魔王ですがどんなに叩いても勇者が出て行ってくれません
「魔王ちゃん。そろそろ結婚しよう」
と、勇者がホザいた。
「ふぇ……」
私は口を開けながら固まった。
あきれかえっていたのだ。
勇者。
魔王を倒すための人間界の最終兵器。
古の聖剣を片手に、スライムいじめでどこまでも上がり続けるステータス。
魔道士が一生をかけて編み出すような魔法も聞きかじりで使いこなす理不尽を体現したような存在。
その戦闘力はテキトーに剣を振っているだけなのに魔王軍を総崩れに追い込んだほどだ。
だが、傑出した能力を持つものが人格者とは限らない。
この勇者も人格者にはほど遠かった。
性格はどこまでも適当。
特に金と女にルーズだ。
ギャンブルは全財産を失うまでやる。
すべての町で女を作る。
一つの場所にとどまってもハーレムを作る。
自分の稼いだ金と借金の違いがわからない。
もちろん借りた金は返さない。
見つけた宝箱はとりあえず開ける。
そして奪う。
人の家のタンスを漁る。
壺を漁る。
お前のものは俺のもの。
俺のものは俺のもの。
その被害は人間にも及ぶ。
特技、人妻。
詳細は説明したくない。黙秘権を行使させてもらう。
そのせいで、窃盗と強盗と詐欺と姦通罪で、人間界で国際指名手配中。
捕まったら縛り首の身の上だ。
(人間世界での姦通罪の最高刑は縛り首らしい)
なぜそんな危険人物と結婚せねばならない。
こっちまで累が及ぶだろが!
そこまで考えると今までぼやけてた頭がくっきりはっきりしてきた。
そしてだんだん腹が立ってきた。
勝手に独身女性の家に住み着いたくせに何を言ってるの?
そう、コイツは魔王軍を蹴散らすと魔王討伐を放棄して城に住み着いてしまったのだ。
さんざん出ていけと言っているのにも関わらず出て行ってくれないのだ。
うん。
思い出すだけで腹が煮えくりかえってきたぞ!
今日こそ出て行ってもらおう。
うん決めた。
絶対に追い出すぞ!
「魔王城から出て行ってくれませんか?」
「ええええええ!!!」
勇者は心底驚いていた。
私のフラストーレーション +100。
※たぶん1000ポイントから私のパンチと交換できる。パンツじゃないぞ。
「ま、魔王ちゃん! 魔王ちゃんに捨てられたら、俺は明日からどうやって暮らせばいいんだよ!!!」
「ヒモになる気満々ですね」
まごう事なきクズがいる。
クズが子犬のような顔をしている。
哀れなくーんという泣き声を出している。
目がキラキラしてる。
殴りたい。
ぶん殴りたい。
「違うよ。僕は専業主婦になりたいだけだよ! 料理も洗濯も掃除もできないけど!!! べぶらッ!」
どごーん。
おっと気づいたらグーで殴ってしまった。
いらんわこんな粗大ゴミ。
「叩いたー!」
勇者はマンガのようなタンコブを殴ってもいない箇所に作りながらプンスカと怒っている。
喧嘩売ってるよな?
「殺すつもりだったのに!」
おっと本音が漏れてしまった。
「ふふふ。我を倒さぬ限り、婿になって未来永劫寄生してくれるわ!!!」
勇者が魔王のように本音を言いやがった。
うん、殺そう。
大陸を吹き飛ばす最強呪文で葬ろう。
「バーニング・ダーク・フレイム・オブ・ディッセン……」
「ちょっと待って! ちょッ! それマジで殺す気だよね!?」
ずごごごごごご!
「まさか!? 骨の一片も残さず焼き尽くす気でしたよ?」
にっこり。
「まさかの抹殺宣言ですと!? こんなに愛してるのにー!」
「今のやりとりのどこに愛がありましたか!?」
「愛で前が見えない!」
「借金で首が回らないの間違いでしょ!」
「ふふふ。ナイスツッコミ♪ 愛のなせる技だね」
言葉が通じない。
コマンド
殴る
焼く
殺す
■逃げる
だが現実に回り込まれてしまった!
「……くッ……もうはや殺すしか……」
私はがくっと崩れると跪き頭を垂れた。
決して「くっ殺せ!」ではない。
だが勇者のバカは私の悩みなど考慮しない。
空気を読まずに話を切り替えた。
「ねえねえ魔王ちゃん魔王ちゃん」
「……なんですか?」
「おなかへった」
……ヒモなのに料理も作れないダメ人間が指をくわえてこちらを見ている。
もう殺すしかない。
私はゆらりと台所に行くと包丁を手に取った。
刺す……いえいえ違うって。
激しい勢いで具材を細かく……
……もうあきらめた。
いろいろと。
「もうね! 私だって料理得意じゃないんですよ! チャーハンでいいですか!」
「はーい!」
どうしてこうなった?
私が何をした?
こうして今日も私は粗大ゴミの追い出しに失敗するのだった。
◇
「魔王よ。そろそろ結婚したらどうだ」
それは魔王城でのミーティング中の出来事だった。
発言の主は獣人族の魔将軍シルバーウルフ。
彼は人柄が良く面倒見がいい。
典型的な親分タイプだ。
「え? 結婚ですか?」
「そうだ。勇者の脅威もなくなったことだし、そろそろ身を固めてはどうだろうか?」
「その勇者が城に居座っているのですが……しかも婿だと言い張ってますけど。今、私の生活に驚異をもたらしてますけど!!!」
「もちろん知っている。だからこそ世間体が悪いから適当な魔族と結婚しろと言っている」
「ごもっともな意見ですし、私もあんなヒモ男は嫌ですが、残念なことに相手がいません」
「ふむ。うちの若くて血統がいいのを用意するから見合いをしろ」
「美形ですか?」
ここ重要。
「うむ、善処しよう」
私はにっこりと微笑んだ。
すると他の魔将軍が騒ぎはじめた。
「そ、その見合い、我が一族からも参加させてもらうぞ!」
「お、おうよ! 我が一族からも参加させてもらうぞ!」
「オレタチ、触手スゴイ。魔王見合イスル」
触手はノーセンキュー。
とは派閥の調整上言えないのでとりあえずローパー族も参加っと。
こうして、どんどん増える見合いの参加者。
なぜか市民に公開される見合い。
最終的に参加者は一万人超え。
見合いは次の段階、ウルトラエクストリーム見合いと化した。
需要を見込んで屋台業者、いわゆる香具師の組合も参加。
見合いは次第にお祭り騒ぎの様相を呈していったのだった。
どうすんだよこれ!
確かに各種族の長の立場になったら候補を出さないわけにはいかない。
子どもでもできたら覇権を握ることすら可能だろう。
つまりだ……
彼らは私が美しいとかキレイだとか性格がいいとかではなく、魔王という立場が欲しいのだ。
確かに魔王は私の一部ではある。
だが魔王であるから結婚したいというのは、なんか……ムカツキやしないかな?
◇
ずんどこずんどこずんどこぱおーん♪
軽快な太鼓とラッパの音がコロシアムに響く。
「選手入場おおおおおおおー!」
私の横に座っているアナウンサーが見合いに挑む選手たちの入場を知らせる。
男たちは各種族の正装を着て、まるで剣闘士のチャンピオンのように手を振りながら更新していた。
……。
……。
……。
これは私の知ってるお見合いでは決してない。
おかしいだろが!
「この日のために各種族から選びに選ばれたイケメンたちが一堂に集まりました!」
そこだけは評価してやる。
「各選手のコメントです。獣人族のジャクソン選手。この日のためにイケメン力を磨きました。今回の見合いも……」
イケメン力ってなんだよ!
全力でツッコミを入れながらも、私は置いてけぼりにされていた。
なんでこうなった!
「おおーっと! 最後は勇者の入場です!」
「ブーッ!!!」
ちょッ!
「なななななんで勇者まで参加してるんですかかかかかかかかかかかかかか!!!」
私は完全にバグってました。
絶対に参加すると思ってたから黙っていたのに!!!
「いやなんでって勇者が参加させないと全員殺すって」
「だだだだだだだだダメですよよよよよよよよよー!!!!」
私がガクガクとしながらバグっていると、勇者が微笑みながらこちらへやって来た。
嫌な予感がする。
「魔王ちゃん♪」
にっこり。
「ひゃ、ひゃい」
「誰にも渡さないからね♪」
こ、怖い。
ヒモなのに!
クズなのに!
「んじゃマイク貸してね♪」
勇者がマイクを引ったくった。
そして大きな声で……
「てめえら、魔王は俺の女じゃああああああ! まとめてかかって来いやああああああああ!」
そう言うや否や勇者は剣を抜いて各種族のイケメンをあつめた選手団に襲いかかった。
あとは残酷ショー。
勇者は圧倒的な暴力でイケメンをなぎ倒していく。
しかも実力者を倒すたびに誇らしげにマイクパフォーマンスが炸裂する。
「あのおっぱいは俺のもんじゃああああああ!」
ぶち。
「あのケツも俺のもんじゃあああああああ!」
ぶちぶち。
「あの……」
「おどりゃああああああああああ!」
私は試合会場になだれ込むと問答無用で勇者の顔に飛び蹴りをお見舞した。
「ぶべら!」
醜い悲鳴をあげる勇者に今度は逆エビ固め。
「セクハラすんなあああああああああああ!」
「うぎゃ! うぎゃああああああああああああ!」
しばらく締め上げてから勇者を解放する。
「し、しかたなかったんじゃあああああ!」
「なにがよ?」
「じ、自分の女をとられたくなかったんじゃあああああああ! 愛してるんじゃあああああああ!」
も、萌えない。
全く萌えない。
これが現実……だと……いうのか?
「も、もう……俺にはプランBしかないのか!」
勇者のプランB。
いやな予感がする。
「この場で(バキューンッ!)して自分の女と魔界中にしかしめてやるんじゃああああああ!」
そう言うと勇者は飛びかかってくる。
私は反射的に勇者の首に足を絡め腕を取る。
そしてそのまま締めあげる。
三角締め。
きゅッ!
足は頸動脈を完全に締め、みるみるうちに勇者の顔は真っ赤から白くなっていく。
そしてその腕から力が失われる。
要するに『落とした』のだ。
これで邪魔者はいなくなった。
安堵した私はイケメン軍団に微笑んだ。
だって、ねえ。
勿体ないよね?
じゅるり。
「はい、皆さん! 嫁争奪戦続けてくださーい♪」
ところが私の目に映るのは恐怖に顔を引きつらせたイケメン軍団。
はて?
どうしたの?
「あのー続き再開していいですよー」
ふるふるふるふる。
彼らは顔を横に振る。
「ゆ、勇者を一瞬で倒したお方の婿になるなど恐れ多く……」
あっれー?
「そ、そうですよ。やはり魔王様は孤高の存在! 婿などいなくても……」
あれれー?
「怒らせたら殺され……じゃなくて! と、とにかく頑丈なかたを……」
あれれのれー?
嵌められた!
ようやく私は理解した。
そう、すべては勇者の計画の内だった。
勇者を締め落とした私の婿になろうという骨のある男はいなかったのだ。
それがわかっているから、わざと勇者は私に攻撃させるように仕組んだのだ!
しかも各種族の代表が集まるイベントでそれをすることで、私の悪評は魔界中に知れ渡ることになったのだ。
なんたる策略家!
なんたる卑怯!
勝つためには手段を選ばない。
それが勇者だったのを知っていたのに!
私のバカー!!!
「終わった……私の婚活が……終わった……」
この日、魔王は勇者に完全敗北したのだ。
そして勇者はやってくる。
まるで勝者のように。
まるで姫を迎えに来たかのように。
「結婚しよう♪」
「全部貴様のせいじゃぼけええええええええええッ!」
そう叫びながらキレた私を見た勇者が逃げる。
私は勇者を本気で追いかける。
殴る!
絶対に殴る!
「ははは! ハニー捕まえてごらん♪」
「てんめー!!!」
私は勇者から逃げられないだろう。
そう勇者はどんなに叩いても出て行ってくれないのだ。
嗚呼、私の幸せはどこに……
「ははははははは! 幸せになろうねえ!」
「出てけー!!!」