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第一話 『異世界神話体系』

 魔王城。

 大陸中央に位置する、魔王軍本拠地。

 人間、亜人、多くの種族を相手にしながら陥落することない堅牢な城だ。


 その魔王城に、いち早くある報せが届いていた。

 それは大陸各地に設置された魔王軍拠点地"五将迷宮"、その一角"死沼迷宮"が陥落したという情報だ。


 奈落迷宮、煉獄迷宮に続く三つ目の迷宮の陥落。

 魔王軍の中でも、上位の実力を持っていた"水魔将"ディオニスの敗北。

 

 この事態に、魔王軍四天王の一人にして、魔王代行を任されているレフィーゼが動いた。

 "雨"である自身を始めとして、


 "歪曲"

 "消失"

 "天穿てんせん"


 魔王軍最高戦力である全ての四天王が、魔王城に集結している。

 議題は当然、陥落した迷宮のこと。

 そして、その迷宮を討伐して回っている者達のことだ。


「奈落迷宮の討伐は、かつての勇者パーティの一人、"大魔導"リューザス・ギルバーンとされていますが……煉獄迷宮、死沼迷宮の討伐には『黒髪の少年』と『銀髪の少女』が関与していたとの情報が入っています。黒髪の少年の関しては調査中ですが、銀髪の少女は……」

「ああ。間違いなく、エルフィスザークだろうな」


 レフィーゼの言葉を、その隣の席に座っていた者が引き継いだ。

 シワひとつない漆黒の軍服を着崩すことなく身に纏った、二十代後半に見える女性。

 深緑の長髪、睨み付けるような鋭い双眸、そして頭から生えるヤギのように捻れた二本の小さな角。


 魔王軍最高戦力である四天王の一人。

 "消失"グレイシア・レーヴァテイン。


「十中八九、エルフィスザークは既に『頭』『両腕』『両足』を取り戻しているだろう。『胴体』と『心臓』がまだこちらにあることを考えると、取り戻した力は四割程と言った所か」


 五つに分割していた内、既に三つの身体を取り戻した"元魔王"エルフィスザークの存在。

 迷宮が陥落したことも問題だが、こちらも深刻な問題だ。

 

 数十年前に起こった現魔王オルテギアとエルフィスザークの戦いは、魔族の間で未だに語り継がれている。

 何時間も続いた戦いの末、魔王城は半壊し、オルテギア派だった四天王の一人と大量の魔族が死亡、オルテギア本人も大きな消耗を強いられた。

 その強大な力をエルフィスザークが取り戻せば、オルテギア不在の魔王軍の損害は途方も無い物になるだろう。

 それは何としても防がなくてはならない。


「エルフィスザークさんの警戒も大切ですが、もう一人の勇者も注意すべきだと思いますよ」


 そこで、それまで黙っていた四天王の一人、ルシフィナが口を開いた。


「あの"英雄アマツ"を継ぐ者です。それが元魔王と組んで攻め込んでくれば、大変なことになりますからね。ディオニスさんもやられてしまったようですしね?」


 仲間の死を口にしながら、ルシフィナはクスクスと笑みを浮かべる。

 その様子に眉をひそめながらも、レフィーゼは頷いた。


 "元魔王"と"勇者"は魔王軍を脅かす存在だ。

 迷宮が討伐されたことで、各国の反魔王軍の動きが活発になってきている。

 もう、野放しにはしておけない。


「エルフィスザークと勇者の足取りは掴めていませんが、恐らく次に向かうのは教国でしょう。そこで確実に、両名を討ち取ります」

「ふふ、良いと思いますよ」

「……異論はねぇ」


 "歪曲"とルシフィナの二名が頷く。

 グレイシアは頷きつつも、


「エルフィスザークの対処は私に任せていただきたい。私はアレをよく知っているからな」


 碧眼を僅かに笑みの形に歪めながら、そう言った。

 それにレフィーゼが頷いたことで、会議は終了した。



 グレイシアが消え、会議室にはレフィーゼ、ルシフィナ、"歪曲"の三名が残った。

 青い表情で「ああでもない、こうでもない」と作戦内容を考え込んでいるレフィーゼの傍ら。

 ルシフィナを、"歪曲"が睨み付けていた。


「よう、"天穿"。てめぇ、ディオニスの野郎とは仲が良かったんじゃなかったのか?」

「ええ、彼とは三十年以上前からの付き合いでしたよ」

「ならなんで……そんなに楽しそうなんだ?」


 "歪曲"から見て、ディオニスは救いようのない屑だったが、それでも一応は同じ軍の仲間だ。

 「馬鹿な野郎だ」とは思うが、それでも正面から笑うようなことはしない。

 だが、ディオニスの訃報を聞いても、ルシフィナは楽しげに笑うだけだった。

 それが"歪曲"には気に食わなかった。


「ディオニスさんは前から『冥府に行きたい、冥府に行きたい』ってずっと言ってたんですよ」

「……それが、なんだってんだ?」

「いや、いけたのかなって思いまして。ふふ、ああでも、きっと彼はいけなかったんでしょうねぇ。"勇者"なんて存在に殺されてしまったんですから」


 心底楽しそうなルシフィナの笑いが部屋に響く。

 

「ディオニスさんとは長い付き合いですが、前から彼の器は見切っていましたしね。あんな極小の器しかない自尊心の塊さんが死んだって、滑稽なだけじゃありません?」

「……クズが」

「ふふふ、酷いですね。でも死んだ者のことなんて、どうでもいいとは思いませんか? 敗北してしまった弱い人のことなんて。それに、所詮彼は私にとって"保険"でしかなかったわけですしね」


 ルシフィナの言葉は、死者への冒涜だ。

 人間が信仰する"女神"を思わせるような美しい容姿を持ったルシフィナだが、その内面はどす黒く腐り切っている。

 理解できない、したくないと"歪曲"は首を振った。


「……はぁあ。その死んだ者の話なのですが」


 と、そこで席についていたレフィセーゼが溜息を吐いた。


「どうでもいい、とはいきませんね。あの水魔将が大量に集めていた奴隷をどうするかが問題です。戦力になりそうもないですし……」


 人間、亜人。

 数えきれない程の女性を、ディオニスは蒐集していた。

 奴隷にし、性処理や憂さ晴らしをするためにだ。


「なら、私が処分しましょうか? 剣の腕が鈍らないよう、試し斬りにしましょう。練習道具は生きていた方がいいですからね」

「…………、ええ。でしたら」

「待てよ」


 顔をしかめながらも、ルシフィナの申し出にレフィーゼが頷こうとした時だ。

 "歪曲"がそれを止めた。


「あの奴隷の中には、"妖精種エルフやハーフエルフもいただろうが」

「ええ、それがどうかしましたか?」

「ルシフィナ。てめぇ、同族を試し斬りに使おうってのか」


 ルシフィナは"妖精種エルフ"と人間の間に生まれたハーフエルフだ。

 同族が奴隷にされているというのに何も感じず、あまつさえ自らの手で処刑しようとしている。

 

「同族……?」


 ルシフィナは「理解できない」という風に首を傾け、数秒後。


「……ああ、そうでしたね。同族、ええ同族です。それがどうかしましたか?」

「……どうかしましたか、だと? 無意味に同族を殺して、なんとも思わねえかって聞いてんだよ!」


 ルシフィナは口元に手をあて、おかしそうに笑った。

 

「――思いませんよ? ふふ。もう、何を言っているんですか? ディオニスさん程度に捕まって奴隷にされるような弱い人達なんて、どうでも良いに決まってるじゃないですか」

「――――」


 直後。

 空間が"歪曲"した。


「気に食わねぇ」


 歪みの発生源は――"歪曲"。

 鋭くルシフィナを睨み付け、吐き捨てるように呟く。


「気に食わねえ。ディオニスの時の態度も、今の態度も」


 生きていれば死ぬ。

 そんなことは"歪曲"にも分かっている。

 味方も敵も、大勢が死ぬのを見てきたのだから。


 だが、それを冒涜し、侮蔑するルシフィナが気に食わない。

 同族の生き死にを「どうでも良い」と笑うルシフィナが気に食わない。 


「ふふ。貴方、少しだけアマツさんに似てますね」

「……なに?」

「甘くて、優しくて、とっても弱い所がそっくりですよ?」


 空気が凍った。


「――そうか。それは死にたいって意味だな?」


 歪みが強くなる。

 空間がねじ曲がり、それがルシフィナを囚えた。


 彼を"歪曲"たらしめる力。

 空間にすら干渉する強力な魔術を前にして、ルシフィナは笑うだけだ。

 クスクス、クスクスと。


 やがて、"歪曲"がルシフィナへ攻撃を放とうとして――



「――そこまでにしてください」



 唐突に室内に現れた圧力に、空間の歪みが消失した。

 それまで椅子に座っていたレフィーゼが、"歪曲"とルシフィナを睨み付けている。

 それだけで、"歪曲"は部屋の中が冷え込んだかのような感覚を覚えた。


「ルシフィナさん! 挑発しないでくださいッ! 仕事を増やさないで!」

「……ええ、すみません」


 レフィーゼの仲裁に、ルシフィナは"歪曲"に興味を失ったように部屋から姿を消した。

 それを見て溜息を吐くと、レフィーゼが席から立ち上がった。


「煽るルシフィナさんも大概ですが、すぐに手を出す貴方もあり得ませんからね!」


 "歪曲"へ鋭く指を向けてから、レフィーゼは青い顔でブツブツと呟く。


「もう勘弁してください。お仕事増やさないで。ああ、もう……オルテギア様になんと報告したらいいのか」


 部屋の中にギュルギュルと音がなる。

 レフィーゼがお腹を抑え、顔をより一層青くした。


「お腹痛い……。うぅ、お薬欲しい」


 ふらふらとした足取りで、レフィーゼは部屋から出て行ってしまう。

 興を削がれた"歪曲"は、振り上げていた腕を下ろすしか無い。


「……チッ」


 一人取り残された"歪曲"の舌打ちは、誰の耳にも入ることはなかった。




 ダルドス帝国を出て、俺達は東へ向かって進んでいた。

 目的地はレイテシア大陸東部に位置する国家――ペテロ教国だ。

 時には街に泊まり、時には野宿をし、トラブルもなく順調に帝国の東端にまでやってきている。


 今は帝国と教国の国境線を目指し、山道を歩いていた。

 俺の隣を歩くのは、前の街で買った果実を美味しそうに頬張る元魔王様だ。

 こいつ、いつも何か食ってんな。


「いいか、エルフィ。くれぐれも教国じゃ正体を気取られないようにしろよ」


 これから向かうペテロ教国は他の国と比べてかなり宗教が重視されている。

 昔は人間至上主義の者が多く、他種族への当たりが一番強い国だった。

 勇者パーティの一員であるハーフエルフのルシフィナに対しても、悪感情を隠そうともしなかったからな。


 だが、ここ三十年で情勢が変わり、教国内にも変化が訪れているようだ。

 他種族排斥派と他種族迎合派に分かれ、内部であれこれと争っているらしい。

 他種族への当たりは多少マシになったようだが、それでも魔族がいると知られれば”聖堂騎士団”が飛んでくるだろう。


「わはっている」


 モキュモキュと咀嚼しながら、エルフィがコクリと頷く。

 真面目な表情をしているようだが、口元が果汁でベタベタだ。


「……はぁ」

「んっ」


 溜息を吐き、街で買った布で拭ってやる。

 目を瞑り、されるがままになるエルフィ。

 拭き終わると、エルフィは偉そうに頷いた。

 

「うむ、ご苦労」

「ご苦労じゃねーよ」

「あいたっ」


 デコピンしてやると、エルフィが悲鳴をあげて額を抑える。

 上目遣いになって睨んでくるが、無視だ。

 こいつ、甘やかすと調子乗るタイプだからな。


「うぅ。……教国が他種族に対してどういう姿勢なのかはちゃんと知ってるさ。だから正体がバレるようなヘマはしない。封印される前に、何度か教国の者達と戦っているからな」

「それなら良い」


 エルフィはこれで要領がいいから、釘を差しさえすれば問題無いだろう。

 こいつは本当に、抜けているのか切れ者なのか分からなくなる。


「あそこは"神"を強く信仰しているからな。敵に回すとかなり厄介だ」


 今はどうかしらないが、罪を犯した亜人や、捕まえた魔族を火炙りとか串刺しにしてた国だからな。

 神敵認定されたら面倒なことになる。


「神か。知っているぞ。ほら……天に召します我が神っていう」

「召してどうする、召して」


 神を勝手に殺すな。 

 確か、天にまします我が神よ、という文言だったはずだ。


「まあ……召して、でもあながち間違いじゃないんだが」


 この世界にも、元の世界と同じように神話が存在している。

 八百万の神々がいた日本とは違い、こちらの神は二人だけだが。


 人間を創造したと言われる"聖光神"メルト。

 魔物を創造した言われる"堕光神"ハーディア。

 今の世界を創り出したのは、この二柱の神だと言われている。

 二人を合わせて、"創世の二神"と呼ぶ。


 かつて、メルトとハーディアは共に世界の創造を始めた。

 最初は協力しあっていた二人だったが、徐々に方針の違いが明らかになっていく。

 メルトは知性を重視し、ハーディアは力を重視していたのだ。

 ある時、二人はその行き違いから争いとなってしまった。


 激しい戦いは七日七晩続き、その末にメルトはハーディアに勝利した。

 敗北したハーディアは、メルトによって地の底へ封じ込まれてしまったという。

 勝者であるメルトもまた、戦いで深刻な傷を負っており、人間達に世界を任せて自身も眠りについたと言われている。


 その後、魔物が進化を遂げたことによって、亜人と魔族が生まれたとされている。

 より人間よりの知性を持ったのが亜人、より凶暴性を得たのが魔族……なんて言われているが、実際の所はどうか分からない。

 人間と魔物が混ざって亜人、魔族が生まれた、なんて説があるくらいだしな。


「教国で信仰されているのは"聖光神"メルトだけど……魔族は"堕光神"ハーディアを信仰していたりするのか?」


 ふと疑問に思い、エルフィに尋ねてみた。

 因みに亜人は、無信仰だったり、どちらかの神を信仰していたり、固有の神を信仰していたりと様々だ。

 

「『敗北した神など崇められるか』という者が多くてな。魔族で堕光神を信じている者はほとんどいない」

「エルフィはどうなんだ?」

「神に食べ物を供えるくらいなら私が食べたい」

「なるほど」


 そうこう話している内に、国境線が見えてきた。

 国境線の先にあるのは大きな山だが、あれを越えれば目的地だ。

 そこに、次の復讐対象が待っている。


「エルフィ。俺もだ」

「……?」

「俺も、神なんてモノは信じていない」


 本当にいたとしても、俺は信じない。

 信じられるのは、自分と、この間の抜けた共犯者だけだ。


「――行くぞ」


 裏切り者を殺す瞬間を想像して口元を歪ませ。

 俺達は教国へと足を踏み入れた。



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