女子高校生殺人事件2004
冬のある日のことだった。
公園で16、7歳の少女の死体が発見された、と言う通報が来た。
現場は公園の中にある木の傍だった。春から夏にかけては青々とした葉が茂るその木も1月の空の下ではかなり葉が落ちてしまい、何か寒々としたものを感じる。
そこに通報どおり一人の少女の死体が転がっていた。長い髪を後ろにリボンで束ねたその少女が着ていたセーラー服。間違いない、この市内にある女子高の制服だった。
ただ、セーラー服といったら胸の辺りで結ぶリボンが特徴の一つだが不思議な事にその死体のセーラー服には胸のリボンがなかったのだ。
「…暴行されたのでしょうか?」
一緒に来ていた部下の刑事が言う。
「いや、違うな。普通暴行されたらガイシャはもっと抵抗してもよさそうなものだが、この死体は暴行されたにしては争った形跡があまりない」
「というと、顔見知りの犯行と…」
「可能性は高いな」
と、死体の傍らで写真を撮っていた鑑識課員が、
「主任、ちょっと来てください」
と私を呼んだ。
「どうした?」
「死体の爪の間に糸みたいなものが挟まってるんですが…」
見ると死体の爪の間に何やら緑色の糸のようなものが絡まっていた。
「…なんだ、これは?」
鑑識課員は慎重に爪の間からその糸を抜いた。
やがて、生徒手帳に記された名前から被害者の名前は工藤美由紀、と言う事がわかった。
死体から金目の物が奪われていなかった事、暴行された形跡が見られなかった事から我々は顔見知りによる怨恨の線で捜査を進めていった。
数日後、3人の容疑者が捜査線上に浮かんだ。いずれも被害者の通っていた女子高のクラスメイトだった。
彼女達には事件当日のアリバイが無かったのだ。
そこで私は彼女達一人一人にあたってみることにした。
*
「…あたし、美由紀ちゃんのこと、殺してません!」
田中沙織、と名乗ったその少女は被害者の小さい頃からの親友だ、という少女だった。
「…美由紀ちゃんが死んで、あたし夜も眠れなくて…。食事もほとんど咽喉を通らないんですよ!」
「…君も気持ちはよくわかるよ。でもね、感情で犯人を決めるわけには行かないんだ。それに君は事件当夜のアリバイがない。我々としては君から話を聞かざるを得ないんだよ」
「…」
そういうと彼女は黙ってしまった。
「…ちょっと君に聞いてみたいことがあるんだけど、いいね?」
「…はい」
「…最近、君と被害者の仲が少しおかしくなっていた、という話を聞いたんだけど、それは本当なのかね?」
「そ、それは…」
「いろいろと話を聞いてみたんだけどね、最近、君と被害者が何やら言い合ってる所を何度も見た、と言う証言があるんだよ」
「…そりゃああたしだって、美由紀ちゃんと喧嘩くらいしますよ。でもそれは今回の事件とは全然関係ないです。今でも美由紀ちゃんはあたしにとって一番の友達だし、美由紀ちゃんだって…」
「…でも、ひょんなことがきっかけとなって事件に発展してしまう事だって世の中あるんだよ」
「…だからといって、あたし美由紀ちゃんを殺したりしません…」
そういう彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
彼女は眼鏡を外すと、制服のポケットから取り出したハンカチで目をぬぐう。
「…それより刑事さん」
「…なんだい?」
「…鈴木さんのこと、調べたんでしょうか?」
「鈴木?」
…そういえば、我々がマークした3人の中の一人の女生徒がそんな名前だったのを思い出した。
「…その鈴木さんがどうかしたのか?」
「こういうこといっていいのかわからないんですけど…。あたし、鈴木さんが怪しいと思います」
「…どういうことだ?」
「…美由紀ちゃんと鈴木さん、同じ部に所属してたんですけど、実力は同じくらいなのに美由紀ちゃんはレギュラーメンバーに選ばれて、鈴木さんは補欠に回された、って話を聞いたんです。ですから、鈴木さんがそれを根に持って、美由紀ちゃんのことを首を絞めて殺したんじゃないでしょうか…」
「…ま、それは本人に聞いてみるさ」
*
「刑事さんがあたしに何の用でしょうか?」
二人目の容疑者は被害者と同じ部活動をしていた鈴木里香だった。
丁度彼女のクラスは体育の授業中だったようで、私は彼女に授業の途中で抜け出してもらって話を聞くことにした。
彼女もまた、被害者が殺された日の夜のアリバイがなかったのだった。
「…工藤美由紀君のことなんだが…」
「刑事さん、もしかしてあたしのことを疑ってるんですか?」
「いや、疑ってるわけじゃないんだが…。君は確か被害者と同じ部活だったね?」
「はい」
「…それで彼女と君は同じくらいの実力があったのに彼女はレギュラーに選ばれて、君は補欠にされた、と言う話を聞いたんだが…」
「だからといってあたしが工藤さんを殺した、って言うんですか? そりゃあ、確かに工藤さんとあたしはレギュラーの座を争ったことがありますけど、それはあたしの実力が少し足りなかったんです。それに…」
「それに?」
「工藤さんを殺してまでレギュラーになりたい、なんて思ってないし、その結果でなったとしたって嬉しくもなんともありません。昨日だって工藤さんが死んだことであたしにレギュラーの昇格の話があったんですが、工藤さんに悪い気がして…」
「…」
どうせなら彼女は実力でレギュラーの座を勝ち取りたかった、と言うことか?
「…それよりも刑事さん、山本さんに話を聞いたんですか?」
「山本さん?」
「山本麻衣子さんです。工藤さんと同じクラスで、何かにつけて工藤さんと言い争ってた、と言う話を聞いたんです」
実は彼女の名前も容疑者として挙がっていたのだが、彼女の前では名前を出さないことにした。
いずれにせよ、彼女にも話を聞くつもりだったからだ。
*
「…刑事があたしに何のようなの?」
そして残る一人は被害者の隣の席に座っている、という山本麻衣子だった。
ちょっとワルぶってる所があるのだろうか、髪の毛を茶色に染めて耳にはピアスをしていた。制服のスカートも一般的に見たらかなり短くしているようだ。
「…工藤さんのことだけど…」
「美由紀のこと? あたしはやってないわよ」
「…でも君は彼女としょっちゅう言い争ってたことがある、って言うじゃないか」
「そりゃそうだけどさ、確かにあたしはあの子、気に入らない所があったわよ。だからってあたしが美由紀の事殺ったから、って何の得にもならないじゃないの」
「でも君は事件当夜のアリバイがないだろ?」
「でもだからと言ってあの日、あたしその、美由紀が殺された、って公園には行ってないわよ。…大体あたしなんか調べるより、沙織の方を調べたらどうなの?」
「沙織…、田中沙織さんか?」
「そうよ。あの子、美由紀と仲がいいように振舞ってるけど、心の中じゃ何考えてるかわからないところがあるからね」
「…どういうことなんだ?」
「あの子、勉強がよく出来てるのにいつもテストの順位は美由紀に負けて2番目だからさ。心の中じゃ美由紀のことを恨んでるかもしれないわよ」
「…しかしだからといって…」
「さあ、どうかしらね。あーゆーのって意外な所があるからね。ある日突然、美由紀のことリボンで絞め殺すくらいのことはやりかねないわよ」
「…そういうものなのか」
3人から話を聞いたが私にはどうも、わからないことだらけだった。
田中沙織は鈴木里香が怪しい、と言い、鈴木里香は山本麻衣子が怪しい、と言う。そして山本麻衣子は田中沙織が怪しい、と言っている…。
一体これはどういうことなのだろうか?
その時だった。私の携帯電話が着信音を告げた。
「…もしもし」
「あ、主任ですか。今鑑識から連絡がありましてね。ガイシャの爪の間にあった緑の糸がなんなのかわかりましたよ」
「…一体なんなんだ?」
「制服のリボンですよ」
「リボンだって?」
「ええ。…ガイシャの通っていた女子高、って制服がセーラー服でしょ。ほら、セーラー服、ってヤツは胸の部分に大きなリボンをするのが特徴ですよね? あの女子高の制服のリボン、って色がグリーンでしょ? 念のために学校から制服のリボンを借りて調べてみたところ、同じものの可能性が高い、と言う結果が出たのですわ」
「そうか、有難う」
私は電話を切った。
…その時だった。
「まさか…」
私はあることに気づいたのだった。
「…そうか、もしかしたら…」
私は3人の中に犯人がいることを確信した。
もし私の考えが正しければ犯人は「彼女」しかいないことになるのだ。
*
私は「彼女」にもう一度あって話をすることにした。
「…工藤美由紀を殺したのは君だね? 山本麻衣子さん!」
そういうと山本麻衣子は狼狽の色を見せた。
「…あ、あたしが殺した、って言う証拠があるの?」
「…証拠はあるよ。君は自分で犯人だと名乗っているからね」
「…どういうことよ?」
「…さっき署のほうから連絡があった。工藤美由紀の殺害に使った凶器は君が今旨にしている制服のリボンだ、ってね。」
「それがどうかしたの?」
「…実は我々は今まで、彼女を殺した凶器が何かわからなかった。唯一の手懸りは彼女の爪の間にあった緑色の糸だった。それが君がしているリボンと同じものだ、と言うのがわかったのはついさっきのことでね。君は前に私と会った時こういったよね?『ある日突然、美由紀のことリボンで絞め殺すくらいのことはやりかねない』って。何故我々が知らなかった事を君が知ってるんだ?」
「…そ、それは…」
「…そうだと考えると、ガイシャの爪に挟まってた緑の糸についてや、何故ガイシャの胸にリボンがなかったのかも説明がつく。君がガイシャの首を絞めているとき、彼女は激しく抵抗して、その結果リボンが破れてしまったのだろう。そしてガイシャが事切れたとき君は破れたリボンを見てこのまま返ったら怪しまれる、と思ったから被害者のしていたリボンを解いて自分の胸に付けたんだろう。そして破れたリボンは後で処分する。しかし、ガイシャの爪の間に残った糸までは気が回らずに結局はそれが証拠として残ってしまった…。そんな所じゃないのか?」
「…」
彼女は黙り込んでしまった。
山本麻衣子が右手を握り締めた。…そして、彼女の頬を一筋の涙が伝って落ちて行く。
「…許せなかったのよ、あの子が…」
「…やっぱり君が殺ったのか?」
「…そうだよ。あたしが美由紀を殺したんだよ。…美由紀のヤツ、あたしの彼氏、横取りしたんだよ」
「…なんだって?」
「…あたし、もう3年も付き合ってた彼氏がいたんだ。…でも、美由紀のヤツ、どこかで彼と知り合って、そうこうしている内に深い仲になってさ。…許せなかったんだよ、あの子が。だから思い切って…」
「…」
「…でもやっぱり悪いことは出来ないんだよね。こうなることはわかってたのに…。さ、刑事さん、行こうよ」
そういうと彼女は私に微笑んで見せた。
その表情が何故か安堵の表情に見えた
(終わり)
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