第10話 殿と包装 4/27加筆修正
殿ルート⑦
※遠野視点
「こっちとこっち、どっちが欲しい?」
僕は今、折原さんの家のリビングにいる。
あれから、今後のことについて話があると言われたので、彼女の家にお邪魔することになったのだが……。
僕の目の前には、ふたつの袋がある。
赤いストライプの袋と、スーパーのチラシで作られた赤い袋。
「中身も値段も同じだったら、どっちを買う?」
「……同じなら、ストライプの方かな」
僕がそう答えると、彼女はいくつかの袋を取り出した。
ドット柄やリボンが付いているもの、シンプルなもの、華美なもの。様々な種類がダイニングテーブルに並べられる。
「じゃあ、『私』はこの中でどれ」
「これかな」
僕が持っている彼女のイメージは『慈愛』。
だから、シンプルな緑の袋に、可愛らしい花とリボンがついているものを選んだ。
……これが、いったい何なのだろうか。僕には、彼女の意図が解らない。
「この中で、自分自身のイメージだと思う袋はどれ?」
「……コレ」
選んだのは、青いシンプルな袋。
「じゃあ、荒木くんは?」
いきなり邪魔な奴の名前が出てきた。彼女はいったいどういうつもりなのか。
顔をあげて睨み付ければ、彼女は真剣な表情で僕を見ていた。
「今、真面目な話をしているの。聞く気が無いなら帰って」
「――ッ!」
苛立ちながら指差すのは、新聞紙で作られた袋。……英字新聞ではなく、ふつうのありふれた新聞だ。
あんなやつは、これで十分だ。
「じゃあ、他のクラスメイトは?」
「……これ」
さっき選ばなかった広告の袋にした。
「…ふーん」
意味ありげな彼女の様子が、なんだかとてもイラついた。
「『人の価値は外見じゃない、中身だ』ってドラマなんかではよく聞くセリフよね。……じゃあ、就職試験に普段着で行く?」
折原さんが僕の顔を見つめてくる。レンズの向こうに見える瞳は、限りなく黒に近い焦げ茶色。
「……行かない。『社会人として相応しい格好』をしないと受からないから」
日本は面倒な国だ。個性を伸ばそうと言いながらも、型に嵌める教育をして、ベルトコンベアーに乗せていくようにして『正しい』型に填まった子どもを社会に送り出していく。『リクルートスーツ』や『面接指導』『端正な髪型』……すべて一度『ある基準』に嵌めてから、その中のモノをふるいに掛けていく。
面接がうまくいかなければ、どんなに勉強ができたって落とされる。
……例外として『縁故入社』というものもあるが、それはさておき。
「中身がどんなにすばらしくても、選んでもらえなかったら意味がないと思わない?」
彼女の指先には先程の袋。
「開けてみて」
うながされて、最初に示された二つの袋の中身を見る。
「人間の印象って、第一印象で八割が決まるんだって」
赤い袋には可愛らしい駄菓子が、そして広告の袋にはこの近所にある洋菓子店の焼き菓子が入っていた。
「ちなみに、この赤い袋が『私から見たクラスの男子』。広告の方が『私から見た遠野くん』」
なんだそれ。……僕の外見がみっともないとでも言いたいのか!?
「……君も、外見で人を判断するの!?」
思わず立ち上がった僕に、冷ややかな視線を彼女は向ける。
「説明を最後まで聞く気がないなら帰って、そして二度と私に近づかないで。私は、ちゃんと人の話を聞ける人が好き」
しぶしぶ座り直した僕を見て、彼女は再び口を開いた。
「あなたは自分では青い袋だと思っているけれど、人はそのように見てくれないの。中身にどんなに良いものを持っていたって、見えなければ価値はわからない。他人の中身を知るのは、時間がかかるの」
たくさん会話をしたり、同じ場所でなにかを一緒にしたり。そういうコミュニケーションが必要になる。……僕が一番苦手なことだ。
知らず知らず拳を握り締め、俯いてテーブルを凝視していた僕の目の前に、湯気の立つカップが差し出された。
「飲んだら?落ち着くわよ」
そう言って彼女もカップに口を付ける。
中身は……紅茶、か?それにしては色が濃い。薄めのコーヒーだろうか。
来客用のティーカップのようだから紅茶だとは思うが、香りはない。
「……麦茶だ」
ホット麦茶INティーカップ。……おいしいけれど、何か違う。
「人はほとんど、第一印象で相手を判断するの。しかも、自分の主観的な価値基準で」
最初、紅茶だと思ったでしょ。と、彼女は挑戦的に笑った。
「………っ!」
「お菓子でも食べながら、お話を続けましょうか。……くち、あけて?」
差し出された小さな菓子と、指先。
目の前にいるのは、僕の憧れた同級生の少女。
彼女から言われたことは、納得はできないけれど理解した。
……でも、今の状況は僕には理解できない。
「開けて」
言われるがままに口を開くと、そこに小さなメレンゲ菓子が押し込まれた。
「おいしい?」
彼女は、僕を見つめてきれいに微笑む。
これが夢だったなら、幸せを感じるだけでよかったのに。……どうして現実なんだろう。
「……折原さん……君は、何を求めているの?」
「別に?何もあなたには求めていないけど」
熱い麦茶が、自分を落ち着かせていく。
「私は、あなたのことは何とも思っていないから、あなたがどんな姿で何をしようとも、基本的にどうでもいい」
自分の長い黒髪を指で弄びながら、彼女は僕を言葉のナイフで切り裂く。
……確かに、今の僕はただのクラスメイトでしかない。眼鏡を拾ってもらっただけの、ただの知り合い。友人ですらない。
彼女を振り向かせたい、自分のモノにしたい。あの深い黒い瞳に僕を映して、僕の名前を呼んでほしい。
「人間って、『外見第一』よ」
新しい菓子の袋を開けながら、彼女はつぶやく。
「私、髪を切りたいの。筋肉付けたいの。空手を極めたいの」
……なんだか大変な空耳が聞こえた。
思わず彼女の方を見ると、すごい速さで口の中に菓子を送り込んでいるところだった。
「お腹空いてるの!このスタイル維持するの大変なんだから!!今日は腹が立つからお菓子解禁」
学校でも活発な姿は見るが、そこでは絶対に見せないと思うリスのような姿が目の前にある。
「世の中をうまく渡るコツは『擬態』よ」
なんだか妙なことを言い出した。おかしい、僕の理想の女神のはずが……。
「私、人より食べる量が多いの。お洒落よりも運動が好きなの……そんなふうには見えないでしょう?」
目の前にいるのは、長い黒髪の清楚な美しい人。……口には菓子のクズがついているが、確かにそんなふうには見えない。
「外見って、ダサくても色々言われるし、ちゃんとしてても言われるの。素材が良いのにもったいないとか、男に媚びてるとか……関係ないじゃない!」
感情をあらわにしながらも、彼女は追加の麦茶を僕のカップに注いでくれる。……手に少しかかった。ちょっと雑だ。
「……折原さんは、自分の外見が嫌いなの……?」
「嫌いじゃないわ。この姿には満足してるの。うっとおしいのは、関係ないのに色々言うやつ。ホントに嫌」
端正できれいな顔、均整のとれた身体。そして、日本人としてありふれた色彩を持つ彼女。僕は……彼女が羨ましかった。
「……君みたいになりたいなあ」
ちょっと変だけど。……一ヵ月近くずっと見ていて、本当は気が付いていた。彼女は、きれいで優しいだけの女の子ではないと。
僕は、理想と違うところには目を瞑ってしまっていた。
「どうしたら、君のそばにいられるかな……」
彼女は僕を見つめて言い放った。
「しかたがないから拾ってあげるけど、シャンプーとトリミングをしてからしか飼わないわよ」
……君から見たら、僕は犬ですか。
「……一生君の傍にいてもいいなら、犬でもいい」
まだ続く