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第二話 姉が消えた日
 旅行は、二月の第二土曜日から二泊三日で、霧の沢スキー場に行くことに決まった。

 その旅行の前日の夜、僕はお姉ちゃんに最近みる変な夢のことを話した。
「マンガに出てくる魔女とか、占い師みたいな格好だったよ?」
 お姉ちゃんは紙に絵を描いて、僕に見せた。
「こんな感じ?」
 そこには黒い三角形の帽子をかぶって、魔法のステッキを持った女の子が描いてある。
「んー。こうゆう帽子じゃなくてぇ、ほら、帽子がついた服みたいなのあるでしょ?あれをもっとペラペラにしたみたいなのでぇ」
 その服を着ているときみたいに、僕は両手を頭の後ろから上、前へと動かす。
「ああ、パーカーのこと?じゃあ・・・・・・こんな感じかな?」
 お姉ちゃんはまた絵を描いた。雨の日に着るレインコートみたいな服を着て、水晶に両手をかざす女の子。
「そう、そんな感じ!」
 僕はお姉ちゃんの絵を見て言う。
「夢の中で、その女の子から何か大事なことを言われたんだけど、起きたら忘れちゃうんだ。一回だけなら気にしないんだけど、何回も見るから・・・何かあるのかなって」
「うーん、そうねぇ。でも、私も何回もみる夢ってあるよ?いつもたいしたことないけど」
「そっかぁ。じゃ、そのうち見なくなるのかなぁ」
「その夢でイヤな思いするわけじゃないんだし、気にすることないよ」

 そのときは、それだけで夢の話は終わった。いま思えば、このときすでに始まっていたんだ。

 翌日の第二土曜日、僕たちは予定通り出発した。
 父さんと母さんがこの旅行で少しでも仲直りしてくれたらいいと思ったんだけど、ダメそうだった。
 一泊目の夜、ホテルの部屋でまたケンカが始まったんだ。
 僕とお姉ちゃんはその場にいるのがイヤになって「ナイターに行ってくるね」とだけ言って、ゲレンデに向かった。
 僕は昼間からお姉ちゃんにすべり方を教わってたけど、夜になってもうまくいかない。
 父さんが「カイトの背が大きくなっても使えるように」と言って、お姉ちゃんとまったく同じ板を買ってきたんだ。
 お姉ちゃんが「カイトには長すぎるよ」って父さんに言ってたけど、僕はお姉ちゃんとお揃いで、うれしかった。でもやっぱり長すぎるみたいでちゃんとすべれない。

 昼間は、パンフレットに「ファミリー向け」って書いてあるところで練習した。でも、夜になるとそこは暗くて使えなかった。仕方ないから、リフトに乗って高いところまで行ったんだ。
 上から下のほうを見下ろしたとき、僕の人生はここで終わったと思ったよ。とてもじゃないけど、無事に下までおりれるわけがない。
「お姉ちゃん。これ、僕・・・・ダメだよ」
 転がって雪ダルマになる自分を想像した。
「ゆっくり、斜めにすべれば大丈夫よ」
 運動神経のいいお姉ちゃんはスイスイとすべっていく。
 僕はゆっくりソロソローとすべって、ころんだ。向きをかえて、またソロソローとすべって、ころぶ。スピードが出る前に転んじゃえばなんとかおりれるかも。と思ってたら、お姉ちゃんがもうずっと下のほうまで行っちゃってる!
 僕はお姉ちゃんに置いていかれるのがイヤで、思い切ってまっすぐ下にすべり出した。
「待ってよー!」
 なんだ、意外と簡単。これならすぐ追いつけるよ。
 そう思ったときにはもうお姉ちゃんを追い越していた。後ろからお姉ちゃんの叫ぶ声が聞こえる!
 どうしよう、止まらない。こんなスピードで転んだら・・・。
「うわぁー!」
 僕はそのままの勢いで、立ち入り禁止の赤いロープに突っ込んでいった!
「カイト!」
 お姉ちゃんが体当たりをして僕を転ばせる。ネックレスの水色の玉が、さっと目の前を通り過ぎた。そして。

 お姉ちゃんは、その先の崖から落ちていった。 
 一瞬だった。僕が声をあげる間もなく、お姉ちゃんは真っ暗な闇に飲み込まれていった。

「お姉ちゃん!おねえちゃーん!」
 崖の先の暗闇に向かって何度も叫ぶ。でも、返事は返ってこない。
 無音。何の音も聞こえない。
 何か、別の世界に通じる穴がその先にあるような、そんな感じだった。
 星や月の光、ゲレンデのうっすらとした明るさ。それらの光を飲み込む、何か黒いモノが生き物のように波打ち、手招きしているようにも見えた。
 ゆっくりと、僕のほうへ「それ」が近づく。
 どうしよう、どうしよう・・・・。
 その闇に、震えながら手を伸ばす。ザラリとした感触が骨にまで伝わった。
 六才の僕は怯え、ただ、泣いた。

 どうやってホテルの父さんと母さんのところまで戻ったのか、はっきりとは思い出せない。
 たしか、知らない人が一人で泣いている僕を見つけて、その後警察に保護されたんだ。
 迎えにきた父さんは僕の様子を見て、コノハお姉ちゃんに何かあったことをさとったらしい。すぐに警察や、たくさんの人たちとお姉ちゃんを捜しに行った。
 僕はホテルの部屋に戻っても、涙と震えが止まらなかった。
「大丈夫よ。すぐに二人とも帰ってくるからね」
 そう言って、ずっと僕の手を離そうとしない母さんの声は、かすかに震えていた。

 翌日、たくさんの人たちと崖のところに行った。
 昨日の夜は分からなかったけど、崖の高さは大人の人の身長の倍くらいだった。崖下から数メートル離れたところからは木が生えていて、整備されていない森になっていた。
 不思議なことに、崖の上側にお姉ちゃんのスキー板のあとが残っているだけで、下に落ちたあとはない。
 雪は昨日の夜からずっと降ってないのに、下側に何の痕跡もないことに大人の人たちは首をかしげていた。
 八日間、地元や警察の人たちが捜してくれたけど、結局何の手がかりも見つからなかった。




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