32、レイシュ 渾身の舞
オレの発言が引き金となり、作戦会議は終了となった。
顔を真っ赤にした街長がテントへと引き上げていく。それを見送った後、何人かの衛士や傭兵に囲まれた。
「なんてことしてくれたんだ。早く謝りに行ってくれ!」
もちろんそんな言葉に耳を貸す気は無い。
パァルに危険が及ぶところだった。誰かがキツく言っとかないと、街長はさらなる思いつきで現場を混乱させたことだろう。
それに大見得切った以上、オレにだって策はある。
そうと決まれば善は急げ。まずは状況確認だ。キャンプを離れ、木々の間から街を見下ろす。
オークはすぐに見つかった。数人単位でグループを作り、作業に没頭している。
カンカンと音を鳴らし、組み立てているのはバリケードだ。戦闘で生じた廃材を再利用している。
しかし、往来を行き来しているのは緑肌の豚顔だけ。人間の姿は確認出来ない。
やはり住人たちはどこかに身を潜めているのだろう。
「ちょっと、ホントに大丈夫なんでしょうね」
振り向くとフェズが立っていた。
「心配するな、大船に乗った気でいてくれ。パァルさんはどうしてる?」
「これから怪我人の手当てを始めるそうよ。街長があんなこと言っちゃったから、みんなあの子に期待してるみたい」
「そうか。ならこっちもサッサと終わらせないとな」
「……ごめんなさい」
一歩近づいてくると、オレの耳元で囁くように言った。
「なんでフェズさんが謝るんだよ」
「だって……アタシがもっとしっかりしてたら、レイシュもパァルもこんな目に遭わなかったはずだし」
「気にするなよ。街長の態度にはオレもムカついてたんだ、女だとかお飾りだって馬鹿にしてさ。それに耐えてたフェズさんは偉いよ」
オレの言葉に、手を振って反論する。
「そっそんなことないわよ、全部事実だし。アタシってちょっと人より強いだけで短気だし、粗野だし。シェンコの方が見た目も立派で、彼が前に立ってたほうが--」
ポンと頭に手を置いてやる。
「そう自分を責めるなよ」
「でも……」
「オマエを慕ってる部下たちが可哀想だ」
頭に置いた手を撫でる。サラリとした金の髪が指の間をスルリと滑り落ちていく。
「……バカ」
頬を染めながら、少し困った顔で呟いた。朝日に照らされて俯いた顔がとても美しい。
って、こんな時にオレはなに見惚れてるんだ。昨日パァルで失敗したばかりじゃないか。
少し距離を取って深呼吸。そして腰から剣を外し、フェズへ手渡した。
「預かっててくれ」
「えっ?」
戸惑いながら受けるとるフェズ。頭に疑問符を浮かべている。
「これからオークと交渉してみる」
「ハァ!!? アンタ何言っ……んぐぅ」
「バカッ、声が大きい」
叫ぶフェズの口を塞ぎ、話を続ける。
「今回の件、どうにもキナ臭いとは思わないか?」
「……どういうことよ?」
ムッとした顔で、フェズは眉間にシワを寄せる。オレは苛立つ彼女に順を追って説明することにした。
「まず疑問に思ったのが、なぜヤツらはこの街を狙ったのかってトコだ」
「そんなの破壊と略奪のために決まってるじゃない」
さも当然のようにフェズは言う。
「ハイボルスクは鉱山の街。武器も資源も唸るほどあるわ。現に今、廃材の木や鉄板で防衛強化してるでしょ」
「そこがおかしいんだ。この街が傭兵を雇って守りを固めてるのは、以前から敵対してれば分かることだろ。食料と女が目的なら他の村を狙えばいい。
となると、この街でなければいけない理由があるはずなんだ。多大な犠牲を払ってまで、攻め落とさなければならなかった理由が……」
「なるほど」と、口に手を当てて考え込むフェズ。どうやらオレの疑問を理解してくれたようだ。
「でも、その理由をどうやって聞き出すつもりよ? 下手に近づけば殺されるわ」
「それについても考えがある。丘の上から見て、もしオレの身に何かあれば当初の作戦通り突入してくれ」
身をかがめ、草の間を縫って坂を下る。
街の入り口は完全に閉鎖されていた。丘を降りるともう中の様子は分からない。
雑に積まれた木と鉄の壁が、威圧するようにオレを見下ろしている。
「さぁて、いざとなると緊張してくるな」
「ニンゲン ナニシニ キタ」
バリケードの上から声をかけられた。デカイ鼻に伸びた牙。相変わらず怖い顔だが、ビビるわけにはいかない。
「オバッホゥ!!!」
身につけた皮鎧を慌てて外す。さらに肌着を脱いで上半身裸になる。
「オバッホ、オバッホゥ!!!」
両腕を上げてパンパンと手を叩きながら、片足でピョンピョン飛び回る。
酔っ払いの奇行にしか見えないが、これは立派な作戦だ。
野蛮な亜人であるオークは、重大な物事を未だに決闘で決めている。力こそ正義、勝者こそ正義という理屈だ。
それは即ち、敗北=死ということになる。ならば当然、命乞いをする輩もいる。
降参の意を表す踊り。それこそが今やってる「オバッホダンス(オレ命名)」というわけだ。
仕事で役立つかもと、昔オークから色々と学んだが。まさかここで使う羽目になるとは思わなかった。
この痴態はフェズにも見られてるのだろうか。
頼む。一瞬でも早く終わってくれ!
「ナンダ ナンダ」
「ニンゲン ナノニ オークノコトバ フシギ」
「イイケツ シテルナ」
よしっ、いいぞ。オークどもが集まって来た。上手く敵意が無いことが伝わればいいのだが。
その時、風を切る音がオレの耳に届いた。
「うおっあぶねっ」
飛んでくる石を見て咄嗟に飛びのく。無防備の身体に当たればタダでは済まない。
「何しやがる!」
「ナゼヨケタ! ニンゲン!」
バリケードの上から一際ガタイの良いオークが顔を出した。
かなりの死線をくぐり抜けてきたのだろう。顔中傷だらけで、逆さに伸びた牙が片方だけ折れている。
「オバホ=ドンリハ ミジメナオドリ。オレハ ミトメン。サッサト シネ!」
次々と石を投げつける強者オーク。「降伏なんか認めん、負けたら潔く死ね」ってことか。とんだ原理主義者だ。
感化されて他のオークも石や槍を次々投げつけてくる。
ここでは身を隠す場所もろくに無い。撤退するしかない。
街に背を向けようとした時、バリケードの隙間から手が伸びているのが見えた。
肌が緑色なのでオークだと分かるが、動きがどうやら手招きしているようだ。
罠かもしれない。だが考えている暇はない。
一か八か、降り注ぐ凶器の雨を掻い潜り、オレは手首へと走った。
ガポンと外壁の一部が外れ穴が出現する。息を切らせて中へと飛び込む。
「んべぇっ」
ヘッドスライディングをかましつつ侵入成功。口の中が砂まみれだが、問題ない。
倒れこむオレの前に、スッと緑の手が差し出される。
相手はやはりオークだが、普通じゃなかった。
牙も生えてないヒョロガリ。インテリキャラを気取っているのか、蛮族のクセに黒縁メガネをかけている。どうせ略奪した物だろう。
「オバッホ! オバッホ! オバッホ!」
オレは急いで立ち上がり、踊りを再開する。
ここは敵地だ。今まで以上にキレのあるダンスを見せて、誠意を見せないと。
今のところ目の前のインテリは特に襲ってくる気配はない。
「オバッホ!オバッホ! オバッホ! オバッホオゥ!!!」
「あ、敵対の意思が無いのは分かりました。もう結構ですよ」
流暢な言葉で返された。