第十八話 『ベルトガ』
「劣等種共が、鬱陶しいんだよぉ!!」
群がる冒険者達が、ベルトガの一撃で吹き飛ばされていく。
遠距離から放った魔術は炎で防がれ、接近して斬り掛かれば金棒で吹き飛ばされる。
疲弊した彼らでは、連携が取れていてもベルトガの動きについていけていない。
「チッ……あの化物が」
戦線には加わらず、俺達の手当をしてくれたミーシャが舌打ちをする。
彼女の仲間も、その様子を見て歯を食いしばっていた。
「エルフィ……魔眼は使えそうか?」
「無理だ。分身体を維持するのに必死だからな……」
状況は最悪だ。
先ほどの攻撃を喰らって、俺は骨が折れている。
外れた肩は戻したが、十全からは程遠い。
「伊織……そういえば、お前はポーチの中に別のポーションを持ってなかったか?」
「……あれは駄目だ。使えない。持ってた分は、もう使い切っちまったよ」
すぐ目の前で、冒険者が蹂躙されていくのが見える。
「クソ……」
ベルトガはあれでも鬼族の精鋭だ。
マーウィンの手下とは格が違う。
万全の状態ならともかく、今の状態で戦って勝つのは無理だ。
「うあああああッ!」
「ちくしょう……!」
「引くんじゃねえ……!」
鎧を脱いだゾルキンが猛撃を加えているが、ベルトガはその全てを弾いている。
炎龍を一撃で倒した攻撃ですら、ベルトガには届かない。
辺りに金棒を喰らった冒険者が何人も転がっている。
死者も出ているかもしれない。
「駄目だなぁ、全然駄目だ」
「何を……!」
悠々と金棒を振り回しながら、ベルトガが嗤う。
「有象ッ! 無象! 格! 格格格格格格格格格ゥ! てめぇらとは格が違うんだよぉぉぉ!!」
ベルトガの金棒が、嵐のように振り回される。
正面に立っていたゾルキンが吹き飛ばされ、周りにいた冒険者達が潰され、魔術師が金棒の放つ熱風で焼かれる。
やはり、あいつらでは勝ち目がない。
待っているのは、死だけだ。
「アァァマツゥ、逃さねぇぞ?」
冒険者達を吹き飛ばし、ベルトガが少しずつこちらに向かってきている。
「こんなッ! 格下共じゃッ! 時間稼ぎにしかッ! なりゃしねぇえよッ!」
持って、あと一分といった所か。
「……伊織さん達は、逃げてくれ」
カチャリと音を立てて、ミーシャが鞘から剣を引き抜く。
そして仲間に目配せし、
「少しでも時間を稼ぐ。その間に、迷宮から逃げてくれ」
「……お前達、死ぬ気か」
ミーシャがふっと引き攣ったような笑みを浮かべる。
「爺さんを治してくれたのも、店を直す金をくれたのも、伊織さんとエルフィさんだ。
ここに来るまでにも、二人は何度もアタシと仲間達を助けてくれた。
だから、ここで恩を返えさせてくれ」
だから、何だよそれ。
助けてくれたからとか、恩を返したいとか。
全部、俺を裏切った奴が言ってきた言葉じゃないか。
「なんで……そんなんで、命を投げ出せるんだ。どうして俺達を切り捨てて、逃げようとしないんだ……あんたらは死ぬのが怖くないのかよ……?」
「死ぬのは怖いさ。けど」
「恩があるとでも言うのか? どれだけの恩があったって、自分の命が危険なら逃げるんじゃないのか!?」
エルフィは黙って話を聞いている。
ミーシャの仲間も、黙っている。
「それも、あるけどさ」
ミーシャは、笑って言った。
「――助けたいと思ったから、助ける。それだけだよ」
「あ……」
それは。
英雄になり、理想に酔っていた頃の俺が言った台詞だった。
「……行くよ!」
仲間を引き連れ、ミーシャがベルトガへ向かっていく。
振り返らず、ただ真っ直ぐに。
「猫人種だぁ? 鬼と猫じゃ格が違うって分かんないもんかねぇ!」
俊敏な動きで、ミーシャがベルトガを翻弄する。
そのまま連続で斬り付けるが、彼女の攻撃力ではベルトガにダメージを与えられない。
仲間達の魔術も、ベルトガに届かない。
どうしたらいい。
そんな風に、逡巡した時だった。
「――――――」
ザッと視界にノイズが走る。
ほんの一瞬だけ、誰かの後ろ姿が見えた。
灰色の髪の男だ。
外套をはためかせ、何かに立ち向かうように立っていた。
視界はすぐに、正常に戻った。
「ッ」
恩を返したい、貴方を助けたい。
そう言って近づいて来た連中は、俺を裏切った。
裏切られたのは、俺が甘い理想に酔って、本質を見極められなかったからだ。
平和な世界を作りたいとか、大切な人を守りたいとか。
今でも、くだらないと思っている。
救いたいなど、現実の見えていないただの偽善だと。
だけど。
今、俺達の為に戦ってくれるああいう人達を見捨てて逃げるのは、違うだろう。
「……よし」
ミーシャが回収してきてくれた翡翠の太刀を抜く。
ようやく動くようになってきた腕で、ポーチから魔石を取り出す。
「どうするつもりだ、伊織」
「決まってる。復讐対象が目の前にいるんだ。ブチ殺すに決まってんだろ」
あのクズをここで逃せば、次にいつ会えるかも分からない。
だったら、ここで確実に殺すべきだ。
「ならば、私は私のやれることをしよう」
「……逃げないのか?」
「馬鹿者。金棒でぶん殴られたんだぞ。許して置けるか」
目を細めて、エルフィが言う。
「それにな、私が封印された時、あの男もいた。お前の部下はもう死んでる、とオルテギアに告げられた時、連中は私の部下の亡骸を玩具にしていたんだ。許せるわけ、ないだろう?」
「……分かった」
逃げずに戦うと、決めた。
◆
「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
ベルトガが声に魔力を乗せ、咆哮を放つ。
迷宮全域に響き渡るような音量を、ミーシャ達は正面から浴びた。
仲間が意識を失い、バタバタと倒れていく。
「――ぁ」
そう認識した時には、ミーシャの体も傾いていた。
全身から力が抜け、徐々に地面が近づいてくる。
倒れた自分に影が指すのが見えた。
「死にやがれ、ゴミがァ!」
金棒が振ってくる直前。
「――――」
黒いローブがはためいた。
間に入った誰かが、ベルトガの金棒を受け止めていた。
「あ……」
逃がした筈の伊織がそこにいた。
「雑魚どもの努力を無駄にしたなぁ、アマツ」
「……どうかな」
伊織とベルトガが打ち合う。
やはり、今の伊織ではベルトガに叶わない。
だというのに。
「英雄――――」
意識を失いゆくミーシャには、
戦う伊織の姿が、伝説の英雄の姿に重なって見えた。
◆
「今の俺様とじゃ、てめぇは格が違うんだよぉ!」
金棒を必死に受け流しながら、冒険者達から距離を取る。
ベルトガには、冒険者達は転がっているゴミ程度にしか見えてないのだろう。
彼らから距離を取っていることに、ベルトガは何も感じていないようだった。
「あの女の姿がねぇな、逃げたか。それに比べて、逃げないなんて、アマツさんは格好いいねぇ! まーだ英雄気取りですかぁ!?」
「く……ッ」
「その英雄も今の俺様とはぁ! 格格格格格がちげえええええええ!!」
「格格うるせえんだよ……!」
"加速"し、身体強化し、"魔技簒奪で攻撃の威力を落とし、"流水砲"や"壊魔"で攻撃する。
視界を狙った攻撃に、ベルトガが苛立った風に金棒を振り下ろす。
「"灼風"」
「っ!?」
その衝撃波が、肌を焼き尽くす熱風となって襲ってくる。
"魔毀封殺"を発動するも呆気無く突破され、全身を風に灼かれていく。
あまりの熱さと痛みに吐き気すらした。
今ので余力を殆ど使い切ってしまった。
だが、俺は笑みを浮かべ、ベルトガを挑発した。
「そんなに格格言うってことは、人間達に差別されてたのがよっぽど応えてたみたいだな? すげえコンプレックスだ」
「あぁ……?」
「そんなんだから、馬鹿の一つ覚えにしか罵倒出来ない、格格おじさんになっちまうんだよ」
「あああああああッ!?」
格格おじさんという呼称に苛立ったのか、ベルトガが金棒を力任せに薙いだ。
狙いも何もない、ただ力だけの一撃だ。
それを最後の力を使って受ける。
衝撃を出来る限り流しながら、その勢いを使って後ろへ吹き飛ぶ。
無様に地面を転がった。
痛みでどうにかなりそうだ。
「は……! 大口叩いといて、結局はなんにもできねえ!」
だけど、計画通りだ。
「あ……?」
次の瞬間、迷宮の温度が一段階下がった。
漂っていた魔素が消失していく。
「馬鹿で助かったぜ」
「まさ……か」
バッと視線を部屋の奥に向けるベルトガ。
その視線の先には、迷宮核を手にした、エルフィが立っていた。
「どうして……!? 部屋から消えた筈じゃ」
「視野が狭いんだよ」
俺が時間稼ぎをしている間に、あいつは生首の状態で冒険者達を隠れ蓑に、迷宮核へ向かっていた。
冒険者から距離を取ったのは、それを隠すためでもある。
「魔力が無ければ何も出来ない、か。盗みを働くことくらいは出来たようだぞ?」
「てめええ!」
「伊織、受け取れ!」
エルフィが迷宮核を投げる。
ベルトガが動き出す。
あいつに吹き飛ばされたのは、迷宮核を受け止めるためだ。
だが。
「ばああかッ! 俺様の方が早えよ!」
「っ……!」
ベルトガが魔術を放とうと、金棒を構えた。
クソ、迷宮核ごと、俺を焼く気か……!
「地獄へ落ちろ、アマァァァツ!!」
炎が放たれる、その直前。
「――あ?」
ベルトガの頭が軽く爆発した。
誰かがベルトガを魔術で攻撃したのだ。
「このカスが……ッ」
見れば、地に伏せたゾルキンが、ベルトガに腕を向けていた。
してやったりという表情で、そのまま意識を失う。
「しま――――」
「ッ!」
ベルトガが、ゾルキンへ気を取られた一瞬。
その隙に、迷宮核を受け取った。
虹色に輝くそれを握りつぶし、魔力を受け取る。
魔力を吸収しても、やはり力は完全には戻ってこなかった。
それまでより、使える魔力の量が増えるだけ。
これは賭けだ。
迷宮核を手にしても、ベルトガを倒せるだけの力が戻ってくるとは限らなかった。
体力も残り少なく、分の悪い賭けだ。
――それでも俺は、俺はその賭けに勝った。
「くそがああああああ!」
ベルトガが炎を放ってくる。
今までとは込められた魔力の量が違う。
極大の炎。
包まれれば、間違いなく即死だ。
だからこそ、都合がいい。
「――――」
迷宮核を使って取り戻した全ての魔力と、大量の魔石を一瞬で使い切って、たった一つの魔術を発動する。
翡翠の太刀を光が包み込む。
向かってくる極炎に向けて、そのまま太刀を振り下ろした。
「――"魔撃反射"」
受け止めた攻撃を、倍の威力にして相手へ返す反射魔術。
英雄時代に使っていた、切り札の一つだ。
膨大な魔力を消費するため、劣化させても使うことが出来なかった魔術だが――。
迷宮核のブーストがあるこの一瞬になら、使うことが出来る――!!
極大の炎が、"魔撃反射"によって倍に膨れ上がる。
そしてその炎が向かう先にいるのはベルトガだ。
「魔力を失ってた筈じゃ!? ど、どうして……」
反射した炎を見て、ベルトガが悲鳴を上げる。
声を裏返らせて、ありえないと連呼している。
「嘘だ、嘘だッ! てめぇらとは、格が、格が違うんだ……!」
「ああ」
跳ね返ってきた炎を見て、ベルトガが呆然と呟く。
俺はそれに同意した。
「――格が違ったな」
次の瞬間。
凄まじい熱量が、ベルトガを包み込んだ。
「ひぃぃあああああ」
炎を得意とする炎鬼でも、あれだけの炎を喰らえば無事では済まないだろう。
「熱い……熱いぃぃッ!!」
ベルトガの絶叫が迷宮に響き渡る。
あいつの頑丈さなら、あれを喰らっても即死はしないだろう。
炎が消えるまで、ベルトガは地面でのたうち回った。
「ぁ……ぁ」
それでもなお、あいつは死なない。
瀕死の状態で、地面に転がっている。
おあつらえ向きだ。
――ようやく、復讐が出来る。
次で処刑します。