表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/165

幕間 『鬼が嗤う間で』

 レイテシア中央。

 そこは大量の魔素が漂い、強力な魔物が闊歩する危険地帯として知られている。

 

 そんな場所に、漆黒の城が当然のように鎮座していた。

 たった一人の魔族によって創造された、魔鋼の荘厳な建物。

 見るものを圧倒する、禍々しい城。


 対魔術、対侵入者用の結界、入り口を塞ぐ強大な魔物。

 暗雲に覆われた空には、無数の龍種が飛び回っている。

 人間が軍を率いても、近付くことすら困難な難攻不落の魔城。


 その禍々しい城の名を"魔王城"。

 魔王オルテギア・ヴァン・ザーレフェルドが率いる魔王軍の拠点地である。


 魔王城は迷宮の一種だ。

 内部には巨大な迷宮核が設置されており、絶えず城の周囲に魔素を放出している。

 そのため、城の周囲には大量の魔物が生息していた。


 魔王城の一室。

 複数の魔族が長い机を囲み、顔を付き合わせていた。

  

 会議室には物々しい空気が漂っている。


 数日前、三十年もの間脅かされることのなかった迷宮の一角が陥落した。

 その原因究明と対策の為に会議が開かれることが決定したが、その当日。

 奈落迷宮に続き、煉獄迷宮が陥落したという情報が届いてしまった。

 

 これ以上迷宮を失う訳にはいかないと、開かれた会議だったが。


「結局さ、土魔将と炎魔将がグズの雑魚だった、って訳なんじゃないの?」


 そう口にしたのは、漆黒の軍服に身を包んだ鬼族の男だった。

 整えられた藍色の髪に、水色の瞳。

 線の細い体付きで、一見優男のような印象を覚える。

 だが、その瞳には侮蔑が浮かび、口元は嘲笑で歪められていた。


「僕はあいつらとは違うからね。他の魔族に踏み込まれるのはごめんだよ」


 顎を上げ、集まった魔族達を睥睨しながら、鬼族の男は不遜な態度で言葉を続ける。


「……ですが、オルテギア様不在の現状でこれ以上の失態は許容出来ません」


 鬼族の男の言葉に言い返したのは、蒼銀の髪と藍色の瞳を持つ魔族だ。

 "雨"のレフィーゼ・グレゴリア。

 魔王不在の状況で、魔王代行を任されている魔族。


「そもそも、土魔将と炎魔将を任命したのは君でしょぉ? 君の失態でしょ、これはさ」

「…………ッ」


 魔王代行を前にしても、鬼族の男――ディオニスは不遜な態度を崩さない。


 迷宮が二つも陥落した状況。

 他の迷宮を防衛する為、レフィーゼは迷宮の強化を提唱した。

 しかし、ディオニスはそれを必要ないと切って捨てたのだ。


「し、しかし、ディオニス様。帝国軍が不穏な動きを見せています。王国で召喚されたという勇者も気になりますし……ここは迷宮を強化した方が良いのではないですか?」


 その時、ディオニスの背後に立っていた魔族の少女が口を開いた。

 ディオニスの部下で、雑務などを任されている。

 人間と魔族の混ざり者の少女だ。


「あ、そうだね」


 くるりと振り返り、ディオニスが優しげな笑みを浮かべる。

 その直後。


「が――、ばっ!?」


 少女の顔が水で構成された球体で覆われた。

 酸素を奪われ、少女が目を白黒させながら藻掻く。

 だが、どれだけ動こうと少女の顔から球体は消えず、呼吸を封じ続けている。


「あのさ、誰が口答えを許したの? 下賤なカスの分際でさぁ、僕に口答えして許されるとでも思ってるのかな?」


 少女が口を開閉させて何かを言おうとするが、水に阻まれて外には聞こえない。

 徐々に少女の顔が赤く、やがて青色へと変わっていく。

 その様を、ディオニスは心底楽しそうに眺めていた。


「――見るに堪えねえ」


 声と同時、何かが煌めき、少女を覆っていた球体を失って地面へ落ちる。

 びしょ濡れになった少女が、勢い良く咳き込みながら地面に崩れ落ちた。


「そいつ、てめぇの部下なんじゃねえのかよ?」


 ディオニスの横の席に、それまで無言で腰掛けていた青髪の男。

 魔王軍四天王"歪曲"と呼ばれる魔族が、少女を助け、ディオニスを睨み付けていた。


「うん、そうだけど? だから僕の自由にしてるんだけど」

「……不快なんだよ。反吐が出る」

「ああ、そりゃごめんね」


 謝意のない謝罪を無視し、"歪曲"は崩れ落ちている少女に声を掛けた。


「おい、女。取り敢えず、部屋の外に――――」

「がっ」


 "歪曲"が声を掛けると同時、唐突に現れた一本の剣が少女の顔面を貫通していた。

 眉間を貫かれ、少女は既に絶命している。


「……てめぇ」

「不快って言ったから、掃除してあげたんだけどね? あっ、ごめん! 君、この子と同じ"混ざり者"だったっけ? 同情しちゃってたのかなぁ?」

「よく言った。それは"殺してください"って意味だな?」


 両者の間に一発触発の空気が流れたその時だ。


「――そこまでになさい」


 そこへ、レフィーゼが口を挟んだ。

 その気迫は、その場にいた全員が部屋の温度が下がったと錯覚する程だ。

 ディオニスが不機嫌そうに席に腰を落とし、"歪曲"が黙りこむ。


 レフィーゼはそのまま、強引に会議を進行した。


「分かりました。貴方の迷宮には手を加えない。それで決定しましょう。ただし」

「……わかってるよ、言われるまでもなくね」


 ニッコリと、無邪気そうに見える笑みを浮かべ、ディオニスが頷く。

 それを受けて、レフィーゼは告げた。


「……では、今回の会議は終了とします」



 他の魔族が出て行った会議室の中。


 女性の笑い声が響いている。


 部屋中に反響するように、クスクスと。


「……何がおかしいのさ、"ルシフィナ"」

「いえ、貴方は変わらないな、と思いまして」


 それまで、一度も口を開かなかった"ハーフエルフ"の女性。

 太陽の光を束にしたかのような艶やかに輝く黄金の髪に、見る者に慈愛を感じさせるような銀色の瞳。

 他の魔族とは違い、女性は緩やかなドレスを身に纏っている。


「それで、どうするんですか? 帝国軍はともかく、あのお馬鹿さんと同じ、勇者が動いているそうですよ?」

「どうもしないよ」


 ルシフィナの問いに、ディオニスは答えた。


「殺すだけさ」


 その答えに、ルシフィナがクスクスと笑う。


 帝国に設置された迷宮。

 死沼迷宮の守護者――――、


「あの勇者バカと同じようにね」


 "水魔将"ディオニスは、邪悪に微笑んだ。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ