バレンタインなんてぶちこわれっちまえばいいのに 2014冬 in 校舎
今年のバレンタインは、都心では珍しく雪が降りしきっていた。
先週はガッツリと雪が積もってしまい、校庭は一面白く染まり、はしゃいだ学生達が甲高い声を上げながらはしゃぎまわっていた。
一部男子が何かから目を逸らすようにはしゃいでいたのは、気のせいではないだろう。
何しろ一週間後には高校生である彼らにとって重大すぎるイベントが控えていたのだから。
そう。
バレンタインデーである。
富めるものと貧しきものの格差が天と地ほど開くカオスの幕開けだ。
富めるものは一足早い春を満喫し、なんかこういい感じに頬とかを桜色に染めて「ありがとう……」とか言っちゃう。
貧しきものはその拳にあらん限りの力と呪詛を込め、近所の壁という壁を己の血で赤く染め上げるまで殴り続けるという天国と地獄が地上に現れたかのような騒ぎになるステキな一日だ。
ちなみに女子はこの日のために普段はしないお菓子作りなどという行為をしたりしなかったりする。
最近はコンビニでも割としっかりしたものを買えるので大変にありがたい話である。
一個買うのを忘れてて慌ててコンビニに駆け込む姿も見かけられることだろう。
まったく最近のコンビニは良く出来ているものである。
まあ、それはともかくとして。
部活の部室が並ぶいわゆる部活棟の一角に、TRPG研究会という部活が居を構えていた。
世間が大方の偏見どおり、そこに所属する部員達のほとんどがレンアイ事になど縁もなく、半死人のような顔でこのバレンタインを迎えていた。
大半の部員は燃え上がるような怒りを抱いたまま校舎中を駆け巡っており、今は部室には居なかった。
TRPGだけでなく様々な遊具が散乱する部室には、今は二人の生徒しか居ない。
小学生からの腐れ縁である二人は、並んで椅子に座りぼけっとした顔で校庭側にある窓を眺めていた。
大半が雪合戦などをして遊んでいる生徒だが、よくよく見るとなんかラヴイイヴェントを起している連中も居た。
「ったく。雪ですよもう」
「雪だね」
「このクソ寒いのにうちの部員はなにしてんだよ」
「なんかリア充を引き裂くとか言ってたね」
「俺も行けばよかったかなぁ。大体非常識だと思わないかね? バレンタインって何の日だか知ってるの?」
「聖バレンタインが報われない男女を駆け落ちさせた日だっけ?」
「そうそう。なんかそんな感じだようる覚えだけど。そんな日に愛を囁きあっていいのか?! 不謹慎だろうがっ!!」
「いいんじゃね? エピソード的に」
「……だよな。エピソード的に。くっそ。なんつったっけ。アイツ。B組の。サッカー部の」
「片桐?」
「そう、片桐。アイツむっちゃチョコ貰ってたじゃん」
「靴箱とか溢れそうだよね」
「溢れねぇよ。あれ、前においてあるチョコが有るじゃん。女子どうしたと思う? 俺朝早いからうっかり見ちゃったんだけどさ」
「どうしたよ」
「捨てんだよ。ゴミ箱に。前に置いてあったチョコ」
「マジか。こわっ」
「で、片桐のやつ大体予想してるんじゃない? そのゴミ箱に入ってたチョコも回収していくんだよ。名前書いてあるやつだけだけど。まあ、全部片桐君へ、はーと、とか書いてあるからさ」
「食うの? それ。そりゃもてるわ」
「っとによぉ。お前それ食うのか? って聞いたら、なんていったと思う? 折角用意してくれたんだからね、とかいって微苦笑だぞ。そりゃ惚れるわ。思わずケツを差し出しそうになったね」
「アホか」
「大体バレンタイン高校生がですよ。浮かれていていいのかと。勉強しろよ勉強。勉強こそ学生の本分でしょうが」
「自分はどうなんよ」
「むっちゃ勉強してるっちゅーの! 超勉強しまくってますよ、人生勉強だけど!」
「ゲームじゃん」
「ゲームいいだろうが! オレらTRPG部だっつーの! 部活動だろうが! 部活動は事業の一環なんだよ我が校ではっ!」
「そうだっけ」
「そうなんだよ! 強制的に何かしら入らなくちゃいけないだろううちの学校! だからお前俺にくっついてきたんだろうが!」
「うん。いつもやってるのコンシューマーだし」
「TRPGにも手だせよ。正しくないぞTRPG部員として! 部活動を堪能しなさい?!」
「そのうちね」
「まったく。なんなんだよもぉー。外にも一杯居るよ部活をしてない連中が! 雪降ってるから休みなんだろうけどさ! あ、あれ」
「ん?」
「あそこだよほら、あれ! チョコ渡してね?」
「ああ。うちの学年じゃないね」
「アレはたしか、一年の野球部! このくそがきゃぁああああ!」
「一年しか違わないじゃん」
「オイ! バレンタインブレイカーズ! あそこにも居るぞなんかやっちゃってる奴ら! 追い掛け回して袋叩きにしろ!」
「誰よそれ」
「うちのほかの部員もいってるだろ! バレンタイン撲滅委員会だよ! きっと今ごろドコカで正義を執行しているはずだ!」
「先生に説教されてたりしてな」
「それもあるな……いかなくて良かった……」
「行こうとしてたのかよ」
「ま、まあ? 付き合いって言うか? 別におれ自身はバレンタインとかどうでもいいんだけど? ほら、こう、レンアイとか? マジ今は勉学の方が大事って言うか?」
「チョコ欲しいの?」
「欲しくねぇ! ぜんっぜんほしくねぇし! 欠片もイラねぇし! 大体俺チョコとか甘いの苦手だしさ! 口の中イガイガしてくるし! 大体にきびとか出ちゃうじゃんか俺らの年齢でチョコ食うと! むりむりむりむり! おれデリケートだから御肌とか荒れちゃうし! 真っ赤になってアトになったらどうするの的なっ! それに鼻血とか吹いちゃったら危険じゃん?! それにおれチョコとかよりもしょっぱ系のポテチとかの方が好きだしさーあー?!」
「知ってる」
「チョコとか貰うぐらいならクッキーとかの方が全然、いや、欲しくないよ?! 全然全然! バレンタインなんてしらねぇし! 今知ったし! あー、今日バレンタインなんだー、へー! って感じだし! そういう行事もあったねー、ぐらいの感じだったし! 悔しくねぇし!」
「ほれ」
「は?」
TRPG研究会の部室にて、イスを並べて座っている二人の片割れ。
彼女がもう一人の彼へ渡したのは、小さな可愛らしい包み紙だった。
緑と赤のストライプに、セロハンテープで留めがされているそれは、いかにも手作りといった風情だ。
彼は彼女から渡されたそれを掴んだまましばし固まり、息をしていないのではないかというほど表情を凍りつかせている。
「どうしたよ」
「え、いや、あの、これは、その、なんでしょう?」
「クッキー。紅茶のヤツ」
「え?」
「え?」
「いや、紅茶? の? クッキー? え、どういうこと?」
「バレンタインだから」
「ばれ、あ、ああ! あ、ほかのヤツの分は? 机とかに置いとく?」
「アンタの分だけだよ」
「へ?」
「残り食ったし」
「え、ですけど、え、これをみんなで分けるのはどうかなぁー、と。す、少なくないですか、え?」
「一人分だし」
「そ、そうか……え、いや、ちょ、ちょっとタイム」
「ん」
彼はゆっくりと立ち上がると、壁に手をついて何事かぶつぶつとつぶやき始める。
どうやら頭の中で情報を整理しているらしい。
彼の奇行は今に始まったことではないらしく、彼女は特に気にした様子も無く窓の外を眺めていた。
暫くして、彼は席へと戻る。
表情はまだ、若干引きつっていた。
「い、いやぁー、わるいなぁー! なんか気使わせて! ギリなのに手作りってすごくねぇー?」
「別に義理じゃないし」
「……あ、いや、そ、なんつーか……え、ま、え。ま、マジでその、本命、的、なっつーか」
「TRPGあんまり良くわかんないし」
「はい?!」
「入れば一緒に居られるじゃん。クラスばらけちゃったし」
「え、ま、ちょ、ちょっと、ちょっとまって! ちょっと冷静に成らせて!」
「ん」
彼は大きく深呼吸をすると、いつに無く真剣な表情を作った。
「あの、つ、付き合ってください」
その突然の言葉に、彼女はぽかんとした表情を見せる。
「ん。よろしく。でも、何で急に?」
「きゅ、急にって言うか、こういうのは男の口から言うもんっていうか、つか、か、軽くね?! 軽すぎないかヨロシクって! どういうことなの?!」
「今更だし?」
「いや! で、でもこ、こういうのは! けじめとかですね! そういうのが男の子にはあるんですよ!」
「何で敬語?」
「混乱してんだよっ! 分かるでしょ見れば! 混乱しすぎぃ! ってなってるでしょう?!」
「まあ、そういうところも好きだし」
「やめたげてよぉ! 今そういうこと言うのやめたげてよぉ!! なんか訳わかんなくなってきてるじゃん?!」
「えー、じゃあ、ちゅーとかする?」
「しねーし!! ぜんっぜんしねぇーし! 何いってんの?! 何言っちゃってんのこの子?!」
「あっはっはっは」
「からかってんだろ?! お前俺のことからかって遊んでんだろ?!」
「好きなのはホント」
「ああああああああああああああああああああああ!!!」
床の上を七転八倒する彼を見て、彼女は面白そうに笑った。
後日彼は部活の仲間から袋叩きにされ簀巻きにされた後、近所の川に放流されることになる。
やっぱり彼女はそれを見て笑うことになるわけだが、それはまた別の話。