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あとみっく☆ダーリン 作者:立花招夏
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第二十四話 瞳は瑠璃色、翡翠色

 柚葉は後見家客室のベッドの上で、一人天井を睨みつけていた。
 婚姻届を確認した後の衝撃は一先ず引いた。そして混乱が残った。
 自分が置かれている立場をよく考えてみようと、さっきから懸命に頭を働かせているのだけれど、ちっともうまい具合に働かない。熱や風邪薬のせいばかりではないと思う。
 風邪薬は、さっき後見家の主治医だという医者が呼ばれて、柚葉の喉を見るなり「風邪ですね」と速攻で診断し、処方してくれたものだ。

 私が陸也さんの奥さん?
 そんなの信じられないでしょお。だって陸也さんは前に……。
 ――私の妻は……可愛い人です。小さくて、明るくて、負けん気で、頑張り屋で、でも感受性が強くて、実は繊細な人なんです。
 って言ったよ。そりゃ、私はチビだけどさ……他、該当するか? しないよね。いや、ちょっとくらいは該当する? のか? 贔屓目(ひいきめ)に見れば?
 でもさ、こうも言ったよね。
 ――もう彼女以外、考えられなくなったんですよ。私はこの人の為に存在するのだと、この人を守ることが自分に課された使命なんだと、出会ったその時、思ったんです、と。
 何をどうしたらそうなるの? 確かに私は不幸な目に遭ったけれど、でも私みたいな境遇の子、ちょっと探せばどこにでも一人や二人いると思う。だとしたら、なぜ私なのか、という疑問に対する答えが見つからない。
 私の中の、妖精王に会ったときの記憶がどこまで正確なのかは分からない。だけど、記憶の中の私は、寄る辺のなくなった身の上を嘆き悲しんでいただけだったと思うのだ。何が彼にそう思わせたのか、皆目見当がつかない。
 唯一これかな? と思うのは、後見家から解放してくれたというくだりか。
 解放されたがっていた陸也さんの前に、身寄りを亡くして途方にくれた女の子がたまたま現れる。歳は十六。結婚できる最低のライン。可哀想だ、気の毒だ、自分が守ってやらなくてはならない、幸い今の自分ならそれをしてやれる。そうすれば、自分も解放されるし、可哀想な女の子も救われる。いわゆる、利害の一致。
 理屈で考えれば、何一つ破綻はない。
 だけど、なんだろう……何かが足りない気がする。肝心なピースが掛けたパズルのように、核心を見逃しているような不足感。
 約束……。
 ふと単語が心に浮かんだ。
 阿字ヶ浦からの帰りの車の中で、なぜ自分のためにそんな面倒なことをしようと思うのかと問う柚葉に、陸也が言った言葉だ。
 ――約束しましたから。
 もしかしたら、あれが欠けているピースなのかもしれない。
 誰との、どんな約束なんだろう。陸也さんは、今の私には教えられないと言った。じゃあ、どの私なら教えてもらえるの?
 考え込んでいると、ドアをノックする音がして、何かが勢いよく飛び込んできた。
「柚葉さんっっ!」
 うわぁ、なになに? 何が飛び込んできたの? 慌てて飛び起きた。熱のせいかフラフラする。「柚葉さんっ、ごめんなさいぃぃぃ」
 瑠璃だった。
 起き上がってユラユラしている柚葉を瑠璃はがしっと抱きしめる。ベリー系の甘い香りがした。「まさか熱を出しちゃうなんて! 柚葉さん、丈夫そうだったから、風邪を引くなんて思ってなかったの。本当にごめんなさいっ」
 謝ってくれてるのは分かるんだけど、微妙にカチンとくるのは、私の心が狭いからなんでしょうかね。私だって、風邪くらい引きますし。
「もう、いいですよ。二、三日前から、喉が少しムズムズしていたので、もともと風邪気味だったんだと思います。瑠璃さんのせいばかりではないですから」
「ありがとう、柚葉さん。大好きっ」
 ヒシッと抱きしめられて、柚葉は「ぐえぇ」とうめく。
 もぉ、瑠璃さんってば大げさ過ぎだし、力強過ぎだし。彼女はまさに人間版アンジェロだよ。
 ところが、喜色を浮かべて全力で懐いてくる瑠璃の顔を見て、柚葉は驚愕した。
「瑠璃さん、その目は? カラコンなの?」
 瑠璃の瞳は、その名と同じ少しくすんだ瑠璃色をしていた。さっきは、確か茶色だったはずだ。
「あ、これ? 実はさっきの方がカラコンなの。元々の瞳の色はこっちなのよ」
 特に外国人の血が混ざっているわけではないのだと瑠璃は言う。なのに三人兄妹のうち、陸也と瑠璃だけ、色素異常の形質をもって生まれたのだ。
 柚葉は不貞を疑われた陸也のお母様のことを思い出す。
 もしかして、これが原因だったりする? だとしたら、なんて不幸な……。
 当時、妻を責めてしまっただろうお父さんも、嫁を責めたであろう祖父母さんたちも、当然、濡れ衣を着せられたお母さんも、誰一人悪くないのに、誰もが加害者であり被害者だったことになる。そして誰よりも、一番の被害者なのに加害者だったと、強く感じてしまったのは、その原因となってしまった陸也さんだったんじゃないだろうか。
 呆然と考え込んでいると、瑠璃が柚葉の顔をのぞき込んできた。
「ねぇね、柚葉さん。ちらっと聞いたんだけど、何もかも思い出したんですって? 陸にい様のお嫁さんだったってこと、思い出したんでしょ?」「え? えっと……」
 思い出したというか、今頃になって、自分がしでかしていたことに気づいたというか……。
 柚葉が困惑しているところに、ノックの音とともにドアが開いた。
「瑠璃。ユズは熱があるから、今、煩わせては駄目だと言っただろう?」
 そう言いながら陸也が入ってきた。お盆に何かを乗せている。
 ゆ、ユズ? あれ? 呼び方、変わりました?「少し落ち着きましたか? 卵粥(たまごがゆ)を作ってもらいました。食べられそうなら少しでも食べた方がいいですよ」
 陸也の顔を見た途端、急に鼓動が早くなった。「あ、ありがとうございます」
 カァッと頬が熱くなる。
 ね、熱のせいだから。顔が赤いのは熱のせいだから。
 心の中で自分に言い聞かせて、動揺を(なだ)める。
「瑠璃はもう行きなさい。夕飯だと言ってましたよ」
「はぁ~い」
 つまらなそうに返事をして、柚葉さんまたね、と言い残し部屋を出ていこうとしている瑠璃の背中に声をかけた。
「瑠璃さんっ!」
 振り返って柚葉を見つめる瑠璃とサングラス。 待って、二人にしないで! という言葉を柚葉はぐっと呑み込んだ。
「まっ……また、遊びに来て……ね」
 瑠璃は鮮やかに微笑んで、うんっと頷くと軽やかに立ち去った。
 ドアが閉まると、部屋の中の空気が徐々に緊張していく。
 だって、だってね……何を話せばいいの? 今までずっと上司と部下として接してきたんだよ。なのに、いきなり夫でしたって言われたって、私、何を話したらいいのか分からないよぉ。
 内心狼狽(うろた)えまくる柚葉に、陸也がガウンを羽織らせた。
 ふわぁ? あ、温かい……。
 サーモンピンクのそのガウンは、薄いのにとても温かかった。なんだかずいぶん上質なガウンみたいだ。
義妹いもうとが貸してくれました。妹と言っても、瑠璃ではなく弟の嫁の方ですけどね」
 静香さんが……。
 陸也さんの元婚約者だった静香さん。どんな気持ちで私と会ったんだろうか。さっき挨拶したときは、普通っぽい様子だったけれど……。
 いろいろなことが、繋がったり引っかかったりして頭がパンクしそうだ。
「……あの、静香さんにお礼を言って置いてくださいね」
 陸也は頷いた。
 医者を呼んで、バタバタと慌ただしくしている最中、陸也さんの祖父母と海斗氏の奥様の静香さんには挨拶することができた。何事かと様子を見に来た人すべてに、陸也さんがてきとーに、本当に適当に柚葉を紹介してくれたからだ。
 少し気むずかしそうなお祖父様と、上品そうなお祖母様、そして義妹の静香さん。瑠璃さんに乙女過ぎると言われていた人だ。確かに線が細くて愛らしい人だったけど、乙女過ぎるってことはないように感じた。
 まぁ、感じ方なんて、人それぞれだものね。

 陸也が持ってきてくれたお(かゆ)は、土鍋にたっぷり入っていた。
 すごい量。何人で食べることを想定してるんだろ、これ。
 ふたを開けた途端、鍋からモワモワと湯気が立ちのぼる。お出汁(だし)醤油(しょうゆ)が混ざり合った匂い。
 ほっとする匂い。
「……陸也さんは、もう夕食を食べたんですか?」
 柚葉の問いに、陸也はお粥をよそいながら首を振った。
「いえ、私は。今日はあまり食欲がなくて……」 柚葉がアトミハウジングに入社したばかりの頃の陸也は、食の細い人だった。あの時の彼に戻ってしまったようで、柚葉は落ち着かない。
「じゃあ、あの……これ一緒に食べませんか? たくさんあるようですし、一人で食べるのは味気ないですし……」
 なんとか説得して、お椀をもう一つ用意してもらった。
 あつあつのお粥。ふぅふぅ冷ましながら食べる。
 出汁が効いていてとても美味しい。インスタントではなく、きちんと素材からとったのだろう、(かつお)昆布(こんぶ)の合わせ出汁の上品な舌触り。優しくて滋養(じよう)のある味。
 出汁なんて、私、ほとんどインスタントで済ましちゃうもん。それはそれで美味しいけれど、これはこれで絶品だ。
 はじめは、いえ、私は……などと、あまり食べたそうでなかった陸也だが、柚葉が食べているのにつられたようにそろりと口を付けた。
「あれ? 美味しい。不思議ですね。あなたと食べるとなんでも美味しい」
「そうですか? 私がいなくても、きっと、これすんごく美味しいと思いますが?」
 はふはふ頬張りながら返すと、小さく吹き出す音がした。
 ん? なんか笑うようなこと、私言った?
「本当に美味しそうに食べますね、あなたは……」
「だって、美味しいですもん」
 それは良かったですと笑う陸也に、柚葉は考え込む。
 陸也さんは、こんなに美味しく作ってあっても、ここでは美味しく感じてなかったってことなんだろうか。自分のうちなのに。やっぱり生い立ちが影響しているのかな。
 それはとても哀しいことに思えた。
 わ、話題を変えよう。
「……そうだっ、瑠璃さんの目の色見ました。とっても綺麗なルリ色。瑠璃という名は、瞳の色にちなんでいたんですね」
「あぁ、瑠璃の瞳を見ましたか。そのとおりですよ。彼女の瞳の色は救いの色でした。母にとっても、私にとっても……」
「救いの色?」
 柚葉は首を傾げる。
 陸也が生まれた時、その日本人にはありえない瞳の色に、周囲は母の不貞を疑った。新婚旅行が欧州だったのも母親に不利な材料となったらしい。
「遺伝子検査など、まだそんなに一般的ではなかった頃だったのですよ」
 覚えていない頃のこととはいえ、母親に濡れ衣を着せ、父親から最愛の妻を奪い、家族をバラバラにしたのが、自分の瞳の色なのだと、陸也は語った。自嘲気味の笑みが痛々しい。
 あぁ、やっぱりそうだったのか。私の推測は当たっていたらしい。
「瑠璃が生まれて、二度目のその目の色に驚いた父が、これはもしかしてと遺伝子検査をした結果、母の濡れ衣は晴れ、私は後見家の長男だと名実共に認められたのです。それが小学校卒業間近の頃でした」
 だから自分の瞳の色に、とても強いコンプレックスを持っているのだと陸也は言った。
「だからいつもサングラスを掛けているんですね……」
 哀しい気持ちで問う柚葉に、しかし陸也は首を傾げた。
「いえ、サングラスの件はあなたのせいですよ」 え? 私?
 きょとんと陸也を見つめる。
「だから言ったではないですか。あなたが気を失ったのは二度目なんだと。外しても気を失わないと約束できるなら、私は外しても構わないのです」
 あ、そうだった。サングラスを外したタイミングで二度も気を失ったんだったっけ。
 あたたたた。
「たぶん、大丈夫ですよ」
 二度もやらかしちゃったらしいから、たぶんとしか言いようがないけど、サングラスを外した陸也さんを見たから気を失ったんじゃないと思う。「たぶんですか? それじゃあ心許ない。やめておこうかな」
「いや、絶対ですよ。だって私、妖精王の顔をしっかり見てて、ちゃんと覚えてたんだし……」
 そう言うと、妖精王などではないと言っているのにと、ため息をつくサングラス。
「しかし、それもそうですね……」
 そう言うと、陸也はサングラスを外した。
 切れ長の、翡翠色(ひすいいろ)の瞳。
 あぁ、妖精王だ。
 心の中で嘆息する。ほっとするような、当惑するような、不思議な気持ち。
 だって、だってね……。
「きれいな色……瑠璃さんとは色が違うんですね」
 だって、こんなにきれいなんだもの。思わず見とれる。だけど、その視線に捉えられるとドキドキする。正視できない。困惑。
 でも、ほらね。大丈夫。陸也さんのがサングラスをはずしたから気を失った訳じゃない。でも、だったらなんで私は気を失って、記憶まで失っちゃったんだろう。
 さっぱり分からなかった。

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