奇跡の世代
ゴゥンゴゥン
ゴゥンゴゥン
洗濯機の音が幾つも鳴り響く。
疲れた顔をした青年が、止まった機械から中身を取り出し、新たな洗濯物を入れる。
「あれ、この袋は洗ったやつだっけ」
似たような袋の山。
袋の口からチラリと中を覗いた。
「うーん、きれいっぽいかな。じゃあまあいっか」
そうこうしているうちに、新たな洗濯物の山が運び込まれていく。
うんざりした青年は袋の口を確認するとそこそこきれいな物はそのまま洗濯済みに押し込んだ。
「んじゃ、これで地球の日本行きとオースのカラトリア行きは完了っと」
オースにあるカラトリア王国。
王国歴八百二十一年。
その年は、後世の歴史書には奇跡の世代を生んだ年と呼ばれる。
農業改革、新たな魔術理論、食の革命などを起こした多くの偉人達がこの年に生まれたからだ。
とある村人の家。
「おぎゃあおぎゃあ」
(俺は転生したのか?ここは異世界なのか?両親はどうやら貧しい村人か?よし、それなら農業チートだ!)
とある魔術師の家。
「おぎゃあおぎゃあ」
(異世界転生したのか?異世界で魔法があるだと?俺が新しい魔術理論で俺TUEEEしてやる!)
とある町人の家。
「おぎゃあおぎゃあ」
(どうやらここは異世界のようだな。なんだ、あれ。大きくなったあんなまずそうな物食わなきゃならんのか?ここは俺が食の革命を起こしてやる!)
この年に生まれた青年達の多くが、並外れた知識と行動力をもって王国の発展に尽くした。歴史書は語る。もしも彼らがいなければ、カラトリアのみならずオースの発展も一〇〇年以上の単位で遅かっただろうと。
地球にある日本。
西暦二千十六年。
その年は、後世の歴史書には奇跡の世代を生んだ年と呼ばれる。
高齢化、出生率の低下、学力の低下。蔓延する滞った空気に、国民は皆どこか諦めた顔をしていた。
そんな中、彼らは生まれた。
とある一般家庭の家。
「おぎゃあおぎゃあ」
(ここはどこだ?俺は生まれ変わったのか?なんて豊かな家なんだ)
とある一般家庭の家。
「おぎゃあおぎゃあ」
(これは何と面妖な。生まれ変わったらしいが、魔力もないのに明るい光がある。これは何だ?)
とある一般家庭の家。
「おぎゃあおぎゃあ」
(ここは天国かなあ。暑くも寒くもないし、お腹いっぱいに乳ももらえる。大きくなったらあの美味しそうな物を食べさせてもらえるのかなあ)
この年に生まれた青年達は、なぜか一様に好奇心が高いことで知られる。あるものは科学の発展に興味を持ち、幾つもの新たなる発見にも関与するようになった。またあるものは、働かなくとも良く安全な道をただ走るだけで褒められると笑って言ってマラソンで幾つもの記録を打ち立てた。勉強できることを喜び、勤労に、スポーツに励む青年達。そして多くの若者達が自由に恋愛できることを謳歌し、その影響からかこの周辺の年代の結婚率、出産率は飛び抜けている。
蔓延していた滞った空気も、青年達の成長と共に払拭されていた。
ゴシゴシ、ゴシゴシ
ふてくされた顔をした青年が、洗濯板で洗濯をしている。
「結果、よかったんだからいいじゃん。手洗いとかマジありえねえっすわ」
青年を見張っていた年配の男が青年にゲンコツを落とす。
「いてぇ」
「まったく。少しは反省をしなさい」
「あー俺もう転職、じゃなくて転生しよっかなあ」
「それなら一番ハードコースにしますか」
青筋を立てながら微笑む年配の男。
「すんませんしたー。いやー洗濯って本当に楽しいものですね」