あなたの息が白いから
やまねはふと、窓の外を見た。
白く染まった平原には、うざぎの足跡すらなく、のっぺりと平らかだ。
もっと遠くまで眺めようと窓によって、水晶灯に照らし出された人影に、自分でも意外なほど驚いた。
来てくれた?
頬を緩めて、すぐにそれが見慣れてしまった自分の影だとがっかりした。
やまねはいつからか、ずっと誰かを待っている。
雪深いこの平原には、家と呼べるものはやまねの住まいただひとつ。
もう手と足の指を皆使っても足りないほどの昼と夜の間、雪は大輪の花のような大粒で降りしきり、辺りの音も色も吸い付くしている。
おかしいな。
やまねは一昨日くらいから、落ち着かない。
本当なら。本当なら、もうそろそろ雪はやんでいるはずだ。
そんな根拠のない思いが消えない。
じっと白い外をすかし見て、そして、やまねは心のまま、自分が待っている誰か、何かを、探しに出かけることにした。
だってきっと、このまま待っていても寂しくておかしくなってしまう。
真っ白な毛皮のコートで全身を包み、やまねは平原を歩き出した。
殊更、足跡を深くつけてあるく。
それでも振り返れば、数歩後ろにはもう白くなだらかな雪の原しかない。
ついさっき扉を出てきたはずの家も、隙間なく降る雪に遮られて見ることができない。
やまねは振り返ることをやめて、ただ前に進んだ。
どのくらい歩いただろうか。
白くけぶる視界に黒く掠れた背の高い影が密に見えてきた。森だ。
木々は丸裸で、雪を遮る手立てにはならない。
木々はまるで石のように立ち尽くし、森には命の気配がなかった。
凍てつく冬とはいえ、春を待ち耐え忍ぶ息吹もなく。
いぶかしみながら進むと、森を抜け、開けた場所に、赤い火が見えた。
ほっとするような、不安を煽るような。
火を使う獣はいない。あそこには、人がいる。
やまねは少しだけ思案して、そしてそこに足を向けた。
雪を踏む音もしない。けれど何か気配を感じたのか、近寄るやまねを警戒してか立ち上がって迎えたのは、三人の青年だった。
「……こんにちは」
久しぶりに声を出して挨拶をしてみる。
それだけで、明らかに三人の気配が緩んだのがわかった。
「こんにちは。どうしてこんなところに」
「どこの子?」
「まあ、それよりまずは火にあたりなよ」
一番年若な青年の言葉に、三人はやまねを火の近く、毛皮の上に招いてくれた。
やまねが座った毛皮の端に年若な青年が、残りの二人は火を挟んだ向かいに敷かれた毛皮に腰を下ろした。
「どうしてこんなところにひとり? あ、僕ははる。三人兄弟の、一番下」
雪よけに深く被っていたフードを少し上げて、温かな茶色い目で微笑みかけてくる。
「訳ありだろ。そんなお気楽な格好で、長旅が出来るとは思えない」
フードの影から鋭い視線が飛んで来る気がした。あれは真ん中のなつだよ、とはるが言う。
やまねはどう話そうかと少し考えた。
「人を、探しに、森の向こうの平原の家から来たの。ひとりぼっちになると、ずっと待っているのが長くて」
「それは、気の毒に」
長男のあき、とはるが紹介した青年が重々しく頷いて、気持ちフードを上げて目礼をくれた。
「この忌々しい冬に、老人や子どもから倒れていっている。どこの集落も、死が近い。君のところもおそらくそのひとつだったのだ。引き取り手に、連絡はついているのか? ……そうか、連絡もついていないなら、無闇に探しても仕方がない。もし君の家にまだ冬の備えが残っているのなら、家に戻ることを勧める。先に儚くなったものたちの備蓄も、君のために役に立つことになる」
雪を遮るものはなく、時折フードを払って埋もれるのを防ぐ。
さらさらとした雪は炎の舌に触れると幻のように消えたが、まるで意に介することなくひたすらに降りかかる。
火の方が怯えているようだった。
「平原にはなにがあるの?」
はるが尋ねる。その率直さに、やまねは頬を緩めた。
「なにも。ただ、ずっと雪の原。その向こうには高い山があるけれど」
「山? 登ったことはある?」
「人が登れるような山ではないわ。まるで鏡のように山肌が凍った、険しい山よ」
ふと、何か無くしたものを思い出した気がしたが、それは一瞬の後には白いもやの向こうに消えた。
「魔女なら、そんな山でも平気なんだろうよ。おい、山には誰も住んでないのか」
「そうだね、冬の寝床に近く暮らしている君なら、冬の魔女を知ってるかい?」
「……魔女?」
なつとあきに、やまねはきょとりと聞き返した。
本当に、魔女などと言う存在に思い当たることは無い。
「おれたちは、街から魔女を捜してきたんだ。魔女への生け贄として街を追い出されてね。ま、実際は行政のデモンストレーションだ。おれたちを送り出したことで、みんなの不満を一時的にごまかしただけ。俺たちは犬死にってわけだ」
「なつ、そう悪く捕らえるものではない。話し合って決めたじゃないか。魔女を捜し出して、本当の意味で皆を救おうと。行政の思惑もあるだろうが、そんなことは問題ではない。
私たちの死ぬ意味は私たちが決めればいい。」
やまねはますます意味がわからず、ぽかんとしていた。
「なつ、あきもやめなよ。この子を怯えさせても仕方ない。……ねえ、本当に、家に冬の備えがあるのなら、戻ったほうがいいよ。僕らは、まだ先に行かないといけない。平原の先に冬の寝床があるのだから、君の家までは送って行ってあげるよ」
家に、来てくれる。
そう聞いて、やまねはひどく嬉しくなった。探しびとは、彼らだったのかもしれない。
頬を緩めて、ありがとう、と礼を言うと、はるはにっこり暖かく笑った。
「めんどくせーな、一晩くらい泊めろよ」
なつは、あまりの寒さに湿気ることもない枯れ枝を火に投入しながら、悪態をついたが、反対はしなかった。
「そうだな、この先補給はできないと思っていたから、何か食糧なり分けてくれると大変ありがたい」
あきは遠慮がちにそう言って、やまねが頷くと、深く一度頭を下げた。
「なら、来た道を戻りましょう。この方角に、ずっと歩くの」
「どれくらい歩いてきたの?」
「わからないわ。朝も夜もない雪なんだもの。ずっと長いこと歩いた、とは思うんだけど」
なつが肩を竦めて、あきは静かに炎を見ていた。はるは、少し驚いたように目を見開くと、そっか、とにっこり笑った。
こうして、やまねは振り返らずあとにした家に、また戻ることになった。
道案内に、やまねが先頭を歩く。柔らかな雪に膝まで埋もれさせながら歩いて、ふと振り返る。
遠くに化石のような灰色の木立。木のとんがりてっぺんから、火を消した後の煙が細く上がっている。
静かに横たわる森から続く、足跡。やまねの踏みしめたところを、さらに大きな足が続けて踏んで行くから、雪の降りしきる中で、足跡はまだ、暗くぼつぼつと残っている。
ひとつふたつ、瞬きをするうちに、それも徐々に薄くなっていくけれど。
やまねはまた、黙々と歩き始めた。
長く過ごしてきた家に辿り着いたのは、かなり歩いてからだった。
表の水晶灯をつけて、なるべく雪を払い、重い扉を押し開けて中に入る。家の中はしんと冷えきっていたが、それでも外とは違う。
「どうぞ、外套は壁にかけておいて。少し待ってね」
歩き通しだった皆のために、台所に入る。湯を沸かすのも時間がかかるので、すぐに身体が温まるよう、強い酒を、窓辺の雪で割って持って戻った。
居間では、なつが暖炉に火をおこしていた。まだ火は小さい。暖炉脇にあった薪を上手に組み上げて、ちらりとやまねを見た。
「きれいに掃除して出てたのに、勝手して悪いな。薪は、外にもある?」
「……ええ、あるわ。裏から出たら、すぐ横に」
「食べ物は、あるかな」
「……ええ、あるわ。貯蔵庫に、薫製肉と、干しぶどうとか」
「充分にあるなら、少しわけてもらっていいかな」
「ええ、大丈夫。まだ、たくさんあるから。どうぞ」
その晩は、青年らがもっていた固いパンに、暖炉で暖めたチーズをのせて、酒を含み、皆が疲れて寝入ってしまった。
火を小さくした暖炉の脇で、はるがすやすやと眠っている。
その横で、ごそりと身を起こしたのは、なつとあきだ。
「どう思う」
「おかしいな。あれだけの距離を一人で歩き通すことも、何の目印も無いこの平原で家を見つけられる事も、それに彼女は何も食べないし、飲まない」
「暖炉だって、使った形跡がないんだ。掃除したっていうんじゃない。台所の釜だって、火の跡はない。食料も、薪も、まるで必要がないのに用意したみたいだ。これだけ長い冬をここで過ごしてきたはずなのに、欠けたものがない。——まるで、つい今朝方準備が終わったみたいだ」
「この家の回りにも、家も何も無い。人が住んでいる形跡もない。——彼女は」
「「魔女……?」」
ばちり、とひときわ強く木が爆ぜて、はるが寝返りを打った。
魔女は、奥の部屋で寝ているはずだ。
「魔女だとして、どうすればいいんだよ」
「……本人に、聞いてみよう」
やまねは、寝台に服のまま横たわり、じっと雪の音を聞いていた。
いつもいつも、誰かがやってくるのを、こうして待っていたのだ。
雪以外になにも見えない世界には、音がなく、——家の中の気配も話し声も、すべてやまねの耳元でするかのように、鮮明だ。
「私が、魔女?」
ぽつりとこぼした時、部屋の扉が開いた。
慌ただしく入ってきた二人の青年が、やまねの手と足を、寝台に押さえつける。
やまねは驚いて、ただせわしなく瞬きをした。
「冬を、終わらせろ。できるだろ」
「待て、なつ。……お嬢さん、あなたが、この長い冬を終わらせない、恐ろしい冬の魔女で間違いないだろうか」
「しらないわ」
知らないから知らないと答えたのに、二人の手の力は緩められる様子がない。
足首をおさえていたなつが、膝をまたいで座り込み、両手首をまとめて固定したあきが、やまねの顔を挟むように枕元に膝をつき、静かな目で覗き込んできた。
しんと冷えた部屋で、二人の吐く息が白く濁る。
「こんな平原にひとりきりでは、暮らしが不便だろう。両親は、どうした」
「……」
「一緒に暮らしていた家族は、いつからいない? 家の冬支度は誰がした? 薫製肉の鹿は、大物だ。女性がひとりでは、とても狩れない。暖炉はどうして使っていない? 冬に、火が無くては、凍えてしまう」
「……かぞく?」
答えあぐねたやまねのからだがぶるぶると震えるので、なつが罰の悪い顔をした。
だが、あきの追求はやまない。
「あんたは、何者だ? どうして人間の生活を脅かす。罪深い事だ。お前の領域は、冬の山だけだろう。ーー『禁を犯すと、その身に罰を受けることになる。それが、摂理だ』」
なつが、はっと兄の顔を見た。
やまねも、目が覚めたかのような顔で、青年らの顔を見た。
そのとき、開け放たれた扉の向こうから、のんびりしたはるの声が聞こえた。
「みんな、どこ? どうしたのー?」
なつの手から、力が抜けた。
あきは、ぎりぎりとやまねを押さえつけていた。
はるが、部屋をのぞいて、ぎょっとする。
次の瞬間には。
あきが吹き飛ばされて、壁に叩き付けられた。
なつが、手の激痛に悲鳴を上げた。
「に、にいさん!?」
はるが崩れ落ちたあきを助け起こしたが、全身が凍ったように固まって、絶望の表情でどこかを見ていた。
なつを振り返れば、両手を抱いたまま、まるくなっていた。
つぎに、出会ったばかりの娘を振り返れば。
やまねは、泣いていた。
目を大きく見張って、そこからぼろぼろと、氷の粒をこぼしていた。
「私がおかしいということに気がついたのなら、あなたたちもおかしいと、気がついてもよかったのに」
冷え冷えとした声で、やまねが言う。
「私に遅れず、飲まず食わずで、雪の平原を歩き通して平気なのは普通? 火はおこしても、冷たい酒と少しの食べ物で、冷えきった家の冷たい床で眠れるのは、普通の人間なの? ——ああ、ああ、気がつかなかった。お前たちが懐かしく、慕わしく、私のもとに来てくれるそのことが、舞い上がるほど嬉しいのは、何故だったのか。
一番目の人間、さっき私に言った、あの言葉。気がついていた? 人間の、言葉ではなかったこと。——お前たちは、どこであの言葉を聞き、そしてその言葉を発したものに、どんな仕打ちをしたの」
問い質したのに、一転、顔を覆って泣き始める。
「いいの、言わなくてもわかってしまう。お前たちが、私たちと似通った身体と、気配を持つに至った理由など。そして、私の大事な同胞が戻ってこない理由など、ひとつしかない。ああ、ああ、ああああ」
叫びにあわせて、やまねから雪が吹き出した。
それは圧倒的な量で、見る間にあきが、なつが、部屋のすべてが埋もれて行く。普通の雪ではない。払っても纏い付き、すがりついて、その白く冷たい胸の中にすべてを抱き込むかのような。
叫び泣く声が、嗚咽に変わり、はらりと最後の雪片が舞い落ちたとき、部屋の壁は崩れ落ち、窓は砕け散り、白い平原が浸食したかのようで。
そこにはただ、さめざめと泣くやまねと、そして、呆然と立つはるだけだった。
「ど、どうしてぼくだけ……」
「はる……」
やまねは立ち上がった。
氷の涙を拭えば、抜けるように白い目元と頬に、泣いていた名残はない。
血のように紅い、小さな唇。白夜の夜のような、濃青の目。
きれいな娘だったんだ、といまさら、はるはうっとりと見つめ、そんな自分に驚いた。
「ぼく、なんでだろう。貴女のことが、怖くない。にいさんたちは、雪に埋もれているのに、関係なくて、貴女の事を……」
「はる……」
やまねが、小さな白い手をそっと伸ばし、はるの健康的な頬をそっと撫ぜた。
そして、かすかに微笑んで、凍える声で、こう告げた。
「はる、お前が、あなたが、一番罪深い……」
「ぼく、が……?」
「私の我を忘れるほどの雪を、ものともしない、その神威。はる、あなたは、わたしの同胞を食したのね」
「しょく、す……? まさか! 僕はそんな」
「禁域で、春の使いの子鹿を弑したでしょう? 毎年、冬の終わりに私と一緒に山へ還ってくれる、愛しい神の鹿を。私はずっと、待っていた。記憶をなくすまで。だから、冬は終わらなかった」
はるは愕然として、そして震え出した。
がたがたと。
自分の罪を、知って。
「そう、そうです。兄たちが、僕のために。病気で弱った僕のために、禁じられた森で、狩ってはいけない鹿を仕留めて。それで僕は、生き残った。
——そんな、そんな。誰も、知らないことだった。僕たちだって、そのことが冬を永遠にするなんて、思っていなかった」
「それでも、因果は巡る。それが摂理。だからあなた達は街から追い出され、そして、私に会った」
愛おしそうにまた頬を撫ぜられ、はるは戸惑った。
「貴女の同胞に非道なことをした私に、なぜそう優しくするのですか?」
「そう、忌々しいことに」
やまねはふんわりと、微笑んだ。一瞬だけ、その目に激しい憎悪が閃いたが、すぐに消えてしまった。
「命が弱かったあなたが、きっと一番神威を引き継いだのね。だから、私の目には、あなたはかの子鹿に見えてしまう。慈しまずには、おられない」
はるはじっと、頬を撫ぜられるままでいて、そして、意を決した。
「冬の魔女、いえ、女神さま。それなら。——それなら、僕が一緒に山にお供します。そうしたら、そうしたら、人の世の冬は終わるでしょうか」
「——終わるでしょう。よい勇気です。人の世は、もう辛い。私はこれから、山に住もう。」
はるは女神に許可を得て、兄たちを雪から掘り出し、置き手紙をして、そして、女神の手を取って山へと還って行った。
世の終わりが来たとも言われた、終わらない冬は、たくさんの犠牲を出しながらも、丸一年の後にようやく山へと去って行った。
冬の魔女へと使者に出された三兄弟のうち、二人の兄が戻ってきて、英雄と讃えられながらも、あらゆる名声と報酬を断った。そして冬の御方に仕えたいと、次の冬が来る前に、あの平原に住み着いた。
秋が深まった頃。半壊していたあの家を修繕し、冬の備えも万全に整えたころ。
暖炉のかたちばかりの小さな火の横で、兄弟はもうひとりの弟を思い出す。
小さな弟は、ずっと身体が弱かった。両親も早くに亡くなり、財産で生活はできたものの、兄弟を繋いだのは、末っ子を守ろうという気持ちだった。
あの、白く神々しい子鹿の血肉が、何をどうしたのか。
彼らは髪も髭も伸びず、最低限の熱と食事で、事足りてしまうようになっている。おそらく、これから長い長い時間、ここでこの家を守って行くだろう。
終わらない冬の次の冬は、冬らしからぬ季節だった。雪も降らず、池も凍らず。
そのうち寒くなってくるはず、と思う間に、花の綻ぶ季節になった。
だが、冬の厳しさを知らぬ草木は、思うように開花も結実もせず。
そんな冬が三年繰り返され、人々は冬の御方に降りてきてほしいものだと、祈り出した。
冬の御方は、はるは、このまま戻ってこないのだろう。
神の御許で不自由なことはないだろうが、犯した罪を思えば、安心などできはしない。
兄弟は畑仕事や森の手入れの合間に、山を見上げた。
四回目に、秋も深まった、ある夜のこと。
窓の外がやけに静かだと、なつが扉を開けた。
ひらり、と大きな白い花が舞い込んだ。
いや、雪だ。
はっとする間に、そこに娘の姿があった。
そして、傍らに、なつかしい弟の姿も。
兄たちは、折れるように膝をついた。頭を地に垂れる。彼らは、まだ冬の御方に許してもらってはいないのだ。
「……なかなか、よく整えてくれた。冬の間、世話になる」
冷えた声だが、それは彼らを認める言葉で。
なつは涙ぐみ、あきは、ますます頭を床にすりつけながら、ひとつだけ、と言った。
「ひとつだけ、教えて下さい。どうして、戻ってきて下さったのでしょう。はるを、連れてきてくれたのでしょう。皆の祈りが、届いたのでしょうか」
冬の御方は、違う、と冷たく答えた。
そして、ふとはるを見て、その口元に、白い指を触れた。
「山は、冬の寝床。神の領域。そこにずっといるのであれば、はるも神になりきった方がいい。そう思ったのだけど」
指先が、青い氷を纏い始め、そこを中心に急激に気温が下がった。
はるは穏やかな顔で、愛しげに目を細めて、ただ冬の御方を見つめている。
その、口元から、ほんのかすか。ほんのわずかに、白く、吐息がこぼれた。
「はるの、息が白いから。だから、冬だけは、戻ってくる」
それから、冬は冬として、厳しく森と人を平原を凍り付かせ、そして春には山へと還った。
人々は、春と同じく、冬を愛し敬ったという。
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