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第三話 『大魔導の真価』

 周囲を覆う"妨害結界マジックディスターバー"の影響で敵の姿は見えない。

 魔力を探知することも出来ない。

 だが、王国式の魔術を使う連中に襲撃されれば、誰を相手にしているかは分かる。


 あいつを殺せなかった理由――"因果返葬"は、心象魔術を上手く使用できれば突破出来る。

 こちらが対処法を手に入れてから、わざわざ出向いてくれるとはな。

 よほどリューザスは俺に復讐して欲しいらしい。


 飛来する魔術を斬り落とし、結界の外を睨みつける。


「……何者だ! 姿を現せ!」


 正体は分かっているが、知らないふりをして襲撃者へ呼びかける。

 こちらの呼びかけには応じず、相手は姿を表さない。

 だが、結界内に反響するように声が響いた。


『我々は王国所属――"選定者"』

『王国に不要な存在を選別し、処刑する者なり』


 想像通り、相手は"選定者"。

 騎士団、魔術師団の枠を越えて編成された、王国最強の戦闘集団。


『天月伊織――魔族を滅する使命を与えられながら、魔族と行動を共にする穢れた勇者よ』

『僅かにでも人の心があるのなら、そこの魔族を滅した後、我々と共に王国へ戻れ』

『これは国王陛下の慈悲である』


 声は反響し、どこから聞こえているかは分からない。


「笑わせるなよ、選定者ども。王国の都合なんぞ、俺の知った事か」


 微塵の興味もない。


「リューザス、いるんだろ? 奈落迷宮の続きをしよう」

 

 それに、選定者如きに用はない。

 俺が会いたいのは一人だけだ。

 

「――今度こそ、殺してやるよ」


 返事はない。


『――――』


 だが、『声』の向こう側から聞こえた小さな息遣い。

 それだけで分かった。

 やはり、リューザスはこの場にいる。


『愚かだな、穢れた勇者』

『国王陛下の慈悲を無碍にするとは』

『貴様の存在は、王国にとってもはや不要となった』

『この地でその命を散らすが良い』


 残響が止む。

 もう声は聞こえない。

 相手も本気で殺しに掛かって来るだろう。


「伊織、冷静さを失うなよ。昂揚するのも分かるが――」

「……分かってる」


 "因果返葬"に対処出来るようになったからと言って、リューザスを容易く殺せる訳じゃない。

 それどころか、状況はかなり悪いといっていい。

 襲撃を仕掛けてきたということは、相手は俺達を殺す用意をしてきたということなのだから。


 再び、選定者からの襲撃が始まった。

 多方向から、高威力の魔術が連続して飛来する。 


 柔剣で受け流していくが、選定者達はすぐに使用する魔術を切り替えた。

 柔剣で受け流せないような、広範囲魔術が放たれる。


「――邪魔だ!」


 だがそれも、エルフィの魔眼で一網打尽にされる。

 重力に押し潰され、呆気無く消滅した。

 そのままエルフィは、周囲を囲む結界に魔眼を放つ。

 結界が爆裂し、大きな穴が発生した。


 だが――――


「……む」


 魔眼によって開いた部分は、ほんの数秒で元通りになってしまった。

 この結界は相当な魔力量で展開されているらしい。

 ならば、と外にいる連中を探知しようと、エルフィが結界の外を睨む。


「どうだ?」

「……駄目だな。"視えない"こともないが、私に捕捉されないように動き回っている」


 対象を視認出来なければ、エルフィの魔眼は使用できない。

 どうやら、魔眼の対策は万全らしい。


 そうしている内に、襲撃者は次の手に出た。


 結界内に二メートルを越える岩の人形がドカドカと入り込んでくる。

 遠隔操作出来る"人造土巨人ゴーレム"だ。

 八方からやってきており、俺達はまたしても囲まれる形になる。

 "妨害結界"の効果で動きは緩慢だが、真っ直ぐこちらに接近してきていた。


「……不味いな」


 後手に回らされている。

 魔術師リューザス相手に後手に出るのは、下策中の下策だ。

 何とかして、この結界を突破しなければならない。

 それも、今すぐに。


「エルフィ! さっき、一瞬だが結界の一部を破壊出来ていたな?」

「ああ。すぐに修復されたが、強度自体は高くないらしい」

「結界に近づいてから、もう一度魔眼を使ってくれ。修復される前に外に出る!」


 そう言ってすぐに、前へ踏み出す。

 立ち塞がる"土巨人"へ向けて魔石を投擲、"壊魔ブレイク・マジック"で消し飛ばす。

 

 バラバラになる"土巨人"。

 だが、逆再生されているかのように、弾け飛んだ部位が修復されていく。

 この手の土巨人は、核を破壊しないかぎりは再生し続ける。


「邪魔だ」


 修復されていくさまを分析して核の位置を特定し、翡翠の太刀で切断する。

 バキィッと音が響き、土巨人が地面に崩れ落ちた。 

 残骸を踏みつけ、結界へと走る。

 後ろから追ってくる土巨人は無視だ。

 

「エルフィ!」

「ああ……!」


 魔眼が再度、結界に炸裂した。

 結界に開いた穴から、俺達は外へ飛び出す。

 

「……む?」

 

 外へ出た俺達へ、選定者からの攻撃はない。

 襲撃を予想し、身構えていたエルフィが周囲を見回す。


「……どういうことだ。奴らの姿が見当たらんぞ」

「――――」


 思い返す。

 連中は最初、魔術で攻撃を仕掛けてきていた

 だがすぐに魔術は止み、人造土巨人が放たれた。

 

 俺達が土巨人を相手にしている間、連中は魔術攻撃をしていない。

 やろうと思えば、土巨人を操作しながらでも俺達を攻撃できただろうに。

 選定者はその間、何をやっていた?


 ――リューザスはその間、何をやっていた?


「――――ッ」


 不味い。


「エルフィッ! 今すぐこの場を離れるぞ!」

「伊織? それは、どういう」

「良いから、お前の"魔脚"を使って――――」







「――"喪失魔術ロストマジック・落星無窮"――」


 


 



 悪寒が走る。

 周囲の気温が一気に冷え込むような錯覚を覚えた。

 それはエルフィも同じだったようで、空を見上げて紅い双眸を見開いている。


 ――星が落ちてきていた。


 いつの間にか、頭上に青白く光る巨大な星があった。

 いや、星じゃない。

 あれは、膨大な魔力の塊・・・・・・・だ。

 

「選定者のやらが、使ったのか……?」

「違う。恐らくは……リューザスだ」


 あいつが姿を表さなかった時点で、何かの仕掛けをしているのだと考えていた。

 これほどの魔術を使われるのは、想定外だ。

 明らかに、あれは"喪失魔術ロストマジック"級の威力を内包している。

 衰えきったリューザスに、まさかこんな魔術が使えるなんて。


 選定者達の攻撃がやんだのは、この一撃から逃げる為だったのだろう。


「"魔脚"で逃げられないか?」

「……無理だな。あれが落ちれば、この山ごと吹き飛ばされる」

「そうか……」

「だから、最大火力の魔眼をぶつける。凄まじい爆発が起こるだろうが、お前の"魔毀封殺イル・アタラクシア"で防いで――」


 言い掛けたエルフィが、空を仰いで言葉を止めた。


「――――」


 今まさに落ちてきている星。

 その真上から、新たにもう一つ、こちらに星が落下してきていた。


「馬鹿な……! もう一つだと!?」

「……あれを二つ、生み出したってのか」

「あれでは、私が魔眼を撃っても……!」


 あの星が一つであれば、エルフィの魔眼と"魔毀封殺"で何とか対処できたかもしれない。

 だが、二つでは無理だ。

 今の"魔毀封殺"では、到底防ぎきれない。


「――――!」


 ダメ押しとばかりに、俺達の周囲を"妨害結界マジックディスターバー"が覆った。

 あらかじめ、入念に仕掛けをしておいたのだろう。

 俺達を、確実に仕留めるために。


『――終わりだ、アマツキ」

「リューザス……ッ!!」


 リューザスの嘲笑が響き渡る。

 それに呼応するように、一つ目の星が結界のすぐ上にまで迫る。

 エルフィは諦めず、魔眼を放つための魔力をチャージしている。

 

 だが、これでは――――

 

『そこのクソ魔族と共に、俺の魔術で潰れて死ね』


 勝ち誇ったリューザスの耳障りな声。

 星が迫る。


 このままでは、俺は死ぬ。

 目の間に復讐対象がいるのに、復讐を果たせぬまま。

 俺はまた、リューザスに殺されることになる。


 ――このままでは、俺達・・は死ぬ。

 

 あの星が落ちれば、エルフィが死ぬ。


「……させない」

『……あ?』

「――殺させない」


 帝国で、俺はエルフィと共に歩むと決めた。

 だからエルフィを殺させたくない。

 殺して、たまるか。


「俺が、助ける」

『は、今のてめぇに一体何が出来る』


 リューザスが嘲笑する。

 今のお前には、何も出来ないと。


 それは正しい。

 今の俺には、何も出来ない。

 だから――。


「――――」


 雑音は聞こえない。

 無駄なモノは視界に入らない。


 世界の動きが緩慢になった。

 灰色に染まった世界の中、遠くはなれた場所にアマツが立っている。

 迫る落星を見据えるその背へ手を伸ばす。


 電撃のように魔力が迸った。

 ここ数日、どれだけ使用しても感じなかった手応え。 

 今なら使えるとそう信じて、


「――【英雄再現ザ・レイズ】」


 俺は心象魔術を使用した。




 "魔技簒奪スペル・ディバウア"では駄目だ。

 あの星を二つ同時に奪うほどの力はない。


 "魔毀封殺イル・アタラクシア"では駄目だ。

 あの星を二つ受けきるほどの力はない。


 ならば俺が使うべきは――


「"魔撃反射インパクト・ミラー"――ッ!!」


 受け止めた攻撃の威力を倍にし、相手に返すカウンター魔術。


 魔力を纏った翡翠の太刀を振り下ろす。

 落星の一部に刃が触れる。

 その瞬間、落星の内包する魔力量が跳ね上がった。


『な……!? アマツ、てめぇまさか!』


 同時に、星が軌道を大きく変える。

 落下してきていたもう一つの星へ向けて、弾けるように上昇する。

 上昇してきていた星に突き上げられ、二つの星が霊山の遥か上空へ移動した。

 

「でかしたぞ、伊織!」


 その結果を見届けるよりも先に、俺はエルフィに掴まれる。


『ッ、クソが……!』

「慌てるなよ、リューザス」


 "魔脚"を発動したエルフィに抱き抱えられ、急激にその場を離脱する。

 直後、上空で凄まじい爆発が起こった。


 その余波に飲まれるよりも先に、俺達は霊山の麓へと到達する。

 激震する霊山を見上げながら、呟く。


「準備を整えたら、しっかり殺してやるから」



「馬鹿な……! "喪失魔術ロストマジックが……ッ!」

 

 霊山上空で消失した二つの星を見て、"選定者"第一席ハロルド・レーベンスが歯噛みする。

 いくら勇者と魔族でも、喪失魔術の二連撃にはどうすることも出来ない。

 ハロルドのその予想は、目の前で容易く崩れ去った。


「……穢れた勇者共がッ! 奴らが教国に付く前に追いつき、再び追撃を仕掛ける! 今すぐに奴らを」

「――待て」


 命令を下そうとしたハロルドを止めたのは、"宮廷魔術師"リューザス・ギルバーンだ。

 二つ続けての喪失魔術行使に、全身びっしょりと汗をかきながら、鋭い視線を選定者達に向けている。


「"落星無窮"を弾く相手だ。作戦を変更する必要がある。泳がせ、もう一度期を伺うべきだ」

「……それは我々選定者では、あの二人を殺せないと?」

「そうだ」


 リューザスは知っている。

 天月伊織の正体を。

 "落星無窮"を弾いた魔術のことを。


 天月伊織がアマツとしての力を取り戻しているのなら、選定者如きでは話にならないだろう。


 だから一度準備を整える。

 そう言おうとしたリューザスを、ハロルドを始めとした選定者達が睨み付けた。


「リューザス殿は、どうやら勇者を過大評価されているらしい」

「……なに?」

「まあ、無理もないでしょうな。貴方は二度もあの勇者によって醜態を晒しているのだから」


 挑発の言葉に、リューザスが激怒する。

 しかし、魔力を使い果たした状態ではロクに動くことも出来ず、ハロルドを睨み付けることしか出来ない。


「我々は"選定者"。王国最強の存在だ。勇者だろうが魔族だろうが、我々に裁けぬモノはない」


 ハロルドの言葉に、選定者達が無言で同意を示す。

 

「過去の遺物風情が、あまり大きな顔をするなよ。むざむざ英雄アマツを死なせた役立たずが。英雄アマツではなく、貴様が死んでいれば良かったのだ」

「……ハロルド、てめェ」

「国王陛下には、私から報告しておこう」


 睨み付けるリューザスを鼻で笑い、ハロルドは声を張り上げた。


「選定者の指揮は、第一席であるこのハロルド・レーベンスが取る!」


「「――はっ!」」


「リューザス殿は私に従い、魔術を行使するだけで良い」


 吐き捨てるようにそう言うと、ハロルドは選定者達に伊織を追跡するように指示を出した。

 短く返事をすると、数名の選定者が伊織達の向かった方向へと駆けていく。

 それを追って、ハロルド達も移動を開始した。


 リューザスだけが、その場に取り残される。


「クソ、クソ、クソッ、クソがァ……!」


 誰もいない空間で、リューザスが何度も拳を地面に叩き付ける。


「どいつもこいつも……ッ! 何が英雄だッ!!」

 

 その時、ハロルドの言った言葉が脳裏を駆け巡った。

 ――英雄アマツではなく、貴様が死んでいれば良かったのだ

 馬鹿が、とリューザスは唇を噛みしめて呟いた。


「俺は間違ってねえ……あの時も、そしてこれからも――」


 淀みきったリューザスの双眸。

 復讐に灼かれた魔法師の瞳は、伊織達の去った方向を睨みつけていた。


「あの馬鹿どもじゃ、アマツは殺せねえ」


 全盛期の自分でも殺せなかった化物を、あんな連中が殺せるはずがない。

 リューザスは包帯でグルグル巻きになった右手に視線を向けた。


「……アレを使うしかねェな」


 小さく呟き、リューザスはローブへ手を伸ばした。

 そこから取り出したのは、小さなネックレスだった。


 魔力付与品マジックアイテムではない、ただのネックレスだ。

 それは大した装飾は施されておらず、宮廷魔術師が身に付けるにしては酷く質素なモノだった。


「死ぬべきなのは、俺じゃねえ。あの甘ったれた、屑野郎だ」


 ネックレスを握り、リューザスは思う。

 誰が忘れようが、自分だけは忘れない。

 何があっても、絶対に。


「――三十三年前の復讐は、必ず……!!」


 それは、呪いのような呟きだった。


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