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第一話 『英雄の最期』

 二度目の召喚から一日が経過した。

 今は王城の地下にある牢獄のベッドの上に腰掛けている。


「頭は冷えたか?」

「……はい。ご迷惑をお掛けしました」


 鉄格子の向こうから話しかけてきた騎士に向けて、反省した口調で頭を垂れる。

 こちらの落ち着いた様子に安堵したように息を吐くと、騎士は「陛下にご報告してくる。もう少しすれば出られるだろう」と言い残して、牢獄の前から去っていった。


 ご迷惑をお掛けしました、か。

 ……ふざけるな。

 それを言うのは、お前ら王国の方だ。


 牢にいる間に、やって来た騎士に色々と聞かされた。


 タコ殴りにしたリューザスは大した傷ではなく、また本人も気にしていないと発言しているので、俺が冷静になればすぐに牢から出す、と。

 召喚されたショックで暴行に及んだから、無罪ということらしい。

 

 まあ、勇者を召喚してすぐに処刑するわけにはいかないだろうからな。


 しかし、状況も分からず殴りかかったのは、やや軽率だった。

 その結果がこの牢だ。

 直前に殺されているのだから、仕方のないことではあるが。

 

「……魔術さえ使えれば、こんな牢は簡単に抜けられるんだが」


 一度殺された影響か、二度召喚された影響か。

 どういう訳か、俺は全くと言っていい程、魔術が使えなくなっていた。

 微弱な魔力を放出することは出来ても、それを魔術の形に変換することが出来ない。


 勇者としての力は、ほぼ失ったと言っていい。

 こうして牢に入っているのは、突破出来る程の力がないからだ。

 リューザスを殺すのにも、かなりの手間がかかるだろう。


 それに加えて、外見も変わっていることも分かった。

 筋力が落ち、身長も縮み、髪の色すら変わっている。

 どうやら、一度目の召喚の前、高校生の時の姿に戻っているらしい。


 顔つきも幼くなっているし、誰も俺がかつての勇者だと気付かなくて当然だ。


 魔術も使えなくなり、筋力も落ちた。

 

「それでも――」


 身に付けた知識や技術、積み重ねてきた経験はしっかりと頭の中に入っている。

並みの騎士なら、軽く潰せるだろう。

 やりようはいくらでもある。


「リューザス……ッ」


 目を瞑り、怒りを堪え、思い出す。

 最初にこの世界に喚ばれた時の事を。


 そして、仲間に裏切られるまでの顛末を。





 最初にこの世界に召喚されたのは、三年前の事だ。

 家で寛いでいた所を、今と同じように王国によって召喚された。


「――ようこそ、異界の勇者殿。どうか、この世界を魔王から救っていただきたい」

 

 あの時も、気付けば奇妙な紋様で作られた円の上に立っていた。

 皮肉なことに、最初に聞いたのは一度目も二度目も同じ言葉だったな。


 そして、国王を名乗る老人によって、どうしてここにいるかの説明を聞かされた。


 ここは地球とは違う、レイテシアと呼ばれる世界。

 魔王と呼ばれる存在によって、滅亡の危機を迎えているらしい。


「そして我がオンリィン王国は、魔王を殺すために勇者を召喚したのだ」

「……そ、れが」

「そうだ。貴殿だ」


 ――異界、勇者、魔王。


 現代社会では到底真面目に口から出ることのないだろう文字の羅列。

 混乱する頭へ、容赦なく叩き付けられる情報。


「して、勇者殿。貴殿の名前は?」


 向けられる目線、国王が放つ明らかに政治慣れしたオーラ。

 ふざけているとしか思えない状況なのに、それを口にすることが出来ない程に場の空気は重い。

 

 天月伊織あまつきいおり

 促されるがままに、女の子っぽくてあまり好きではない自分の名前を口にした。


「あまつっ」


 半分だけ。

 

 この緊迫感のせいで、盛大に噛んでしまった。

 仕方がないだろう、こんな大衆の中に立つなんて、中学校の卒業式以来なんだから。


「なるほど、アマツ殿と言うのか」


 違えよ。


 とは、流石に言えず、結局名前はアマツで定着してしまった。

 その時は、それどころではなかったから。


「ではアマツ殿……魔王から世界を救って貰えるな? 」


 当然のように、話を進めようとしてくる国王。

 こちらの都合を一切無視する口調に苛立って、「俺は戦いたくない」と震え声で叫んでやった。


 生まれて十六年。

 特にやりたいこともなく、人に流されて生きてきた。

 両親が事故で死んだ時だって、言われるがまま叔父に引き取られたし。


 それでも、この状況で流されるのは命に関わると考えたからだ。


 そんなことより家に返して欲しい。

 そう頼むも、「元の世界に帰るには数年の時間が掛かる」と返された。

 「数年の間に、王国は魔王軍によって滅ぼされてしまう」とも脅された。


 戦いも何も知らない高校生に、この世界の連中は何を期待しているんだよ。


 その後は、「結論を急ぐことはない」と解散し、国王の意向によって城の一室で生活することになった。

 優しくすれば心変わりするだろう――そんな下心が透けて見えていた。


 部屋に閉じこもり、運ばれてくる料理を食べて寝るだけの生活。

 城の連中はそんな自分を見て、臆病者だと罵ってきた。

 その時、何度も思ったね。どれだけめでたい頭をしてるんだと。


 断固として、勇者という名の奴隷にはなりたくない。

 最初はそんな風に思っていた。


 しかし――転機は訪れた。


 過激な派閥が、戦おうとしないこと激昂し、俺の部屋へと襲撃を仕掛けてきたのだ。

 間一髪だった。

 通りかかった女性が助けてくれなければ、殺されていただろう。


 城の中は騎士が巡回をしている筈だった。

 だが、“たまたま”その日は、巡回の騎士がサボっていたらしい。


 襲撃した連中には、国王によって厳しい処分がくだされた。

 職務を放棄していた騎士も同様だ。


 その件について、国王はいけしゃあしゃあとこういった。


「アマツ殿が勇者として戦わない限り、今後同じようなことが起こってしまうかもしれぬな」


 要するに、あの襲撃は国王が裏で糸を引いていたということだ。

 それが分かっていても、俺にはどうすることも出来なかった。


「四年。四年の間、王国を守護してくれさえすれば、そなたを元の世界に帰すと約束しよう」


 以前、国王はこう言った。

 年々魔王軍の襲撃は激しくなってきている。

 このままでは、後三年もあれば人間は滅ぼされてしまうだろう――と。


 つまり、「元の世界に帰りたければ、魔王を倒せ」と国王は言っているのだ。

 

 このまま戦わなければ、俺は国王の手のものに殺されるかもしれない。

 そうでなくとも、王国が魔王に滅ぼされれば、俺は元の世界に帰ることは出来ない。


「……分かった」


 こうして俺は、いつものように流されて、望まぬ戦いに身を投じることになった。





 戦うと決めれば、不思議と自身の力の使い方は理解できた。

 腕に刻まれた、勇者の証である紋章。

 それがもたらしたのは、超人的な身体能力と、圧倒的な魔術だ。

 

 それらを駆使して、俺は指示されるままに戦った。

 

 力の影響か、髪は灰色になり、身長も大きく伸びた。

 三ヶ月もすれば、すっかり別人のような姿になっていった。


 その頃になって、世間は伊織を“英雄アマツ”と呼んで称え始めていた。

 世界を救う、救世主だと。


「英雄ねえ」


 世界を救うとか、救世主だとか、そんな高尚な事は一切考えてない。

 これは俺が元の世界へと帰還するためだけの戦いだ。

 

 最初は、そんな風に思っていた。


 それが変わったのは、半年が過ぎた頃だ。


「俺はリューザスってんだ。魔王軍を倒すために、俺にも協力させてくれ」


 魔王軍との戦闘には、多くの人間との連携が必要となる。

 魔術師のリューザスも、その中の一人だった。

 

「俺にはよ、妹がいるんだ。アイツが望んだ世界を、俺は作りてえ」


 大切な人を守るために戦っていると、リューザスは語った。

 こんな世界に飛ばされて、守りたい人なんかいる訳がない。

 それでも、そう言って戦うリューザスを凄いと思った。


「これ以上、同族が傷付く姿は見たくない。だからアマツ、僕も君と一緒に戦うよ」

 

 “鬼族”という亜人の青年、ディオニスはそう言った。

 常に中立の立場を取っていた鬼族は、人間と魔王軍の両軍からも嫌われている。


「僕が鬼族を導かないといけないんだ。同族を守るためだったら、僕はなんでもするよ」


 一族の為に戦うという、責任感。

 そして、使命を達成するという強固な意思。

 流されてばかりの俺が持っていなかった物をディオニスは持っていた。


 彼らと共に戦って行く中で、自分の内面が少しずつ変化していくのが分かった。

 

 そして――。


 以前、過激派の攻撃から守ってくれた女性。

 ルシフィナとの出会いが、俺を大きく変えた。


「私の村は、魔王軍と人間との戦いに巻き込まれてなくなってしまいました。

 両親も、その時に」


 人間、魔族、亜人、戦争で沢山の人が傷付き、死んでいくのを見てきた。

 だから、争いのない、全ての種族が共存する世界を作りたい。

 それが自分の夢なのだと、ルシフィナは語った。


「貴方と一緒なら、それが出来ると私は信じています」

 

 ルシフィナは、何度も俺を救ってくれた。

 諦めそうになった時に、何度も支えてくれた。

 貴方は強い人だと、きっと元の世界へ帰ることが出来ると。


 辛い戦いの中でもけして弱音を吐かず、優しく仲間を支えようとする彼女の姿に、少しずつ引かれていった。


 戦い始めた時、元の世界へ帰ることしか考えていなかった。

 だけど旅を続けていく度に、俺の気持ちは変わっていった。

 

 戦争で傷付いた人を見た。

 戦火によって、大切な人を失った亜人を見た。

 仲間を殺されて、慟哭する魔族を見た。


 本当に、多くの人が戦争で傷付く姿を見てきた。


 だから、心から思ったんだ。

 ルシフィナの言っていた、争いのない世界を実現してみたい、と――。


 しかし、英雄の力を持っても、楽な旅ではなかった。

 途中で何度も死にかけ、くじけそうにもなった。

 それでも戦い続けることが出来たのは、この三人の仲間達がいたからだ。


 王国や、他国からの支援を受けながら、俺達は魔王軍と戦っていく。

 戦争の形成は大きく逆転し、次第に人間側に傾いていった。

 

 戦争の終わりが目前にまで近づいて来ている。

 仲間との中も深まり、後は全ての元凶である魔王を倒すだけ。

 

 そう思っていた。


 ――最終決戦が行われる、その日までは。




 

 召喚されて、三年の月日が経過した頃。

 魔王軍が各国に設置した迷宮は全て踏破したし、全ての四天王も倒した。 

 残っているのは、魔王だけだ。


 各国の支援を受け、俺達パーティは魔王城へと乗り込んだ。


 一度、魔王とは刃を交えている。

 その時の戦いで、魔王を弱らせることに成功していた。


 作戦はこうだ。

 

 俺とルシフィナが前衛で魔王を引き付け、それをディオニスがサポートする。

 そしてその間に、リューザスが魔力を高め、最大火力の魔術で魔王にトドメを差す。


 死力を尽くし、今まで培ってきた全てを投じれば、この戦法で勝利を収めることが出来る筈だ。


 罠を乗り越え、魔族を倒し、数々の困難を突破しながら、魔王城を進んでいく。

 俺達に続いて入ってくる筈の人間の軍が足止めを食らって中に入ってこれないというトラブルはあったものの、パーティの力だけで魔族達を倒して言った、


 そうして、リューザスの魔力を温存させながら、最奥部、魔王の部屋にまで辿り着いた時だった。


「ここから先へ、お前たちを通す訳にはいかない」


 最後に立ち塞がったのは、たった一人の魔族だった。


 長い銀髪の髪を揺らし、黄金に輝く瞳に強い戦意を浮かべた少女。

 小さな体をしていながら、内包している魔力は尋常ではない。

 これまでの戦いで、幾度となくぶつかり合ってきた強大な力を持つ顔見知りの魔族。


 その時になって、始めて少女は名乗った。


「――エルフィスザーク・ギルデガルド」

「……アマツ」


 交わした言葉はそれだけだ。

  

 そして、戦いは始まった。


 少女は強かった。

 四天王を倒してきた俺達ですら、苦戦する程に。

 

 魔術を行使する度に壁が砕け、床に亀裂が走る。

 ルシフィナと共に前衛として剣で戦い、ディオニスとリューザスが後衛でサポートを行う。

 激しい死闘の末に、膝を着いたのは少女の方だった。


「私の……負けか」


 全身から血を流し、剣を突きつけられた少女は諦めたように呟いた。

 戦いを終わらせるためには、この少女も倒さなければならない。

 少女に向かって、剣を振り下ろそうとした時だ。


「どうしてこうなったんだろうな……。

 私はただ、争いを止めたかっただけなのに」


 それは誰かに向けられた言葉ではなく、自分自身に向けた自嘲だった。

 争いを止めたかったというその言葉に、柄を握り締める指の力が僅かに緩む。


「お前……」


 幾度もぶつかり合ってきたこの少女は、人間を殺して喜ぶ質の魔族ではない。

 本当に、魔族だからといって殺す必要があるのか?


 そんな疑問が頭に浮かび、俺は動きを止めた。


「殺すんだ、アマツ!」

「早くやっちまえ!!」


 仲間達の叫び声から、後ろから響いてくる。


 殺すか、殺さないか。

 葛藤し、決意した俺が突きつけていた剣を下ろした瞬間だった。



「――あ?」



 ザッ、と右腕に鋭い衝撃が走った。

 トサリと音を立てて地面へ落ちたのは、自分の腕だ。

 

「は……なんの、冗談だ?」


 背後から放たれた魔術が、俺の腕を切り落としていた。

 落ちた腕の断面から鮮血が吹き出し、焼けた鉄を押し当てられたかのような熱に襲われる。


 目の前の少女は、ただ俺を呆然と見ていた。


「全く、てめぇの甘さには反吐が出る」


 腕を斬り落とした魔術を行使したのは、仲間であるはずのリューザスだった。

 数多の魔術を使いこなし、幾度となく旅をサポートしてくれた魔術師。

 王国を守るために立ち上がった、頼もしい仲間。

 

「まあ、そのお陰でこうしてお前の腕を落とすことが出来たんだけどなぁ?」


 右腕に宿っていた勇者の力が、血液と共に流れ落ちていくのを感じる。

 体から力が失われ、膝から崩れ落ちそうになる。


「どう……して」

「分からねぇか? ここまでこれりゃあ、てめぇはもう用済みなんだよ、勇者様。魔力の詰まった腕だけあれば、後は俺でも魔王を殺せるからなぁ」

「何を……言ってッ」


 切り落とされた右腕を治癒魔術で接合しようと、残った左腕を伸ばした時だった。

 不意に飛来した魔術が胸を貫いた。


「ご……ぁ」


 こみ上げてくる嘔吐感、思わず吐き出したそれは真っ赤な血だった。

 自身の鉄の臭いが、部屋の中に広がっていく。


「往生際が悪いねぇ、アマツ」


 俺を攻撃し、吐き捨てるようにそう言ったのはディオニスだった。

 人間とは別種族でありながら、魔王軍の横暴は許せないと立ち上がった鬼族の男。

 魔術と剣技の両方を使う、頼もしい仲間。


 どうして、こいつらが俺を攻撃して来ているんだ?

 魔族の洗脳でも受けているのか?

 状況が理解できない。


「リューザス。まーだアマツは状況が飲み込めてないようだよ?」


 呆然と傷口を抑える俺を、ディオニスが嘲笑した。

 

「あぁ、仕方ねえな。仲間のよしみだ、教えてやるよ。英雄アマツは魔王との戦いで戦死。

 残った三人で魔王を倒し、俺達はお前の死を悼みながらも、英雄として国へ凱旋する。

 いいシナリオだろ?」


 それに答えるリューザスは、これまでに見たことがない程、醜悪な表情を浮かべていた。


「そそ。魔王を弱らせて、僕達をここまで連れてきた時点で君の役目は終わってるんだよ」


 召喚と同時に、俺の右腕には膨大な魔力が宿っている。

 その力を十全に使いこなす唯一の存在が、“勇者”だ。


「勇者の力がなくても、後はリューザスに魔力を譲渡すれば魔王は殺せるからね。

 これで、君の役目はおしまいってワケ。分かるかなぁ?」


 三年という年月。

 長い旅を共にした戦友達が、嘲笑を浮かべたまま俺を殺そうとしていた。


「なんでだよ……」


 体から力が抜け、俺は地面に倒れ込んだ。

 その姿をゲラゲラと嘲笑う、リューザスとディオニス。


「安心しろよアマツ。お前の意思は俺が継いで、魔王はしっかり俺が殺してやるからよぉ!」

「ルシ、フィナ」

 

 耳障りなリューザス達の声を無視して、ルシフィナに呼びかける。


 こちらの世界で、初めて俺に優しくしてくれた女性。

 ルシフィナだけは、俺の仲間だと信じたかった。


「アマツさん」


 その呼びかけに、ルシフィナはいつものように優しく微笑む。

 

「後のことは、私達に任せてください。貴方の役目は、もう終わったのです」

「え……?」


 しかしその目は無機質で、伊織を見てはいなかった。


「待ってくれ……。何でだ。約束しただろ……? この戦いが終わったら、争いのない世界を作ろうって」

「ふ、ふふっ」


 堪え切れないといった様子で、ルシフィナが失笑した。

 その様に、俺は凍りついた。

 こいつは本当に、あのルシフィナなのかと。


「争いのない世界? ああ……貴方は本気でそんなことを思っていたのですね。異世界からやってきた分際で、この世界を救う? おこがましいとは思わなかったのですか?」

「は……?」


 何を、言ってる?


「くははっ! 傑作だなぁ、アマツ。そんな目標を持って戦ってたのは、てめぇだけだってことだよ」

「夢は寝て見た方がいいんじゃないかなぁ?」


 自分を嘲笑する、仲間達。

 これは、本当に現実なのか?


 夢だと信じたくても、全身の痛みが現実を突きつけてくる。

 

「必要な分の魔力は頂いた。ルシフィナ、そこの残りカスを掃除してくれ」

「じゃ、アマツ。永眠して、好きなだけ夢を見てなよ」


 リューザスのその言葉に、ルシフィナが魔術を纏った剣を振りかぶった。

 まだ、辛うじて足は動く。

 だが、心はもう折れていた。


「さようなら――“英雄アマツ”」


 そうして、ルシフィナが剣を振り下ろした。

 凄まじい魔力に斬り付けられ、俺は壁を突き破って魔王城の外へと落下した。


 もう痛みは感じない。

 ただ、裏切られたという言葉だけが浮かんでいた。


 これまでの日々は、いったい何だったんだ。

 あいつらの嘲る瞳が脳裏に焼き付いて離れない。


「ちく……しょうッ」


 争いを終わらせたいと思ったのは、間違っていたのだろうか。

 今までやってきたことは、間違っていたのだろうか。

 それももう、分からない。

 

 失意、そして仲間への激しい憎悪の中。

 グシャリと何かが潰れる音を聞き、俺の意識は暗転した。



 これが、一度目の召喚の顛末。

 仲間に裏切られ、嘲笑われ、殺された勇者の結末だ。

 

 



 コツン、コツン、と複数の足音が響く。

 目を開き、視線を上げると国王に報告しに行った騎士が戻ってくる所だった。

 人数は五人に増えている。

 

「陛下がお呼びだ」


 四人の騎士が警戒をこちらに向け、一人の騎士が鍵束を使って牢の扉を開く。


 これで晴れて自由の身だ。

 拘束具は嵌められていないから、好きに逃げ出すことが出来る。

 

 だけど、そんな真似はまだしない。

 行動に移すには、まだ分からないことが多すぎる。

 魔力は失っているし、逆に切り落とされた筈の腕はついている。

 行動する前に、色々と調べよう。

 

 焦ることは何もない。

 従順な姿勢を見せていれば、いくらでも機会はある。


 ――待っていろ、リューザス。

 

 釣り上がりそうになる口元を抑え、俺は牢の外へ出た。


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