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ダイバダッタ
作:尾久令



未来編8


 翌日、雲が光を帯び始めると、ダイバダッタはルイザに叩き起こされて、また旅路を進めた。
 行く手は風が猛威を振るい始めていた。雪はないが、空気の冷たさがつぶてになって襲ってくる。
 積もっていた雪が舞い上がり、視界は極めて悪い。
 その中を二人は黙々と進む。
 だが、はたして、ルイザは方向を定めて歩いているのだろうか。彼の眼差しの先はある一点しか見ていないように映る。襲ってくる暴風に抗うようで、どこかやけくそで、ルイザの進行にはそんな自暴自棄の気配があった。
 ルイザの裾を握りしめるダイバダッタは思う。人間の闘争はいつもこんなものだったと。犠牲を払うことに諦めない限り、命がけの闘いはできない。
 ルイザは闘っている。自分自身を含めた人間の存在の虚無と闘っている。この地上の覇者の末裔が、どうしてこんな苦痛を受けてまで存亡を維持しようとするのか。ルイザが一歩一歩踏みしめる足は、それについての葛藤を振り払うかのような懸命さでもあった。
 五、六時間歩いた。
「かまくらだ」
 ふいにルイザが立ち止まった。うつむきかげんにひたすら歩いていたダイバダッタが目を上げると、大きなこぶが三、四体、寄せ合うようにしてあった。
 マスクを外して、ルイザが、おーい、と、声を上げた。
 返答はない。風が叫ぶだけだ。
「出ていったあとか」 ルイザはこぶに近づき、空洞になっている中を覗いたあと、ダイバダッタのほうを向いて首を振った。
「とりあえず、この中で休みましょう」
 ルイザがこぶの中に腰をかがめながら入っていき、ダイバダッタもあとを追った。
 中は、大人が三人ぐらい寝転がれるほど、広々としていた。ルイザが背中の荷物から固形燃料を取り出し、金属片のようなもので火を灯した。
 温もりがぱあっと広がる。
「ダラニが住んでいたところ?」
 ダイバダッタが訊ねると、ルイザは睫毛についた氷雪を拭いつつ、首を横に振った。
「こういう頑丈なものを作れる力がある一族は大移動をする人々です。ヤルナ族の移動はそこまで長くはありません」
 おそらく、先日の猛吹雪の日々をこの場で耐え忍いでいたのだとルイザは言う。
「ここにいた人たちは、もう、だいぶ遠くまで行ったでしょう」
「遠くねえ」
 ダイバダッタは小さな手を火にかざしながら、ふう、と、息をついた。
「どこもかしこも真っ白なんじゃないの」
 ダイバダッタの投げ捨てたような言葉に、ルイザの眼差しはうつろに沈んだ。
 彼の瞳の中で赤い火がゆらゆらと揺れている。
「そうかもしれません」
 彼は、荷物から凍った貝の詰め合わせを取り出し、雪と一緒に小さな器に入れ、火にかざしはじめた。
「でも、移動しなければ生きていけないのです」
「そんなことはわかっているさ」
「じゃあ、なんでディーバはそんな卑屈なことを言ったんですか」
 ルイザは少し怒っているようだが、敵意があるほどでもない。
「僕たちはあなたみたいに寒い中でも生きたりできないんです」
 ふん、と、ダイバダッタはつまらなさそうに笑った。
「じゃあ、どっちがいい」
「何がです」
「生きれないのと死ねないの、どっちがいい」
 鼻先を突き上げたままのダイバダッタを、ルイザは白々しく眺める。
「ディーバがそんなに苦労しているようには見えませんが」
「そんなことは訊いてない」
 ルイザはダイバダッタの瞳をずっと眺めている。
 しばらく黙ったままにそうしていたあと、ルイザが沸騰し始めた器を動かし、貝をがらがらと鳴らした。
「どっちだって嫌です」
「ほら、見たことか。贅沢者。人間なんて昔からそうだ。こっちは嫌だ。でもあっちも嫌だ。じゃあ何がいいのさって」
「だから人間なんじゃないんですか」
 ルイザは煮立った器をダイバダッタの前に置いた。
「冷めないうちに食べてください。でも、あわてると火傷しますよ」
 ダイバダッタはルイザをしばし睨んだあと、チェッと舌を打った。












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