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第三十八話 目覚め

 コード村の東の出口があるオマール号まで僕たちは走った。ナンお婆さんの家が村の西の端だったから、村の中をずっと走り切ったことになる。
「ソ、ソラさんもカイトさんも、こんなに走って・・・・・・どうして平気な顔してるですか!」
 僕とソラの後ろをずっと走り続けてきたテルファは、ゼェゼェしながらヒザに手をついてうなだれた。
「だって、早くお姉ちゃんに会いたいもん」
「おヌシが運動不足なだけじゃろ?」
 僕とソラに言われ、テルファは「ハァー」と息をつきしゃがみこむ。
「ほら、中に入ればオマール号の水が飲めるからさ。ね?」
 僕が伸ばした手を握ってテルファが立ち上がると、ソラはフィーと同じようにオマール号のアヒルの頭をそっと撫でた。

 中では、タルマさんとフィー、レグが迎えてくれた。
 フィーの部屋に入り、みんなでお姉ちゃんが寝ているカプセルを囲む。
 フィーがお姉ちゃんの顔を見ながら、
「コノハさんの寝言が大きくなってきたので、そろそろじゃないかと思うんです」
 少し緊張気味に言った。
 レグがうっすらと赤く光りながらフヨフヨとカプセルの上を通り過ぎ、僕の頭の上に乗った。
「お姉ちゃんの場合、寝言より寝相ねぞうのほうがスゴいんだけどね」
 僕の言葉が聞こえたみたいに、お姉ちゃんは「うーん」と眉間にしわをよせて寝返りを打った。相変わらず、顔以外の全身を泡がまとわりつくように覆っている。
「わぁったしはぁ、・・・・・・・でぇーないよーぅ」
 また寝言を言った。
「なんじゃ、コノハは出たくないのか?」
「寝言ですよ」
「寝言だよ」
 寝言に返事をするソラにフィーと僕が言ったとき「ポーン」と音がして、カプセル横のランプが全部、赤から青に変わった。
 僕の頭の上からタルマさんが「いよいよですね」と言うと、となりにいたフィーが「おほんっ」と意味ありげに咳払いをして、
「そろそろ、男性は部屋から出ておいてくれたほうがいいと思いますよ?」
 カプセル内の少しずつ消えていく泡を見て言った。
 そう言えば、お姉ちゃんは裸だったんだ。
 今さらお姉ちゃんの裸を見たって何とも思わないし大人のタルマさんもそうなんだろうけど、お姉ちゃんがイヤがるだろうから、いちおう二人で部屋の外に出てドアを閉める。頭の上のレグもいっしょだ。そういえば、レグって男なのかな?
「見た目はどの妖精も人間の女性に似ているが、妖精に性別はない」
「え? あ、そうなんだ」
 考えただけで答えてきた。
 僕が少しびっくりしてそう言うと、レグは頭から離れた。気を使わせちゃったかな?
 タルマさんと二人で通路の壁にもたれて、ここにいないジャンのことを聞く。コード村に帰ってきてすぐにジャンはどこかに行ってしまって、それから姿を見ていない。
「彼は村の戦士ですからねぇ。いろいろとやる仕事があるんですよ。村に有害な獣が入らないようにしたり、近隣の村といざこざが起きないようにしたり。彼が村を離れるときには、村の若者全員でそれをやるんですけどね」
「ふーん」
 ジャンがイノシシに「しっ、しっ、あっち行け」なんて言ってるところを想像すると少し笑っちゃうけど。でも、「戦士」って仕事なのかな?
「それで、新しいクロスは? 間に合いそう?」
「ん? うーん。まぁ、なんとかなりそうですよ」
 タルマさんはモジャモジャ頭の後ろを壁でつぶしたまま、そう言った。

 コード村に帰るオマール号の中にいたときからずっと、タルマさんとフィーはレグに協力してもらって新しいクロス開発の研究をしてきた。
 僕がルーシーとの戦いの最中に切ってしまったクロス・ユニバースは、他の二つの、オマール号とコード村のクロスと繋がっている。
 その二つのクロスの中に残っている、ルーシーが時間位相をわざとずらしてゲートをこじ開けたときのデータを解析して、新クロス・ユニバースに応用できるようにするそうだ。
 期限までに新クロスができ上がれば、空間位相が重なり合っている二ヶ月間のうちの好きな時間帯に、僕とお姉ちゃんは戻ることができるらしい。
 もしそうできれば、僕がコロンドニアに来たその日に向こうに帰れるから、お母さんやお父さんに心配をかけなくてすむ。二人ともお姉ちゃんがいなくなってうるさいくらい心配性になってるから、二ヶ月間も僕がいなくなったら気がおかしくなっちゃうかもしれない。そうできれば助かる。

 フィーの部屋が騒がしくなって「コノハおねーさまー!」と叫ぶテルファの声が通路まで聞こえ、しばらくしてから「いいですよ」とフィーがドアを開けてくれた。
 お姉ちゃんのベッドを包んでいたカプセルと泡がなくなって、見た目はもう普通になったベッドの横で、巫女の服を着たお姉ちゃんがテルファに抱きつかれて立っている。
「コノハおねーさま、背が縮みました!」
 僕とほとんど背丈の変わらないお姉ちゃんが、テルファと笑いながら話している。ショートカットの、あの頃のままのお姉ちゃんだ。
 お姉ちゃんが僕を見て一瞬動きを止めて、
「・・・カイト?」
 まとわりつくテルファを振りほどいて、僕の前まで来る。
「カイト、・・・・大きくなったねぇ」
「・・・・うん」
 微笑むお姉ちゃんを目の前にして、僕はそれしか言えなかった。
 本当はお姉ちゃんの背が低くなったんだよ。その体は、僕の記憶のままにミミが作ってくれた、お姉ちゃんが十才のときの体なんだ。
 ねぇ、お姉ちゃん、僕、がんばってきたんだよ。この四年間ずっと、お姉ちゃんに会うために、がんばってきたんだよ・・・・。
 いろんな言葉や思いが頭の中を通り抜ける。でも、
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
 やっと出た言葉はそれだけだった。
 ただお姉ちゃんを見つめて立つだけの僕を、やさしくフワッと、お姉ちゃんは抱きしめた。
 体の力が抜けて、涙が次から次へと出てくる。周りのみんなが見てるのもかまわずに、僕は声を出して泣いた。
 やっと会えた。僕が知っている本当のお姉ちゃんに。四年前のあのときからずっと、想像して、夢見て、信じてやってきた。
 周りの誰も、お母さんもお父さんも誰も信じてくれなかった。それでも、お姉ちゃんは生きてるって言い続けてきたんだ。いつかこうやってまた会える日を、ずっと、僕は・・・・・。
 泣きじゃくる僕の頭をお姉ちゃんはそっと撫でる。それでも泣き止まない僕を、お姉ちゃんは黙ったまま、またやさしくそっと、抱きしめた。


 さらに五日間が過ぎた。
 この五日間はお姉ちゃんとソラと僕とで、ほとんどの時間をテルファと遊んで過ごした。
 それは、お姉ちゃんがフィーのお母さんから、
「コノハさんがいないときはテルファがふさぎこんで大変だったのよ」
 と言われて、張り切っちゃったからだ。
 お姉ちゃんは「私が帰ったあともテルファに元気でいてほしいから、テルファとたくさんの思い出を作っておきたい」って言うんだけど。
 テルファは僕から見ても甘えすぎだと思うくらい、お姉ちゃんにずっとべったりくっついている。僕のお姉ちゃんなのに・・・・。
 お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ、やっと会えた僕よりもテルファばっかり相手にしちゃってさ。でも、お姉ちゃんが言う「思い出」っていうのも分からなくはないから、僕はガマンするんだ。そう、僕はもう十才の大人なんだから。
 そして、お姉ちゃんがルーシーの城の中で経験したことをほとんど覚えていないことが、会話の中から自然に分かってきた。
 その理由を、ソラは僕にこう説明する。
「おヌシの心を癒すチカラでは記憶を消すことまでは出来ん。おヌシのチカラはコノハの心を、抱きしめたときのほぼ一瞬で治していたハズじゃ。じゃが実際には、コノハはそのあと一週間も眠り続けた。つまり、おヌシのチカラだけではどうにも出来なかったことがあって、それを眠ることによってコノハ自身が修復したと考えられる。記憶がないのも、そのうちの一つじゃろう。なにせ、黒の妖精の千年の呪いにかかっていたのじゃからな。簡単にいかぬことがあって当然じゃ」
 人間は心に深いキズを負うと自分を守るためにその経験を忘れることがあるって、聞いたことがある。それと同じようなものなのかもしれない。
「人間の心も体も、不思議なことだらけじゃからのぅ。しかし、それをどうにかしてしまう妖精たちは、やはり我々人間には計り知れぬ、偉大な存在じゃな」
 そう言って腕を組んでうなづくと、ソラはタヌ耳をヒョコッと動かした。

 そして、この日の夕方。ついに「新クロス・ユニバース」が出来上がった。


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