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第十二話 『ショッキング温泉回』 

 復讐を果たした翌日。

 

 起床して、顔を洗う。

 疲労が抜けきってないらしく、鏡の中の俺は疲れた表情をしていた。


「おはよう、伊織」

「ああ、おはよう」


 下へ降りると、エルフィは既に起きていた。


「気分はどうだ。落ち着いたか?」

「……何がだ?」


 別に気分が悪い訳じゃない。

 エルフィは何を言っているのだろう。


「昨日から随分と気を張っているようだったからな。リラックスは出来たか?」

「…………、ああ」

「ならばいい」


 そんな会話の後、朝食を摂り、俺達は宿を出た。



 それから俺達は冒険者ギルドへ来ていた。

 『迷宮討伐隊』の応募に参加するためだ。


 冒険者にならなくても、この応募に受かれば討伐隊に参加することが出来る。

 何でも、討伐隊には入りたいけど冒険者は面倒だから嫌だ、というわがままな実力者の為の制度らしい。


 合法的に迷宮に入るには、もうこの手段しか残っていない。

 冒険者には、マーウィンが手を回したせいでなれなかったからな。

 あいつと繋がりのあるギルド職員の名前は頭に入っているから、いざとなれば脅せばいい。


 ギルド嬢に応募の申し込みをすると、今日が締め切りだったと言われた。

 どうやら、かなりギリギリだったらしい。

 明日試験を行い、それからすぐに合格者を含めた討伐会議が行われるようだ。


 ともあれ、応募用紙に名前を書いて提出しておいた。

 冒険者登録の時もそうだが、『イオリ』と『エルフィ』の名前で記入している。

 念のため『アオリ』と『ポルフィ』にしようと提案したのだが、エルフィにもの凄く嫌そうな顔をされたので、結局この名前にした。


「ふん……」


 ギルドの中で、全身鎧の男とすれ違った。

 兜の隙間から、鋭い眼光で俺達を睨み付けてくる。


「…………」


 ……警戒が必要だな。


 それから用を済ませ、ギルドを後にしようとした時だった。

 

「伊織さん! エルフィさん!」


 走ってきたのか、息を乱したミーシャが声を掛けてきた。


「……ありがとうございました」


 そうして、深く頭を下げてくる。


「……どうしたんですか、ミーシャさん」


 匿名で行ったことなので、とぼけておく。

 換金とかも足がつかないようにしたから面倒ごとはそうそうないだろうが、念のためだ。

 ミーシャはこちらがとぼけていることに気付いたようだが、それでも何度も礼を言ってきた。


「爺さんの傷はもう完璧に治ったよ。念の為にあと一日だけ入院して、明日からは退院出来るって……! 後遺症も、残らないんだ!」


 涙を浮かべて、ミーシャはそう言った。

 

「でも……魔術師まで手配してもらって、その上店を建て直す金までなんて、貰えない」

「金と言われても、俺達にはちょっとわかんないですね」


 返させて欲しいと言ってくるが、とぼけ通す。

 折れるまでに結構な時間が掛かってしまった。


 結局、ゾォルツの店は建て直すことに決まった。

 それまでの間は、ゾォルツとニャンメルは冒険者の繋がりでよその鍛冶屋で働くようだ。

 ちょうど腰を痛めた鍛冶職人がいるようで、その代わりになるらしい。


 ミーシャは最後まで俺達に頭を下げ、いつかこの恩は必ず返すと何度も言っていた。


 その気持ちは本当なのだろう。

 少くとも、今は。

 けれど自分のためなら、誰もが恩など切り捨てて簡単に裏切る。


 だからもう、期待などしないと決めたんだ。



 ギルドで用を済ませた後、出ていた屋台で美味しそうな物を買って、食べながら街を歩いていた。


「白身はプルプルと震え、黄身はトロリととろける。不思議な食感に加え、甘しょっぱいタレが卵の味を引き立てていたな。温泉卵、美味だった」


 エルフィは饒舌に感想を語っている。

 どうやら舌にあったらしい。

 魔王なのに、割りと庶民舌なのかもしれない。


「それで伊織。昨日お前が言っていた『ベルトガ』というのはどんな奴だったんだ? お前の反応からして、またロクでもない奴みたいだが」

「あいつは、ディオニスの部下だ」


 "炎鬼"と呼ばれる、鬼族の中でも炎の魔術に長けた男だった。

 ディオニスには及ばないが、それでもかなりの実力者だ。


「強い奴には媚びて、格下にはとことん強気にでる奴だったよ」

「それはまた、典型的だな」

「最初に会った時は、俺もかなり絡まれた。力を見せたら、あっさりと手のひらを返して擦り寄ってきたけどな」


 だけど、当時の鬼族には同情できる部分があった。

 だから俺は嫌な奴だとは思ったが、仕方ないと受け入れていたのだ。

 今思えば、馬鹿としか言いようがないが。


 エルフィと共に、温泉都市の裏路地を歩く。

 一時間以上掛けて、目的の物を探して歩きまわる。

 目的の店の外で立っている隻眼の男に話を付け、中に入った。


 マーウィンの書斎でみた資料に、この街の『裏稼業』に関する情報もあった。

 俺達は危険な薬を取り扱っている店にやってきている。


「くさい……」


 店内には頭が痛くなるような甘ったるい臭いが充満していた。

 エルフィは顔をしかめ、鼻を摘んでいる。


「いらっしゃい。……随分若い客だな」


 強面の店主が訝しむように見てくる。

 金を見せたら、すぐに下卑た表情を浮かべて話を聞いてきた。


「鬼の爪という薬はあるか?」


 その問いに店主は目を細めた。


「……鬼の爪ったぁ、随分と憎い相手がいるみたいだな。

 あんた運がいい。ちょうど三日前くらいに手に入れたとこだ」


 ゴソゴソと棚を漁り、店主が透明な袋に入った粉を持ってきた。

 ザラザラとした白い結晶で、見た目は砂糖に近い。

 鬼族が住んでいる地域付近取れる、魔素が結晶化した物だ。


 店主に金を払い、鬼の爪を受け取る。

 厳重に封をして、ポーチの奥に閉まっておいた。


「なぁ、伊織、鬼の爪といったら、確か毒ではなかったか?」

「ああ」


 鬼の爪は猛毒だ。


 摂取すると、まるで体内で小さな鬼が暴れ回っているような激痛を発するため、この名前で呼ばれている。

 常人が摂取すれば激痛に身動きが取れなくなり、やがては死に至ってしまう。

 更に質の悪いことに、この毒を摂取した状態で魔術を使うと魔力を取り扱う器官が暴走し、肉体が破裂するという恐ろしい効果を持っている。

 魔素が結晶化した物のため、魔力量が多い者や、対魔力の強い者はある程度効果を抑えられる。


「そんな毒をな、俺は仲間面していたやつに飲まされたのさ」


 リューザスから読み取った記憶の中に、ベルトガの姿もあった。

 俺をどう殺すかの作戦会議の中で、奴は言っていた。


『アマツを確実に殺すために、俺様に策がある』


 その策とやらは、俺に鬼の爪を飲ませるという物だった。


「…………、大丈夫だったのか?」

「幸い、勇者の力があったからなのか、体が怠いくらいの効果しかなかったよ。疲労が溜まっていたし、体調不良で済ませられる範囲だった」

「……そうか」


 この街に来ている魔王軍の手先が、俺の知っているベルトガなのかは知らないが。

 もしそうなら、この鬼の爪で殺してやる。


「……伊織」


 そんなことを考えていると、エルフィにぽんと肩を叩かれた。


「……なんだ?」

「温泉に行くぞ」

「なに……?」


 今の話の流れで、何故そうなるんだ。

 エルフィは「わかっていないな、お前は」という表情をして言った。


「せっかく温泉都市に来たのだから、温泉に入らなくてどうする。宿備え付けの風呂は飽いた」

「あのなぁ……」

「今の宿から、温泉のある宿に変更するぞ」

「ちょ、おい……」


 エルフィの馬鹿力に引きずられていく。

 本当に、こいつといるとペースを崩されるな……。

 


 温泉都市というだけあって、この街には多くの温泉宿が存在している。

 エルフィが目利きしたその一つに、俺は連れてこられた。

 今日以降の宿泊をキャンセルし、荷物を持ってやってきたのだ。


 それなりに大きな宿で、清潔感もある。

 中に入ると、メイドのような格好をした女将に出迎えられた。

 宿といったら着物のイメージがあるが、この世界では殆どが洋風だ。


 女将に案内され、フロントへやってきた。

 泊まる部屋や、夕食や朝食、温泉の利用などのメニューを選択しなければならない。


「一人部屋を二つお願いします」

「飯は二食付きだ」


 ちゃっかりと飯についての設定をしやがる。


「温泉のご利用はどうされますか?」

「入浴時に貸し切りにすることは出来るか?」

「……貸し切って、どうするんだ」

「どうするも何もない。見ず知らずの人間と一緒に入浴など出来るか」


 まあ、その気持ちは分からなくもないが……。


「申し訳ありませんが、貸し切りは出来ないんですよ」

「むう」

「ですが、家族浴というのがありまして、こちらなら貸し切りに近い形で温泉をご利用いただけますよ」


 女将によると、二人以上の客に提供している温泉があるらしい。

 あらかじめ時間が決められているが、この間ならば家族だけで温泉に入ることが出来るという。


「……流石に二人で入るのは不味くないか?」

「私は構わんぞ」

「俺が構うんだよ」


 貸し切りじゃなくてもいいだろ、と言うがエルフィは譲らなかった。

 じゃあ別の宿を探すと言っても、「ここがいいんだ!」と駄々をこねやがる。

 結局、家族浴を利用することになった。


 それぞれの部屋に入る。


 今日は特にやることもないので、部屋の中でくつろぐことにした。

 片手で魔術を、もう片手で"魔技簒奪スペル・ディバウアを使って威力の調整を行っていると、ドアがノックされ、女将が中に入ってきた。

  

 夕食の時間らしい。

 エルフィと共に食堂へ行くと、既に料理が準備されていた。


「おお……」


  夕食として出てきたのは、鍋料理だった。

 肉や野菜を石の鍋に入れ、マグマのような赤色のスープでグツグツと煮られている。

 マグマ鍋と呼ばれているらしい。


「この辛さがたまらんな!」


 はふはふと息を漏らしながら、エルフィはマグマ鍋をガツガツと喰らっていく。

 昼にあれだけ食べたのに、まだ食べれるのか。


「私が多く食べるのには理由があるのだぞ?」


 俺の視線に気付いたのか、エルフィが抗議するように言ってきた。


「私の大量の魔力を保持するには、多くのエネルギーが必要なのだ」

「つまり、他の部位を取り戻していく度により大食いになっていくってことか」


 体が全て戻ったら、一体どれだけ食うっていうんだ。

 というか、頭しかないというなら食った物はどこに言っているというんだろうか。

 謎過ぎるぞ。


「体を取り戻せば、保持にかかるエネルギーを調整出来るようになるさ」


 心外そうに言いながらも、マグマ鍋を食べる手は止めない。

 本当に大丈夫か、心配になる。

 食後の温泉卵パフェという変わったデザートまで平らげた頃、ちょうど入浴の時間がやってきた。



 家族浴は入れる時間が決まっている。

それに、温泉に入れるには受付に二人でいかなければならない。


 受付をした後、俺達はまず着脱室にやってきた。

 家族用というだけあって、あまり広くない。


「エルフィ、取りあえず着替えは」

「ん?」


 エルフィの方を向くのと同時に、身につけていた衣服が一瞬で消失した。

 魔力で身にまとっていたのを解除したのだろう


「……少しは隠せよ」

「分身体だから恥ずかしくないぞ?」


 パンツじゃないから恥ずかしくない、みたいな言い方をするんじゃない。


 エルフィから目を逸し、自分の服を脱ぐ。

 下半身にタオルを巻いて、先に走っていったエルフィの後を追う。

 

 扉を開けて中に入ると、露天風呂になっていた。

 暗くなった空がよく見えるようになっており、夜景を楽しむことが出来そうだ。


 エルフィは体を流すと、さっさと湯の中に入って行ってしまった。

 俺は体をお湯で流した後、シャンプーし、持ち込んだタオルで垢を落とした後、湯に浸かった。


「……ふう」


 温泉に入るのなど、いつぶりだろうか。

 体の奥がぽかぽかと温まっていくのを感じる。

 お湯の効能に魔力の巡りを良くするというのがあるらしい。


「なかなかいい物だな」


 いつの間にか、エルフィが後ろに来ていた。

 振り返らないまま、「そうだな」と頷く。

 夜景を眺めたまま、黙って湯に浸かる。


「少し、意外だった」


 しばらくして、エルフィが口を開いた。


「お前も中々に過激なことをするのだな」

「……? ああ」


 昨日のことか。

 マーウィン達にやった復讐のことだろう。


「ああいうことが好きって訳じゃない。ただ、やられたことをやり返しただけだ」


 絶望させるのも、殺すのも、全部俺がやられたことだ。

 だから、俺を裏切った連中にも、同じことをすると誓った。

 後悔させてやるのだと。


「…………」


 背後で、エルフィが息を吐くのが聞こえた。


「取り敢えず、今日は湯に浸かってゆっくりするといい。自分で気付いているかは知らないが、今日のお前は酷い顔をしているぞ」


 いつものエルフィとは違う、気遣うような優しげな言葉。

 もしかしたら、急に温泉に行こうと言い出したのは、俺の為だったのだろうか。


「……エルフィ」


 礼を言おうと、エルフィの方へ顔を向けた。


「おおぉッ!?」


 背後にあった物を見て、俺は思わず叫び声を上げてしまった。

 何故なら、お湯の沸き立つ水面に、エルフィが浮いていたからだ。


 ――生首だけで。


 驚いて、思わずその場から飛び退く。


「な、なんだ。人を化け物みたいに」


 エルフィは不満げに眉を潜めた。

 そしてスススと生首のまま水面を滑って俺の方に向かってくる。


「お、おい近づくな」

「む……分身体を解除しただけなのに、その反応は心外だぞ」


 拗ねたようにそう言うと、ふわりと水面からエルフィの首が浮いた。

 空飛ぶ生首と化したエルフィがジト目で睨んでくる。


 確かにこいつが首だけなのは知っていたが、実際に見るのは初めてだ。

 マーウィンの時も、あいつの生首はそんなに見ていなかった。

 まさかここまでショッキングだったとは。


 ふよふよと動く生首に思わず後ずさっていると、エルフィの首から魔力が放出された。

 すると次の瞬間、首から下が構築されていく。

 つまり、全裸のエルフィが目の前に現れることになる。


「だから隠せって言ってるだろうが!!」

「お前が嫌がったから体出したんだぞ!?」

 

 結局、エルフィに礼をいうことは出来なかった。

 というか、本当に俺を気遣ったのかが怪しい。


 だが……確かに、少し疲れを取ることは出来た。






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