久御山滋乃の庭球講座
作:ともゆき


 車は軽井沢に向かって走っていた。
 車には3人の少女と1人の少年が乗っていた。

「…ねえ、久御山さん」
 後ろの席に座っていた髪の毛を後ろでまとめた少女――鹿瀬巴が話しかけた。
「何ですの、鹿瀬さん」
 話しかけられた少女――久御山滋乃が聞き返す。
「久御山さんの別荘、って後どのくらいで付くの?」
「そうですわね。後2、30分ほどだと思いますわ」

 時は8月、夏の暑さ真っ盛りの頃。
巴、滋乃、そして桧垣千鶴の「御神楽少女探偵団」と呼ばれている少女達は事務所を四日ほど休みにし、久御山家の持つ別荘に避暑に向かっていたのだった。
 本来だったら彼女達の勤めている探偵事務所の所長である御神楽時人も一緒に来る予定だったのだが、先日解決したばかりの事件の事後処理がある、とかで終わり次第向かうということで、三人娘と蘭丸ことランドルフ丸山の四人で向かっていた。
    *
 それから間もなくのことだった。
車がある一軒家の前に停まった。
「あれですわ」
 そういって滋乃が指差した向こうにはある一軒の大きな屋敷があったのだ。
「…おっきい家…」
 巴が呟く。
 そう、目の前に立っている久美山家の別荘は別荘とは思えないほどの立派な作りをしていたのだった。
 そんな彼女達を尻目に滋乃と運転手はてきぱきと荷物を降ろしていった。

「それでは滋乃お嬢様」
「ご苦労様ですわ。…では時人様が参られたときは連絡を差し上げますので」
「承知いたしました」
 そういうと車は去っていった。
    *
 室内は思っていた以上に整理されていた。
「…随分綺麗ですね」
 千鶴が言う。
「ええ。週に一度、地元に住んでいる管理人さんにお願いしてお掃除してもらっているんですのよ。この近くに住んでおられるので、皆さんも何か困ったことがあったら遠慮なく申し出て構いませんわよ」

 そしてそれぞれの部屋に落ち着いた一同は荷物を置くと再び外へと出た。
 そして滋乃の案内で別荘の近くにある、と言う庭球(注・テニスのこと)場にやってきた。
「やっぱり軽井沢に来たら庭球ですわね」と言う滋乃の提案で3人はこれから滋乃から庭球を教わることになったのだ。
    *
 更衣室から庭球着姿の滋乃が出てきた。
 当時は今のようなポロシャツにミニスカート(スコートか?)、といった格好は想像すらできなく(ミニスカートを履くようになったのは第二次世界大戦後のこと)、ブラウスにベスト、足が隠れるくらいのロングスカートというのが一般的なテニスのスタイルで、テニス自体まだまだ貴族のたしなみ、といった感じのスポーツだった。まあ、仮にポロシャツにミニスカート、という格好でも滋乃だったら華麗に着こなすだろうが。

「でーも、こんな動きづらい格好でよくできるわねえ」
 滋乃から服を借りた巴が言う。巴と千鶴の二人は当然のことながら庭球の用具を持っていなかったので、滋乃から服や道具を借りたのだった。
 蘭丸の場合は、まさか滋乃のそれを着るわけにもいかないから、滋乃の兄・静斗が少年の頃に着ていたテニスウェアを実家から引っ張り出してきて、それを蘭丸に着せていた。

「…とにかく、やり方は以前お教えした通りですから。…それでは、蘭丸君。行きますわよ!」
「はーい!」
 一番最初に指名された蘭丸がコートに立った。
滋乃が蘭丸に向かって球を打った。
 2、3回ラリーが続いただろうか、滋乃が打ち返した球が蘭丸の立っている位置からかなり離れた所に飛んできた。
 蘭丸は球を追いかけたが届かないようだった。
(だめだっ!)
 次の瞬間、蘭丸は反射的に右足を出していた。
 蘭丸はボールを蹴飛ばす。と、滋乃の脇の金網に当たった。
「蘭丸君、蹴球じゃありませんのよ! 足を使ったら反則ですわ!」
「あ、そ、そうでしたよね」
「もういいですわ、蘭丸君。では次、桧垣さん、いきますわよ!」
「はいっ!」
 そう言われた千鶴が蘭丸の替わりにコートに立った。
 滋乃がサービスをする。
 何回かラリーが続いた後、滋乃が打ち返した球が千鶴の正面に飛んできた。
「きゃーっ!」
 次の瞬間、千鶴は思わず左手でボールを掴んでいた。
「桧垣さん、取っちゃいけませんのよ! ラケットを使って打ち返すんですの!」
「あ、ご…、ごめんなさい」
「…まったくもう…。次、鹿瀬さん!」
「はーい!」
 そして巴がコートに立った。
 滋乃がサービスをする。それを巴が打ち返す。
 今までの中では一番まともに滋乃の相手を務めているようだ。
 そして滋乃が打ち返す。
(よーし!)
 巴は思い切りラケットを振ると、球を打ち返した。
 打ち返した球は勢いが強すぎたのか、あっという間に金網を越えていった。
 茫然とそれを見送る滋乃。
「鹿瀬さん! あれでは全然打てませんわ!」
「え? 相手の打てないところに打ったらいいんでしょ?」
「それはそうですけど…。あんなのを認めたら、みんながみんな場外に向けて打ってしまいますわ!」
   *
「…皆さん、こんなにひどい腕前だとは思いませんでしたわ」
 そして一同は更衣室で着替えると、外へ出た。
「…ごめんなさい、久御山さん。だって私たち庭球やるなんて初めてだもんね」
「ま、とにかく、また明日もやりますわよ!」

 そして翌日のことだった。
 昨日と同じ庭球場にやってきた一同。と、
「…あら?」
 滋乃が何かに気づいたか庭球場とはまったく違う方向を見ていた。
「久御山さん、どうしたの?」
「…あそこに誰か倒れておりませんか?」
 そして滋乃が指差す方向を見ると確かに滋乃の言うとおり人間の足らしきものが物陰から覗いていたのだ。
「…行ってみようよ!」
 巴の声に全員がうなずくと、4人はそこへ向かって駆け出していた。
「…!」
 思わず絶句する4人。
 そこには一人の女性が倒れていたからだ。
「…もしもし、もしもし!」
 一番近くにいた千鶴が話しかけるが、既にその女性が死んでいることは誰の目にも明らかだった。
   *
 やがて連絡を受けた長野県警の刑事達が現場に到着し、死体を運んでいった。
 巴たちも事情聴取を受けるために県警に呼ばれた。

「…というとあなた方は?」
「はい、御神楽探偵事務所の所員です」
「…ああ、あの東京で有名な…。いや、申し訳ありませんでした」
 どうやら一時的にでも長野県警の刑事は彼女達を容疑者と思っていたようだ。
「いえ、気にしてませんから…。それでなんですけどね、私達も捜査に協力させてもらえないでしょうか?」
「それは勿論喜んで。それでですね、被害者の女性なんですが…、皆さんと同じくここに避暑に来ていた女性のようですね」
「…そうですか…」
「死因は頸部を何か細い紐のようなもので絞められての窒息死のようですね。ただ…」
「ただ?」
「それらしい凶器が見つからないんですわ。それさえ見つかればいいんですがね…」
   *
 そして事情聴取が終わった4人は廊下に出た。
 丁度その頃。
「…皆さん大変でしたねえ…」
 聞き覚えのある声がした。
「あ、時人様!」
 そう、そこには御神楽探偵事務所所長である御神楽時人が来ていたのだ。
「先生、いつ来たんですか?」
「いえ、つい先ほどですよ。それでまず久御山くんの別荘に行ったんですが、誰もいなくて…。そしたら、久御山君の別荘の管理人、と言う人が来てここにいる、と言ってたので来てみたんですが…」
「…じゃあ、先生…」
「ええ。なにやら事件があったらしいことはそこにいた警官に聞きましたよ。それでですね。僕もまだ着いたばかりでよくわからないんでどんな事件だったのか教えていただけませんか?」
「はい。実はですね…」

「…なるほど、その被害者はなにやら細い紐のようなもので被害者は首を絞められていたようだ、と」
「…ええ。目撃者の話によると、昨日の夜現場近くで怪しい人影を見かけた、と言う証言があるらしいんですが…」
「証言が、ですか?」
「はい。何でもその女性と一緒に来ていた男性らしいんですが…」
「うーん…。それで警察は?」
「はい。その人を呼んで話を聞いてみると言ってましたが」
「そうですが。それじゃ僕たちも一緒に話を聞いてみましょう」

「…その男と言うのがですね、被害者と付き合っていた、と言う男で、最近は被害者と別れ話で揉めていたらしいんですわ」
 時人が自己紹介をすると、刑事は時人に今までの事件の経緯を話し、取調室で事情を聞いている、と言う男についても話した。
「…となると?」
「ええ、彼には動機が十分すぎるほどあるんですがね。いかんせん肝心の凶器が見つからないことには…」
「凶器、ですか?」
「ええ。ご存知と思いますが、被害者は首の辺りを何か細い紐で締められたようなんですが…。ヤツの荷物を見てみたんですけどね。それらしいものがないんですわ」
「ない…、と言いますと?」
「はあ、これなんですがね」
 と刑事が鞄とその中に入っていた荷物を時人の目の前に見せた。
「念のために被害者の荷物も調べてみたのですが、そっちの法もそれらしいものは見当たりませんでした」
 その話を聞きながら時人は刑事から借りた手袋をはめ、一つ一つ荷物を見ていった。
 着替え、下着、身の回りのもの等など…。確かに刑事の言うとおり細い紐状のようなものは見つからなかったのだ。
 その中で一つ、時人は気になるものを見つけた。
「…これはなんですか?」
そういうと時人は大きな袋のようなものを取り出した。
 中身を見てみると庭球のラケットがでてきた。
「…これは…」
「庭球のラケットですわね」
 滋乃が言う。
「ラケット?」
「…この前時人様にお話しませんでしたかしら? 庭球はラケットを使う競技だ、って」
「そういえばそうでしたね。…それにしても…」
時人はラケットのある一点に注目した。
「…どうしたんですの?」
「これを見てください」
そういうと時人が指差す。
見るとラケットの張り糸(注・ガットのこと)が1本切れていたのだ。
「…これ、張り糸が切れてますわね」
 滋乃が言う。
「…もしかして…」
「どうかなさいましたの?」
 時人は刑事に、
「…すみません。もう一度先ほどの荷物を見せていただけませんか?」
「ええ、構いませんよ」
 そして時人はもう一度男の持っていた荷物を見る。
「…やはり。もしかしたら…」
「先生…」
「ええ。凶器になりそうなのが見つかりましたよ」
「…それ、ってなんですか?」
「…これですよ!」
 そういうと時人はラケットの張り糸を切った。
「…こんなのが凶器になるんですか?」
 巴が言う。
「ええ。これを見てください」
 そういうと時人は何本にも張り糸を束ねる。
「見てください。一本ではそれ程の太さではありませんがこれを何本にも束ねればそう簡単には切れない紐になります。これならば立派な凶器になり得ますよ」
「…じゃあ、先生」
「ええ。おそらく犯人はその張り糸を何本か束ねて被害者の首を絞めたんです。刑事さん、その辺で彼に話を聞いてみたらどうでしょうか?」
   *
「そうですか、自供しましたか」
「ええ、これも先生のおかげです。有難うございました」
 翌日、被害者の連れである男性が恋愛感情のもつれから被害者を殺した、と自供したと言う報告を持って長野県警の刑事達が報告に訪れた。

「でも先生、何でラケットの張り糸に気がついたんですか?」
「いや、単純なことですよ。他に紐代わりになるようなものが見当たらなかっただけです。それでラケットを見て、もしかしたらこれかな、と思ったんですが。それに…」
「それに?」
「庭球に張り糸が切れたままのラケットを使う人はいないでしょう? それなのにあの男性の荷物の中には替え糸がなかったんですよ。それでもしかしたら、と思ったんですが」
   *
 そして事件が解決した後は御神楽探偵事務所は改めて5人で避暑を楽しむことになった。

「それでは時人様、行きますわよ」
 今日も庭球場に立っている面々。滋乃が時人に言う。
「了解。いいですよ、久御山君」
 そして滋乃がサービスをした。
 二、三回ラリーが続いた後、滋乃が返した球は時人の前方二、三メートルの所に飛んでいった。
「まずい!」
 次の瞬間、時人はラケットを放り投げた。
 球は放り投げたラケットに当たりはしたが、結局はあさっての方向に飛んでいってしまった。
「…」
 予想もしなかった時人のやり方に滋乃は茫然としてしまった。
「時人様ッ!」
「え? ラケットで打ち返せばいいんですよね?」
「だからって放り投げてはいけませんの! 野球だって自分の手の届かないところに球が
飛んできたからってバットを放り投げて打ちはしませんでしょ!」
「あ…。そ、そうでしたね」
「はあ…」
 滋乃は頭を抱えてしまった。
「軽井沢に避暑に来たのは失敗でしたかしら…」

(終わり)


(作者より)この作品は作者の開設している「ともゆきのホームページ」が「小説家になろう」のNW−SYSTEMを使って掲載していますが、「採点システム」は採用していません。
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