「あのさぁ、なにしてんの?」
春、高校2年になってはや1ヶ月。
外見も中身も平凡で、名前も伊藤卓也というありきたりな名前の俺。
勉強がズバ抜けてできるわけでもないし、スポーツが万能かといえばそうでもない。
いたって普通で、ノーマルな人間。
誰かが前俺に言った。
「あべれいじ」って名前だったら良かったのにな、と。
なんでだと聞き返すと、平均を英語で表すとaverageだからだと言う。
なるほど、なんて妙に納得してしまう自分がいた。
「なにって、風に涼んでるのよ」
学校へ行く途中、川原の側の芝生で気持ちよさそうに寝っ転がってる同じクラスの女子を見つけた。
「そうじゃなくて。学校」
「あなたこそ」
「俺は寝坊しただけ。ほら、行くぞ」
俺が手を差し出すと、彼女はそっぽを向いて「ほっといてよ」と言った。
意味がわからない俺は、女子の腕を掴んだ。
「なに行ってんだよ。お前ずっとズル休みしてんだな?!」
そう、新学期になったというのにこいつはまだ5回くらいしか学校に来てない。
体が弱いのかと思っていたけど、周りのみんなはそんなことはないはずだけど…と言葉を濁らす。
「…良いじゃん、別に。迷惑かけてないでしょ?」
「そりゃまぁ、そうだけど…」
「だったら」
「でも、気になるだろ!」
少し声を上げて言うと、女子は驚いた顔をした。
あ、しまったと思いながら、女子の腕を放す。
俺は寝っ転がってる女子の隣に腰をおろし、あぐらをかいた。
「ちょっと、良いの?学校は」
女子は少しだけ心配そうに、ムクッと起き上がりながら言った。
茶色い長い髪が風になびいていて、とても綺麗。
顔立ちもよく見ると整っている。
「なんで学校行かないの?」
一途な目で彼女を見ると、彼女はふぅ…とため息をついた。
そして重々しく瞳を閉じて、小さな声で言う。
「…もう、行く意味なくなっちゃったもん」
いまいち理由が分からなかったけど、その重い雰囲気の中もっと詮索しようという気にはなれなかった。
なにか訳がある。
直感的に俺はそう思った。
しばらく沈黙が続く。
彼女はこれ以上なにも言いそうにない様子。
「…分かった!」
俺はその場でスクッと立ち上がる。
ズボンについた葉っぱをはたいて、右手を拳にして胸に当てながら彼女に叫んだ。
「行く理由がないならつくれば良い。俺に会いに来い!俺に会いに学校に来いよ」
俺の突然の言葉にびっくりしたのか、口をポカンと開け、彼女は「な、なに言ってんの?」とまじまじと言う。
俺もなんでこんなことしてるのか分からない。
去年も違うクラスだったし、別に縁があるというわけでもない。
話すのだってこれが初めてだ。
なのに、平凡でノーマルな俺がこんなこと言うなんて自分でも信じられない。
「だから、俺だけのために来れば良いんだよ。な?」
けど、いつの間にか口が勝手にそう言っていた。
俺は再び手を差し出した。
彼女の手がゆっくりと俺の手に近づく。
「もう…。勝手なんだから」
そう言った彼女の顔は、切なく儚く、けれど少しだけ微笑んでいた。
***************
「キャー!卓也もっとはやくこいでーっ!」
「やかましわ!」
朝、俺が必死に坂道をチャリで走ってるとき、二台に乗ってる依が楽しそうにはしゃいでいる。
学校に着いた頃にはもうヘトヘトになる。
けど、依が嬉しそうにありがとって微笑むもんだから、まぁ良いか…って思ってしまうんだ。
依と出会ってからもう2週間。
依は俺との約束通りしっかり毎日学校へ来て、勝手に早退することもなく学校生活を過ごしている。
担任は半泣きしながら喜んだ。
電話をしても直接言い聞かせてもダメだったのに、よくやってくれたと。
依と昨日の歌番の話をしながら教室へ入っていく。
「うーす」
「おっはよ〜」
俺らが入ると、みんなして俺らをからかう。
「よーっ!今日も熱いねぇ」
「ご両人とうちゃ〜く!」
みんなって言っても、男子だけなんだけど。
依は綺麗な身なりだから、普通の俺と一緒にいることがどうやら不思議らしい。
初めて一緒に登校したときには盛大に騒がれた。
依が学校に来てなかったのにちゃんと来るようになった理由、そして俺と一緒にいる理由をクラスの奴らは知りたがったが、「良いじゃんよ、別に」と俺ははらいのけた。
「うっせーな、朝っぱらから」
俺が男子たちにそう言うと、男子たちは「またまた〜照れるなって」と言う。
俺はこんなやり取りがめんどくさくてしょうがないけど、依は楽しそうに眺めて笑ってるんだ。
依は同じクラスに去年同じクラスだった友達がいなかったけど、どんどん友達が増えていった。
もともと明るい性格だったからか、みんなから好かれている。
みんなは聞きたがる。
俺と依のこと。
そして依が学校に来なかったこと。
俺らは別に付き合ってるわけではない。
けど、登下校は俺はチャリで送迎して、昼飯を一緒に食う。
依の過去のことなんかは全然知らない。
触れてはいけないような気がして、その話題は避けている。
でも、前は前だし今はちゃんと学校来てるから良いかって思うんだ。
授業が終わり、清掃も終わる。
いつもは長い担任のHRの話も、珍しく短かった。
放課後になって、帰宅部の俺と依はいつものように一緒に帰る。
依はゲーセンに行きたいと言い出したから、寄っていくことにした。
男同士でならけっこう来るけど、女と来たのは初めてだった。
UFOキャッチャーがしたいのかと思いきや、依は太鼓の達人がやりたいと言い出した。
女でもそんなのやるのか、と正直ちょっと驚いた。
「うーーわ〜〜〜〜!まじかよ!!」
「やーったぁ!総合であたしの勝ちぃ!」
太鼓なら俺だってけっこう自信あったのに、依は俺以上に上手かった。
むきになってやっていたら熱くなって、ブレザーを脱いでカバンにしまった。
「お前学校サボってゲーセンでも来てたんじゃねぇの?」
「失礼な」
そのあともいろんなゲームをして遊んだ。
シューティングや音ゲー、マリオカートとかもやったけど、やっぱり依は俺と互角だった。
UFOキャッチャーでウサギのぬいぐるみを見つけた依は、「可愛い〜」と欲しそうな顔をしている。
「良いなぁ。あたしこれだけはダメなんだよねぇ」
そう言いながら、それでも欲しそうな顔をしている依がなんだか愛しく思えた。
女らしいところがあるんだな、と思った。
「どれ欲しいの?」
「え」
俺はUFOキャッチャーをのぞき込んだ。
「とってやるよ。どれが良い?」
「良いの?んとね、あのピンクで笑ってるやつ!」
「オッケー」
財布から200円出して、金を入れた。
初めは横に移動し、次に縦に移動。
そして回転させて依が欲しがってるウサギのとこに持ってく。
上手くひっかかり、ウサギはハサミにはさまれて入れ穴まで運ばれる。
ハサミが開き、ウサギは台の下から顔を出す。
「うっそー!すごぉい卓也!」
依は嬉しそうにウサギを取り出し、抱きかかえた。
「これ得意なんだ。いつでもやってやるよ」
「ありがとう!あ、そだ。お金…」
依はカバンの中をゴソゴソとあさる。
「良いよ、金なんて。やるよ」
「え?でも…」
「良いって良いって」
俺がそう笑うと、依は可愛らしい笑顔をしながらまたありがとうとお礼を言う。
不覚にもドキッとしてしまった。
そろそろ帰ろうか、と言うと依は最後にプリクラを撮りたいと言った。
「え〜、やだよ。恥ずかしい」と言うと依は「楽しいよ」と言いながら俺の手をグイグイ引っ張った。
依に誘導されるがままプリクラ機の中に入る。
フレームどうする?と聞かれたから全部依に任せる、と答えた。
依は慣れているように素早く選択していく。
「ほら、卓也、カメラあそこだよ」
「へーへー」
依が指差したほうを見、数秒するとカシャッと音がした。
依は撮れた写真を見て「卓也笑ってないじゃーん!」とプンプン怒った。
その1回だけかと思っていたら、10回くらいカメラで撮るようだ。
最初は本当に恥ずかしかったけど、慣れてくると楽しくなってピースしたり変なポーズをしたりと遊んだ。
依は「ね、楽しいでしょ?」と笑った。
最後の1回になって、最後だしどうしようかと依に言うと、依は「じゃ普通にしてて」と言ったから、とりあえず言われた通り普通にした。
すると、依は俺の頬にキスをし、その瞬間カシャッとカメラ音が鳴った。
「なっ…」
「えへへ、ご愛嬌」
語尾にハートマークを付けながら依は舌をベッと出して言った。
顔が赤くなるのを感じて、見られないようにさっさと機械から出る。
卓也は一緒に落書きしないの?と依が言ったけど、俺は良いと言い、依が終わるのを待っている。
…本当、なに考えてんだか。
そういえば依と恋とかの話したことなかったな。
好きな奴いるのかとか、そういうの。
でももしいたらこんな風に俺と遊んだりしないよなぁ。
てか、茶髪って校則違反なのにどうして依って黙認されてるんだろ。
最近はピアスも開けてるぞ。
うちの高校公立だしそういう違反してるのってギャル系とかド派手な奴らだけなんだよな。
そんなことを考えていると、依が出てきた。
出来上がったプリクラをハサミで2等分に分け、半分を俺に渡した。
女の子が書くような丸文字で落書きされてあって、すごく華やかになっている。
俺はプリクラをカバンにしまう。
「じゃ、いこっか」
依の家は俺んちと高校の真ん中辺りにある。
とは言っても、普通のルートで行けば15分くらいで学校に着けるけど依んちに寄ってくと別のルートから行くことになって、少しだけ時間が余分にかかるんだ。
まぁそれでも10分くらい増えるだけなんだけど。
いつものように2ケツをしてチャリをこぎ、たわいもない話をしていると25分なんてあっという間。
依を家の前で下ろす。
「じゃあまた明日ね」
依はそう言いながら手を振る。
「?お前どうした?」
少し依に違和感を感じた。
顔が赤くなっていて、軽く手で胸を押さえている。
汗もかいているようだ。
「熱?苦しいのか?」
依のおでこに触れようとすると、依はその場で崩れ落ちた。
はぁはぁと苦しそうにする依。
「依?!大丈夫か?!」
急いでチャリから降り、依を起き上がらせようとする。
かなり苦しそうな様子。
医者を呼ぼうとすると、依は「いい…」と精一杯言った。
でも…としぶると、依は弱弱しくスカートのポケットから薬を出して俺に見せた。
「持病……だから…飲め…ば…治まる…」
「持病…?よし、分かった!」
とにかく依を依んちの家の中に運び、依の部屋のベッドに寝かせた。
そして台所に行ってコップに1杯水を入れて、急いで依の部屋へと戻る。
「依、水持って来たぞ。飲めるか?」
「う…」
見るからに飲めなさそうな状況。
けど、飲まないとヤバイんだよな?これ…
俺はさっき渡された依の薬を自分の口に入れ、水を含む。
そして依に近づいて、口うつしで薬を飲ませた。
「依、ちゃんと飲めよ」
しばらくすると、依は落ち着いた風になって、スースーと落ち着いたように眠りだした。
これでたぶん一安心…だと思う。
それにしても持病って、俺そんなの知らねぇぞ。
だって今まであんなに元気にしてたのに。
そんなことを悶々と考えていると、ただいまーという声がした。
おばさんが帰ってきた。
俺は依の部屋から出て、おばさんのとこへ行った。
「あ、やっぱり卓也くん。外に自転車があるからそうだと思ったのよ」
依に似て美人。
いや、おばさんに依が似たのか。
「あの…」
俺はオズオズしながら話した。
「依が倒れたんです。持病の薬を飲ませて今は落ち着いてますが…」
「え?!依が?!」
おばさんは買い物したものを置いて、依の部屋にかけつけた。
依が安眠しているのを見てホッとしたのか、フー…と息をもらした。
「あの、…すいません!」
俺は頭を下げた。
「依が体弱いっての知らないのに、今日俺依をゲーセンに連れてって…たぶんけっこう体力使ったんだと思います」
知らなかった、じゃすまされない。
もっと無茶させてたら危なかったかもしれない。
知らなかったなんて言い訳にならない。
頭を下げてる俺に、依のおばさんは言った。
「良いのよ卓也くん。大丈夫みたいだから」
「でも…」
「あのね、依卓也くんと知り合ってから毎日が楽しそうなの。依が楽しそうだから私も嬉しいのよ」
おばさんの目には少しだけ涙が浮かんでいた。
おばさんは口を手で押さえ、泣くのをグッと我慢している。
「だから卓也くん。これからも依を…お願いね」
なにかある。
依が学校に来てなかったのは、この持病となにか関係があるのか?
そう思ったけど、おばさんには聞かなかった。
依が自分で話してくるのを待つ。
今まで言わなかったのも、きっと俺を心配させないためなんだ。
やさしい奴だから、言えなかったんだと思う。
「…はい」
俺はお辞儀をして、カバンを持って「じゃあ俺帰ります。依をお願いします」と言って依の部屋から出て行った。
爽快にチャリを走らせているときも、家に着いたあとも自分の部屋のベッドで寝ながら、ずっと依のことを考えていた。
なんの病気だろうか。
それは治らないのか。
…依は死なないのか。
縁起でもないけど、考えてしまうんだ。
だって、怖いんだ。
依がいなくなってしまうことが。
依がいなくなったら俺は1人で登下校しなきゃいけない。
飯だって前のように男友達と食うことになる。
一緒に遊んだりできなくなる。
いや、そんなことじゃない。
ただ、依を失うことが嫌なんだ。
まだ仲良くなって2週間だけど、こんなにも欠かせない存在なんだ。
あの可愛い笑顔がなくなることが、こんなにも不安なんだ。
依…
****************
「おっそいじゃん卓也〜」
いつもより10分遅れて依を迎えに行った俺に、依はプンプンと怒りながら言った。
「わりわり。それよかはよ乗れ、遅刻すっぞ」
昨日結局あのまま寝てしまって、朝急いでシャワー浴びていたら遅れた。
俺に催促された依は二台に乗り、俺もチャリを走らせる。
なめらかな平坦。
いつもは盛り上がってる時間。
けれど今日は沈黙が続いている。
「…昨日は大丈夫だったか?」
「うん…。ごめんね、面倒かけて」
「全然。良くなったなら良かったよ」
そしてまた沈黙。
依はなにか言おうとして、けどやめる…学校に着くまで何回かその繰り返しだった。
俺に言おうとしているのは分かる。
けど、言えないんだろう。
俺だって無理強いしてまで言ってほしくはない。
ただ…依が大丈夫ならそれだけで良い。
「なにかあったらすぐ俺に言えよ」
学校に着いてチャリから降りるとき、一言だけそう言った。
依は小さな声でありがとう、とそれだけ言った。
それ以後も普通に今まで通り一緒に登下校したり、放課後や休日遊んだりした。
もちろん無理はさせない程度に。
依の友達だって依が持病もってることを知らない。
知ってるのは俺だけだったから、できるだけ依に不自由させないように勤めた。
周りからは公認のカップルと言われるようになった。
さすがにずっと一緒にいるもんだから、もう男子たちもからかわなくなってきた。
依が倒れた日から、月日は経って梅雨が明けた頃の放課後、せっかく久しぶりに晴れたんだし川原にでも行こうと依を誘った。
依も快く賛成した。
チャリで川原まで行き、芝生に2人で寝っ転がった。
初夏がきているせいもあって、太陽がサンサンとしていて眩しい。
今年も夏が来る。
「そういえば、初めて会ったときもこうしてたな」
「あはは、そうだねぇ。あのときなんだこいつって本気で思ったよ」
「俺もー。なんで自分があんなことしたんだから分かんないんだよなー」
ぶっちゃけ名前すら知らなかったんだ。
人の名前覚えるの苦手だし、ましてやしゃべったことない奴なんて覚えられるはずがない。
知り合った日、いろんなことを知った。
柊依
秋生まれでA型。
兄弟はいなくて、好きなものはイチゴミルク。
ただ今でも知らないのは、将来の道。
進路希望調査の紙も出していないと、こっそり担任から聞いた。
「分かんないのに側にいてくれたんだ」
依はニッコリ笑った。
「嫌だった?」
「ううん、嬉しかった。でもなんで?」
「ん?」
「なんでここまで良くしてくれるの?」
唐突な依の質問。
そんなの、考えなくても分かる。
俺がわざわざ10分長くチャリこいでいるのも、学校でもずっと一緒にいるのも、放課後や休日まで隣にいるのも
答えは決まってる。
「依が好きだから」
久々に見る青空を見上げながら、澄んだ声でそう言った。
依がどんな顔をしているのか気になったけど、なんとなく恥ずかしくて見れない。
「…あたしね、恋してみたかったんだ」
そう言った依を横目で見ると、依も俺と同じようによく晴れた空を見上げている。
時折眩しそうに目をつぶるんだ。
「小さい頃からこの持病のせいで、昔は満足に学校行けなかった。大きくなるにつれて普通に学校も行けるようになって…」
「持病って…」
「心臓。でも薬飲めば治まる」
初めて知る依の病気。
「みんなと一緒にずっと学校行きたかった。ようやくその夢が叶って……授業受けれて、友達とワイワできて」
「…うん」
「だから、最後に恋がしたかったの」
最後?
最後ってどういう意味だ?
そこが少し引っかかったけど、俺は起き上がって依の手をギュッと握った。
「じゃあ、俺と恋しよう」
依も起き上がってきた。
顔が近くて少しドキドキしたけど、俺はいつになく真剣だった。
「もう…とっくにあたしの最後の夢は叶ってたよ」
少しだけ涙目になっている依は、至福のスマイルをした。
そのとき、張り詰めていた糸が切れたように、俺は依にキスをした。
川瀬のさざれ波が俺たちを祝福しているかのようだった。
唇を離したあと、依は言った。
「…卓也がいてくれて良かった」
「これからもずっといるよ」
こんな幸せが、永遠に続くのだと思っていた。
「あーっち〜…」
夏休みに入って、本格的に暑くなってきた。
扇風機にあたりながら、テレビを見ている。
夏休みになってからも、依と会っている。
4日前も映画へ行ったばかりだ。
「卓也ー、手紙来てるわよ」
母さんが部屋に入ってきて、俺に手渡した。
「手紙ぃ?」
伊藤卓也様と書かれた、送り主の名前がない封筒。
母さんは俺に渡してさっさと出て行った。
封筒を開けると、見覚えのある文字。
依だ。
「なんだよ依の奴、言いたいことならメールで………」
メールで言えば良いのに、そう言おうとする俺の言葉が止まる。
手紙を持っている俺の手がカタカタと震える。
卓也へ。
手紙でごめんね。
でも直接はきっと言えないから許してね。
あたし、もうダメなんだ。
去年の春休み前にお医者様に夏まで生きれないって言われたの。
卓也と最後に遊んだ日、その日の夜から入院しています。
「嘘…だろ。だって、またなって…また遊ぼうなって手ぇ振ったじゃん…っ…」
もう長くないって分かって
2年生に進級してもすぐに死ぬから
学校なんて行っても意味ないって思った。
夢も希望もなくて…
でも、卓也に出会えた。
卓也はあたしと恋してくれた。
最高に嬉しかった。
幸せな日々…いつまでも続けば良いって思った。
卓也、あたしのことは忘れないでください。
いつまでも卓也の心の奥に閉まっておいて。
でも、新しい恋をして。
いつまでもあたしに縛られないで。
卓也の幸せを祈っています。
「ごめんね、ありがとう。大好きだよ、卓也。………なんでっ…依!」
手紙をくしゃっと握り、そのまま玄関へ急いで向かって、病院までチャリを走らせた。
吹き出る汗を気にせず、とにかく風よりもはやく走ろうと必死にペダルをこぐ。
依が死ぬなんて、そんなことありえない。
そばにいるって、約束したんだ。
依以外の女なんて考えられるわけないだろ…!
俺だって大好きだ。
だから…だから、どうか…間に合ってくれ。
病院につき駐輪場にチャリを置いてカウンターに行き依の病室を聞いた。
けど今危篤状態らしく、教えてくれない。
家族しかダメだと言う。
俺は病院の中を走り、患者に聞いて回り医者や看護師が慌しくしている病室があり、そこへ向かった。
走って行くと、おばさんが泣きながら叫び、依に近づこうとする。
それを必死に止めるおじさん。
医者たちが懸命に依を助けようとしている。
「おじさん…依、依は……」
「ああ、卓也くん…さっき君に電話したとこだったよ。依は意識が戻らなくて…っ……」
おじさんは目を押さえている。
泣こうとしているのを堪えている。
電話…ああ、そうか、行き違いになったのか。
医者と看護師の必死の治療。
「…う……」
かすかだが、依の声がした。
意識が戻った。
「先生!意識が戻りました!」
「よし、じゃあ次は……」
医者らがなにかしようとしているのをよそに、依は最後の力を振り絞った。
「おと…さ……おかあ…さ……」
依の懸命の呼びかけにおじさんとおばさんは看護師の手を振りほどき、依のそばへ駆け寄った。
後ろに俺も付いていく。
苦しそうな依。
きっとしゃべるのだって辛いはず。
「今…までありが…とね。あ…たし、幸せ…だ…たよ。ふた…り…とも、だい…すき」
「依ぃ!!」
「依、しっかりしろ!父さんも母さんも依のこと愛してる!!」
おばさんとおじさんは声を上げた。
「よ…り」
俺は言葉にならない声を出す。
依が目の前にいる。
生きている依が、まだ前にいる。
「依っ、俺だ!分かるか?!卓也だ!」
おじさんたちの後ろから声を出すと、依は「たく……?」と弱弱しい声を出した。
「そうだ!手紙、読んだ!!」
おじさんは俺に、どうか依の手を取ってくれと泣きながら言った。
俺はすぐさま依に近寄り、手をギュッと握る。
温かい。
人のぬくもりがある。
「きい…て、卓也……あ、たし…ほんと…楽しかった…の」
「ああ、ああ!」
「あたしの人生…もう終わ…てる…て思ってた……けど、そ…なこと…なかった」
「そうだよ!お前の人生最高だった!俺が保証する!」
どうして
どうして…
どうして……!!!!!!
どうして依がこんな目にあわなくちゃいけないんだ。
あんなにも楽しそうで、嬉しそうで…
がんばってたのに。
神様は不公平だ。
「しあ…わせに…な…て」
「依!」
依の目から涙が溢れ出す。
「依!待て!待ってくれ!!俺っ…!」
死なないでくれ。
どうか、ずっと側にいてくれ。
それだけで良い
それだけで良いのにっ…
けど、そんなこと言えない。
依は苦しいのに必死に俺に伝えようとしているんだ。
グッと堪えていた涙が、次々に頬に垂れ流れる。
「…依、愛してる。お前のこと愛してるから!」
精一杯そう言うと、依は微笑んだ。
苦しそうに息を切らしながら、それでも微笑んだんだ。
「あ…たしも」
「依、よくがんばってくれた」
よく俺が来るまで耐えてくれた。
辛かっただろ。
苦しかっただろ。
俺、なにも知らなくてごめんな。
でも、俺のお前への気持ちは揺ぎ無いものだ。
「ありがとう…依」
俺は依の手を握っている手に力を込めた。
キュ…と、かすかに依も握り返した。
「あたし…の…ぶん…まで……生き…て」
最後にそう言って、依は目を閉じた。
ピッピッと鳴っていた機械が、ピーと鳴った。
心臓が止まった…音。
もう俺の手を握り返してはくれない。
俺の声に反応してくれない。
もう、俺に笑いかけてくれない…
「依……依…」
後ろでおじさんとおばさんの泣き叫ぶ声。
なんで俺を置いて逝ってしまったんだ、なんて言わないよ。
「俺と生きてくれて…ありがとう」
もう息のない依に向かって、微笑みかけた。
服にどんどん涙が落ちて浸透していく。
医者が死亡時間を言っている。
最後に俺は、依の口についてる機械のようなものを外し、依の唇にキスをした。
最後のキス。
もう、触れることのない唇。
俺はお前のことを忘れない。
「おーい卓也〜、どこ行くの?」
「んー、ちょっと」
依が死んでからもう3ヶ月経つ。
依の葬式にはクラスの奴とかがいっぱい来て、それで泣いてたんだぞ。
お前、みんなから愛されてたんだ。
「えー?なんだよ卓也ぁ」
隆をあとに、俺はさっさと学校を出る。
「おい隆、今日はあの日だろ」
「え?…あっ、そうか!」
「ったくお前はー」
途中で花屋に寄って花を買い、チャリでスイスイ走る。
もう秋に入ってるんだよな。
ほんとならもうちょっとでお前の誕生日だったのに。
向かった先は、依の墓場。
3度目の訪れ。
水をかけ、花を添える。
「依、お前が死んでから丁度3ヶ月だな」
墓前にしゃがみこんで手を合わせる。
「毎日楽しくやってるよ。そりゃお前がいなくてやっぱ寂しいけどさ、でも約束だもんな」
依の最後の約束。
絶対に破るわけにはいかない。
お前なしで幸せになれるかなんて分からない。
けど、依が望んでるから俺がんばるよ。
お前に出会うまでは平凡すぎた俺の毎日。
半年間だったけど、人生で一番楽しい時間だった。
今までも、そしてこれからも。
しっかりと手を合わせたあと、スクッと立ち上がった。
「誕生日にはケーキ持ってくるよ。あ、溶けんのかな?」
もうすっかり独り言が身についてしまった。
ま、そんな自分もありかな。
依のためについた癖なら逆にありがたい。
俺は墓前を背に、歩き出す。
月日は流れてまた夏が来て、きっとお前のことを思い出す。
泣くかもしれないけど、でもしっかり受け止めるよ。
お前と撮ったプリクラ携帯に貼って、いつでも持ってる。
お前がいたという事実をなくさないために。
写真の中で頬にキスしてくれたお前が、いつでも俺のことを見ていてくれるよな。
だから俺は前へ進めるんだ。
俺は、お前の分まで
生きる。
fin |