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ダイバダッタ
作:尾久令



未来編


 安永亨が死んでから、どれほどの歳月が経ったのか。この環境下で、安永亨の子孫は血脈を絶やさずに存在しているのだろうか。もうすでに、ダラニは安永亨の子孫に宿ってしまっただろうか。それとも、もはや人類は滅びたのか。
 洞窟の奥底、光が届くことはない。
 ごうごうとうねる、猛吹雪の咆哮だけが、ただただ真っ暗闇の孤独の内に響き渡る。
 ここ何週間も、雪はやまない。いや、激しさは一段と増した。
 土は冷たい。だが、氷河はまだ、洞窟の奥深くまで達してはいない。むしろ、地上と比べれば暖かいのだろう。
 冷たいのに暖かい。寝そべるダイバダッタは、小さな掌で冷えきった土を撫でた。
 世界は氷河期を迎え、人類は恐らく滅した。ダイバダッタは、ここ十年、人に会っていないのである。
 確か、最後に会った者は、ガラとグアナという母子であったはずだ。
 母親のガラは極寒で足をやられており、彼女を支えるグアナと二人、それまで属していた同族集団に見捨てられたそうだった。
「仕方ないね」
 ガラは明るい笑みを浮かべていた。
「弱い者は生きていけないもの」
 もう、死んじゃったろうな。ダイバダッタは明るいガラと優しいグアナを思い出しつつ、悲しくなった。
「お父さんを探しているんだ」
 ダイバダッタはダラニを探し続けている旅を、そう偽り、ガラとグアナの元から去っていったのである。
 人類の終焉はこうにも寂しいものだったのか。
 三千年近くを無限地獄という地上で過ごしてきたダイバダッタは、人類のあらゆる面を見てきたが、地上の覇者として謳歌していたほんの昔が、まるで夢のようである。
 だいいち、氷河期が始まってから何百年が経っただろうか。ガラとグアナに出会ったときは、人間がまだ存在していることに奇跡を感じた。それほどまでに人類は細々しいのだから、ガラもグアナも、かつて自分たちの祖先が地上に楽園を築いていたことなど思いもしていなかった。
「何がダラニさ」
 思わず吐き捨てたダイバダッタの声は、洞窟の中にわずかに響いた。
 ダイバダッタは今までにダラニの魂を宿した人間、六人と出会った。その六人すべて、太古の昔からの血脈で繋がっており、全員が男であった。
 ダラニの魂を持つ者は、太陽の光を真正面から浴びると、琥珀色に輝き出す眼球を持っている。それは、一人目のダラニに初めて会ったとき、夢の中に出てきたシャカが教えてくれた。
 だが、琥珀色に輝く瞳の者は、いつの時代も人々を救わなかった。
 小野兼人は権力闘争に明け暮れるばかりてあったし、小野清麿は遊び人だった挙げ句、女と心中してしまったし、山田豊次はただの山賊であった。吉吾郎はただの大工だった。永田重良は武器商人として財を成した。そして、妻殺しの安永亨である。
「ひどいものですよ、お師匠様」
 そこにいるのかいないのかわからないシャカへの呟きは、暗闇の静寂の中に消えていった。
 そのとき、ダイバダッタは、はっとして瞼を開けた。静かだったのである。
 吹雪がおさまっている。
 常日頃から虫の息のダイバダッタは、這うようにして体を起こすと、真っ暗闇の中を手探りしながら、よたよたと洞窟の出口に向かった。
 地面が土から凍土となってきた。出口が近いのだろう、しかし、光もない。今は、夜か。洞窟の出口にたどり着いたダイバダッタだったが、星の光が現れたのは氷河期を迎えてから数度しかない。目の前は相変わらずの暗闇であり、頬をなぐる強い風を確かめられたことだけが、地上に出たことを知る手かがりだった。
「ダラニ」
 闇と氷に覆われた見えない地上を見つめながら、ダイバダッタは呟く。
 やはり、探すしかないのだ。それだけがダイバダッタのたった一つの希望なのである。












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