挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
あとみっく☆ダーリン 作者:立花招夏
5/36

第四話 次のお仕事

「柚葉さん、あなたがすっかり酔ってしまう前に、次の仕事について話しておきたいのですが、構いませんか?」
 柚葉がシシャモを握ったまま、大災害に遭った後のようにぼんやりしていると、陸也がそう切り出した。
 我に返った柚葉は慌ててこくこくと頷く。
「実は、ずっと断り続けていた仕事なんですが、いよいよ断る口実も尽きたので、仕方なく引き受けた物件があるのです。それが、そろそろ終盤なのですよ」
 終盤ということは、そろそろお掃除隊ゆずはの出番ということだ。ですが、その体全体からにじみ出ている苦渋の色は、一体何なんでしょうか……。
 柚葉は首を傾げる。
「どうして断り続けていたのですか?」
「実は、今度の作業場所は私の実家なのです。元実家といった方がいいでしょうね。郊外にあるのですが……」
 そこは後見陸也が中学生まで暮らしていた家なのだという。元々、その地域の藩主が別邸として使っていたと言われる古い屋敷で、今現在、住人はいない。住人がない家は傷むのが早い。そこで、リフォームして純和風の宿泊施設に改修しようという計画がずいぶん前から持ち上がっていたのだそうだ。
「どうして断っていたのです?」
 実家からの依頼など、一番に受けていても不思議ではないはずだ。
 珍しく陸也が言いよどんだ。
 言いにくいことでも遠慮なくズバンと言うあなたがどうしたのです?
 柚葉は怪訝そうに首を傾げる。
「……あなたを、連れて行く勇気がなかったのです」
 え? 私?
「え? 私ですか? あ、まぁ、確かに私の掃除スキルは万全ではありませんが……」
 やはり、元藩主の屋敷を任せるには、私の掃除スキルは未熟だということなんだろうか? だからまだ引き受けたくなかったんだろうか?
 がっくりとうなだれる。
「あぁ、そうではありません。あなたの掃除スキルの問題ではなくて……その、私の家族が、あなたに辛く当たるのではないかと心配で、あなたを連れて行く気になれなかったのですよ」
 えええ? それって……。
 後見家総出で私にダメ出しをすると、そういう状況になる可能性が高いと、そういうことなんですか?
 脳裏に、サングラスをかけた人々が一斉に私を指さし、ダメ出しをする光景が浮かんだ。
 何という恐ろしさであろうか。絵にも描けない恐ろしさ。
 呆然として固まる。
 構わずに陸也は続けた。
「もっとも、今現在私の家族は、同じ都内でも少し離れたところに住んでいますから、そうそう作業現場に現れることはないと思うのですが、妹などは変わり者で、しかも気の強い子ですから、何をしでかすか分からない。それにうちは、少々複雑な家族構成なのです」
 複雑な家族構成?
 もしかして、それが後見陸也のアンドロイド系無口無表情を育てた土壌ってことなのか?
 思わず前のめりになる。
「後見さんち、複雑なんですか? あ、いえ、無理に教えてくれとは言いませんが……」
 前のめりの姿勢を慌てて戻し、軽く咳払いをする。
 いかんいかん。これじゃあワイドショー大好きオバサンじゃないか。本当は興味津々だけどさ。「そうですね、あなたには知っておいてもらった方がよいでしょう」
 苦笑しながらそう言うと、陸也は後見家の複雑な家族構成を説明し始めた。
 私は知っておいた方がいいって、なんでだ?
 そこはちょっと引っかかるけど、せっかく教えてくれるというのだから、静聴することにする。 後見陸也の本当の母親は、七年前に亡くなったのだそうだ。で、継母がいるのだが、この人も今は御殿場で一人暮らしをしているらしい。
 後妻で後見家に入っていながら別居とは、穏やかじゃないな。
 はっ! 確執ですか? 親と子の確執なのですか?
 陸也は続けた。
 今現在後見家に居るのは、祖父母と父親、弟とその妻、そして妹の計六人。後見家を継ぐのは、二歳年下の弟、海斗かいとに決まっている。彼は三年前に結婚したが、いわゆる政略結婚で、あまり夫婦仲は良くないらしい。子どもはまだない。妹の瑠璃るりは、他の兄弟とかなり年が離れていて、今十四歳。難しい年頃らしく、海斗ともその嫁の静香しずかとも仲が悪い。後は、使用人が、住み込みと通いと合わせて数名いる。だから、母親が不在でも特に家事等で困ることはないのだとか。
 後見家、マジで裕福だな。うらやましい限りだ。
「まぁ、継母さんが別居中というのは問題かもですが、さほど複雑な家族構成じゃないのではありませんか?」
 私は首を傾げる。
「そうですね。見かけ上は大した問題がないですね」
 後見陸也は苦笑する。
 ん? あ、長男の後見さんが後継ぎでないのは問題か? あ、分かった。私、分かっちゃったよ! きっと、後見陸也だけ母親が違うんだ! それで……。
 私の顔を窺っていた陸也は肩をすくめた。
「補足しておきますが、私は弟妹と腹違いではありませんよ?」
 あれ? そうなの? あ、そう言えば、亡くなったの七年前だったっけ。腹違いだと計算が合わないか。いや、そうなのに腹違いの方がより複雑な気はするが……いやいやいやいや。下世話な想像はやめておこう。
 でも、じゃあ、腹違いじゃないのに、次男が後を継ぐってどういう理由なんだろう。見たところ、後見さんに後継ぎにふさわしくない要素は、どこにも見あたらない。
 ちらちらと視線を送りながら考え込む。そんな柚葉に、陸也は小さくため息をついた。
「下手の考え休むに似たりですよ。あなたは余計なことを考えなくていいですから、次の仕事もしっかりお願いします」
 むむっ。なんかひどい言われようじゃないですか~。そんなこと言われなくたって、私はいつだってしっかりやってますよぉ。
 むくれる柚葉には頓着することなく、陸也は続けた。
「そうだ、あなたに一つお願いしたいことがあります」
 お願いしたいこと? 私に? 後見さんが?
 仕事の話ならお願いなどしなくても、命令すればよいことだ。彼は雇用主なんだから……。
 困惑する。
 お願いとは、一体何事なんだろう。
「何ですか?」
「次の作業場は後見家なので、私のことを後見さんと呼ぶのはやめてほしいのです」
 あ、そうか。施主さんが後見さんなんだから、紛らわしいよね。混乱しそうだし。
「じゃあ、後見さんのことは何と呼べばよいですか?」
 社長とか、ボスとか、マスターとか?
「そうですね……では、私のことは陸也と名前で呼んでもらえますか?」
 は?
 予想外の呼び方にとまどっていると、ほら、呼んでみてください、と催促される。
 ええええ~。
「え、えっと……陸……也……さん」
 さすがに呼び捨てにするのは気が引ける。いや、でも、これ変だよね。職場の上司なのに名前で呼ぶなんて……さ。
「聞こえませんよ。もう一度」
「りっく也……さん」
 躊躇いがちにその名を口にする私に、後見さんは何度もダメ出しをして、繰り返し呼ばせた。
 恋人を名前で呼んだことだってないのに、これって一体なんなの? 罰ゲームですか?
 もっとも、恋人なんて、候補も含めて影も形もないけどさ。
 自身の混乱を紛らわすために、ウィスキーに切り替えてストレートをちびちび舐めた。喉を焼くように熱く下っていく強い酒が、柚葉をなだめる。

 散々名前を呼ぶ練習をさせられた後、酔いつぶれてリビングで眠り込む柚葉の肩を陸也が揺する。
「柚葉さん、起きてください。自分の部屋で寝てくださいと、私は言いましたよ?」
「うーん」
 僅かばかり身じろぎはするものの、起きる気配がない。
「……まったく。仕方がない人ですね」
 陸也は柚葉を抱き上げて、顔をしかめた。
「小さいくせに、あなた重いんですよ。私に何度運ばせるつもりなんですか?」
 柚葉を部屋へ運び、布団に寝かせると、その寝顔をのぞき込んだ。
 影を落とす長いまつげ。こじんまりした鼻。小さめなのにふっくりとして見える唇。温かにもれる寝息は湿っていて、微かに甘いウィスキーの匂いがする。
「あなたときたら、注意したその日にこれですか? 私の前で無防備に寝るなと、あれほど強く注意したのに……」
 ぐっすり眠り込んでいる柚葉の頬に柔らかく指先を這わせると、これはペナルティですよ、と呟いて陸也はその瞼にそっと口づけた。そのまま唇を頬から唇に向かって這わせる。
「う……ううん、りくや……さ」
 突然呼ばれた自分の名に、陸也は瞠目して唇を離した。
「驚いた。さっきまでは酔っていても渋々としか呼ばなかったくせに、こんな場面では自然に呼ぶんですね。ひどい人だな、あなたは……」
 苦笑する。
「信じきった顔をして……」
 陸也は名残惜しそうに鼻先に口づけると、部屋を後にした。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ