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あとみっく☆ダーリン 作者:立花招夏
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第二十五話 大切な人

 柚葉の熱はすぐには下がらなかった。
 こんなに本格的に風邪を引いたのは久しぶりだ。
 翌日には帰るつもりだったのに、結局、三日目の今日も、柚葉は後見本家で過していた。
 熱が下がらないうちは、一人にしておけないと陸也は言い張ったし、後見家の人々からも異口同音に引き留められたからだ。
 一番印象的だったのは、お祖父様で、気むずかしそうな顔で、突然柚葉の部屋にやってきたと思ったら、いきなりポイッと絵本を数冊枕元に置いた。
「退屈ならこれでも読んでおきなさい。風邪は安静が一番だ。熱が引くまでは、我慢して、ここで大人しくしていなさい」
 と言い残して去っていった。
 絵本って……。私、いくつだと思われてるんだろ。別に退屈だから帰りたいって言ってる訳じゃないんだけどな。
 思わず苦笑する。
 本は、かいじゅうが出てくるお話と、ワニとひよこのお話と、子どもが妖怪の世界に迷い込むお話の三冊だった。どれも面白くて、いさましい気分になったり、ほっこりと心が温まったりした。どのお話も、愛と絆が根底に流れている。そんな絵本たち。
 後見家の人々は、基本、みんな柚葉に親切だった。それは、とてもありがたいことなんだけど、やはり気が引ける。後見家からしたら、私は得体の知れない人間で、跡取り息子をたぶらかした女ってことになるのじゃないかと……。
 もっとも、お父様と御殿場の実家に戻っているというお義母様には、まだ会っていない。
 お父様は外国に出張中なのだとか。
 忙しいんだね。
 陸也も忙しいらしく、サングラスを外して見せた夜以来、柚葉はほとんど口をきいていなかった。ほとんど、というのは、真夜中、気づいたら隣のソファで寝ていて、あれ? と思って柚葉がのぞき込んでいたら目を覚まし、
「何してるんですか、大人しく寝てなさい」
 と言われるくらいの会話はあった、と言うことだ。

 最初の晩は、お手伝いさんらしき人が食事や氷枕などのお世話をしてくれていたのだけれど、次の日から、柚葉の看病は静香(海斗の妻)が全面的にしてくれるようになった。
 静香さんはほっそりとした、とてもきれいな人だ。物にたとえるならガラス細工。繊細な美人。少し取っつきにくく見えるのは、その繊細さが災いしているのかもしれない。
 冗談とか言ったら、眉を顰められてしまいそうだ。
 氷枕を取り替えてくれた静香に、柚葉は恐縮して声を掛ける。
「すみません。すっかりご迷惑をかけてしまって……」
 熱はすでに微熱程度までに落ち着いていた。
「いいの、気にしないで」
「でも、もう熱もだいぶ落ち着いてきましたし、私そろそろ……」
 帰ろうと思っている、と続けようとした柚葉の言葉は静香に遮られた。
「本音を言うとね、あなたの為にしてるんじゃないの。私がしたいのよ。する事がないから」
 へ? することがないの?
「主婦は一家に一人でいいと言うでしょ? それにここはお手伝いさんもいるし。唯一、私がしなくちゃいけないことは跡継ぎを産むことなんだけれど、それは一人ではできないしね」
 そう言って、静香は体温計を差し出した。
 跡継ぎを……。えっとぉ……それは、まぁ、確かに一人でできることじゃないね。
 はっ! もしかして、今のジョークか? 笑うべきところだったのか?
 半笑い半困惑顔で、柚葉は受け取った体温計を脇に挟んだ。
 突然、佳乃の言葉を思い出す。
 ――海斗夫妻も仲が悪くて後継ぎがいないとか……。
 あれは本当のことなの?
 はっ! も、もしかして、これはやはりあれだろうか。
 元婚約者を忘れられず……とか?
 ちょお、待って待って。待ってよ? もし、そうなら、私の立場って?
 静香さんから婚約者を奪った女ってことになるんじゃないかい?
 そう言えば、海斗さんは私のことを爆弾って言ってたよね。それって、誰に対しての爆弾?
 私って、誰に対しての爆弾なのぉ?
 たらり、と冷や汗が流れた。
「あ、あのぉ、静香さん? 静香さんは……陸也さんの元婚約者だったんですよね」
 そう言った途端、体温計がピピピと測定終了を知らせた。
「まだ微熱ね」
 体温計を受け取った静香はそう言った後、少しいいかしら、と椅子を引き寄せた。
「柚葉さんは横になってね。でないと、私、お話できないから」
 言われて、柚葉は横たわった。

「私の実家はね、代々続く旧家なの」
 静香は椅子に座ると、少し長い話になるわよと言ってから、淡々と語り始めた。
 静香の家は、元貴族の称号を受けた名家だった。貴族制が廃止されて後、所有していた土地などを売却しながら、かつては割と裕福な暮らしもできていたらしい。しかし、それが尽きてしまうと、じりじりと困窮し始めた。時代は、貴族の称号などなんの価値もない世の中だ。
「父はただのサラリーマンだし、家だって、昔は立派だったんだろうけど、今じゃ、ただ大きいだけの古屋なのよ。だけど、土地も家も維持するためにはお金が必要だった」
 どうしても代々受けついだ家を守りたかった父親は、元貴族の家柄に価値を求める家を物色した。そして、白羽の矢が立ったのが後見家だったというわけだ。
「父にとって後見家は、都合が良い家に見えたんだと思うわ。お金持ちで、でも当時、後見家は元華族の宮成家から嫁をもらったにも関わらずごたごたしていた。だから次の代でもう一度、と家柄を売るには好都合だったんだと思うの」
 はぁ。でも家柄を売り込むって、それってつまり、子どもが未来を決められてしまうってことで……。
 柚葉は眉をひそめる。
「幼い頃から私は、後見家の嫁になるべく色んなことを習わされたわ。ピアノ、お茶、お花、日本舞踊……。毎日稽古事でくたくたよ。友達と遊ぶ時間なんて一分だってなかった。あのころの両親は、良嫁製造マシーンと化してたわね」
 良嫁製造マシーン……。そりゃ、すごいや。
「特に父は、後見家の事情をよく知っていたからか、男女間のつきあいには、それは神経質だった。幼稚園から大学まで全部女子校だったのは当たりまえ。しかも私が後見家に入るまでに口をきいた男性って、親族以外では担任くらいよ。信じられる? しかも、その担任でさえ、男性だってことで父は学校に苦情を言ったくらい」
 そりゃ、学校もびっくりだったろうなぁ。
 柚葉はため息をもらす。
「そんなだったから、私、家を出られることが本当に嬉しかったの。家を出られるなら、もう、どんな理由でも良いと思ってた。だから、あの日、御殿場のお義母様のご実家で、陸也さんが来るのを今か今かと待ってた。陸也さんが婚姻届を持ってくることになっていたの。彼が来れば、婚姻届に記入して、そうしたら、私は無事両親から解放される手筈だった」
 あの日……御殿場で?
「すみません、あの日って……?」
「五年前の八月十三日よ」
 柚葉は瞠目する。
 それは紛れもなく、あの事故の日だった。私が両親を失い天涯孤独になった日。そして、妖精王に遭遇した日。
 その日、陸也さんは婚約者に、静香さんに会う予定だったってこと?
「だけど、陸也さんは御殿場に現れなかった」
 柚葉はハッとしてベッドの上で飛び起きた。
「ちょ、ちょっと待ってください。陸也さんは、あの日、御殿場に向かっていたってことですよね? まさか、車で?」
 動悸がした。
「そのまさかよ。事故の一報が入ったときには、また暗闇に取り残されたような絶望的な気分になったものだわ。その時、彼がどこにいたのかは、あなたの方がよくご存じでしょう?」
 どうして私は気づかなかったんだろう。
 あの場に陸也さんが居た理由わけを、なぜ私は推し量れなかったんだろう。
 あの場に居たのなら、彼もまた、事故の被害者だったに違いないのだ。
 座ったまま、呆然と掛け布団を握りしめる。
「柚葉さん? 大丈夫? ごめんなさい。私、あなたに言ってはいけないことを話してしまったんじゃないかしら?」
 柚葉の動揺ぶりに、静香が顔を曇らせて問う。「あ、あ……いえ。大丈夫です。話してもらって良かったです」
 落ち着け、落ち着け自分。
 陸也さんは、ちゃんと、生きてるんだし……。生きているんだから。
 震える手を必死に片方の手で押さえつける。
 あれ? でも、だとしたら、二人の間にある障害は私ってことになる……んじゃない?
「……あの、静香さんは……」
 声が震える。
「陸也さんのことを、愛していたんですか?」
 口にしてしまってから、動揺する。今更そんなことを訊いてどうするの? 失うことになるかもしれないのに?
 でも、確認せずにはいられない。
「さぁ、どうかしら。それまでに会ったのはほんの数回だったから……。そうね、それでも感じの良い人だなとは思ったかな。美形で、優しくて、でも儚げな人だって思ったわ。この人となら、穏やかな家庭が作れるんだろうなぁって思ってた」 美形で優しく、儚げ……。
 一個しか思い当たらない。
 柚葉にとっては、口うるさく無表情な美形だ。 儚げってのはどうかなと思うけど、おおむね好印象。ということは……。
「もしかして、静香さんは陸也さんのこと、今でも……」
 呆然と呟くように言った柚葉の言葉は、静香に遮られた。
「それはないわ、柚葉さん! あぁ、どうしましょう。私はそんな誤解をさせるために、あなたにこの話をしたんじゃないの。お願い。誤解しないでくださる?」
 震える柚葉の手を、静香の手がそっと包み込んだ。
「私、海斗さんで良かったと思っているの。本当よ。そんなことよりも、私が言いたかったのは、私じゃなくて柚葉さん、あなたで良かったって、陸也さんにはあなたじゃなきゃ駄目だったって、そう思ってるって、伝えたかったの」
 ……なんで?
「今の陸也さんを見れば、誰でもそう思うわよ。彼は変わった。逞しくなったわ。それは、あなたという存在を守るためだったのね」
 私を守るため?
 そうか。私があまりにも頼りなく、非力だったから、陸也さんは無理をしたんだ。そして逞しく、口うるさくなったに違いない。
 これですべてのピースがそろった気がした。両親が亡くなって崩れ去った後の世界。それからの私を支えていたジグソーパズルの全貌。
 分かったのは、自分のふがいなさ。そして陸也さんの圧倒的な優しさ。
 私は、そんな陸也さんに何をしてあげられるんだろう。途方に暮れるような思い。
「柚葉さん? 本当に私たちのことは気にしなくていいのよ?」
 途方に暮れた様子の柚葉に、静香が気遣わしげに声を掛ける。
 そうじゃないの。気にしているのはそんなことじゃない。私はそんないい人じゃない。自分のことばかり考えてて……。
 でも言葉にできなくて、小さく首を振る。
 静香は構わず続けた。
「私は、陸也さんと柚葉さんのことを祝福したくてこの話をしたのだし、私、本当に今幸せなの。少しすれ違い気味なところはあるけれど、私は海斗さんのこと、心から愛しているから……」
 途方に暮れている理由は、そうじゃないんだけど、でも静香さんの気持ちが嬉しかった。痛いほどに。
 静香さんが、告白でもしているかのように頬を赤らめてそう言った途端、ドアがバタンと開いた。
「静香、それは……本当のことなのか?」
 ええええ? いきなりの海斗氏登場?
「か、海斗さん?」
 静香が振り向いて瞠目する。
「立ち聞きした!」
 うわぁ、なんて潔い立ち聞き宣言!
「本当よ。海斗さんが私のことを気に入ってないのは知ってます。でも、私は海斗さんのことをずっと……」
 真っ赤になって俯く静香に、海斗は僅か三歩で歩み寄ると大柄な体でガシッと抱きしめた。
 華奢な静香さんが折れちゃうんじゃないかとハラハラする。
「俺は、君こそ俺のことを気に入ってないと、ずっとそう思っていた」
 どうやら、二人は結婚の経緯から、互いに誤解をしていたらしい。海斗氏は自分を兄の身代わりだと思い、静香さんは自分をお下がりのような存在だと思っていた。
 一気に誤解が解け、ラブラブした様子で部屋を後にした二人を見送って、柚葉は放心状態で天井を見つめる。
 二人は誤解していただけだったのか。
 そか。でも良かった。不仲だったのは、呪いとかじゃなかったんだね。
 はぁぁ、と気が抜けたようにため息をつく。
 その時、声がした。
「柚葉さん、どうですか? 熱は下がりましたか?」
 陸也だった。ドアを開けて入ってくるサングラス。
 柚葉は飛び起きた。心臓がぎゅーっと苦しくなる。
 あの日、事故に巻き込まれていたであろう陸也。もしかしたら、両親のように死んでいたかもしれない陸也。
 気がつくと、柚葉はベッドから飛び降りて駆け寄っていた。
「陸也さんっ」
 たじろいだ様子の陸也に構わず、その胸板に抱きついて顔を埋めた。
「柚葉さん? どうしました?」
「陸也さんが無事で良かった。無事で良かったです……」
 涙を堪えきれずに嗚咽を漏らす。
 あの日、この人まで事故に奪われていたら、私はどうなっていたんだろう。
 想像しただけで心臓を握りつぶされる気がした。
 それほどまでに大事な存在になっていることに、気づいた。
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