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第二話 『完全に化物』

 帝国と教国の国境線を越えて進んだ先には、大きな山がそびえ立っている。

 パルム霊山と呼ばれる、自然に魔物が発生する危険な場所だ。

 そのパルム霊山を越えてしばらく進んだ先に、聖都シュメルツが存在する。

 "聖光神"に縁のあるとされる、教国の誇る聖都の一つだ。


 ――その聖都の近隣に存在する小さな村に、二人の復讐対象が住まう孤児院がある。

 

 俺達はひとまず聖都シュメルツを目的地と定めた。

 復讐対象がどの面を下げて生活しているのをすぐに見に行きたかったが、何をするにも前準備は必要だ。

 装備品の整備や、孤児院に関する情報収集。

 それに、教国に存在する五将迷宮――"忌光きこう迷宮"についての下調べもしなければならない。


 そんな訳で、俺達はまずシュメルツに向かうため、パルム霊山を登っていた。

 登山の経験には慣れているが、この山を登るのはそれなりに骨が折れる。

 足場は悪く、地面はところどころが窪んでいる。

 霊山から噴き出る天然の魔素のせいか、木々や草花が異様に大きく視界も悪い。


 それに、


「……前方から三匹」

「了解」


 魔素の影響のせいで、頻繁に魔物に遭遇しているからだ。

 出没するのは主に尾が槍のように鋭い"尾槍猿"、樹木に擬態している"怪物樹トレント"などだ。

 エルフィの"検魔眼"で位置を特定し、接近してきた魔物を俺が斬り捨てている。


「迷宮程じゃないにしろ、流石に数が多いな。食事をしている暇もないぞ」

「夕食まで我慢しろ」

「むぅ……」


 血色の悪い木々の隙間から見える太陽は傾いてきている。

 もうしばらく歩いたら、野宿出来る場所を探すとしよう。

 

「前方に" 怪物樹トレント"だ。ええい、次から次へと! 伊織、蹴散らせ!」

「……あぁ!」


 ほんの数歩歩いただけで、魔物に出没する。

 この山は"堕光神"に縁のある場所らしく、それが影響しているのかもしれないな。


「私がまだ魔王ならば、ここの魔物達を服従させてやったものを」


 倒した魔物を残骸を見て、エルフィはそう忌々しげに呟いた。

 魔王か、か。

 そういえば、エルフィは魔王の証である"魔王紋"を持っていたな。


「魔物は魔王紋を持つ魔族か、それに認められた者に従うんだったか」

「ああ。そういう仕組になっている」

「どういう原理なんだ?」

「ふ……さっぱり分からん」

「偉そうに言うな」


 ……駄目だこいつ。


「エルフィの体にはまだ魔王紋が残ってるんだろ? 魔王に従っている迷宮の魔物じゃなくて、天然の魔素から生まれた魔物なら従わせられるんじゃないか?」

「……!?」


 そんな発想があったのか!? と言わんばかりの表情で見られた。

 嘘だろこいつ、もしかして試したことなかったのか?


「ふ……ふっ。その考えに至ったことを褒めてやろう、伊織」

「…………」

「そ、そんな目で見るな!」


 こいつは……。


「……それで、出来るのか?」

「私を誰だと思っている?」


 エルフィが不敵に笑う。

 ちょうどおあつらえ向きに、前方から三匹の尾槍猿が近付いて来ている。

 

 エルフィは、自信満々に魔物達の前へ出て行った。


「エルフィスザーク・ギルデガルドの名の元に命じる!!」


 山中に響き渡るような声と気迫を持って、エルフィが叫んだ。

 その威容は、後ろから見ている俺にも伝わってくる。

 これは、いけるかもしれないな。


「――私に従え!!」


 堂に入った仕草で、エルフィが尾槍猿へ指示を出した。

 元魔王と呼ぶに相応しい気迫に、尾槍猿達は――


『キアアァアア!』

「うわああ、伊織! 駄目だった!」


 エルフィに向かって、一斉に槍を突き出した。

 血相を変えて、エルフィがアクロバティックにその槍を躱していく。

 先ほどのエルフィの叫びを聞きつけた魔物達が、続々とこちらへやってきていた。


「…………」

「そんな目で見るな伊織ッ!」

「…………」


 結局、楽は出来そうもない。

 溜息を吐き、エルフィを引っ張って全速力でその場を離脱したのだった。



 木々の隙間から見えていた日はすっかり沈み、代わりに月が夜空に登った頃。

 俺達は開けたスペースを見つけ、そこに結界を張って野宿をしていた。


 街でエルフィが大量に買い込んだ食材を使ってシーフードシチューを作り、それを夕食とした。

 舌を火傷して涙目になりながらもガツガツ食べている様子から、エルフィは気に入ったようだ。


「ほら」

「うむ」


 差し出した水を一気に飲み干すと、エルフィは再び美味しそうにシチューを食べていく。

 まあ、悪い気はしない。

 昔もよく、こうして旅の中で何度か料理を振る舞った記憶がある。


 あの時も――――。

 あの時は、


 ――へぇ、アマツ。料理上手なんだね。意外だったよ。

 ――なんだこりゃァ。城で出される料理よりも美味え!

 ――料理まで出来るなんて、アマツさんは凄いです。


「――――」

「どうかしたか、伊織?」

「……いや、少し嫌な事を思い出してただけだよ」

「大丈夫か?」

「ああ」 


 一人で鍋の半分以上を平らげたエルフィが、満足気に腹に手を当てている。

 ……しまったな。

 くだらない事を思い出していたせいで、エルフィにシチューを持って行かれた。

 冷めない内に、自分の分も食べておく。

 

「そうだ、伊織。魔物との戦いで思ったが、お前もそれなりに力が戻ってきているんじゃないか?」


 俺のシチューにもじっと視線を向けてきていたエルフィが、ふとそんなことを聞いてきた。

 戦いの感覚を思い出し、首を横に振る。

 

「……そうでもないさ。魔核を三つも使ったのに、全盛期の半分以下の魔力しか戻ってきてない」


 "魔毀封殺イル・アタラクシア"や"魔技簒奪スペル・ディバウア"などの魔力を今の自分用に何度も調整を重ねた事で、ひとまず魔石を使わずとも満足に魔力が使えるようにはなった。

 だが、依然として全盛期からは程遠い。

 魔核を全部使っても、元の力が戻らない可能性を考えておいた方が良さそうだな。


「それに、あの心象魔術も満足に扱えていないしな」


 ディオニスとの戦いで習得した魔術の極地。

 習得してからそれなりに時間が経過したが、未だ使いこなせていない。

 何回か試したが、発動出来てもほんの一瞬。

 それも良い方で、発動すらしないこともある。


「私は心象魔術を使えないから何とも言えんが……」


 エルフィは口元に手を当て、考え込むように唸った後、


「よし、今から手合わせをするぞ」


 と唐突にそう言った。


「前に発動したのは、戦闘時だっただろう。戦いながらなら発動するかもしれない」

「今日も何度か魔物相手に使おうとしたが、一度も成功しなかったぞ。……いや」


 戦った魔物はどれも、心象魔術を使うまでもない相手だった。

 ディオニスとは比べ物にならない雑魚ばかりだ。

 素の力では勝てない相手に対しては、発動するかもしれない。


「分かった。やろう」



 ――吹き荒れる風に、結界が啼いている。


 無音で迫る風を、辛うじて翡翠の太刀で受け流す。

 そう――相手にしているのは、まるで風だ。

 その存在に気付いた時には、既に通り過ぎている。


「――"魔脚・無風閃"――」


 エルフィが取り戻した三つ目の部位、『両足』に宿っていた能力の一つ。

 吹き荒れる風のような速度で移動する、瞬速の力だ。

 だが、脅威なのはその速度だけではなく、卓越した技量によって、エルフィは『無音』で迫ってくる。


「……改めて、とんでもないな」


 "魔脚"で移動しながら、エルフィが"魔腕"を叩き込んでくる。

 それに対応出来るのは、英雄時代に身に付けた察知能力のお陰だろう。

 "柔剣"を使って、その圧倒的な威力を地面へ受け流す。


「どうした伊織。あの鬼に使っていた、"鬼剣"とやらは使わないのか?」

「あれを使うには、筋力も魔力も足りてないんだよッ!」


 追撃を受け流し、エルフィの質問に答えた。

 "鬼剣"はディオニスが編み出した剣技だ。

 あいつの持つ膨大な魔力量と人間離れした筋力を前提として作られているため、どちらも劣化している今の俺には使うことが出来ないのだ。


「――"魔腕・壊裂断"」

「ッ」


 振り下ろされる五爪を、バックステップで回避する。

 が、


「くっ……」


 エルフィの一撃が、地面を大きく抉った。

 足場を奪われ、こちらの体勢が大きく崩される。

 

「――"魔眼"」

「――――!」


 ――背後。


 気付けば、エルフィは俺の背後を取っていた。

 闇夜の中に、灼けるような紅蓮の双眸が煌めく。


 この体勢では、躱せない。

 "魔技簒奪スペル・ディバウア"や"魔毀封殺イル・アタラクシア"は間に合わない。

 

 エルフィから感じる、肌がひりつくような魔力。

 こちらの装備では防ぎきれない。

 エルフィが勝利を確信した風に頬を緩めるのが見えた。


「――"灰燼爆"」


 紅蓮が迫る。

 この馬鹿、加減してねぇぞ。

 やばいな、流石に直撃すればただでは済まない。


「――――」


 視界にノイズが走る。

 あの後ろ姿が見えた。

 それはほんの一瞬で、ノイズも後ろ姿もすぐに消えていく。


 その一瞬で、十分だ。


 『勇者の証』から溢れだした魔力を翡翠の太刀に乗せ、迫る紅蓮へ真っ向から剣を振りぬいた。


「柔剣・第二鬼剣――"乖裂"」


 魔力と威力を込めた剣を上段から振り下ろす。

 翡翠の太刀が向かってきた紅蓮を両断した。

 爆風が木々を揺らし、砂埃が舞い上がった。


 こちらの一撃は"灰燼爆"を両断しただけでは収まらず、その先に立っていたエルフィへ激突した。


「うぉぉああ!?」


 "魔腕"で受け止めたエルフィが奇声を発し、結界を破って夜の山へと吹き飛んでいった。

 結界の穴から、中へ風が吹き込んでくる。

 それ以外の音は聞こえない。


「…………」


 あ、戻ってきた。

 自分が破った結界を修復すると、足早にエルフィがこちらへ近づいてくる。


「……殺す気か!」

「俺の台詞だ!」


 どの口で言う。

 あの威力の爆撃食らったら、こっちは丸焼けだぞ。

 

「私は心象魔術を使える切っ掛けを作ろうと思って、わざと威力を高めにして撃ったんだ!」

「それにしたってもう少し威力落としとけよ……!」


 あの時、ほんの一瞬だけ使用することが出来た。

 ディオニスの時とは比べ物にならないほど、短時間だったが。

 やはり、俺の心象魔術は自分よりも強い相手と戦っている時に発動するのだろうか。


「今ので服が汚れてしまった。汗もかいたし……さっき見つけた泉で体を洗ってくる」

「この気温でか?」


 冬という程ではないが、山なだけあって夜はそれなりに冷える。

 そんな中で冷たい水に入ったら風邪引くぞ。


「大丈夫だ。泉沸かすから」

「!?」


 ……こいつ、今とんでもないこといいやがったぞ。


「伊織、覗くなよ」

「覗くか馬鹿」

「分身体だから裸体を見られても私は気にしないが、泉を沸かす熱で周囲が灼熱地獄になるからな。人間のお前が近づいたら溶けるぞ」


 入浴の為だけに煉獄迷宮でも作る気かよ、こいつ。


「分かってるよ。ほら、さっさと行って来い」

「うむ、行ってくる」


 結界を一部解除し、エルフィが再び外へ出て行った。


「……まったく」


 俺も戦いで汚れて気持ち悪いな。

 街についたら、ゆっくり体を洗おう。


「さて……もう寝るか」


 購入した寝袋を設置し、その中に潜り込む。

 流石に前みたいに落ち葉に布を引いただけのベッドではしんどいからな。

 あくびをし、目を瞑ろうとした時だった。


 タッタッタッと足音が近づいてくるのが聞こえた。

 エルフィか。

 

「伊織、タオル忘れた!」

「ったく……」


 体を起こし、エルフィの方を向く。


「――――」


 化物がいた。


 生首が浮いている。

 その左右に腕が浮遊し、地面で二本の生足が動いていた。

 首、腕、足。

 

 完全に化物。


「あああああああァああッ!?」

「おおおおおおお!?」


 俺と叫び声と、それに驚いたエルフィの叫びが響き渡った。




 翌日。


 荷物を整え、出発した。

 途中、何度か魔物に襲撃されたが、軽く撃退している。


「生首だけの時でもだいぶホラーだったが、腕と足が追加されると余計に不気味になるな。正直あれは気持ち悪い」

「きもっ!? ぶ、無礼な! 伊織に裸を見せると怒るから、胴部分の分身体を消してきたんだぞ!」

「それでも他にやりようがあるだろ……。化物にしか見えなかったぞ」

「解せぬ……」


 次に手に入る部位が心臓じゃないことを祈る。

 胴体なしだと凄い絵面になりそうだからな。


 何度か休憩を挟みながら、進むこと数時間。

 ようやく、俺達は霊山の山頂に到着した。

 かなり遠くに、小さく街が見えている。


「おぉ、あれが聖都シュメルツか」

「ああ。距離的に、明日には到着出来そうだな」


 ここが折り返し地点だ。

 あとは降りるだけだから、体力的には楽になるだろう。

 迷ったりトラブルがなければ、そう時間は掛からないはずだ。


「日が暮れる前に、出来るだけ山を降ろう」


 そう言って、山頂から降りようとした時だった。


「……伊織!」


 エルフィが叫んだ。

 瞬間、周囲の空気が変わった。

 俺達を囲むように、結界が張られたのだ。

 周囲の魔力の流れが、極端に分かりづらくなった。


「――――」


 結界の作動と連動するように、外が光った。

 攻撃魔術が結界をすり抜け、俺達へと向かってくる。

 エルフィが"魔腕"で弾き、俺は"魔毀封殺イル・アタラクシア"で防御する。


「伊織、これは……!」

「……"妨害結界マジック・ディスターバー"」


 内部の魔力の働きを乱し、魔力探知や魔術の行使を妨害する結界だ。

 この結界のせいで、どこから攻撃されているのかが分からない。


 だが、この結界以上に気になっていることがあった。


 それは。


「この結界は……王国式・・・だ」


 これを行使出来る魔術師は、王国でも限られる。 

 誰が仕掛けてきたのかを、すぐに理解した。

 王国からの追っ手である、"選定者"。


 そして、恐らくそれを率いているのは――


「……リューザスッ!」


 結界の外から、魔術が降り注いだ。

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