夢の外の真世界〜其の四
「トールさん! 申し訳ありませんが、俺はアダムを殺す気なんてありませんよ。ただ話を聞きたいだけです」
アキラの言葉にトールの表情が少しだけ険しくなる。
トールも、アキラがアダムを殺そうとしていないのは理解していたし、無理に手伝いをさせようとしていたわけではない。
しかし、自分の身に危険が迫れば嫌でも応戦するだろう。というのがトールの考えていたシナリオであり、ここまではっきりと戦う意図が無いことを告げられるとは考えていなかったのだ。
「それに――」
『少し黙りなさい』
アキラが続けて口を開こうとしたとき、それを遮るように殺気に満ちた言葉でレイラが口を開いた。
「お父様? 私は誰が何と言おうが、この三人と一緒に忘却の地へ行きますわよ。だって――」
凍るような冷たい視線、温みの一切感じられない口調でレイラはトールに告げた。
王位を継ぐのが嫌だからではない。
トールの言うことを聞くのが嫌だからではない。
レイラはアキラから始祖の話を聞いたとき以来、ずっと心に秘めている思いがあった。
「全てを超える白き髪に全てを見抜く白き瞳を携えし者 全てを超えるその者を 水滅の刃で今討たん」
一部の低級魔法には皆が同じ詠唱をするものも存在するが、元来魔法の詠唱とは個々で行使する魔法をイメージし、自分で考えて唱えるのが定説となっている。
よって、同じ魔法でも詠唱が違うなどと言うことは良くあることだ。
しかしこの詠唱は、レイラ自身が考えたものではない。
トールが幼いレイラに詠唱を教え唱えさせたもの。
初めは言葉の意味など解らなかった。
白髪白眼の者がいるなど考えもしなかった。
けれど今、トールがどうしても倒そうと思っている相手は考えもしなかった白髪白眼。
向かおうとしている場所は、全てを超える者がいるとされる忘却の地。
これが偶然であるはずが無い。
「――お父様が私に『神滅の刃』を教えになったのは、私に魔法を使う適正が無かったからではありませんでしょ? 全ては今この時の為じゃありませんの? なら、私はその呪縛を断ち切らせていただきますわ! 結果がどうなるかはわかりませんけれど……」
レイラは気づいてしまった。
トールが若かりしころ、無茶な戦いばかりしていた理由を――
トールが生涯をかけて成し遂げたかったものを――
しかし、トールにはそれが叶わなかったのだろう……だから、自分にその願いを託したのだろうと。
だが、それがレイラには無性に腹が立ったのだ。
一言だけでいい。たった一言だけでも伝えてくれていたならば、腹が立つなどと言うこともなかっただろう。
しかし、トールはレイラにすら何も話してはいなかった。
なぜなら、叶わぬと解った思いでさえトールは自分の力で叶えようと考えていたからだ。
そのためにトールは駒を集めた。
自分に力を試すためだけに挑んできたロックを従え、辺境の町で賞金首を捕まえるために暴れまわっていたイライザと、イライザに付き添うようにいたエレンをフォルネウスに引き入れ――そして、自分以上の魔法の素質をもったレイラの素質を奪い、ラグナロク家の奥義を習得させた。
全ては、アダムを倒すためだけに。
だが、レイラはトールの思いを知ることが出来た。
どこから来たともわからない、無粋で無礼で不埒な者のおかげで。
「……私はお父様の駒にはなりませんわ! 王位を継がせたいなら、ロックにでも継がせればいいじゃありませんの!? 私よりも、兵からの信頼もありますし城下の者も親しみやすいですわよ」
自分の想いをぶつけてきたレイラに、トールは絶句した。
確かに、元々はレイラを駒として使おうとしていた時期もある。
しかし、我が子の愛らしさに負けトールは駒を集めようと思ったのだ。
「……レイラ――」
トールが何かを言おうとした瞬間、アキラはレイラの手を強く握りトールを見て微笑んだ。
「トールさん、すいません! エレンさん、ごめんなさい。イライザさん……申し訳ないですが、魔力を借りさせていただきます!」
「なに?」
「え?」
「ん?」
アキラがそう言った瞬間だった――
アキラとレイラを無数の魔方陣が包み込むと、いつのまにか二人は姿を消していた。
「バカな……」
膝から砕けるように地面に座り込んだトールの顔は絶望に満ちている。
長き歳月をかけてきた計画が壊れ、巻き込むつもりのなかったレイラだけがこの場から消えたのだ。
「……アキラ様……お嬢様をどうかお願いします」
胸の前で手を組みながら、エレンは二人が消えた場所に心から願いを込めた。
二人が無事に帰ってくるようにと……
「愛の……逃避行……ってわけじゃ……なさそうだね……頑張るのさ」
魔力の大半を持っていかれたイライザは、それだけ言うと崩れるように倒れこんだ。
◇◇◆◆◇◇
「迷惑だったか?」
何もない荒野で、アキラは座り込んでいるレイラに声をかけた。
「迷惑なわけないでしょう? ただ……少し驚きましたわね。あなたが、あのようなことをするとは、これっぽっちも考えていませんでしたから――」
微かに微笑みながらレイラは立ち上がり辺りを見渡した。
「――にしても、本当に何もありませんわね。忘却の地と言うより、朽ち果てた地と言ったほうがしっくりきますわね」
「それは言えてるな」
アキラも辺りを見渡して相槌を打つ。
生命どころか、草木一つない。
朽ち果て忘れ去られた地――
アキラは、元の世界へ戻る方法を聞くために。
レイラは、自分自身の存在価値を確かめるために。
大きな魔力がぶつかり合うその場所へ、二人は足を進めた。
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