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第一話 『復讐の始まり』

 

――英雄アマツ。


 世界を平和にしたいという理想を掲げた勇者。

 仲間に裏切られたあの瞬間、アマツは死んだ。


 今の俺は、勇者をやめて元魔王と組んだ、ただの天月伊織だ。


 殺されたのは憎い。

 裏切られたのも悔しい。

 理想を馬鹿にされたのも頭にくる。


 だが何より、理想に賛同する振りをして、親しげに、仲間面していたのが許せない。

 

 リューザス。

 ディオニス。


 思い返せば、この二人には裏切りの片鱗が見えていた。


 例えばリューザスは――


「この程度もできねえで、勇者を名乗るんじゃねえ! もうやめちまえよ、てめえには荷が重すぎんだよ、勇者の名はよォ!」


 荒々しい気性と、その手の早さは今でも覚えている。


 ディオニスだってそうだ。


「覚悟が足りないんだよ。僕からすれば、君が死ぬ未来しか視えない」

「へっ、さすがはディオニス様。その洞察力、そこらの有象無象とは格が違いますぜ!」


 奴はよく人を嘲笑い、またその部下も問題を起こす者が多かった。

 

 だが、そういった欠点も、旅をしている間になりを潜めていった。

 だからこそ、俺はあいつらをいい仲間だと信じきっていたのだ。

 今覚えばそれも、演技だったのだろうな。


 反吐が出る。


 ただ一人、ルシフィナだけは最初の出会いから一度もボロを出していない。

 人の為に身を犠牲にするような、優しい女性だった。

 俺が世界を救いたいと思ったのも、あいつの存在が最も大きい。


 だが、それももう関係ない。

 仲間面して、最後には裏切っていた連中は一人残らず殺してやる。





 ウルグスの森。

 王国と連合国の間にある、広大な森だ。

 魔物や動物が多く生息しており、通行にはそれなりの危険が伴う。


「例の因果返葬は、どれくらいの魔力耐性なら無効化出来るんだ?」

「四天王クラスで無効化出来るか、といった所だな。まあ、以前の私達なら、間違いなく無効化出来るだろ」

「……本当に厄介な魔術だな」


 迷宮から転移して、数時間後。

 次の目的地である連合国へ向かうため、俺達はその森の中にいた。


「魔術を無効化する魔術……まぁ、喪失魔術とか心象魔術クラスの効力があれば、突破出来ないことはないだろうが」

「どの道無理だな。元々、喪失魔術も心象魔術も使えなかったから」


 魔術には、二つの到達点があると言われている。


 一つは喪失魔術ロストマジック

 消費魔力が多すぎる、扱いが難しいなどの理由で、扱える者がいなくなった魔術を差す。

 これを再現し、使用を可能にすることが到達点の一つだ。


 リューザスが使った因果返葬は、この喪失魔術に分類される。


 そしてもう一つは心象魔術。

 名前の通り、その人間の『心の形』を魔術として表現することだ。

 効果は人によって違い、同じ物は二つとしてない大魔術。


 ルシフィナは、この心象魔術を使いこなしていた。


 どちらの魔術も、使用出来る人間は極僅かだ。

 そのため、どちらも魔術師達が目指す目標とされている。


 喪失魔術の行使は、魔術の原理を完全に理解していなければ不可能だ。

 証に頼っていた俺では、不可能だった。

 

 それに、心を魔術として表現することも、俺には出来なかった。


「結局は、迷宮に行って力を取り戻すしかない訳か」

「うむ。キビキビ力を取り戻して、裏切り者を皆殺しだ」


 割りと物騒な事を言うエルフィスザークだった。


 そんな話をしている内に、気温が下がってきた。

 既に日が傾き、木々の隙間から茜色の光が差し込んでいる。


「もうじき日が暮れる。今日はここで野営だな」

「え? 枕とベッドは無いのか?」

「あるわけないだろ」

「なん……だと?」


 呆然とするエルフィスザークをスルーして、周囲を見回し、野営の段取りを考える。

 前方に木が開けた場所があるから、あそこを拠点地にするか。


「野営……野営か。伊織、野営では何をするのだ?」

「まず、寝る場所を用意。魔物対策の結界作りと、火種になりそうな薪集め。それから水と食料集めだな。結界に関しては、俺が魔石でやっとくよ」

 

 幸いにも、付近に綺麗な川を見つけることが出来た。

 結界の展開も上手く行っている。


「伊織は詳しいんだな」

「……まあな」


 旅をしていた時に、野営の仕方は一通り覚えている。

 ……習った奴の事は、思い出したくないが。


 意外なことに、エルフィスザークは素直に働いた。

 文句も言わず、テキパキと薪や落ち葉を集めている。

 こうした面倒なことは、嫌いそうだと思っていたのだが。

 むしろ、鼻歌まじりにステップを踏んでいるくらいだ。


「楽しそうだな」

「ああ。野営をするのは初めてでな。ワクワクして仕方がない」

 

 アウトドアもイケる元魔王らしい。


 それからしばらくして、ひとまず寝床の確保が終わった。

 魔石を消費して結界を張ったため、下級の魔物や動物は近寄ってこないだろう。

 薪はエルフィスザークの怪力のお陰ですぐに集まった。


 だが、寝袋も何もないため、木にもたれかかって寝なければならない。

 布があれば、落ち葉の上に引いて簡易的なベッドでも作れたのだが。


「……布か何か持ってきておけば良かったな」

「ん、布が欲しいのか?」

「あるのか?」


 頷くと、エルフィスザークは唐突に指を頭に突き刺した。

 ズブズブと指先が沈んでいく。

 しばらくして手を抜くと、そこには二枚の布が握られていた。


「ほれ」

「……いや待て。何だ今の」


 どうして頭から布が出てくるんだ。

 

「収納魔術だ。小部屋くらいの異次元に繋がっているから、それなりに物を詰め込めるぞ」


 掛けられている魔術は俺の持っているポーチと同じだ。 

 しかし、自分の頭に収納魔術が付与されている奴は初めて見たぞ。

 

「ただし、詰め込み過ぎると物が一気に溢れてくる」


 ……かなりショッキングな絵面だな。

 少し、見てみたい気がしないでもない。


 その後、野ウサギや果実を手に入れて夕食にした。

 水分は川の水を掬い、煮沸消毒して飲んだ。

 食料も水も、エルフィスザークの頭から出てきた器に収めている。


「こ……これは」


 俺が作った料理を食い、エルフィスザークが目を見開く。


「伊織! これを作ったシェフを呼べ!」

「俺だよ」

「そうだった」


 急にどうしたんだ。


「……口に合わなかったか?」

「いや、違う。想像していたよりも遥かに美味しかったのでな。褒めてやろうと思って」


 満面の笑みを浮かべ、エルフィスザークは野ウサギの肉に齧り付いている。

 料理といっても、香草と塩で軽く味付けした程度なのだが。

 気に入ってもらえたのなら何よりだ。


「うむ、やはりお前は私の専属シェフとして」

「断る」

「えぇ……」


 ひとまずは腹も膨れ、喉も潤った。



 夕食後。


 落ち葉の上に布を引いた簡易ベッドの上で、魔術の実験を行っていた。

 迷宮核を取り込んだお陰で、ある程度は魔石ナシでも魔術が使えるようになった。

 今まで使ってきた技を、少ない魔力で再現できないかを試している。


「ある程度は、使えそうだな」


 劣化どころか、別物レベルで効果が落ちてしまうだろうが。

 魔毀封殺イル・アタラクシアも、大幅に規模と威力を落とせば、訓練次第では発動可能かもしれない。


 実験を終え、一段落ついた時だった。

 

「やはり、外の世界はいいものだな」


 隣で寝転がっていたエルフィスザークが、ポツリと呟いた。


「光があって、音があって、風があって、美味しいものが食べられて」

「…………」

「封印の中は世界と隔離されているから、真っ暗でな。光も音も何もない所だった。久しぶりの外というのは格別だ」

「……三十年、だったか」


 エルフィスザークが封印されたのは、俺が死んだ直後と聞いた。

 ならば三十年もの間、エルフィスザークは暗闇の中にいたということになる。


「頭の中に浮かぶのは、封印される直前の光景だった。部下はとっくに殺したと笑うオルテギア。道化だったと笑う鬼族の男。心底見下した目をしながら、私の体に剣を下ろすルシフィナ。あいつらが憎くて、憎くて憎くて憎くて――憎くて、堪らなかった」


 そう言い切って、エルフィスザークは感情を抑えるように息を吐いた。


「久々にまともに会話出来たのがお前というのは、不思議な感覚だ」

「……エルフィスザーク」

「伊織。いちいちそう呼んでいては長かろう」


 重い雰囲気を断ち切るように、エルフィスザークは言った。


「……お前には特別に、エルフィと呼ぶ事を許す。光栄に思うがいい」

「相変わらず、偉そうな奴だ」

「偉かったからな」


 過去形かよ。


「……まあ、分かった」


 エルフィスザーク――エルフィの返しに、小さく頷いた。


「これからは、エルフィと呼ぼう」

「それでいい。焚き火は消すなよ」


 そう言ったきり、エルフィは黙った。

 しばらくして、寝息が聞こえてくる。


「…………」


 悠然とした態度を取っているが、こいつも相当な闇を抱えているらしい。

 

 エルフィは会話の度に、返事を求めるようにこちらの目を凝視してくる。

 まるでそうしないと、これが本当に現実なのか、判別がつかなくなるかのように。


「……ふぅ」


 思考を打ち切って、横になる。

 土魔将との戦いの疲れが体に残っている。

 目を瞑ってすぐに、意識は眠りへと沈んでいった。



 それから、数日が経過した。


「……見えてきたな」


 ようやく、森の出口にまで辿り着いた。

 森を出ると、整備された街道が広がっていた。

 その先には巨大な火山と、その麓にある都市が見える。


 あれが連合国。

 力を取り戻す為に踏破しなければならない、煉獄迷宮がある国だ。

 そして、『探りの金剣』で見た裏切り者がいる所でもある。

 

 平和の為にと、善人面をして近づいて来た人狼種。


 かならず見つけ出し、最初の復讐としてお前を殺す。

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