美しきルシワ
最近再びなろう内で盛り上がっている遊森 謡子様の企画「武器っちょ企画」に参加してみました。
●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』
この三つのキーワードで作品を作るというもの。『武器』は広義の意味で武器という事なので、浮かんだネタで元に私なりに作ってみました。コレで大丈夫でしょうか?
森の奧のその岩場は、読書には丁度よかった。程よく苔蒸した柔らかなフォルムの岩は寛いで座るには最適で、隣には荷物を置くのに良い感じの岩がある。程よく茂り空を覆っている木の葉が目に優しい光を作り出していて、近くの小川の音が耳に心地よく木々の間を抜けてくる風が心を落ち着かせる。
その場所で一人の子供が一心に本を読んでいた。子供というには少し大きく、大人と言うまだ幼いそういう微妙な時代を生きるその人物は、見る者を溜息をつかせる程美しかった。優しい明るい茶色の髪は思わず触りたくなる程柔らかく絹糸のような艶やかな光沢を帯びており、大きくアーモンド型に開いた瞳は上質な翠玉のように深く濃い色合いを持ち見つめられると皆言葉をなくし暫く見入ってしまう魅力があった。口紅など塗っていないのに、その薄く形の良い唇は赤く柔らかそうで誰もが一度で良いからその唇にキスをしてみたいと思わせるそんな誘惑を沸き起こさせる怪しさをもつ。しなやかに伸びた身体は子供っぽくはないものの、成熟した大人のモノでもなく、その成長過程な時期の魅力ならではの青さがますますその人物の嫋たおやかさを増していた。
その人物の名前はルシワという。この世界には苗字という概念が無い。その為に普通ならば単に『ルシワ』と呼ばれるか、父親の名前と共に『カムプスの子ルシワ』と呼ばれる所、このルシワは『美しきルシワ』『醇美のルシワ』といった感じで人々は呼んでいた。
その何れの名前に対しても、ルシワは内心の苛立ちを必死に隠し、無表情な顔で応える。この年齢にもなって、父親の名前、もしくは容姿に関してだけ言われるのは、それしかルシワには持つべきものがないと言われている事も同然だからだ。
この世界において、能力の高さが全て。能力の高さがその寿命を決定して、人に対する影響力も変え能力に合わせた地位を与えられる。高い能力を持つものだけが、人の上に立てて世界を動かせる。能力の低い者はただそれに従って日和って生きて行くしかない。能力を持たない者なんて、ハッキリ言うと生きている意味がない。ルシワの父親はそれなりの能力を持つ人物だったが、母親となった女性は容姿は美しいものの能力が平凡以下という残念なモノだった。その為ルシワはかなり低めの能力しか持たずに生まれてきた。父と気を交わす事で能力を上げる事は出来たものの、それでも平凡以下の状態である。
能力が低く容姿の優れた者が、この世界でどのように扱われるのか目に見えている。見栄えのよい装飾品であり体の良いオモチャである。かといって人として扱われないという訳ではなく、寧ろ逆で綺麗に着飾らされチヤホヤされ、ベッドで可愛がられといった感じだろう。それはルシワが求める生き方ではない。しかしルシワがある程度成長し閨の相手が勤まるだろうという外見になった頃から求愛の言葉は絶えない。父親がより高い地位の人物に子供を売り込み地位を上げようとするような打算的な人でもなく、愛する亡き妻にそっくりなルシワを慈しんでおり、盾となって守ってくれている事から、なんとかそれらの求愛から逃げられていた。聡慧で学士免状ももっているものの、能力の低いルシワに何だかの仕事を与えられるわけでもなく、何かを興すには短く、何もしないにしては長すぎる時間を本を読んで過ごす事になる。
かといって宮殿内にいると求愛者の相手が煩わしい。それ故にルシワは宮殿から飛び出し大好きな本を持ってここで本を読んでいる事が多い。知識の海を泳ぐ事がルシワにとって最高の癒しの時間であり、そう寿命が長くはないであろうルシワには本を読むという時間が何よりも大切で、それを邪魔されずに行うにはここは最適だった、華麗な衣装で歩くには不便な場所にくるような人はいない。ただ一人を除いて。
「やっぱり、ここにいたのか」
黄金の髪の子供が横柄な態度で近づいてくる。全身真っ白の衣装に金の刺繍を施された艶やかな衣装を身に纏うその人物はルシワの側に来て、洋服が汚れるのなんて気にしないかのように隣に腰を下ろす。見た目だけでいうとルシワよりもかなり幼くあどけない少年という感じだが、その人物が発する気迫はただ事ではない。黄金の髪にギラギラした黄金の瞳をもつその少年は、ソーリスという。現在二人がいる世界で最高権力を持つ執政官の息子であり、その父をも遥かに超える潜在能力を持つ。そして整いすぎて人に畏敬の念を抱かせる程美しい顔立ちが、より彼をただ者ではなくしている。他者の能力を判断する嗅覚だけは鋭いルシワから見て、その姿は眩しい程である。しかし彼は『絶美のソーリス』など巫山戯た名前で呼ばれる事はない。敬愛を込めてただ『ソーリス様』とだけ呼ばれる。
「ソーリス様、また邪魔しにきたんですか?」
思いっきり顔を顰めたルシワに、ソーリスはニヤリと笑う。
「まあ、そうつれないこと言うな。宮殿内はまとわりついたくるヤツがいっぱいで煩わしい」
この相手は子供のように見えて、実はルシワの倍は軽く生きている。その成長の遅さが彼の能力の高さをそのまま示している。外見は子供でも中身は既に二百年以上は軽く生きている成熟した大人なのだ。否、大人というよりも、かなりの曲者である。
彼の言う通りソーリスはルシワとは別の意味で人が放っておかない。高い能力を持つものの周りには、能力が低いものが寄ってくる。上手く取り入る事ができたら、それなりの立場を楽しむ事ができるし、気に入られれば与気を受ける事ができてその能力を底上げする事ができ、寿命を延ばす事ができる。それ故に見た目まだ子供のソーリスだが、砂糖に群がる蟻のように人が寄っていくのである。
ソーリスがコチラに逃げてくるにもいつもの事だし、ルシワに会いに来た訳でもなく好き勝手にしているだけなので、ルシワは視線を本に戻しその中身に没頭する事にする。半刻程した頃、その本がいきなり取り上げられる。キッとソーリスを睨みつけるルシワをまったく気にする事なく、ソーリスは本の表紙を繁々と眺める。
「古代文字の本なんて読むのはお前くらいだな。コレ面白いのか?」
「まあ、それなりに。貴方には退屈かもしれませんが」
ソーリスは笑い、ルシワに本を返す。
「ところで……お前、最近求愛者が絶えないとか、流石だな」
ニヤニヤと笑いかけてくるソーリスにルシワは不快気に顔を顰める。この少年はルシワをそういう意味で求めてくる事はないが、まとわりついてくる人の中から見目のよい相手を選び適当にチョッカイかけては直ぐ飽きて捨てるという事をしているのは知っている。結局、ソーリスにとってはルシワが置かれている状況も単なる面白そうな状況にしか過ぎない。
「何故、そんな顔をする? もっと誇れば良いのに。お前は美しい。当然の結果だ」
ルシワは大きく息を吐く。
「私にしてみたら、貴方の方がよっぽどお美しい」
ソーリスは一瞬驚いた顔をするが、クククと笑う。
「それは光栄だな、お前にそう言われるなんて……そう言えば、父がお前を側仕えにと考えているようだぞ」
人の悪い顔でとんでもない事を言ってくるソーリスに、ルシワは身体を強張らせる。
単なる求愛ならば、コチラの意志で断る事も出来るが、執政官の任命ともいうべき状況だと従う以外の選択肢はない。側仕えといったら聞こえは良いが、単なる所有物にしたいというだけである。
「俺が推薦しておいたからな。『父上好みの浄妙な顔の人物がいる』ってね。そして『見たら絶対気に入る』と」
ルシワは立ち上がり、ソーリスをはったと睨み付ける。同等にはなり得ないにしても、ルシワを見た目で判断せずに、人格を認め友として付き合ってきたと思う相手だったから、その言葉が信じられなかった。裏切られた事で、激しい怒りと悲しみがルシワの中に渦巻く。優しげな容姿から発しているとは思えない凄みと荒々しさを帯びたルシワの表情に見下ろされながらも、ソーリスは面白そうに笑っている。
「何故怒る? お前が最も欲しがっているモノをプレゼントしてやったというのに」
ルシワは眉を顰め、『は?』と冷たく突き放した言葉を返す。
「あんな父でも、お前に能力を高めるくらいは役に立つだろう。お前が微笑むだけで、父は喜んでお前にホイホイと力と地位を与えると思わないか?」
ソーリスの言葉に、ルシワは冷静さを取り戻す。そしてその言葉の意味を考える。プライドを捨てて媚びれば、能力は上げられる。しかし、能力だけはあるものの、尊敬すら出来ない相手に日和り、力を強請るなんて事はルシワには出来ない。
「別に諂へつらえと言っているのではない、お前は、お前でいればいい、相手はその美貌を前に勝手に落ちる」
ジッと考えているルシワをソーリスは座らせて、そっと顔を寄せそう囁いてくる。
「だからこそ、馬鹿な奴等の中でもまだマシな父を、お前の相手に選んだ。
力は馬鹿ではなく賢いヤツこそが持つべきもの。そうだろ? お前にはその価値はある。お前は最高に面白いヤツだから。
力が欲しいんだろ? だったらその顔を武器に自分で奪って掴め。ただ指を加えてウジウジしているなんて、お前には似合わない」
ルシワはその言葉にハッとして、ソーリスの顔を見つめ返す。その瞳はいつもの茶化した色はなく、真剣そのもので金の瞳は真っ直ぐルシワを見つめている。
「ウンザリしないか、鈍物だけがのさばる世界。
このままでは、我々は自滅するだけだ。自然の摂理で滅びるならばまだ許せるが、愚行の結果で滅びるのはゴメンだ。馬鹿を一掃したいと思わないか?
だから付き合えルシワ。俺と一緒に未来へ来い」
ルシワはソーリスに向けている碧の瞳を細める。そしてニヤリと笑う。ルシワの秀麗な笑みに、ソーリスは満足そうな表情を返す
「まあ、そのお遊びに付き合ってあげても良いですよ。その見返りに貴方は何を私に与えてくれるのですか?」
ソーリスはその言葉に、目を丸くして驚いた顔をする。
「世の中を一緒にぶっ壊すという面白い事に誘ってやっているのに、更に他のモノも求めるのか、お前もスゴイ欲張りだな」
ルシワは笑い、ソーリスの顔を近づける。
「貴方という我が儘な男のお守りをし続ける事になった、私の身にもなってください。
そうですね、貴方が執政官になった暁には、貴方の力もこの身に受けたい」
この男に抱かれたい訳ではない、でもこの眩しいばかりの能力はルシワにとって溜まらなく魅力的である。ソーリスはニヤリと笑い、肯定の意志を返す。そして近づきルシワに口づけ舌を絡ませる。そこからソーリスの気が流れてくるのを感じ、その恍惚感にも似た感覚にルシワは身体を震わせる。身体の力が抜け、岩からずり落ちてしまう。身体を離れてもなお、ルシワはソーリスに与えられた気によって惚けてしまう。細胞の深い所まで激しく広がっていくソーリスの気にルシワは翻弄されまいと肩で息をしながら意識をシッカリ保とうと耐える。少しだけ与えられただけで、身体にコレほどの衝撃をうけるとは、改めてソーリスの高すぎる力を実感する。戦慄しつつも心が躍る。細く鎖されているだけの未来が、この瞬間明るく広がるのを感じたから。人生が突然面白くなってきた。
「大丈夫か? 俺に酔ったか」
ルシワは苦笑して頭を横にふる。高位の人物との気の交わりは酒の酔いにも似た症状を引き起こす。そして今、確かにルシワはソーリスの気に酔ったのだが、ソーリスが『俺に惚れたか?』という感じで聞いてきたから否定したのである。挑むようにソーリスを見上げる。
「気は、なかなか美味かったですよ」
気を受けたのは心地良かったが、ソーリス自身やキスに腰砕けになったのではないと、ルシワは挑戦的な表情で示す。ソーリスの金の瞳が面白そうにルシワを見下ろしていたが、金の瞳が細まりソーリスにしては優しい表情で笑う。ソーリスは手をさし出してくる。ルシワは、その手を突然引っ張りバランスを崩させ転かしてやろうかとも考えたが止めた。この相手に余計なチョッカイをかけ刺激するのは危ないと考えたからだ。それが悪意のないじゃれ合いにしても、猛獣と小動物程の力差があるだけに、弱い方の立場からしてみたら堪ったものではない。
先程の与気にしてもそうだ。気を交わらせるのはただ身体を接触させるだけで十分で、キスをする必要はない。ただその方が楽しいから、唇を奪ってきた。下手にソーリスの悪戯心を刺激するのは得策ではない。不本意ではあるが、素直に手を借り立ち上がる事にした。
ソーリスに手をひかれ立ち上がった時、ルシワの父親が心話テレパシーでルシワを呼ぶ声が届く。温厚な父らしくなく酷く慌てた感じから、執政官からの任命書がもうやってきた事を察する。繋いでいた手からも、その内容がソーリスにも伝わったのだろう、ニヤリとソーリスは笑う。結局はソーリスの話に、ルシワが納得しようが納得できなかろが、進むしか道はなかったようだ。
「貴方の思惑通りというのは気にくわないけれど、やるからには好き勝手やらせてもらいますよ。
とりあえず、執政官を喰らってくる事にします。貴方のように美味しければ良いのですが」
艶やかな表情で笑うルシワにソーリスは悠然と頷く。それ以上の会話は交わされる事はなく、ルシワは一足先に宮殿へと歩き出す。まだソーリスから受けた気の余韻で身体がジンジンと痺れているが、ルシワは気合いを入れシッカリとした足取りでその場を去っていく。
ソーリスはまだ戻る気がないようで、去っていくルシワに手を振り送った後、伸びをして苔の上に寝転び目を閉じた。
『頭脳』と『美貌』というのも生きて行く上で、武器になりうるかな? と思い書いてみました。
でも、そうマニアックでもなかったかもしれません。
コチラはムーンライトの方で公開しているファンタジー『青き血の流れし先』の登場人物です。
本編でのルシワの戦闘の仕方は、ある意味マニアックです。強固過ぎる結界で相手を潰しての身体を砕く、相手が放ってきた攻撃を結界で跳ね返してまんま相手に返したりといった感じで、結界を武器に戦うというか、いたぶる人物です。