為すすべなく、追いつめられていく。


 すべてのワームが斬り落とされた。

 横薙ぎの一撃を辛うじて悟り、マルクスは防御体勢を取る。

 そして、結果は最初と同じだった。

 持っている最後の剣が砕け散り、自身は壁を無様に吹き飛ばされる。


「うぐ……ぁああ」


 地を這い、マルクスは壁に穴から私室へと必死に逃げ込む。

 ザリ、とレオの足音が背後から近づいて来る。

 やがて壁際へと追い詰められ、振り向くと、ほんの数歩前までレオが迫っていた。


「ま……待ってくれ……! 私を殺すつもりか!? 考えなおせ! 私はもうじき、一番隊へと配属される! それも隊長職にだ! 騎士団の中枢に入り込むことが出来るッ! ディスフレンダー君! 君は隊長になるのが夢なのだろう!? 私が手を回せば、君を隊長にすることなど容易い! い、一番隊の隊長の座でも、君に渡せる!」


 必死に言葉を並び立てるマルクスに、レオの目は冷え切っていていた。

 壁に寄りかかっているキリエは、無言でその様子を眺めている。

 

「そんなやり方で隊長になっても、僕の夢は叶わない。僕は自分の手で、隊長の座を掴みとってみせる」

「こ、ここで得た私との繋がりも君の実力の一つだ! 最大限利用するべきとは思わんかね!」

「思わない。貴方はもう、"騎士"じゃない。……ただの、外道だ」


 理解できない。青すぎる。愚かだ。

 夢を叶えるチャンスを得たというのに、レオはそれを切り捨てた。

 誇りなどといった、何の価値もない意地だけで。


「……殺しはしません。貴方には罪を償ってもらう」


 同じだ、とマルクスは内心で吐き捨てる。

 ここで捕まれば、やってきたことがすべて明るみに出てしまう。

 そうなれば、どれだけ手を回そうとも死罪は免れない。

 結局、マルクスは死ぬことになるのだ。


「ま……待ってくれ。そうだ。前隊長のことを覚えているかね!」

「……!」

「前隊長、ルーナ君のことだ!」


 前二番隊隊長。

 マルクスが就任する前には、ルーナという女性が務めていた。

 レオの実力を見抜き、二番隊の副隊長に推薦した人物だ。

 任務中に行方不明となっており、既に死亡したことになっている。


「彼女に会いたいとは思わないかね!?」

「ルーナ隊長の所在を知っているのか……!?」


 目を見開くレオに、マルクスは頷いた。


「か、彼女は私が捕らえている」

「――――ッ」

「彼女の居場所は私しか知らない! い、今から彼女と君を会わせてやろう!」


 レオの怒気に息を飲みながら、マルクスはそう告げた。

 マルクスを立ち上がらせると、レオは首元に剣をつきつける。 

 今のレオならば、マルクスが全身からワームを生やそうとも、即座に両断することが出来るだろう。


「変な動きはするな。……ルーナ隊長はどこにいる?」

「ち、地下の隠し部屋だ。鍵はそこの机に入っている」

「……取るんだ」


 剣を突きつけられたまま、マルクスは机の棚に手を伸ばす。

 一番下の封印が掛けられた棚を開き、マルクスはある物を取り出した。


「見せてみ――――」


 それを見て、レオは絶句した。

 マルクスの手の中に合ったのは、一本の手首だったからだ。


「なんだ……それは」


 保存魔術が掛けられていたのか、それはまだ生きているかのように白かった。

 小さく、どれだけの鍛錬を積んできたのかが分かる固い手のひら。

 長い指に、形の良い五本の爪。

 そして、手の甲にある一文字の深い傷。


「――――」


 その傷をレオは知っている。

 心象魔術を使いこなす訓練中に、加減を誤って前隊長に付けてしまった傷。

 すぐに治癒魔術で治すと、慌てて駆け寄ったレオに彼女は言った。


 ――バーカ。へっぴり腰だったお前が、この私の防御を越えてたんだぞ?

 ――これはお前が成長を示す証だ。

 ――可愛い部下の成長の証を、消してたまるかってんだよ。


 そう言って、前隊長は笑っていた。

 レオの成長を喜んで、本当に嬉しそうに。


「ルーナ、隊長」


 手首が、ポイと地面に投げ捨てられる。

 受け止めようと、レオが動こうとした瞬間。


「は、青いんだよ、君はァ!」


 嘲笑と共に、マルクスの一撃が放たれた。

 それまで数倍はあるだろうという、巨大なワームによる一撃。


「――黙れ」


 その不意打ちは、容易止められた。

 レオは片手で握った剣で、その一撃を防いでいた。

 もう片手に、前隊長の手首を掴みながら。


「……っ。ふん、良かったじゃないか! 前の隊長に一部でも会えて!!」

「黙れッ!!」


 続くマルクスの追撃も、当然のようにレオには通じない。

 "魔技簒奪"を使う暇も与えず、一瞬で斬り落とした。


 が。


「――狙いはそっちじゃないんだよ」

「っ」


 キリエの息を飲む声が聞こえた。

 振り返れば、最初にレオが斬り落としたワームがキリエへ向かって進んでいるのが見えた。


「斬り落としただけでワームの活動が止まるなど、私は一言も言っていないがねぇ」


 無数のワームの体が、ボコボコと膨れ上がっていく。

 

「喰らった魔力を暴走させ、あのワーム共は小規模な爆発を起こす」


 【無敵の騎士団】でレオにすべての力を渡しているキリエには、爆発を防ぐ手立てはない。

 

「――キリエッ!!」


 レオが振り返り、キリエの元へ向かう。

 その直後、床に転がっていたワームが一斉に爆発した。




 爆炎が晴れる。

 ワームの肉塊が飛び散り、緑色の血液で汚れた私室の中。

 全身を焼き焦がしたレオが立っていた。


「……ほう。間に合ったのか」


 レオの後ろには、キリエが呆然と壁にもたれかかっていた。

 纏っていた魔力を使い、レオはキリエを守ったのだろう。

 そのせいで自分の防御はおざなりになり、あの爆発をもろに喰らってしまっている。

 受けたダメージによって【無敵の騎士団ナイツ・オブ・アンライバルド】は解除されてしまっていた。


「ふははは! 実力で叶わないなら、別の手を使えば良い。青二才の分際で、私に勝てるとでも思ったかぁ?」


 爆発のダメージによって、レオは瀕死の傷を負っていた。

 今も、辛うじて立っているだけだ。


「ああ、そうそう。前隊長のルーナ君だがね、とっくに死んでいるから安心したまえ。彼女、最後までレオには手を出さないでくれ、と君を心配していたよ。いやー、いい上司をもったものだね、ディスフレンダー君!」

「……ッ」

「それとねぇ、ディスフレンダー君」


 マルクスが嗤う。

 そして、悪意で塗り固められた言葉を吐いた。


「――知っているかね? 首を締めながら犯すと、いい具合に締まりが良くなってねぇ!」

「――――」

「どうした、言葉も出ないかね?」


 レオは何も言わなかった。

 ただ、一歩。

 マルクスに向けて踏み出した。

 

「まあいい。そんな体で何が出来る? 死ね、ディスフレンダー!」


 マルクスが巨大なワームを放つ。

 満身創痍のレオには、それを躱すだけの余力は残っていない。

 嘲笑し、マルクスのワームがレオを丸呑みしようと、大きく口を広げた瞬間、


「――"神の雷光をここにアンセム・ライトニング"ッ!!」


 それは白い雷の槍だった。

 奔った雷の槍がワームを貫き、焼き焦がした。

 それだけでは止まらず、雷がマルクスの脇腹を吹き飛ばす。


「ぐ、あああああッ!?」


 雷で黒く焼けた脇腹を押さえ、マルクスが転げ回る。


「き、さま……ァ」


 立ち尽くすレオの目の前。

 それまで壁に寄りかかっていたキリエが、荒い息を吐きながら立っていた。


「レオ君に、手は出させない……!」



 ――ずっと、レオ君に守られてきた。

 

 あの森の時もそう。

 聖都に来て、キリエの力が邪魔だと暗殺されそうになった時もそう。

 対人関係に困った時だって、レオは助けてくれた。


 怖い時。寂しい時。悲しい時。苦しい時。辛い時。

 いつだって、レオ君は自分を助けてくれた。

 傷を負っても、君が無事なら良いと笑いながら。


 ――ずっと、レオ君に迷惑をかけてきた。


 困らせて、頼って、助けてもらって。

 いつだって自分は守られてばかりで。

 だから、せめて彼の夢を壊すまいと、マルクスとの婚約に応じたのに。


 結局また、迷惑をかけてしまった。

 自分が我慢すれば、なんて考えて。

 勝手な思い込みで動いて。


 ごめんね、レオ君。


 もっとちゃんと、話しあえばよかったんだ。

 レオ君が守ってくれて、すごく嬉しかった。

 レオ君はまた、こんなことは望んでない……って言うかもしれないけど。


 キリエは、一歩前に踏み出した。

 

 ――レオ君には、生きて欲しいから。


「――今度は私がレオ君を守る」


 マルクスへ向けて、白雷を撃ちだす。

 続いて、白炎を放つ。

 持てる聖唱魔術のすべてを放ち、そして――


「ばぁああああああかが」


 マルクスには、届かなかった。

 どんな攻撃を放とうと、マルクスには通じない。

 魔力を喰らうワームを前にして、キリエの魔術はただの餌でしかない。


「メスガキ、メスガキ、メスガキィ。なぁ、どれだけ私をコケにすれば気が済むんだ? あ? てめぇみたいなのはよぉ、黙って抱かれてりゃいいんだよ肉塊が――!!」

「……っ」


 ワームの一撃が、キリエに迫る。

 鮮血が撒き散らされた。

 ワームが斬り落とされ、緑色の血液がカーペットに染みこんでいく。


「――――」


 満身創痍なはずのレオの一閃が、ワームを切断していた。


「死に損ないの……分際で……ッ!!」


 標的をレオに変え、マルクスがワームを放つ。

 向かってくる攻撃に、レオは一切の興味を示さない。

 ただ、マルクスを見据え、歩を進めるだけ。


神の聖火をここにアンセム・インシネレート――ッ!」


 その一撃を、キリエの炎が焼き尽くした。


「クソがァ……」


 マルクスは地面に転がっていた残りのワームに指示を出し、キリエを襲わせる。

 既に魔力切れに近いキリエには、そのワームに対応する余裕はない。


「――――」


 藍色の剣が煌めいた。

 キリエに襲い掛かろうとしていたすべてのワームが跡形もなく消し飛ぶ。


「ディス……フレンダァ……!!」


 レオは何も言わない。

 ただ、歩を進めるのみ。

 

「"魔技簒奪"」


 キリエの魔力を奪い、レオへの支援を中断させる。

 その合間を縫ったワームの一撃が、レオの肉を食い千切る。

 血が吹き出し、レオの足元におびただしい量の血液がこぼれ落ちる。


「――――」


 自身の血に足を滑らせそうになりながら、レオは覚束ない足取りのまま、一歩前に踏み出す。

 その瞳は既に、焦点があっていない。

 しかし、双眸が捉えているのはマルクスだ。


 如何なる攻撃を放とうと、レオはそれを自身の体で受け止める。

 しかし、キリエへ放つ攻撃はただの一つの漏らしなく、その剣で引き裂いていった。


 心象魔術は既に使えず、レオは満身創痍だ。

 持っているのは、何の力もないただの騎士剣。

 どう足掻いても、マルクスに勝てる道理はないはずだ。


「――――」


 だというのに。

 その眼光は鈍らず、その気迫は衰えず。

 焼け焦げた体で、溢れるような血を垂らしながら、一歩一歩マルクスへと近づいて来る。


「――――」


 言葉はない。

 ただ前へと踏み出すのみ。

 レオを守るキリエと、キリエを守るレオ。


「ぐ……ッ」


 傷付いたレオならば、四方八方からの攻撃には反応できないはずだ。

 まずはレオを支援しようとするキリエを殺す。

 そうなれば、レオを殺すのは容易いことだ。

 容易い、はずだ。


 レオは満身創痍なのだ。

 強化の魔術も使えない。

 勝てるはずだ。

 そうでなければおかしい。


 そう自分に言い聞かせ、マルクスが前を向いた時。


「――――」


 気付けば、一歩前にレオが立っていた。

 怖気の走るような、焦点の合わない双眸がマルクスを射抜く。

 ダラリと垂れ下がった腕が、ゆっくりと持ち上げられる。


 幽鬼のようなレオが握る刃が、鈍い光を放った。


「――ひっ」


 転がるようにして、マルクスは逃げ出していた。

 ワームを使えば、否、マルクスの実力ならば体術でもレオを殺せるはずだ。

 だが、予感があった。

 

 あと一歩、レオが前に踏み出せば。

 あの剣が振り下ろされれば。

 自分は、殺されていただろうと。


「ひあああああッ!!」


 殺される、殺される、殺される。

 悲鳴をあげながら、廊下を走りだした。



「はっ……はっ……」


 キリエに抉られた脇腹を押さえながら、マルクスは長い廊下を走る。

 宛もなく、無様に逃げ、ようやく、後ろからレオが追ってきていないことに気付いた。


「……私は何故、逃げて……ッ」


 あんな死に損ないに怯えるなど、どうかしている。

 今すぐにでも部屋に戻って、あの二人を殺そうか。


「……いや」


 その考えを否定し、マルクスは再び走り出した。

 ここまで来たのなら、あれを連れて来るべきだ。

 そうすれば、確実に二人を殺すことが出来る。


 向かっているのは地下へ通じる階段だ。

 侵入者二人を落とした罠部屋の最奥には、マルクスが時間をかけて産み出したワームがいる。

 九頭龍ヒュドラを模して作った、マルクスの誇る強大な兵器だ。

 あれを連れて来れば、レオ達を確実に殺すことが出来る。

 今頃、侵入者二人を喰い尽くして餌を求めているだろう。


「クソ……消耗が激しすぎる。喰らわなければ……」


 体内に埋め込んだアマツの力が、魔力を求めて暴走し始めている。

 捕らえている亜人でも喰らって、回復しなければならない。

 そう呟き、マルクスが廊下を曲がろうとした瞬間、


 ――四肢がドサ、と音を立てて地面に落ちた。


「は……ぇ?」


 呆けた声を漏らした直後、


「あ、ばぁッ?! があああああああああッ!!」


 傷口から鮮血が吹き出した。

 芋虫のように地面を転がりながら、マルクスは見上げる。




「――探したよ、マルクス」




 そこに、満面の笑みを浮かべた天月伊織が立っていた。

 血に濡れた、翡翠色の剣を握りながら。

次話で決着します。

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