第12話 私と理想の恋人
殿ルート⑨[殿エンド]
※主人公視点
―― 犬は好きだ。……だって主人に従順で忠実だから。
「しおりさん、一緒に帰ろう?」
授業が終わって、遠野くんが私のところに来た。
「あら、一緒に寄り道したいの?それとも、忠犬のように帰り道を守ってくれるつもり?」
「どっちもしたいな、してもいい?」
私を見上げる顔は喜びに輝いている。見えないしっぽが、ちぎれんばかりに振られているのがわかる。
ここにいるのは、犬のように私を慕う、普通の高校生。焦茶色の髪に焦茶の瞳。日本人では一般的な色彩を持つ、十六歳の少年だ。
『ねえ、あれ誰?』
『遠野だってさ』
『マジで!あの根暗地味眼鏡でしょ?』
『整形じゃないの』
『えー……』
もう、あの猫背で野暮ったかった空気扱いの少年はいない。
「……エア眼鏡」
「ん?」
「ううん、コンタクトは痛くない?」
連れ立って歩く帰り道、遠野くんはまだ慣れないようで、しばしば眼鏡を掛け直そうと……眉間を何度も指差してしまっていた。
「もともと視力は悪くないし、付け心地は悪くないかな。……今まで伊達眼鏡だったから顔に合ってなくて、何度も掛け直してたから癖で……ついね」
にこっと微笑んでくれる顔は、可愛らしい。私より十センチは高いはずだが、かわいがってあげたい気持ちになる。
あの後、私は遠野くんと眼科に行き、カラーコンタクトを購入した。
『人と違う色が嫌なら、見せなきゃいいのよ』
『魔法をかけてあげる。だからまっすぐ前を向いて、私と釣り合う王子様になりなさい』
『あなたが本当の自分を隠して生きても、誰も咎めないし、気にしないわよ。お節介にいろいろ言う部外者は放っておきなさい。解ってくれる人や自分の大事な人だけでいいの』
「しおりさん、他人って勝手だね」
私の手を握って、彼は言う。私を見つめる彼の顔は、信頼と好意に満ちている。
「今まで散々僕のことを馬鹿にしていたのに、外見を変えただけで友達みたいに近付いてくるんだね」
見た目が変わって、随分周囲がうるさくなったらしい。まあ、見下していたクラスメイトがいきなりイケメンに変身したら、興味本位で近付く輩もいるだろう。実際、見た目だけは好青年だから、親しげに話し掛ければすぐに打ち解けると勘違いした者も多かった。特に女子で。
「そんなもんよ」
「中身は変わらないのにね……。でも、外見が他のヤツより良ければ、君の傍には僕以外の男が近付かないっていうのはわかった」
彼はクラスメイトとの会話の中では一切笑顔を見せず、私だけに人懐こい笑顔を見せていた。……最近、私の周りにクラスメイトが近付かないのは、おそらく彼の牽制が成功しているからだろう。
「……女子まで排除しないでよ」
そう言うと、彼は私を見つめて口の端を上げる。
「君の傍には、僕以外の人間はいらない。僕だけでいいでしょ」
ゆるく握られた手の指が彼の指に絡められ、そのままより強く握られた。
「僕を飼ってくれるんでしょう?他の奴らは君がいなくても生きていけるけど、僕は君がいないと生きていけない。だったら、彼らの人生に君はいらないでしょ。飼い犬は、飼い主が一生面倒を見る責任があるんだよ」
外見は変わっても、彼の中身は変わらない。盲目的に私だけに執着し、私だけに愛を囁き続ける。
「僕以外いらない。君のすべてを愛せるのは僕だけだよ」
「はいはい、コンビニでアイス買うから」
「もしも君がアイスの食べ過ぎで体重が倍になったとしても、僕は君が好きだよ」
「……殴るわよ」
「殴ってくれるの?」
「……」
「じゃあコンビニに行こう。アイス半分こしようね」
遠野くんにキラキラの笑顔で促されて、私たちはコンビニに向かう。
端目から見たら、仲の良い恋人たちにしか見えないだろう。
実際は『犬と飼い主』だが。イケメンに懐かれて悪い気はしないが、私以外には敵意むき出しの駄犬だ。
「従順なら愛してあげるわよ」
私はそう言うと、遠野くんの手を握り返した。
遠野信長エンド②
[ご主人さまと犬]
通称『ヤンデレグッドエンド』