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第十八話 沸騰する海
『ガァッガァッ! ガァッガァッ! ガァッガァッ! ガァッ・・・・』
 真夜中、オマール号の中にアヒルの鳴き声が響きわたる。
 真っ暗な部屋の中でミミが「なになに? なんなの?」と言って照明をつけた。僕も目をこすりながら起き上がる。
『ガァッガァッ! ガァッガァッ!・・・』
 鳴き声は止まない。
 僕とミミが部屋を出ると、ソラも隣の部屋から出てくるところだった。
「なんじゃいなんじゃい騒がしい。何ごとじゃ」
 今日もタヌ耳の後ろの寝ぐせがすごい。もう一つタヌ耳が出来たみたいだ。
 フィーが部屋から出てきて、眠そうにポーッとした顔で言う。
「これはオマール号のサイレンれぅ・・・・。さがしていた場所が見つかったみたいで・・・・ふぅ」
 僕とミミが同時に「雲の生まれる場所?」と聞くと「ふぅ」と寝ぼけてるみたいにカクッと首だけでうなづき、クロスの部屋に向かった。
 ソラは不満げに「なんちゅー緊張感のないサイレンじゃ」とつぶやいた。
『ガァッガァッ! ガァッガァッ! ガァッ・・・』

 後ろから見るとフィーの水色の長い髪の毛に少し寝ぐせが付いていて、ソラが指差してククッ、と笑った。僕はソラの三つ目のタヌ耳をつまんで上にピッと引っ張ってやった。
 ソラは「なにすんじゃ!」と文句を言ったけど、僕は黙ったままポンポンと寝ぐせを叩いた。ソラは少しムッとして自分でそこを叩いたりさすったりしながら、そのままフィーの後に続いた。
 フィーがクロスに両手をかざすと、アヒルはやっと鳴き止んだ。
 クロスの部屋にはジャンと、モジャモジャ頭の後ろをペッタンコにしたタルマさんが先に来ていた。
 タルマさんはつぶれてお煎餅せんべいみたいになった頭をフラフラさせながら、
「明日、準備が出来るまでオマール号はここで旋回し続けます。夜中の今にやらなければいけないことは特にないので、みなさん朝までゆっくり寝てください」
 タルマさんにそう言われ、みんな自分の部屋に戻っていく。
 いよいよ明日。深海のルダ・マグラスの所まで行くんだ。ルダ・マグラスはどんな所にあって、どんなものなんだろう。少し怖いけど、ワクワクした。

 翌朝。
 クロスの部屋の大きな窓から見える太陽が、何回も左から出て右へと消えていく。オマール号が海の上でグルグル回りながら飛んでるからなんだけど、窓から入ってくる光もそのたびに部屋の中を移動するから話し合うにも落ち着かない。とりあえずフィーはオマール号を海の上に着水させることにした。
「ふぅ。あのままじゃ目が回って会議どころじゃなかったわぃ」
 ソラはそう言って大きな丸テーブルに頬づえをつ・・・くのかと思ったらそのままテーブルにつっぷした。
 みんな、朝の食事をすませてお茶を飲んでいる。
 ポラリス村にメロン味のお茶はないみたいで、ソラはオマール号に来て初めてあのお茶を飲んだらしい。
 ソラが飲んだとき、かなりはっきりと「まずいっ!!」って言い切ったから、僕は大笑いした。そのときソラが普通の水に替えてもらうのといっしょに僕も水に替えてもらって、それからはお茶じゃなくて水にしてもらっている。「普通の水」っていっても、あの水色の癒しの水だけど。

 タルマさんは今日やることに『ルダ・マグラスサルベージ作戦』なんて立派な名前をつけて僕たちに説明した。立派な作戦名とは違って、すべてはミミの球体にかかってるっていう、どうにもミミサマまかせな内容だった。
「どうでしょう、ミミ様。トレーニングルームで最終調整してから本番に入りますか?」
 ミミの機嫌を損ねないようにあくまでも『念のため』という感じでタルマさんが聞くと、
「そうね。もし本番で失敗したらカイトが死んでしまうんだものね。ここは軽々しく『大丈夫』なんて言えないわ」
 珍しくミミは慎重だ。
 僕が「ありがとう」とお礼を言うと、ミミはそっぽを向いたままみんなに聞こえないくらいの小さな声で「誓いは守るわ」と返事をした。

 そしていよいよ、本番。
 ミミがいつものように僕の頭の上に乗って、僕ごと宙に浮かせる。
 フィーがクロスの上に右手をかざし、左手を僕のほうに出した。
「作戦どおり、まずこのままの状態でミミ様とカイトさんをオマール号の外に出します。用意はいいですか?」
 僕は頭の上のミミを意識して浅く頷いた。
「では、いきます」
 僕がフィーの左手に触れるとクロスの部屋の景色がゆがみ、次の瞬間には大海原おおうなばらの上、三メートルくらいの位置に浮いていた。
 異世界でも海は海だ。波のない沼や湖とは違う。大きな波が行きかう水面は騒がしくて、その濃い藍色あいいろがぶつかり合う中にこれから入っていくのかと思うと、緊張で体がこわばった。
 そんな大きな波の間に白いアヒルが一羽、ノンキな感じでプカプカと、波にされるがままゆらーりゆらーりと大きく揺れている。でも、アヒルは今にもアクビをしそうなほどに落ち着いて見えた。
 波の迫力とアヒルのそのノンキさのギャップがおかしくて、僕はふき出した。
「プーッ、くっくっ」
「カイト、心の準備は良くって?」
 頭の上のミミが聞く。
「う、うん。いいよ。ごめん、オマール号を見たら、なんかおかしくなっちゃって」
「アンタ、暑くないの?」
「なんで?」
「あっち見なさいよ」
 ミミは魔力で僕の体ごと向きを変えた。
 宙に浮く僕たちから五十メートルくらい離れたところ。そこでは小さな泡や大きな泡が無数に弾けていて、泡から出た熱気がその向こうの景色をゆがめている。泡の出てる場所はそこから左右に果てしなく続き、はしを見ることは出来ない。まさに『雲の生まれる場所』だ。
「あれって沸騰ふっとうしてるんだよね?」
「そうね。ここだって、普通だったら人間が耐えられる気温じゃないわ。アンタ、暑くないの?」
 ミミは同じ質問をした。
「うん、全然」
「そう・・・・。これも『使い手』のチカラなのかしら。きっとルダ・マグラスから出る熱や光には耐えられるようになってるのね」
 そう言っていつものように、ミミは自分と僕を球体で包んだ。
 シュッ!
「じゃ、行くわよ」
「うん」

 タルマさんの作戦どおり、泡の中心まで行ってから潜るんじゃなくて、泡のない離れたところから潜る。泡の中を逆らうように潜っていくよりも楽に行けるし、方向を見失わずにすむからなんだって。深く潜れば潜るほど泡の範囲は狭くなるから、泡の端に沿って斜めに潜っていって、最後は泡の中心、ルダ・マグラスにたどり着く。

 僕たちはオマール号から少し離れたところに着水して、海の中へと入っていった。



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