第十話 『自業地獄』
敵の数は六人。
マーウィンは勿論、他の五人も逃しはしない。
「あまり、調子に乗るなよ……アマツキ伊織」
マーウィンが気炎を吐くと、控えていた人狼達が前に出てきた。
「劣等種の分際で好き勝手やりやがって」
「どういう手品か知らねえが、裏の連中殺ったくらいで、いい気になってんじゃねえぞ?」
「冒険者にもなれなかったカス共がよぉ」
「あの爺共とは違って、テメェらは骨も残さず焼いてやるよ」
四人の人狼種が武器を構え、残りの一人がマーウィンを守るように立っている。
どうやら、こいつらが最後の切り札のようだ。
咆哮と共に、四人の人狼種が同時に動き出した。
連携の取れた動きで、あっという間に距離を詰めてくる。
狩猟を得意とする種族なだけあって、人狼種達の動きは俊敏だ。
「――"魔眼・重圧潰"」
エルフィが作り出した重力も、初見だというのに躱してみせた。
広い部屋に、連中はバラバラに分かれる。
「ッ、はや――!?」
跳躍した人狼種の内の一人の着地点、そこへ斬り掛かる。
人狼種は握った斧で対応しようとするも、それより早く斧を握る手首を斬り落とす。
返す刃で両足を切断した。
「づぇ、ああああァァ!?」
想像以上に、翡翠の太刀が手に馴染む。
太刀の効果である"身体強化"と、魔石で発動した"身体強化"の二重掛けのお陰で体も軽い。
「人間がァァ!」
剣を構えた人狼種がもう一匹、接近してくる。
「"創造・砂"」
魔石で砂を生み出すと同時、
「"旋風"」
風を生み出し、手のひらの砂を接近してきている人狼種へ吹き付ける。
顔面に砂を受けた人狼種が、目を抑えて動きを止める。
その隙に、足を斬り落として身動きを取れなくする。
「あし、足がァああああッ!?」
その間に、二人の人狼種がエルフィの方へ近づいて行っていた。
魔術師だから、接近すれば勝てると考えたのだろう。
だが、甘い。
「こいつ……魔術師じゃないのか!?」
「なんて動きだ……!」
人狼種二人の同時攻撃を、エルフィは軽々と躱して行く。
エルフィは魔眼を使った遠距離攻撃以外にも、卓越した身体能力を持っているのだ。
「舐めるなよ、駄犬共」
人狼種達の武器を巧みに回避し、その合間に小規模な"灰燼爆"で攻撃していく。
流石の動きで飛び退く人狼種だが、接近戦はむしろ魔眼を喰らう危険があると判断したのだろう。
「く、――"火炎弾」
「"岩石弾"」
二人は距離を取り、魔術を発動した。
炎と岩の弾丸が同時に放たれる。
悪手だ。
魔術の行使には、一瞬だけ足が止まってしまう。
「――おすわりだ」
その一瞬に、エルフィは放たれた魔術ごと、二人の人狼種を重力で押しつぶした。
一瞬で地に伏せられ、二人の骨がミシミシと軋む。
「があぁぁああっ!?」
「ごぇえええッ」
何本かの骨が折れたようで、二人の人狼種は動けなくなった。
これで四人とも、戦闘不能になったな。
後は二人だ。
「あ、貴方はあの二人を抑えなさい! 私はここから離脱します!」
「な、そんなマーウィンさんッ!? お、俺もッ!」
一人だけ逃げ出そうとするマーウィンと、仲間がやられる姿に恐れをなしてそれに続こうとする人狼種。
背後にあった壁に向かって走り出す。
マーウィンは後方で支援するタイプの魔術師だった。
矢面に立って、戦うタイプではない。
どうやらそれは、今も変わっていないらしい。
仲間を見捨て、一目散に逃げ出そうとしている。
「背を向けるとは、馬鹿にしているのか?」
マーウィンに続こうとした人狼種の足が、エルフィの魔眼で爆ぜた。
足を失った人狼種が地面に倒れ込む。
「なに、なにがぁぁあ!? たずげてぇッ」
前を走っていたマーウィンの足を、人狼種が握りこむ。
「ッ、抑えろと言ったでしょう……!」
それを蹴り飛ばして強引に離すと、マーウィンは部屋の壁へと到達した。
手に魔力を纏わせて壁に触れる。
どうやら、地下への入り口と同じように、魔力を流すと道が開く仕掛けがあるようだ。
逃がす訳がないだろう。
「リーダーなら、仲間を置いて逃げるなよ」
「づ!? い、ぎぃぃぃいああ」
壁に触れたマーウィンの手のひらに、投擲した予備の剣が突き刺さった。
壁に手を縫い付けられて、マーウィンが絶叫する。
「ようやく、捕まえた」
近づいていき、地面に引き倒す。
逃げられないように、足の一本を踏み抜いた。
身体強化のお陰で、マーウィンの足は容易くへし折れる。
「ぇ……ぃああ」
涙を流し、泡を吹いてマーウィンは気絶してしまった。
「起きろ」
もう片方の足をへし折って目覚めさせた。
こんなもんで、へばってもらっちゃ困る。
まだ、復讐は始まったばかりなんだから。
◆
足や手を失って、身動きが取れなくなった人狼種六人。
その全員を引きずって部屋の中央へと集めた。
「悪いなエルフィ。少しだけ時間を貰うぞ」
「構わん。好きなようにするといい」
エルフィは少し離れた所で、連中が怪しい挙動をしていないかを見張っている。
何か動きを見せたら、殺すように頼んでおいた。
「分かっていると思うが、これからお前らを殺す」
ひっ、と地面に転がっている連中から悲鳴が上がった。
いつもの冷静さは消え、マーウィンも今は怯えた表情を浮かべている。
そりゃあ、そうだろう。
誰だって死ぬのは嫌だ。
俺だって、嫌だった。
それを騙して裏切って殺したんだから、自分が殺されたって文句は言わせない。
「だけど皆殺しにするのも可哀想だし、俺の言う通りにしてくれたら考えてやってもいい」
「な、なにをすればっ」
「教えてくれ! 何でもやる!」
凄い食いつきっぷりだ。
「まず、だ。いたらでいいんだが、ゾォルツ、あの鍛冶屋を燃やした奴はここにいるか?」
その問いを投げた瞬間、マーウィンを追って逃げようとした人狼種が一番最初に声を上げた。
横に倒れている人狼種を指差し、
「あいつだ! あいつが"火炎弾を撃ちこんで燃やしたんだ!」
「げ、ゲイル! てめえふざけんじゃねえ!」
「うるせえ! テッド、てめえがマーウィンさんの指示で店を燃やしに行ったんだろうが! さっきだって、あの爺と同じように燃やしてやるって叫んでたしよぉ!」
どうやら、鍛冶屋を燃やした人狼種はテッドというらしい。
顔面を蒼白にし、自分を指差したゲイルという人狼種を激しく罵っている。
エルフィが片付けた伏兵の中にいたらどうしようかと思ったが、運のいいことに生きていたようだ。
「なるほど、お前がやったのか」
「ひっ、まっ、待ってくれ! やったのは俺だけじゃない! お、おいフランツ! てめぇも俺に協力してたよなぁ!」
「はぁ!? オレはただ、人がこないか見張ってただけだ! 燃やしたのはてめぇだろうが! お前、いっつも他人に責任なすりつけやがって! いい加減にしやがれクソが!」
テッドは更に仲間を指差し、罪をなすりつけようとする。
それをフランツと呼ばれた人狼種が必死に否定し、テッドを罵倒する。
「協力したのは事実じゃねえか! あ、そ、そうだ。お、俺に指示を出したのはそもそもマーウィンさんだ! 俺はただ、それに従っただけだ! だっだから悪いのはマーウィン、そうマーウィンがわりぃんだよ!」
「そうだ! 殺すんなら、マーウィンにしてくれ! オレ達は悪くねぇ!」
気付けば、二人はマーウィンに罪を押し付けていた。
それまで話を聞いていたマーウィンは、呆然とした表情を浮かべる。
「貴方達……なにを、言って」
「うるせえ! てめぇのせいだ!」
醜いな。
これ以上は聞くに堪えない。
「なるほど、分かった」
「ひっ!?」
「ま、待ってくれ!」
ゾォルツ達の店を燃やした者と、それに協力した者。
二人を引きずって、部屋の隅へ持っていく。
それから、ポーチに入った液体を取り出した。
それを二人の頭からぶちまける。
「こ、これって」
「あ、油……?」
あの鍛冶屋が燃やされたのは、俺が原因でもある。
だから、彼女達の復讐は俺が代わりに果たそう。
「店を燃やし、中にいた二人にも危害を加えた。下手をすれば、二人とも死んでいたかもしれない。マーウィンの指示だろうが、やったのはお前たちだ」
魔術で火を作り出す。
火炎弾ほどの威力はない、下級の魔術だ。
だが、油を掛けられた二人にはこれで十分だろう。
「だから――同じ目に合わされても、文句はないな?」
「やめ」
「待ってッ」
テッドとフランツ。
油塗れの二人へ、火を放った。
「ぎゃあああああああッ」
「あづ、あじぃぃいいいああ」
瞬く間に二人の体は炎上する。
焼けゆく痛みに、絶叫が響き渡った。
その叫びは数分以上続き、やがて静かになった。
◆
中央には、まだ四人の人狼種が残っている。
二人を処分して戻ってくるなり、最初に発言したゲイルという人狼種が擦り寄ってきた。
「あ、あんたの言う通りにしたぞ! だから助けてくれ! た、頼むッ」
「ああ」
ヒュン、と刃が音を立て、ゲイルの首が地面へ落ちる。
何が起こったかも分からないまま、ゲイルは絶命した。
燃やされる痛みで死ぬよりは、よっぽどマシだろう。
残りは三人。
「ひぃっ!?」
「げ、ゲイル……」
「ど、どうして殺したんだ!?」
そりゃあ、考えてやると言っただけで、殺さないとは一言も言わなかったからな。
マーウィンが悲鳴を上げ、残りの二人も全身をガタガタと震わせている。
「なあ、そもそもどうしてお前らはこんな目にあっていると思う?」
残った二人へ、そう問いを投げる。
「お前のせいじゃないのか」という視線を向けられ、思わず苦笑した。
「そこにいるマーウィンのせいだよ」
「……え?」
「どういう……」
「以前、マーウィンは俺を裏切った。恩を仇で返して、俺を殺そうとしたんだよ。だからこれはその復讐だ」
二人がマーウィンを見る。
その視線に込められているのは、「お前のせいで」という怒りだ。
「だから、仲間が死んだのも、お前らがそんな目にあっているのも、全部そいつのせいなんだよ」
手足を欠損した痛みと、仲間が殺された恐怖で既に冷静な判断は出来なくなっている。
だから、自分がこんな目にあっている原因を教えてやれば、怒りは容易くマーウィンへ向く。
「な、何を言っている……!? 私を、そんな目で見るんじゃない!」
仲間からの怒りに晒され、マーウィンが怒鳴る。
だがそれは逆効果で、二人の怒りを助長させるだけだ。
「だから、二人には選択肢をやろう。マーウィンを殺すか、お前たちが死ぬかの二択だ」
「ふ、ふざけるな! なんだそ、がふッ!」
叫ぼうとするマーウィンを蹴り飛ばし、二人に選択肢を突き付ける。
「さあ、どうする?」
二人の目に、希望が宿った。
助かるかもしれないという、希望。
「確か、マーウィンは人狼種の英雄なんだろう? 同時にお前らの上司でもある。仲間だし、自分の命を犠牲にしてでも助けたいと思うか?」
マーウィンの不安げな視線が二人へ向けられる。
この二人が死ねば、自分は助かるのではないか。
仲間へ向けた視線は、あっけなく裏切られた。
「マーウィンを殺してくれ!」
「まだ死にたくない!」
「な……なぁ」
自分を売った仲間たちへ、マーウィンは激昂した。
「私を誰だと思っている!? 英雄だぞッ! お前らがこの街で好き勝手出来たのも、私がいたからだ! 私を殺してみろ! 魔王軍との契約は切れ、人狼種も滅ぼされる! それでもいいのか!!」
「うるせえ! 偉そうに言ってんじゃねえよクソが!」
「てめぇのせいで俺達はこんな目にあったんだよ! とっとと死ね!」
マーウィン・ヨハネス。
自分の為に、俺を裏切った。
魔王軍へ人間を売り、自分だけ助かろうとした。
そんな奴が、最後には仲間に裏切られる。
自業自得だな。
「だったら、お前らの手でそいつを殺せ。そうしたら――、分かるだろ?」
その言葉を聞くやいなや、二人はマーウィンへと跳びかかった。
芋虫のように這ってマーウィンの下へ向かい、無事な方の腕でマーウィンを殴る。
殴り、噛み付き、二人の人狼種は自分が助かるためだけ、にマーウィンを殺そうとしている。
「や、やめっ! やめてくれっ!」
マーウィンも死に物狂いで抵抗するが、二人を相手にしてはどうしようもない。
魔術を使うという選択肢すら浮かばないようで、ただもがき苦しんでいる。
それから十数分もの間、俺は傷めつけられるマーウィンの姿を見ていた。
◆
それから、しばらく経った。
「たす……けて」
マーウインは片耳を千切られ、肉を裂かれ、片目を潰されていた。
力なく助けを求めるマーウィンへ向かって、二人はなおも腕を振り下ろす。
もう数分もしない内に、マーウィンは死ぬだろうな。
「頃合いだ」
二人の人狼種へ、背後から一閃。
首がゴロゴロと地面に落ちる。
吹き出した血を浴びて、マーウィンは泣き叫んでいる。
「なぁ……マーウィン。お前とは、共に戦った仲だ。本当なら、こんなことはしたくなかった」
そんな彼へ向けて、これまでの口調とは一変。
落ち着かせるような、優しい口調で話し掛けた。
「お前は、どうして俺を裏切ったんだ?」
そんな俺に、マーウィンは怯えた様子で答える。
「こわかったんだっ。私が……裏切ったことを、誰かに言われたらと、思うと。裏切り者だと、知られたら……私の地位は無くなってしまう。だから……」
「だから、俺を裏切ったのか」
裏切りの理由は、想定通りだった。
自分が助かるために、英雄を殺そうとしたのを隠したかった。
確かに、俺が告発していれば、マーウィンの居場所はなくなっていただろう。
「……お前も、色々と不安だったんだな。お前の不安に、気付いてやれなかった」
「え……?」
悔いるような口調で、俺はそう言った。
仲間の血だまりから、マーウィンを優しい手つきで外へ出してやる。
「英雄なんて呼ばれていたのに、仲間の気持ちに気付くことが出来ないなんて。英雄失格だ」
「あ……アマツさん……」
「マーウィン。傷は大丈夫か? 助けるのが遅れてすまない」
その言葉に、マーウィンが目を見開く。
悔いるような、そして申し訳ないという声色で頭を下げる。
そんな俺の様子に、マーウィンは縋るように見つめてくる。
「わたしを……ゆるして、くれるのですか?」
「言っただろ? 本当はこんなこと、したくなかったって」
「あ……あぁ」
その答えに、感極まったというように身を震わせた。
そして、その瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。
「ゆるして、ゆるしてくれ……私が、私が悪かった……っ」
この瞬間に、マーウィンは初めて俺に謝った。
嗚咽を漏らし、頭を地面に擦り付け、震え声で何度も何度も。
「私が……間違っていたっ! あんな……ことを、するべきじゃなかったっ!」
――心の底から、俺に謝罪した。
◆
「ああ――その言葉が、聞きたかったんだよ」
満足だ。
ずっと、その言葉が聞きたかった。
前に誓ったんだ。
俺を裏切ったことを、心の底から後悔させる。
そして、自分が間違っていたのだと、いかなる手段を使ってでも認めさせると。
地を這いつくばらせ、頭を垂れさせて、心の底から謝罪させ、
――その上で、殺してやると。
涙ぐみ、詫てくるマーウィンへ向けて俺は微笑んだ。
そしてその顔に、ポーチから取り出した油をぶちまけてやった。
「ぶっ……。え、な」
何がなんだか、分からないといった表情だ。
自分が掛けられた液体が油だと気づき、マーウィンが震え声で尋ねてくる。
「アマツ……さん? なにを……」
「だから言っただろう? こんなことは、したくなかった。演技とはいえ、お前に謝罪するなんて反吐が出るからな」
「えっ……え? 許して、くれるんじゃ」
「そんなこと、俺は一言も言っていないが?」
魔術で火を生み出し、マーウィンへと突き付ける。
パクパクと口を開閉し、マーウィンが後退る。
両足が砕かれ、片腕も使えない今、芋虫のように地面を這いつくばるしか無い。
「なあ、知ってるか? 一番苦しい死因は焼死らしい 」
「ひ……いやだ」
「生きたまま体が燃えるのは、地獄の苦しみみたいだぜ?」
「あああぁッ! 死にたくない!」
俺だって、あんな形で死にたくなかった。
信じていた仲間に殺されて、助けた人々に裏切られて。
そんな死に方は、したくなかった。
「死ぬんだよ、お前はここで」
「いやだ……いやだあああああああああああああああああッ」
「――地獄へ落ちろ」
放った炎が、マーウィンを焼いていく。
焼かれる苦しみ甲高い叫び声を上げ、のたうち回っている。
裏切り者にふさわしい、自業自得で無様な姿だ。
死から逃れようともがき苦しむ姿は、踊りのようにも見える。
それから数分間、死の舞踊は続いた。
◆
マーウィンは動かなくなった。
地獄の苦しみの中で、その命を落としたのだ。
「はは……」
認めさせた。
間違いだったと、自分が悪かったのだと。
「はははははは」
その上で、殺してやった。
許してくれるのではないかという希望を持たせて、絶望へ叩き落としてやった。
やって、やったぞ。
「はははははははははッ」
掠れた声で、俺は嗤う。
「……伊織」
可笑しかった。
可笑しくて、たまらなかった。
だから、嗤った。
「ようやく、一人目だ」
俺を裏切ったやつは、まだ何人もいる。
一人残らず、マーウィンの後を追わせてやる。
「はははははははッ」
掠れた笑いが、地下に響き渡った。