第一話 『復讐の始まり』
――英雄アマツ。
世界を平和にしたいという理想を掲げた勇者。
仲間に裏切られたあの瞬間、アマツは死んだ。
今の俺は、勇者をやめて元魔王と組んだ、ただの天月伊織だ。
殺されたのは憎い。
裏切られたのも悔しい。
理想を馬鹿にされたのも頭にくる。
だが何より、理想に賛同する振りをして、親しげに、仲間面していたのが許せない。
リューザス。
ディオニス。
思い返せば、この二人には裏切りの片鱗が見えていた。
例えばリューザスは――
「この程度もできねえで、勇者を名乗るんじゃねえ! もうやめちまえよ、てめえには荷が重すぎんだよ、勇者の名はよォ!」
荒々しい気性と、その手の早さは今でも覚えている。
ディオニスだってそうだ。
「覚悟が足りないんだよ。僕からすれば、君が死ぬ未来しか視えない」
「へっ、さすがはディオニス様。その洞察力、そこらの有象無象とは格が違いますぜ!」
奴はよく人を嘲笑い、またその部下も問題を起こす者が多かった。
だが、そういった欠点も、旅をしている間になりを潜めていった。
だからこそ、俺はあいつらをいい仲間だと信じきっていたのだ。
今覚えばそれも、演技だったのだろうな。
反吐が出る。
ただ一人、ルシフィナだけは最初の出会いから一度もボロを出していない。
人の為に身を犠牲にするような、優しい女性だった。
俺が世界を救いたいと思ったのも、あいつの存在が最も大きい。
だが、それももう関係ない。
仲間面して、最後には裏切っていた連中は一人残らず殺してやる。
◆
ウルグスの森。
王国と連合国の間にある、広大な森だ。
魔物や動物が多く生息しており、通行にはそれなりの危険が伴う。
「例の因果返葬は、どれくらいの魔力耐性なら無効化出来るんだ?」
「四天王クラスで無効化出来るか、といった所だな。まあ、以前の私達なら、間違いなく無効化出来るだろ」
「……本当に厄介な魔術だな」
迷宮から転移して、数時間後。
次の目的地である連合国へ向かうため、俺達はその森の中にいた。
「魔術を無効化する魔術……まぁ、喪失魔術とか心象魔術クラスの効力があれば、突破出来ないことはないだろうが」
「どの道無理だな。元々、喪失魔術も心象魔術も使えなかったから」
魔術には、二つの到達点があると言われている。
一つは喪失魔術。
消費魔力が多すぎる、扱いが難しいなどの理由で、扱える者がいなくなった魔術を差す。
これを再現し、使用を可能にすることが到達点の一つだ。
リューザスが使った因果返葬は、この喪失魔術に分類される。
そしてもう一つは心象魔術。
名前の通り、その人間の『心の形』を魔術として表現することだ。
効果は人によって違い、同じ物は二つとしてない大魔術。
ルシフィナは、この心象魔術を使いこなしていた。
どちらの魔術も、使用出来る人間は極僅かだ。
そのため、どちらも魔術師達が目指す目標とされている。
喪失魔術の行使は、魔術の原理を完全に理解していなければ不可能だ。
証に頼っていた俺では、不可能だった。
それに、心を魔術として表現することも、俺には出来なかった。
「結局は、迷宮に行って力を取り戻すしかない訳か」
「うむ。キビキビ力を取り戻して、裏切り者を皆殺しだ」
割りと物騒な事を言うエルフィスザークだった。
そんな話をしている内に、気温が下がってきた。
既に日が傾き、木々の隙間から茜色の光が差し込んでいる。
「もうじき日が暮れる。今日はここで野営だな」
「え? 枕とベッドは無いのか?」
「あるわけないだろ」
「なん……だと?」
呆然とするエルフィスザークをスルーして、周囲を見回し、野営の段取りを考える。
前方に木が開けた場所があるから、あそこを拠点地にするか。
「野営……野営か。伊織、野営では何をするのだ?」
「まず、寝る場所を用意。魔物対策の結界作りと、火種になりそうな薪集め。それから水と食料集めだな。結界に関しては、俺が魔石でやっとくよ」
幸いにも、付近に綺麗な川を見つけることが出来た。
結界の展開も上手く行っている。
「伊織は詳しいんだな」
「……まあな」
旅をしていた時に、野営の仕方は一通り覚えている。
……習った奴の事は、思い出したくないが。
意外なことに、エルフィスザークは素直に働いた。
文句も言わず、テキパキと薪や落ち葉を集めている。
こうした面倒なことは、嫌いそうだと思っていたのだが。
むしろ、鼻歌まじりにステップを踏んでいるくらいだ。
「楽しそうだな」
「ああ。野営をするのは初めてでな。ワクワクして仕方がない」
アウトドアもイケる元魔王らしい。
それからしばらくして、ひとまず寝床の確保が終わった。
魔石を消費して結界を張ったため、下級の魔物や動物は近寄ってこないだろう。
薪はエルフィスザークの怪力のお陰ですぐに集まった。
だが、寝袋も何もないため、木にもたれかかって寝なければならない。
布があれば、落ち葉の上に引いて簡易的なベッドでも作れたのだが。
「……布か何か持ってきておけば良かったな」
「ん、布が欲しいのか?」
「あるのか?」
頷くと、エルフィスザークは唐突に指を頭に突き刺した。
ズブズブと指先が沈んでいく。
しばらくして手を抜くと、そこには二枚の布が握られていた。
「ほれ」
「……いや待て。何だ今の」
どうして頭から布が出てくるんだ。
「収納魔術だ。小部屋くらいの異次元に繋がっているから、それなりに物を詰め込めるぞ」
掛けられている魔術は俺の持っているポーチと同じだ。
しかし、自分の頭に収納魔術が付与されている奴は初めて見たぞ。
「ただし、詰め込み過ぎると物が一気に溢れてくる」
……かなりショッキングな絵面だな。
少し、見てみたい気がしないでもない。
その後、野ウサギや果実を手に入れて夕食にした。
水分は川の水を掬い、煮沸消毒して飲んだ。
食料も水も、エルフィスザークの頭から出てきた器に収めている。
「こ……これは」
俺が作った料理を食い、エルフィスザークが目を見開く。
「伊織! これを作ったシェフを呼べ!」
「俺だよ」
「そうだった」
急にどうしたんだ。
「……口に合わなかったか?」
「いや、違う。想像していたよりも遥かに美味しかったのでな。褒めてやろうと思って」
満面の笑みを浮かべ、エルフィスザークは野ウサギの肉に齧り付いている。
料理といっても、香草と塩で軽く味付けした程度なのだが。
気に入ってもらえたのなら何よりだ。
「うむ、やはりお前は私の専属シェフとして」
「断る」
「えぇ……」
ひとまずは腹も膨れ、喉も潤った。
◆
夕食後。
落ち葉の上に布を引いた簡易ベッドの上で、魔術の実験を行っていた。
迷宮核を取り込んだお陰で、ある程度は魔石ナシでも魔術が使えるようになった。
今まで使ってきた技を、少ない魔力で再現できないかを試している。
「ある程度は、使えそうだな」
劣化どころか、別物レベルで効果が落ちてしまうだろうが。
魔毀封殺も、大幅に規模と威力を落とせば、訓練次第では発動可能かもしれない。
実験を終え、一段落ついた時だった。
「やはり、外の世界はいいものだな」
隣で寝転がっていたエルフィスザークが、ポツリと呟いた。
「光があって、音があって、風があって、美味しいものが食べられて」
「…………」
「封印の中は世界と隔離されているから、真っ暗でな。光も音も何もない所だった。久しぶりの外というのは格別だ」
「……三十年、だったか」
エルフィスザークが封印されたのは、俺が死んだ直後と聞いた。
ならば三十年もの間、エルフィスザークは暗闇の中にいたということになる。
「頭の中に浮かぶのは、封印される直前の光景だった。部下はとっくに殺したと笑うオルテギア。道化だったと笑う鬼族の男。心底見下した目をしながら、私の体に剣を下ろすルシフィナ。あいつらが憎くて、憎くて憎くて憎くて――憎くて、堪らなかった」
そう言い切って、エルフィスザークは感情を抑えるように息を吐いた。
「久々にまともに会話出来たのがお前というのは、不思議な感覚だ」
「……エルフィスザーク」
「伊織。いちいちそう呼んでいては長かろう」
重い雰囲気を断ち切るように、エルフィスザークは言った。
「……お前には特別に、エルフィと呼ぶ事を許す。光栄に思うがいい」
「相変わらず、偉そうな奴だ」
「偉かったからな」
過去形かよ。
「……まあ、分かった」
エルフィスザーク――エルフィの返しに、小さく頷いた。
「これからは、エルフィと呼ぼう」
「それでいい。焚き火は消すなよ」
そう言ったきり、エルフィは黙った。
しばらくして、寝息が聞こえてくる。
「…………」
悠然とした態度を取っているが、こいつも相当な闇を抱えているらしい。
エルフィは会話の度に、返事を求めるようにこちらの目を凝視してくる。
まるでそうしないと、これが本当に現実なのか、判別がつかなくなるかのように。
「……ふぅ」
思考を打ち切って、横になる。
土魔将との戦いの疲れが体に残っている。
目を瞑ってすぐに、意識は眠りへと沈んでいった。
◆
それから、数日が経過した。
「……見えてきたな」
ようやく、森の出口にまで辿り着いた。
森を出ると、整備された街道が広がっていた。
その先には巨大な火山と、その麓にある都市が見える。
あれが連合国。
力を取り戻す為に踏破しなければならない、煉獄迷宮がある国だ。
そして、『探りの金剣』で見た裏切り者がいる所でもある。
平和の為にと、善人面をして近づいて来た人狼種。
かならず見つけ出し、最初の復讐としてお前を殺す。