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飛んできた竜が落ちて、わたしは

作者:菜宮 雪
 海に近い高台にあるその村には、古くから伝えられていたことがあった。
【竜にかかわると呪われる】と。

 ◇

 家の外がさわがしい。村のみんなが大声でさわいでいたから、わたしも家から出て、半島の先にある崖の上の広場へ行き、空を見上げた。
 ここから見下ろせる海はふだんと何も変わらないけれど、上を見れば いつもとはちょっと違った。青空を筆でなでたような白い雲のすきまに、大きな鳥が飛んでいた。
 ――と思ったら、鳥じゃないみたい。
 首もしっぽも長くて、それがクネクネ動いている。ヘビみたいな体。でも違う。小さめの手足がおまけのようについている。頭から首にかけて、たてがみみたいなふわふわした毛が見える。青っぽい胴体の真ん中あたりには、白い羽が広がっていた。
 あんなちっちゃい羽でどうして空を飛べるんだろう。細い体は村にある一番高い木よりも、きっと長くて、とても重そうだけど、不思議と空から落ちてこない。

 わたしは、そこに集まっている村のみんなといっしょに空を見上げ続けた。
「おじさん、あれって竜?」
 わたしのとなりに立っている近所のおじさんに聞いてみた。
「ミサラは見たのは初めてか。竜が来るなんてめずらしいことだ。前に竜が来たのはおじさんがまだ子供のころだったからな」
 そこへやってきた村の長老は、しわができているまゆげの間にもっと深いしわを作り、かすれた声で叫んだ。
「これはいかん。また竜が来たとなれば外にいては危険じゃ。竜が起こす風で家がこわされてしまう。みな、すぐに家に入るのじゃ」
 長老の声に、みんなはあわてて自分の家に向かって走り出した。
 わたしも走っているうちに、なにか、キーンとした高く細いいやな音が聞こえた、と思ったら、家に入る前に急に空が暗くなって。
 あっ、という間もなく体が浮いた。

 気が付いたら、わたしは地面にたおれていた。
 まわりで一緒に竜を見上げていた人たちも同じ。
 みんなでお昼寝……ではなくて、みんなをそこにてきとうにばらまいたように人があちこちにころがっていた。
「いたたた……」
 わたしはすりむいてしまったひざを気にしながら立ち上がった。
「ミサラ!」
 お母さんが心配そうにかけよってくる。いっしょに竜を見ていたお母さんの服は泥だらけになっていて、お母さんも風で飛ばされたんだとわかった。
「ミサラ、けがは?」
「おひざだけ。お母さんは?」
「大丈夫よ、ちょっと服が汚れちゃったけど」
 みんな、その辺にごろごろ転がっていて、それぞれに、いたいところを押さえてうめきながら起き上がる。
 動けない人はひとりもいなかったからよかった。
 でも、ころがっていたのは、人だけではなかった。

 海の方を見下ろすと、青く長い竜が、砂浜でうねうねと動いているのが遠目に見える。長い体の半分ぐらいが海につかっていた。
「大変だ、竜が! 竜が落ちた」
「見ろ、竜の首にでっかい矢が刺さっているぞ。だれかが竜笛を吹いて竜をおびきよせて射落としたらしい。ああ、この村はもう終わりだ。竜の呪いがかかってしまう」
 浜でのたうちまわっていた竜は、みるみる動きが弱くなって、苦しそうなほえ声を上げると急に動かなくなった。
「ねえ、お母さん、竜……死んじゃったの?」
「ミサラ、見ちゃだめよ。呪われるといけないからすぐに家に入りましょう」
 お母さんはわたしの手を引いて家へ向かおうとする。わたしの周りにいた村の他の人も同じように動き出した。
 わたしは竜をもう一度だけ見たくて、振り返ったら、死体になってしまった竜に近づいて行く人の姿が見えた。
 みんなもその人に気が付いたみたいで、指を差している村の人もいる。
「あの男が竜をやったのか? どこのだれだ、あれは。ずいぶんと大きなやつだな」
 竜をたおした人のことは、ここにいるだれも知らないみたいだった。村の人ではなさそう。
 その大きく見える人は、高台の上から見ていたわたしたちに気が付き、大きく手を振った。
 どう見てもわたしたちを呼んでいる。
 お母さんはわたしの手をぐい、と強く引いた。
「ミサラ、行きましょう。呪いがかからないうちに」
「ねえ、あの人、わたしたちを呼んでいるよ」
「放っておけばいいの。そのうちにあの人に竜の呪いがかかるから、相手をしてはだめ」
「呪いってどうなるの?」
「さあ……お母さんにはよくわからないけど、昔からそう伝えられてきているのだから、従った方がいいのよ」
 また、竜のそばの人が手を振って、なにか叫んでいる。
『いっしょに―――』
「お母さん、あの人、なんか言っている。話があるみたい。あそこまで行った方が……」
 お母さんはとても怖い顔になった。
「ミサラ! とんでもない。どこのだれかわからないし、竜を殺すような恐ろしい人間に近寄るなんて危ないでしょう。呪われるととりかえしがつかないことになるらしいわ。だから早く帰りましょうね。あの男の人だって、呪われて死んでしまうかも」
「えっ、あの人も竜みたいに死んじゃうの? どうして?」
「しつこいわよ、ミサラ」
 お母さんはものすごく早口で返事をした。
「だから、それはお母さんにはわからないけど、そういうこともあるかもしれないから、竜を見ていてはいけないってさっきから言っているでしょう」
 お母さんに逆らって竜を見ていることは無理だった。わたしは家に入って、その日は家から一歩も出られなかった。


 その夜、すごく遅い時間に、わたしはこっそり家をぬけだした。
 お母さんに怒られることはわかっていたけれど、どうしてもあの竜と、竜を殺した人のことが気になっていた。竜をたおすような強い人が、本当に呪いで死んでしまうことがあるのかどうかが知りたい。
 月明かりしかなくても海辺まではよく知った道。細い坂道を下って行くと、竜が死んだ砂浜へは簡単にたどり着けた。
 浜に出る前に木の陰に隠れ、たおれている竜の方を見ると、竜をたおした大きな人は、竜のすぐ横でたき火をして、あかりにしながら、鼻歌まじりに竜のうろこをナイフではいでいた。竜の太い体は、いくつものたるをならべたように輪切りになって並んでいる。
 その人の足元には、すでにはいだ竜のうろこがたくさん置かれていて、たき火では肉が焼かれていた。

 あれは竜の肉? 
 そんなことしていいの?

 その人は普通に作業をしていて、呪いにかかっているようには見えない。

 どうして呪いはあの人にはかからないの?
 それとも、今から呪いがだんだんとやってくるの?

 ふっ、とその人が振り返り、こちらを見た。わたしは身をちぢめる。暗いからみつからないと思うけど。
 でも、見つかっちゃったらしい。愛想よく声をかけてきた。
「おお、いいところに来たな。村の人はさそったのにだれも来なかったから、残念だと思っていたところだ。来いよ、おれひとりではえものは大きすぎる。ん? まだこどもか?」
 わたしは動くことができず、木の陰で息をひそめたままでいると、向こうから近づいて来た。
 竜殺しの人は、手を伸ばせばさわれるほどわたしの近くまで来て、たいまつで私の顔を照らした。
「女の子? そう怖がらなくていいよ。悪い竜は退治した。これでしばらくは大風が起こることもないから安心して漁に出られる」
 わたしはその人をしっかり見あげた。巨人、というほどでもないけれど、とても背が高い男の人だった。お父さんよりも頭一つ分ぐらい大きいと思った。
 たいまつに照らされたその顔は、思った以上に若くてしわもなく、短く切った髪は闇の中で黒っぽく見えた。まゆげが太く、大きな目。肩や腕は、服の上からでもしっかりした筋肉がついていて太いとわかる。
 わたしは小さな声で聞いてみた。
「おじさんはどうして呪われないの?」
 男は声を出して笑った。
「ははは、呪いだって? それは迷信ってやつさ。それから、おじさん扱いとはひどいなあ。おれ、まだ十八だから」
「えっ」
 わたしと四つしか違わない。もっとずっと年上のおじさんかと思ったのに。
 わたしはすぐに頭を下げてあやまった。
「すみませんでした。あのう、教えてください。村のみんなが、竜を見るだけで呪われるって言っているのに、本当に大丈夫なんですか?」
「おれが呪われているように見える?」
 彼は両手を広げて笑って見せた。白い歯が見えた。
「いいえ……」
「竜はいつの時代でも人の争いの元になってきた。このうろこ一枚でも高級品だ。それだけじゃなくて、どんな手を使ってもこの肉を手に入れたいと思うやつは世の中には多くいるからな、むだな争いにならないように、ありもしない竜の呪いの話が広まっているだけさ」
「そう……なのですか?」
「それに、みんなが竜を欲しがって倒しすぎると、竜がいなくなってしまうだろう? だから呪いとかの話を広めておいて、竜をとろうとするやつの数を減らしている、ということもあるんだ。おれはずっと竜をたおしてお金を稼いで生活している」
「竜を、殺して?」
「ああ。こいつは竜としてはまだ小さいけど、これでも一年ぐらい暮らせるだけの金になる。だから、おれとしては、竜狩りを仕事にしているやつは少ない方がいい。呪いはとてもいい迷信だ。本当は呪いなんてありはしないよ。おれは一度もそんな呪いにかかったことはない」
 彼はわたしを連れてたき火のところへ戻り、焼いていた竜の肉をわたしに差し出した。
「ほら、食え。うまいぞ。村の人にも分けてあげようと思ったのに、だれも出てこないから残念だな」
「だって、呪いが」
「だからさ、そんなものないって。まあ食ってみろよ。呪いの話が本当かどうかすぐにわかる。遠慮するな」
 彼は焼きたての竜肉が刺さった棒をわたしにくれた。
「ありがとう。あの……わたし、ミサラって言うの。そこの村のミサラ」
「おれの名はヤーム。ここからずっと東の国から船で来た。じいちゃんの代から竜をたおして暮らしているんだ。今じゃあ、じいちゃんもおやじも死んじまったけど」
 わたしがだまっていると、彼は続けた。
「船は向こうの入り江に置いてあるんだ。明日、船をここへ持って来て竜を運ぶから食べるなら今のうち。熱いうちに食いな。大丈夫、呪いなんてない。ただし、食べすぎるなよ。おれは小さい時から竜肉食っているからなんともないけど、たまに竜肉に当たるやつがいるからな」
「そ、そう?」
 わたしは竜肉のおいしそうな香りにつられ、覚悟を決めて肉に口を付けた。呪いなんてないという言葉を信じて。
 口の中で肉汁があふれ出た。
「おいしい!」
「だろ? その場で食べない分は切り分けて干し肉にするけど、こうやって捕りたてを焼くのが一番うまい」
 わたしは夢中になって肉にかじりついた。食べたことがない味だった。肉には脂がのって、かみしめるたびに口の中で溶けるような感じがする。これはどんな高級な魚よりもおいしいかもしれない。呪いなんてうそだった。
 あまりのおいしさにもう一本焼いてもらった。
 彼も肉をほおばっている。この人に対する恐怖は全然感じない。おいしいものをいっしょに食べていて楽しい。お母さんにも食べさせてあげたい。
 ――村のみんなをここへ呼んできてもいい?
 そうたずねようと思ったけれど。
「あっ……」
 突然、わたしの体が熱を持ち始めた。
 手が痛い。
 手が。私の手が。手だけじゃない。背中とか、足も。体全部が痛い。
 指がのびて、青黒くなった手が大きくなって、鋭い爪が生えてきた。背中は服を突き破って羽が飛び出す。

 なにこれ?
 わたし……わたしは。

 そして、わたしは今まで味わったこともない気分の高まりに身をまかせ、空へ飛びだしていた。
 わたし、竜肉を食べたから竜になってしまった?

 いつの間にか竜になったヤームが、わたしのあとを追って、空をいっしょに飛んでいる。わたし、空を飛んでいるの。お友達の竜といっしょになって。時々、羽やしっぽがふれあう。それもドキドキしていい。
 最高の気分。家が、村が、おもちゃみたいに小さくなって。
 そうか……竜を食べると自分が竜になってしまう、それがきっと村に伝わる呪いの正体。
 でも、わたし、ずっと竜でもいい。とっても気持ちいい。これならいつか行ってみたいと思っていたこの村以外の世界のどこへでも行ける。
 遠くの世界へ行ってみよう。この翼で。
 竜姿のわたしは大声で笑った。笑い声はほえ声となって辺りにひびきわたる。
 楽しい、楽しい、こんな楽しいことは今までなかった。

 うふふふ、あははは……



 「ミサラ! ミサラ!」
 ハッ、と気が付けば、周りは明るくなっていて、夜が明けていた。
 わたしは竜が死んだ砂浜で横になっており、お母さんのひざに頭を抱きかかえられていた。
「ミサラ、やっと気が付いたのね。よかった」
 お母さんが泣いている。
 なんで泣くの。わたしが竜になっちゃったから?
 あれ? 普通に手がある。わたし、竜じゃないみたい……じゃあ、あれは全部夢?
 でもそんなはずはない。家で夢をみているなら、こんな外の砂浜で目が覚めるなんておかしい。
 わたしはたしかにヤームと空を飛んだの。

 周りには村の人たちも何人か来ていて、みんなわたしを見おろしていた。急にはずかしくなって、あせって起き上がる。
 やっぱりわたし、寝とぼけて夢をみていたのかな。 
 砂浜にはたき火の跡はあっても竜などいなかった。
 ヤームはもう行ってしまった?
 首をまわして周囲をみても、彼の姿は見つからない。
 お母さんはわたしの頭をやさしくなでてくれた。
「ミサラは竜の呪いにあったのよ。目が覚めてよかった」
 わたしを取り巻いていた人の中に、長老もいた。
 長老は黄色っぽい目でわたしをじぃっと見つめた。
「おまえは竜の肉を食べたな? 正直に言うのじゃ」
「……食べました」
「やはりそうか。竜にかかわれば呪いがかかると言ったじゃろうが」
「でも、長老、わたし……空を飛んだんです。ヤームって名前の竜狩りをしている人といっしょに。とても楽しかった。竜の肉を食べると空を飛べるようになるみたいです。あんなにすごいことができるなら、食べてもいいと思いました」
「いいや、それは違う。竜の肉は人にとっては毒。ありえない夢を見させてくれる作用がある。だから、空を飛んだように思ったのじゃ」
「思い込みなんかじゃなくて、わたし、本当に飛びました」
「それが怖いのじゃ。夢と現実の区別がつかないようになってしまう」
「もしも、あれが夢だったとしても、とてもすばらしい夢を見たと思います。いけないこととは思いません」
「その楽しい夢に取りつかれて人はだめになってしまうのじゃ。その夢をもう一度みたくて、人は狂ったように竜を求めるようになる。どうじゃ? もう一度その夢が見たいと思っておるじゃろう」
 長老が言ったことはぴたりと当たっていた。
 わたしはもう一度、竜になって空を飛びたい。
「ヤームは? あの竜をしとめた人は?」
 お母さんが答えてくれた。
「朝になったらだれもいなかったわ。もちろん竜の体もどこかへ運んで行ったのでしょう。竜肉は奪い合いになって人が殺し合うこともあるらしいから、きっと早々と引き上げたのよ。あんな大きな物を運ぶなんて、すごい力を持った人だったのね」
「ヤーム、行っちゃったの……」
 いつかあの人にまた会いたい。大きな目で、たくましい腕をしたあの人に。
 空を見上げる。
 きのう竜が死んだ空は、何事もなかったかのように普通に青く、白い雲が浮かぶ。海の波も弱く、今日もいいお天気だ。

 わたし、決めた。
 この村を出て、ヤームのような竜を狩る人になりたい。竜を探して世界を巡って、いつか彼に会いに行く。そして、またいっしょに空を飛ぶの。



 ◇



 数日後、ひとりの少女が冷たくなって海岸に打ち上げられていた。
 少女の名はミサラ。
 彼女は竜の肉を食べ、取りつかれたように竜を求め、竜の狩人になりたいと願い、旅に出ると言い張って家族を困らせた。ある日、彼女はとうとう村人の漁船を盗んでひとりで海へこぎ出した。海は荒れているのもかまわずに。
 帆もない小さな漁船はあっけなく沈み、彼女は帰らぬ人となった。
 村人たちは、竜の呪いがかかったのだ、と口々に言った。

 そして、村には今も伝わっている。
【竜にかかわると呪われる】と。




       了

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