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あとみっく☆ダーリン 作者:立花招夏
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第十九話 後見家の事情

 母屋の内装工事がまだ終わらない。建具屋さんだの、表具屋さんだのが入れ替わり立ち替わり出入りする母屋は、まだお掃除隊長柚葉をお呼びでないらしい。危ないから庭の草取りでもしていてくださいと後見さんに追い出された。
 危ないからって、子供じゃあるまいし……。
 ぶつくさ文句を言いながら庭に出る。
 屋敷の東南側が築庭になっている。庭石と石灯籠を配した和庭で、一面を玉砂利が覆う枯山水風。
 しかし草取りといっても、山野草などもふんだんに植え込んである和庭は、柚葉の手に負える代物ではない。仕方がないので、明らかに雑草だと分かるぺんぺん草だのオオイヌノフグリだのタンポポだのを見つけては抜く。
 雑草なんてほとんどないじゃん。暇だなぁ。
 春たけなわの空は春霞。陽がほどよく当たっている庭石の上でひなたぼっこをする。
 作業着の後ろポケットに入れてあった携帯が突然震えた。
「はい」
 佳乃だった。
『柚葉、元気? この前はご飯ごちそうさま。今、仕事中かな? 少し大丈夫かしら?』
 満面の笑みで、仕事中だけど大丈夫だと返す。「佳乃こそ、どうしたの? 今、大学?」
『ううん、今日は休み。突然休講になったの。今、バイト先。実はこの前、柚葉から聞いた後すぐに旧後見邸に行ってみたのよ。それの報告なんだけど……』
 あれ? そうなの?
「私、今、旧後見邸にいるよ~。今くればいいのに。実はまだ内装工事が終わってなくてさぁ……」
 私、暇なんだよね~と続けようとした柚葉の言葉は佳乃に遮られた。
『ねぇ、柚葉、詳しいことはまた、分かり次第知らせるけど、やっぱりそこ、早めに辞めることを考えておいた方がいいと思う。後見陸也はヤバいかも……』
 え?
「……なんで?」
 まぁ、後見さんがヤバいのはいろんな意味で心当たりあるんだけどさぁ。
 サングラスとか、奥様溺愛とか、禁断愛ブームとか……。
 でもそれでも後見さんは基本、紳士だと思っている。少なくとも、恐らく話したこともないであろう佳乃にヤバいなどと言われるような人ではないはずだ。
 しかし佳乃は声を潜めて続けた。
「前に、後見家には幽閉されたまま死んだ人がいて、その人の祟りで家族仲がうまくいかないって噂があるって言ったでしょ? それ、どうやら彼の母親のことらしいんだよね」
 え……。
 だけど、確かにそれは、後見さんの話と一致していた。
 不貞の濡れ衣を着せられたお母さんは、幽閉されていたの?
 ひどい……。
 しかし、あり得ないことではない。不貞を疑われて実家に返されたのなら、あり得ることだとは思う。
 だけど、それが真実だったとして、何故後見さんがヤバいことになるのかが分からない。
「でも、だからヤバいって、どうして?」
 佳乃は一段と声を潜めた。
『これは私の推測よ? 彼の夫人も幽閉されてるんじゃないかって……』
 はぁ?
 母親が幽閉されるという歪んだ環境にいた彼が、自分の妻に自分の母親と同じことをする可能性について佳乃は語った。彼の妻が人前に姿を現さないのがその証拠ではないかと。
 後見さんの奥様が幽閉されてる? ないわー。そりゃないでしょ。後見さん、奥様のこと溺愛してるよ。んなことするわけない。世間てすごい推測するんだなぁ。
『しかも、それだけじゃないかもしれないのよね……』
 それだけじゃない?
『兎に角、後見陸也には気をつけた方がいいわ。なんなら、転職の準備始める? 梶井さんに……あ、編集長のことね、柚葉のこと話したら、是非一度会ってみたいって言ってるの。彼、五年前のトンネル事故の記事を書いていた人でね、あの事故に巻き込まれた人たちのその後を追跡取材しているのよ』
 五年前の事故のことを……。
「佳乃、その人に私の両親のこと話したの?」
 少し嫌な気分がした。
 忘れたくても忘れられない、私にしてみれば個人的な事件が、私の知らないところで話題になっていることについて。私の絶望が、他の人から見れば単なる興味の対象でしかないことについて。 その一方で、興味を失われ忘れられれば、世の中はすぐに忘れてしまうんだ、所詮他人事なんだと拗ねるくせに……。
 矛盾する気持ちを持て余す。
『詳しいことは言ってないわよ? 両親があの事故に巻き込まれた友人がいるって言っただけ』
 そんな柚葉の気持ちを察してか、佳乃は少し遠慮がちに言った後、謝罪の言葉を口にした。
『……気を悪くしたならごめんなさい』
 謝ってほしかったわけではないので、逆に居心地が悪くなる。
「ううん、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ。あの事故にまだ興味がある人っているんだなぁって」
 笑ってそう言うと、佳乃の少しホッとした気配が電波に乗って伝わってくる。
 佳乃が気を使うと、私は無理をしてしまう。それは佳乃に伝わって、彼女がまた気を使う。私はまた無理をする。悪循環。
 自分の痛みは自分だけのもの、言葉にしなければ伝わらないと後見さんは言っていたけれど、言葉にしなくても見えてしまう痛みがある。あるいは、痛いだろうと他者に推測させてしまう痛みが……。
 自分が受けた痛みなど、知っていてほしい人にだけ知っていてもらえば良い場合が大半なのに。 でも、これって勝手だよね。
 人間の感情って、ほんと、厄介でわがままだ。 佳乃は続けた。
『……話を戻すわね。やっぱり、それだけじゃないって言ったわけも話しておくわ。まだ裏がとれた情報じゃないから、本当かどうか分からないんだけどね。実は後見家の件、編集長も調べるのを協力してくれているの』
 編集長が調べてくれたという後見家の話は、柚葉にとっては、かなりショッキングな話だった。後見さんを知っているからこそ、なおさら……。 携帯の通話を切って、柚葉はぼんやりと周囲を見渡した。
 無意識にサングラスをかけた黒スーツを探す。 後見さんは、どんな気持ちでここにいるんだろう。どんな気持ちでここの改装を引き受けたんだろうか。
 問い詰めたい気がしたし、逆に何も聞きたくない気もする。
 ――実は、ずっと断り続けていた仕事なんですが、いよいよ断る口実も尽きたので、仕方なく引き受けた物件があるのです。
 あれは、本音だったの?
 ここは以前、後見家ではなく宮成家という旧華族の別邸だったらしい。宮成家は、後見さんの母親の実家だ。後見さんの母親の兄、つまり後見さんの伯父さんの代で途絶えた。
『後見陸也は、中学生になるまで、そこで母親と一緒に幽閉されていたっていう噂を聞いたのよ。それって、彼が中学生の時、急に現れた理由にもなるんじゃない?』
 後見さんが母親と一緒に幽閉されていた?
 なんてこと……。
『しかも、幽閉されていたのって母屋じゃなくて、蔵だったらしいの。彼らは土蔵に閉じこめられていたのよ。そこ、結構大きな蔵があるはずなんだけど? 見たことない?』
 蔵……。
 柚葉は困惑する。
 ――蔵の家は、存外快適なんですよ。壁が厚いせいで、夏はさほど暑くはならず、冬も寒くなり過ぎないんです。
 後見さんは、確かにそう言った。まるで住んだことがあるかのように。
 その後の佳乃の言葉は、どこか深い水の底から聞こえているようにくぐもって聞こえた。ひどく聞き取りにくく、ちっとも頭に入ってこない。
 元々彼の母親は、借金のかたとして後見家へ嫁入りしたらしいこと。理由は分からないが、陸也誕生後まもなく離縁されたこと。しかし離縁後も後見家からの融資目当てで、自らの兄によって幽閉されたこと。幽閉が後見家の融資継続の条件だったらしいこと、などを佳乃は話した。話していたと思う。
 その後はぼんやりと雑草を抜きながら、後見さんが受けたであろう痛みについて考えていた。
 あの小さな窓から入ってくる頼りない光のこと。週末にしか会わせてもらえなかった弟とのこと。父が居て母が居て、今まで自分が当たり前だと思っていた家族の形が、後見さんにとっては当たり前ではなかったこと。そして、奥様のことを、後見家から解放してくれた非常口のような人だと言っていたことを……。
 そして、ひどく後悔していた。
 きっと後見さんは、こんなこと私に知られたくなかったに違いない。もしかしたら、あのサングラスは、その時の後遺症みたいなものを隠しているのかもしれない。だとしたら、その理由さえ教えてもらえない私が知っていい事情なわけが……なかった。
 私は、佳乃に旧後見邸のことを話すべきではなかったのだ。
 立ち入りすぎた。
 取り返しの付かないことをしてしまった。どうしよう。どうしたらいい?
 今後、後見さんとどう向き合えばいいのか、どんな顔をして対峙すればいいのか。そもそも、今まで自分は後見さんの前でどんな風に振る舞っていたのか。それすら思い出せないほど混乱したまま、陽は傾いていく。

 その車が旧後見邸の門前に停まったのは、西の空が茜色に染まり始めた時刻だった。運転席から黒スーツの男が降りてきて、後部座席のドアを恭しく開けると、すらりと背の高い女の子が出てきた。制服を着ているところを見ると、中学生か高校生か、兎に角、学校帰りのお嬢様であることは間違いないようだ。彼女は、旧後見邸の玄関を目指して颯爽とした足取りで歩を進めていたが、柚葉に目を留めると、突然方向を変えて近づいてきた。
「あなた、北村柚葉さん?」
 艶やかなストレートのロングヘア。茶色の大きな瞳は、とても意志が強そうだ。
「はい、そうですけど。あなたは?」
 その女の子は、たちまち目を輝かせた。
「やっぱり、そうなのね! ちっちゃいって聞いていたけど、思ってたよりも小さいわ。でも胸が大きいのね! もう、お兄様ったら、いつも肝心なことを言わないんだからっ」
 むむむ、小さいとか大きいとか、随分失礼なことを景気よく言っちゃってくれてますが……ってか、お兄さま?
 それって……もしかして……。なんか、すごーく嫌な予感がするんですが……。
 恐る恐る見上げたその瞳は、嬉しくてというよりも、面白いオモチャを見つけたと言いたげに輝いていた。
「初めまして。私は後見瑠璃(あとみるり)。陸也の妹よ」
 後見家最強の生き物! やっぱりか!
 ザワッと葉ずれの音がして、後見瑠璃の少し茶色がかった長い髪が、春の風になびいた。
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