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それを言ったらダメなんだって

作者:天野 惹句
作中の悪役令嬢逆転物語は形式を応用して書いております。似たセリフ、設定があったとしても、それらを貶す為に書いたものではありません。
 うわああぁぁぁ、ダメだって。それを言ったらダメなんだって! お願いだからやめてぇぇぇぇl!!




 心の中で絶叫という名の懇願は、もちろん叶うことなく。
「私は心から愛する女性が出来た。だから貴女との婚約を解消しようと思う。陛下と公爵には内密に伝えてある。だから貴女にも私の口から伝えたかった」
 キラキラテンプレートの王子の言葉を、私はただ震えながら聞くしかなかった。
 そして――――覚悟を決めたような蒼い目が私を見つめると、大きな手が肩に回されて優しく抱き寄せられる。
「本当にそれでよろしいのですのね?」
 婚約破棄に衝撃を受けた様子もなく確認してきたのは、私達の前に立つ黒髪の迫力美女。大きな翠の目と愛らしいピンクの唇、華奢な肩にボン、キュ、ボンな体型で学園の制服を着こなす彼女は、王子の婚約者である公爵令嬢である。後ろには貴族から平民まで身分は様々だが、それなりに才能ある取り巻きたちが哀れむような視線を向けてきていた。

 第二とはいえ自国の王子に向けていい視線じゃないだろ!
 胸の内で毒突く私は意志に関係なく身体を震わせて王子に身を寄せる。ここで抵抗しても無駄なことは判っているから、とにかくこの茶番イベントをさっさと終わらせるために上座へと視線を移した。
 案の定、遠目から見学する人垣を割って現れたのはこの国のもう一人の王子。正確には第一王子で隣国の姫と婚約が決まっている王太子だ。銀と見紛うばかりのシルバーブロンドと氷のようなアイスブルーの目を持つこれまた美青年は、王族としての威圧感を漂わせながら公爵令嬢の腰を親しげに抱き寄せた。
「ようやく婚約を解消したか。これで正式にお前を王妃にできるな」
「兄上?」
 驚く第二王子に王太子はあざ笑うかのような視線を向ける。
「王子の妃として彼女以上の存在はない。これ以上公爵家に力を持たせられないという理由でお前の婚約者にされていたが、お前から破棄した以上、父上にも文句は言われまい」
「殿下……」
 公爵令嬢は嬉しそうに頬を染めつつ戸惑ってみせるのを見て、なるほどコレが悪徳令嬢のヒロイン成り代わりかと冷静に傍観していた。ここで事実を暴こうとしても無駄なのは判っているから、喉まででかかった様々な言葉を飲み込む。まぁ、割って入って叫ぼうにも物理的に無理なのだけれど。
 「子供の頃に約束しただろう? ウィルフリードの隣りにいるお前を見るたびに、私がどれだけ身を焦がしてきたのか判るまい」「殿下、私のような者をお側に置いていただけるのですか?」「元々お前以外を娶る気はないと言ったはずだ」等々、私が心の中で人様には聞かせられない罵詈雑言を吐いている間も茶番イベントは続いていく。
 やがてひとしきり盛り上がった二人は酷く馬鹿にしたような顔でこちらを見た。
「卑しい平民風情に踊らされたか、ウィルフリード。お前は王族のなんたるかが判っていない上、そのような無能者など私の王宮には必要ない」
「兄上……」
 もともと兄弟仲は良くないとは聞いていた。異母兄弟であるのに見た目が似ている彼らだが、実際に噂以上に性格に違いがあるのを見せつけられる。そして呆然とした第二王子を鼻で笑って去っていく王太子と公爵令嬢とその取り巻き達。
 これで茶番イベントは終了だろうと肩の力を抜くのと、公爵令嬢が振り返ったのは同時だった。そして一言。
「残念ですわ」
 それはまるで自分が被害者で第二王子に全面的な非があるような言い方。私はその言葉で堪忍袋の緒が細かくぶち切れる音を聞いた気がした。





 ここで私のことを説明しようと思う。
 私はいわゆる転生者だ。この世界じゃない、どこかの世界で生まれて死んだ。その後、見た目だけは美しい女神……あの忌々しいクソ女にこの世界でヒロインをするように命令されたのだ。理由は自分が悪役令嬢逆転物の乙女ゲーム風小説にはまっていて、それを自分の世界で再現したいらしい。操作方法を理解できる人間であれば誰でも良かったとか、主役の悪役令嬢はもっとしっかりして可愛い子なのだとも言っていた。もちろん私の意志など関係なく、有無を言わせず転生させられたのである。
 私の異世界での最初の記憶は学園の門を見上げていた時のものだ。その後名前と大きな商家の両親と姉妹、今までの成長の記憶を一気に思い出して入学、その1年後にこの腐ったゲームが始まった。

 さて、どの程度クソゲーなのかを簡単に説明したい。
 まずゲーム開始は二学年に上がってからである。この国の第二王子が生徒会長になり、宰相の息子や近衛騎士団長の次男などが周囲を固めていた。異世界で生徒会?とクソシナリオを蹴り上げたいが如何せん『新しくできた歴史ある』役職らしい。私は生徒会長である第二王子が落とした書類を拾うところから、このゲームの過酷さを知ることになった。
 それは第二王子とのイベントに限って『選択肢』が現れるのである。
 乙女ゲームの選択肢というのは好感度を上げるためであったりイベントへのフラグだったりするので、なるべく王子に嫌われるような選択をしたのだが、何を選んでも王子の好感度が上がってしまうのだ。
 例えば王子が落とした書類を手に取った時に現れた一番最初の選択肢はこうだ。
1・王子に直接届けに行く。
2・他の誰かに頼んで届けてもらう。
3・先生に届ける。
 普通好感度を上げるためなら選択するのは1だろう。だから私は手っ取り早く2を選んだが、届けてくれた女子学生から私のことが王子にばれてしまい、奥ゆかしい人だと彼の興味を引く結果となった…………そんなややこしい選択なんて判るわけないだろ!!と叫ばなかった私を褒めたい。3を選んでいたら一体どうなったんだろう。
 しかもご丁寧に選択肢を選ぶまで時間が止まる。意識はあるのに自分の身体も動かないのだ。一度限界ギリギリまで選択しないでみたのだが、人様の前で粗相をする勇気がなくて諦めた。だって選択した途端、本当のゲームのように周囲の時間がなにもなかったかのように進むのだから。

 その後はいっそのこと学園を退学してしまおうと門の外に出たのだが、おなじ平民の親友が私を追ってきて馬車に轢かれてしまったり。二度目の逃走時は別の友人が轢かれそうになるのを未然に防いだから良かったものの、入学前から親しくしていた友人は大ケガで退学することになり、実質友人達を人質に取られている状況に体重が五キロも落ちた。それと同時に一年も前から始めて周囲の人間に情をうつすように仕向けた性悪女神の意図を知ったのである。

 それならばと、なるべく攻略対象に出会わないようにしようとしても、向かいにある校舎の一階廊下を歩いていたはずの王子が次の瞬間、私が歩いていた三階の渡り廊下の角を曲がってくるというご都合主義も多発したり。

 ストレスに追いつめられて自暴自棄になり、嫌われるために王子の目の前で大小どちらか漏らしてやろうかと思った途端、選択の途中に下半身の生理的欲求を感じなくなったり。都合の良いことだと罵詈雑言を吐きつつ、それならば持久戦だと飲まず食わずの三日間。脱水症状で意識を失うと王子との激甘救護室イベントが容赦なく始まったり。
 そんな地獄の中でも救いだったのは、私が逆ハーレムを築かなくて良かったことだろう。王子の傍にいれば自然と触れ合う他の攻略対象者達とは選択肢の出ないごく普通の会話することができて健全な友情を深め、貴族の社会に大きなコネを作れたのだから。あくまで腐った女神がお望みなのは王子エンドからの悪役令嬢逆転なのだ。
 どうやっても王子の選択から逃れることができないと諦めたのは秋も深まった頃。そして悪役令嬢逆転のよくあるシナリオの如く、自分の婚約者でもあるはずの王子にまったく興味を示さずに会いに来ることもない公爵令嬢を見て私は決意した。
 逆転されたヒロインは酷い扱いを受けるけれど、せめて王子だけは被害にあわないように手を打とうと。貴族だろうが平民だろうが平等に話を聞くことができ、争いごとを極力嫌い、我が儘女神に誘導されているとはいえ私のことを愛してくれた王子に情がうつったのである。
 そして様々な布石を打って今日の茶番イベントに至る。





「まさか王太子殿下がお相手とは思いませんでした」
 青天の霹靂だと銀縁の眼鏡を押し上げながら疲れを滲ませる宰相の息子サイード。主に今回の茶番の裏で資料集めに走り回ってくれた裏方である。
「だから言ったでしょう。最悪を想定していて損はないって」
 真の主人公達が去ったので自由に行動発言できるようになった私を、惚けていたウィルフリード殿下が驚いた顔で見た。
「私の情報ではあのお二人の接点などほとんど無かったはすなのですが……それにいつ学園にいらしたのか……」
 情報を集めることに特化したが故に宰相となったサイードの家は、家族ごとに優秀な密偵を飼っているのだという。それをうまく使いこなせなければ長男といえど家を継ぐことができないのだと笑っていた彼は、今回の出来事に相当ショックを受けたようだ。
 恐らくこれも最悪女神の都合だろう。今日茶番が起こることも、来校予定どころか直前まで王城にいたであろう王太子が学園に現れて、ほんの数回しか会ったことのない公爵令嬢を自分の婚約者として攫っていくのも。
 幸いだったのは私に行われた嫌がらせを公爵令嬢の仕業ではないと証明できていたことだ。ゲームの半分を過ぎた辺りで強制力への抵抗を諦めた私は、この濡れ衣イベントの絶対回避を目標にしていた。
 そこで殿下に対して『一部誤解だらけの(選択肢)発言』しかできない私に代わり、殿下との共通の友人達に協力を求めた。もちろん馬鹿女神の愚かな企みなど話はできない。ただ自分が嫌がらせを受けていること、それを殿下が知ったときに犯人を誤解しないように注意していて欲しいと頼んだのだ。
 公爵令嬢も転生者である以上、ヒロインに本気で嫌がらせはしないはずだ。でも物語を盛り上げるにはどうしても濡れ衣イベントは欠かせないが、そうなると他の誰かが必ず実行するだろう。そこで強制力に無駄に抗い続けた私が見つけた、僅かだが強制力を逸らす方法を実行した。

 駄女神の強制力は物語の中心人物ほど良く働く。いわゆるモブと呼ばれる人々にはそれほど強制力が働かないらしく、彼らは物語を邪魔するような行動を取っても比較的自由に動けたのだ。
 もちろん私もいじめを受けるような隙を作らないようにしたし、持ち物の管理は徹底した(持ち物は極力持ち帰る。ロッカーの鍵はお金を積んで最上級の魔法錠に変えた)。自慢じゃないが実家はお金だけはあるから、学園の制服をストックしたり、なくなってしまったものはさっさと諦めて新しい物を購入したりしたのだ。
 そんな地味な工作が功を奏して、私へのいじめはほとんど王子に知られることがなかったのである。ばれたとしても友人達が犯人を見つけてくれたり、さり気なく公爵令嬢のアリバイを証明したりして王子の誤解を解いてくれた。

 私? 私はもちろん誤解するような発言を選択させられたよ。「あんな高貴な方がこんなことをなさるはずがありません」とか、「もしかしたら……ですがあの方は殿下を想うあまり……」とか。ましな方を選んだつもりだったけど、今思い出してもむかつく。想像で犯人を語らせるんじゃねぇよ!
 とまぁ涙ぐましい努力の結果、公爵令嬢虐め疑惑追求イベントは行われなかったし、遠くに学生はいたが声は聞こえない距離だったから公開での婚約解消イベントにはならなかった(と思いたい)。
「ウィルフリード殿下」
 呼びかける声は少し震えた。ダメね。大商人の娘がこの程度のことで動揺しては。
 大好きな人にようやく自分の言葉を伝えられる喜びに思わず涙ぐみながら、それでもここからが正念場だと彼の海のような蒼い目を見上げる。
「殿下にお聞きしたいことがあるのです。これまでのこと、そしてこれからのことも」





 数日後の王宮、謁見の間。
 関係各位が揃った緊張感漂うそこで私はウィルフリード殿下と共に国王夫妻が訪れるのを待っていた。
 このイベントは恐らく第二王子の王位継承権と身分の剥奪を目的としたものだろう。これ見よがしの笑顔を浮かべた王太子がイチャイチャと公爵令嬢に構い、令嬢は嫌だと言いながらも嬉しそうに頬を染めている。
 ここは公式の場だぞ。何やってんだ、あの人達。あの状態で将来国王になるのだとしたら、うちの商会も他国への支店を積極的に出すべきかもしれないなどと人物観察をしていると、国王夫妻が現れて王太子が今回の『第二王子の不始末』を朗々と語り始める。まるで国家反逆罪でもしでかしたかのように、そしてあたかもそれを自分一人で防いだかのような得意げな顔でだ。

 曰く。
 婚約者がいるにも関わらず他の女にうつつを抜かして公爵令嬢を傷付けた。
 学園内を取り仕切るべき生徒会に所属していながら、平民にかまけて疎かにしていた。
 一人だけを贔屓して他の生徒を蔑ろにした。
 婚約者とその取り巻きに嫌がらせをした、等々。
 聞き終えて思わず鼻で笑ってしまったが、気が付いたのは隣にいたウィルフリード殿下だけだ。殿下は仕方がないなといった様子で僅かに目を細め、濡れ衣を歯牙にもかけず真っ直ぐに前を向いていた。
 訴えの後、ウィルフリード殿下が婚約を破棄したことで公爵令嬢に嫌な思いをさせたことだけを認めると、あたかも自分の言ったことは全て正当だと言いたげな声で王太子は第二王子への処罰を国王に求める。
 さて、あの性悪女神はどんな処罰を求めるのかと身構えていると、国王は思案することなく厳かに告げた。
「学園内の問題は本来なら学園内で解決されるべきであるが、いかに身分を問わない学舎とはいえ王族を裁ける者はいないだろう。したがってウィルフリードは学園を卒業後、フロピル地方ガルガイア城塞都市の城主補佐を命じる」
 ガルガイアはこの国の辺境で乾燥と冬の寒さが厳しく、あまり関係の良くない隣国との国境を守るために王国騎士団や傭兵が集う都市である。現城主は先王の末の弟でウィルフリード殿下にとっては叔父に当たり、国の守護神とまで言われている方だ。彼の勇猛果敢な戦いは平民まで知れ渡り、城塞都市から滅多に王都に帰ってこないというのに人気は近衛騎士団長よりも高い。だが騎士の殉職率が高く、城塞都市に派遣される騎士は平民出身が多いのが現状だった。

 実質の左遷である。期間が示されなかったことは、恐らくそのまま王都への帰還をさせるつもりがないのかもしれない。
 国王の采配に王太子は勝ち誇った笑みを浮かべ、腕の中の公爵令嬢も仕方のない子供を見守るような表情でこちらを見る。
 ウィルフリード殿下と私は黙って頭を下げた。
 さぁ、これで悪役令嬢のハッピーエンドだ。私へのざまぁは学園で行われたし、第二王子へのざまぁも今終了した。理不尽女神の強制力もここまでだ。それはペラペラと自画自賛していたあの女が自分でバラした事実。
『私の力が及ぶのは貴女と王子が処罰されるハッピーエンドまでなのよ。それ以上はこの世界を壊しちゃう。だからあなたは自分の力で第二の人生を楽しむといいわ』
 感謝しろといわんがばかりの表情は腹が立ったが、強制力が働かないのなら現実はどうとでも変えられる。すべてが思い通りにいくわけではないけれど、少しでもより良くすることはできるはずだと顔を上げた。
「国王陛下に申し上げます」
 発言の許可は得ていないけれど構っていられない。少しばかり震えた声に、退室しかけていた国王夫妻はこちらの無礼に怒ることなく足を止めてくれた。
「そなたは?」
「マルクラスト商会を営んでおりますドリュー・マルクラストの長女、エマと申します」
 学園での教えに則って制服で最上級の礼を取るが、こちらに気付いた王太子がズカズカと間に踏み込んでくる。
「無礼者! 平民風情が王族に声をかけるとは……おい! この女を牢にぶち込んでおけ!」
「お聞き下さい!」
 近付いてくる護衛騎士の気配に慌てて声を上げた。
「陛下は先程学園内の問題は学園内で解決されるべきとおっしゃいました。その学園では問題解決に不満があった場合、学生の署名を集めて抗議することができます。グランデル様!」
 呼びかけに少し離れた場所にいたサイード様が書類を手に持って私の横に並び、国王陛下に恭しく差し出す。
「これはウィルフリード殿下が生徒会長としてどれだけ学生の為に尽力されていたかの証明でございます。在校生の三分の二が署名して下さいました!」
 護衛騎士の手が伸ばされるも隣にいたウィルフリード殿下が身を挺して庇ってくださった。王子に手をあげることが出来ないのか護衛騎士が立ち止まるのと国王が手を上げたのは同時で、彼らはその仕草だけであっさりと引き下がっていく。
「陛下、耳を貸すだけ無駄です。平民が何人集まろうとも私の言葉より重いはずがない」
「お前は少し口を閉じていろ」
 王太子の妨害を無表情の陛下が止めているうちに、言いたいことを勢いのまま話し出す。
「婚約とは契約です。それは王族だろうと商人だろうと破ることは信頼を失うことになりますので、ウィルフリード殿下の婚約証文を確認させていただきました。そこには『お互い以外で婚約したい人が現れた場合、時を選ばず無条件で婚約を解消することができる』という一文が書かれてあります」
 そう。婚約とは契約で、だからこそ証文を作り誰でも確認することができるようになっている。だからサインは本物か、結婚の取り決め、婚約に伴う金銭のやり取り等を隅々まで確認したのだ。更に詳しく調べてみるとこの『お互い以外で云々』という破棄に関する一文は、公爵令嬢が言いだして付け加えられたのだという。
「この一文で殿下は婚約を解消なさいました。それなのに罰をお与えになるおつもりですか? 殿下は何も契約違反などしておりませんのに」
「黙れ! それでも彼女を傷付けたことに変わりはないだろうが! 婚約者が自分以外を見るなどという屈辱を与えておきながら、よく正当性を主張できるな!」
 さすがは王太子殿下。よく回る口だと感心しながら、だけどお前が言うなよ! 隣国の王女殿下との婚約はどうするつもりだ!とも心の中で思ってしまう。けれど理論武装いいわけならこちらも用意してあるのだ。
「それこそ婚約者様……レストレア様が殿下によくおっしゃっていたそうです。『政略結婚には相手への最低限の礼儀さえあれば充分です』と」
 本当はその必要最低限の礼儀すら彼女は殿下に返さなかったのだけれど。
「婚約の破棄は身分の高い者からするべき事柄。だとすれば今回の出来事でウィルフリード殿下の不始末とはなんなのでしょうか?」

 本当は殿下の悩みを全部ぶちまけたい。
 公務と勉強で忙しい中で月に一度は公爵家を訪れていた殿下だが、令嬢の方から王宮に赴くことは一度もなかった。警護の観点から王族の婚約者に限っての登城は許されていたにも関わらずである。理由を聞くと『忙しいので』と返されたらしいが、令嬢を慕う貴族や平民の友人の為に時間は取れても、婚約者には時間が取れないのだろうと諦めたとか。

 会いに行くたびに『好きな人ができたら、すぐにでも婚約を破棄いたしますわ』と言われ続けていたとか。

 令嬢の誕生日には必ずプレゼントを贈り、それ以外でも花束などを送っていたのだが、令嬢からお礼の手紙は届くものの、一度も誕生日のプレゼントを貰ったことがないらしいとか。

 ウィルフリード殿下は好きでもなかった女性にこのような態度を取られて、逆に興味を持つような悪趣味な方ではないので辟易していらしたのだ。それでもなんとか関係を改善しようと、令嬢に送るために我が家が取り扱っているお茶や甘味の相談を受けているうちにお互いを思い合うようになったのだが。
「ではわたくしの友人達に対する殿下の嫌がらせは?」
 おっと。ここで主人公のお出ましだ。自分のことよりも他人が大事です、それが平民でもって姿勢は評価出来るんだけど……
「嫌がらせの具体的な内容をお聞かせいただいてもよろしいですか?」
「ただ廊下で話をしていただけですのに殿下に怒鳴られたり、身体が弱くて救護室で休んでいた友人をお見舞いに行ったら生徒会の方に追い出されてしまったり。わたくしたちは何も悪いことはしておりませんのよ?」
 令嬢の具体例を聞きながら集めた資料をめくれば、匿名の苦情としてちゃんと資料に残っていた。もちろん隣りに当人がいるのだから殿下がしっかりと説明する。
「『ただ廊下で話していた』だけではないでしょう。五、六人もの人間が廊下を陣取って通りがかっただけの生徒を睨みつけたり、廊下や教室などという誰でも通れる場所をあたかも自分達のものであるかのように占有していたのは貴女達だ。悪いことをしている、していない以前に常識がないと注意したんですよ」
「救護室も同じですね。隣りに他の具合の悪い生徒が寝ていたというのに、貴女達は友人の見舞いに連れ立って訪れ、長々と大声で雑談し、ふざけて笑って騒いでいたとか。何度か苦情が来ていましたので注意させていただきました」
「嘘よ!」
 ウィルフリード殿下とサイード様の反論に、公爵令嬢は目をつり上げて反対した。
「わたくしの友人達は心優しい素敵な人達ですわ。ただ友人同士で仲良くしていただけですのに悪く言うのは止めて下さいませ」
 自分たちさえ楽しければいいという人達のことを友人というのだろうか。だんだんとこの人達に付き合うのが面倒くさくなってきて、国王陛下に決断を仰ぐことにした。
「これでもウィルフリード殿下に罰をお与えになるのでしょうか」
「……お前の意見は確かに聞いた。ウィルフリード、派遣期間は三年とする。そして王太子とレストレア公爵令嬢との婚約を認めるが、結婚までの期間を三年として花嫁の条件は王族に準じる。だが正妃は認めん。以上だ」
「陛下!」
 王太子の抗議を無視して退室する国王陛下と一言も話さない王妃様。きつい眼差しでこちらを睨んでいた王太子と公爵令嬢が退室してから、ウィルフリード殿下が国王の采配を説明してくれた。
「私の派遣と兄の婚約の期間を同じにしたということは、その間にどちらが国王に相応しいか見極めると宣言しているんだよ。もちろん私は王都にいないから絶対的に不利だけど、もともと国王になるつもりはなかったから今回試されているのは兄の方だね」
「それに醜聞を盾に側妃に落とすことで、公爵家にこれ以上力をつけさせたくないという陛下の希望通りとなった訳です」
 サイード様の言葉の意味が判らずに首を傾げると、謁見室を出た廊下で彼がささやく。
「(ウィルフリードの正妃になった後、王太子に何かあったらどうなる?)」
 言葉の物騒さにギョッとして足を止めると、ウィルフリード殿下が涼しい顔をして肩を抱いてきた。
「怖がらなくとも大丈夫。兄はアレで武闘派だから、余程下手を打たない限り私に王位が回ってくることはないよ。それにしても複雑だ。ガルガイア城塞都市にはずっと行きたかったんだ。叔父上にも会いたいし……でもエマが傍にいないのは悲しいな」
 殿下はもともと自分の気持ちをストレートに言葉に表す方だったが、婚約を解消した後からは一段と気持ちを見せてくれるようになった。楽しみだけれど寂しいという複雑な表情に私は少しだけ意地悪な笑みを浮かべて告げる。
「殿下はご存じですよね? うちの商会は馬車を改良することで大都市以外の輸送を安価にし、大きくなってきました」
 地方都市や小さな街などにめっぽう強いのを売りにしている。取り扱いは靴の裏から情報まで。ありとあらゆる物を、やろうと思えば最速で届けることができるのだ。
「今回のことを父に話しましたら、私が必要な知識を身に付け終えているのならば学園を辞めて、地方都市の一支店を任せてもいいと言って下さったのです」
 王太子に喧嘩を売ったのだ。ウィルフリード殿下が王都に残ったとしても、ほとぼりが冷めるまで出ていかなければならないと思っていた。
「意外に情熱的だね。殿下を追うのか」
 王宮の殿下の私室に落ち着いたところでサイード様に茶化され、けれど私は迷うことなく肯定する。
「当たり前です。私だって殿下を支えることができるのよ?」
 それどころかまだ学園を出たばかりの友人達より貢献できるだろう。情報でも、人でも、物資でも。
「エマにはいつも驚かされる。国王に会わせてくれと言われたときもそうだし、先程の反論にもだ」
 少し長めのハニーブロンドの髪を掻き上げながらウィルフリード殿下が蒼い海のような瞳を和ませる。剣を持つ無骨な手がそっと頬に触れ、私の体温を感じて慈しむ表情を浮かべたその人は。
「エマが来るのなら三年の期限なんていらないかな」
「「それはダメでしょ」だろ」
 容赦のない突っ込みにも嬉しそうに笑っていた。





 その後。
 ウィルフリード殿下はガルガイア城塞都市の城主補佐を五年勤め上げる。彼は財政、軍部、治安、情報の全てに精通し、武力の城主、知力の補佐と慕われた。線の細い美人系の青年に筋肉ムキムキな男達が従順に従う様を見て鼻血が出たのは内緒……なはずなのだけれど、なぜか殿下の元を訪れると高確率で『そんな光景』を見ることが多くて興奮してしまった。私得だな、コレ。

 私はといえば、王太子の嫌がらせにより王都にある本店が撤退するが、そこには元から従業員も家族もほとんどいないので何の障害もなかった。けれど一応すごく不本意なのだけれど私の責任なので、店一軒分の借金を背負わされ無事に返し終えている。王都内での営業許可取り消しとか、小物か!

 その王太子だが、貴族主義とも言えるあまりに頑固で利己的な差別に母である王妃様がとうとう腹を立て、王太子宮に仕える者達全員に仕事を休むように通達して彼を宮から出さないようにしたらしい。食事はもちろん部屋の掃除や衣類の洗濯、トイレのくみ取りまで放棄されれば、何も出来ない王太子は一週間で根を上げた。その話を城主様に聞かせると、城塞都市の荒くれ騎士団に認められたウィルフリード殿下を見ながら血は争えないな……と疲れたように呟いたのが印象的だった。どういう意味だったんだか。
 とはいえ一時期あまりにも選民思想が酷すぎてウィルフリード殿下を国王に押す声が強くなったが、王妃様と婚約者の王女殿下の努力あいのムチにより思考は矯正しつつあり、今では順当に落ち着いている。

 あとは王太子の婚約者となった公爵令嬢だが、その後の消息が正確に入ってこなくなってしまった。噂では王妃になれないのならば好きな男性と結婚すると宣言して公爵令嬢信奉者の取り巻きの貴族と肉体関係を結んで王太子との婚約を無効にしたとか、その身体を捧げた子息に愛されすぎて自由を奪われたとか、病弱になって寝室からでられないように軟禁されているとか、結婚式を挙げる前に子供を身ごもったとか、様々なものが流れていた。真偽のほどは定かではないが慕っている友人達は多いようだったから、あちらはあちらで上手くやるだろう。

 さて本題の私と殿下だが。
 公爵家という身分の高い婚約者がいなくなったことで、ウィルフリード殿下への婚約申し込みが殺到した。ガルガイアまで押し掛けてくるご令嬢がいたり、戦場に近い城塞都市で(お見合いの為の)舞踏会を開いて欲しいなどと貴族の嘆願に城主様が切れたり、殿下と美少女侯爵令嬢婚約の噂に関係がぐらついたりと色々あったが、様々な苦難(主に恋愛関係)を乗り越えてなんとかここまで来られた。
 そう。今日は私とウィルフリード殿下の結婚式である…………不思議でしょ! 商人の娘が王族に嫁げる訳がないのに!

 「エマとの結婚の為に準備期間を五年ももらっておいて良かったよ」と笑うウィルフリード殿下。ソレって城塞都市にいた年数ですよね? 途中隣国との小競り合いがあったり、規模の大きい盗賊団の討伐に行ったり、暗殺されかけたりしましたよね? 結婚の準備期間なんて甘いものじゃなかったですよね!

 「まぁ……諦めろ」とヴァージンロードを歩く私の隣でエスコートして下さっている城主様が苦笑いを漏らす。ナニを諦めれば良いのでしょうか、お義父様。いつの間にやら貴方の娘になっていた私の驚きは一体どこで表せばいいのでしょうか。実の父と母ですら知っていた養女の件を、本人が一番最後に知らされるってということでしょうか!

 王族の結婚式は国王が取り仕切るのがこの国のしきたりだ。もちろん場所は王宮で、出席者の数など数えきれない。国王陛下のいる場所から三段低い所で私を待つウィルフリード殿下は、目も眩むばかりの麗しい笑顔を浮かべて幸せオーラを発していた。
 そして(義)父から夫へ私の手が渡される。
 モールの付いた白いタキシード姿のウィルフリード殿下はまさに王子様。ハニーブロンドとサファイアの瞳が甘いマスクに更なる美貌を加え、けれど出会った頃にはなかった男らしい精悍さが色気と共に笑顔に乗れば、顔に血が上らないわけがない。
「(真っ赤になって可愛いな。後でゆっくり私を堪能させてあげるから今は我慢だよ。父上、恥ずかしがる私のエマを見ないで下さい)」
「(私の義理の娘を私が見て何が悪い)」
 最後の階段を上りながら囁き声で会話するウィルフリード殿下と国王陛下。それでも式は厳かに執り行われ、沢山の人達からの祝福とウィルフリード殿下からは国王陛下が途中で止めるくらいの深いキスをもらって無事に終了した……後に唐突に思った。
「あの時、私が助けなくてもウィルって自分でどうにかできたんじゃ……?」






 それを言ったらダメなんだって。
 おわり
自分で書いていた悪役令嬢逆転物語が、あまりにもありきたりでつまらなかったので、それを元にいわゆる大どんでん返しを書いてみることにしました。
以下、どうでもいい裏設定、情報です。


・本当は第二王子の側近になる友人達をもっと出す予定だったが、主人公が彼らの分まで行動してしまったので出番がなくなった。

・結婚式まで書く予定になかったのになぁ。第二王子に手玉に取られた気分だ。いっそのことムーンで続きでも書くか。

・とにかく出番のなかった側近たち。騎士職の二人は王子と共にガルガイア城塞都市に、サイードを含めた文官職の三人は王都に残って地盤固めをしていました。

・第二王子は王妃様似。生母は側室だけど育てたのは王妃様。王妃様的には彼も可愛い息子です。

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