第六話 憎しみの連鎖《前編》
「また偵察機か。ダスカニアの奴らめ、こそこそと。奴隷の子孫だけあって、主人の周りを這いずり回ることには長けているらしいな!」
マーコットはそうはき捨てると、イライラした表情でイスにふんぞり返る。そんなマーコットに対し
「落ち着いてください。マーコット長官。奴らなど我が軍隊に比べれば屑に等しいも同然のこと。そういらつくことはありませんよ。」
あくまで冷静に、いや、冷静すぎるほど落ち着いた声で諭すハロルド。そしてマーコットの発言に顔をしかめている修一を見ながら
「千夜少尉。今回の迎撃、見事だった。やはり私が見込んだとおりだったな。これからもよろしく頼むぞ。」
「あ、ああ。」
全くといって良いほど無表情な顔で言うハロルド。修一はますます顔をしかめるが、ハロルドは構わずに修一の隣に立っているニーフェに視線を移すと
「オブライエン中佐。君と千夜少尉は最初からの付き合いだが、君から見ても千夜少尉の力量は認めるに値するかね?」
と、自分が言ったことを確認するかのように尋ねる。それに対し
「はい、ハロルド大佐。戦闘については見ていないのでなんとも言えませんが、操縦・砲撃技術だけをとってみても彼の力量は素晴らしいものがあります。」
胸を張りながら、まるで自分のことのように誇らしげに答えるニーフェ。
「なるほど。では今から千夜少尉をオブライエン中佐の指揮する第二小隊に加えることにする。千夜少尉、色々分からないことがあるだろうが、詳しいことは後でオブライエン中佐にでも聞きたまえ。以上だ。」
有無を言わさずといったところだろうか。ハロルドはそう言い切ると二人に出て行くように命じた。
「第二小隊だと!ハロルド大佐、君は何を考えているのかね?!第二小隊といえば君の率いる第一小隊に次いで実力のある者たちで構成された優秀な小隊だ。あのような若造を偵察機を一機撃墜したぐらいで小隊に加えるのは私は反対だぞ!」
二人が出て行った後の司令室でハロルドに鼻息を荒くしながら怒鳴りちらすマーコット。選民思想で凝り固まった彼の頭では、優良人種以外の者がオルガナ島でも小隊に、それも一、二を争うようなエリート集団に加わるのがよほど気に食わないらしい。
「ハロルド長官。私が本当に彼の力量を認めて第二小隊に加えたとでもお思いですか?」
「な、なに?そうではないのか?」
意外なこと言うハロルドに対し、呆気にとられたような表情で尋ねるマーコット。
「違いますよ。千夜少尉を第二小隊に加えるのには理由があります。まず第一に彼がここオルガナ島にやって来た目的が何なのか調べることです。戦闘の激しい環境に置かれれば余裕なんて保っていられませんから、彼がダスカニアのスパイならばボロを出すはずです。味方同士討ち合うことになれば必ずね。そして第二に小隊の負担を彼にも背負ってもらおうというのです。このところの連戦でかなり消耗が激しいようですから、彼を囮に隊員の負担が少しでも軽減できれば戦況も有利に運ぶことが出来ます。」
淡々と自分の考えを言うハロルド。それでもマーコットはまだ納得できない様子で
「しかし、奴は偵察機を撃墜しているのだぞ?味方同士ならばおかしいではないか。」
「そう思わせることが罠なのかも知れません。最初はこちらの味方の振りをしていて、いざという時に裏切る・・・。それは、彼を信頼していた者が多ければ多いほど混乱させることになり、戦意を喪失させることにも繋がりかねない。作戦としては効果的です。」
「それでは尚更駄目ではないか!」
「その辺はご安心を。手はすでに打ってありますから。」
鋭い目をぎらつかせながらそう答えるハロルド。口元には笑みさえ浮かばせている。
「で、では後のことはハロルド大佐に任せることにしよう。すまないが、私は寄る所があるのでな。これで失礼する。」
普段、見慣れないハロルドの表情にそれまでイラついていた気分も急激に沈静化し、内心びびりながら司令室を退室するマーコット。後に残されたハロルドは、修一の詳細な撃墜状況が記された書類を懐から取り出し、それを眺めながら一層笑みを濃くするのであった。それにしても部下に対してびびる上司とは・・・・・本当に大丈夫なのか、この長官。
ここは第二小隊の控え室。今この場には修一とニーフェしか居ない。他の隊員は全て周辺パトロールに出かけているため、しばらくは帰ってこないのだ。
「やっぱり分からないな。あの大佐の考えることは。いきなり少尉の階級を与えたかと思ったら今度は第二小隊へ入れってか。突拍子もないな本当に。」
「あら、第二小隊は嫌かしら。私はうれしいわよ?あなたが来てくれるんですもの。」
本当にうれしそうに言うニーフェ。どうやら修一の大切な人に選ばれたことが効いているようだ。そんなニーフェの笑顔に対し修一はと言えば
「あ、いや別にそう言う訳じゃ・・・」
と口ごもるばかり。無様だな修一。
「そう、良かったわ!これからは一緒に戦えるわね。よろしくね、千夜少尉。」
「あ、ああ。こちらこそよろしくオブライエン中佐。」
「なによ、急によそよそしくしちゃって。」
「だって俺の上司になるんだろ?だったら公私混同は避けるべきじゃないのか?」
「そんなのいいのよ。だって今更だし。いつもどおりニーフェでいいわ。」
「いや、しかしだなそうすると上下関係が・・・」
自分のことは棚にあげる修一。しかし
「これは命令です。千夜少尉。ただ今から私のことをオブライエン中佐と呼ぶことを禁じます。いいですね?」
「は、はぁ。」
問答無用の命令発言により一切の弁明を封じられてしまった。一応主人公なのに・・・。
「じゃあ、ここ第二小隊について説明しておくわね。今オルガナ島にはハロルド大佐の率いる第一小隊と私の率いる第二小隊がいるの。と言ってもハロルド大佐は作戦を立てたり、戦況を見据えて指示を出さなければならないから、戦場に出ることはほとんど無いわ。実質、戦うのは私たち第二小隊ね。ここまでは良いかしら?」
「ああ。」
「次は構成員なんだけど・・・・・」
「オブライエン中佐!緊急報告です!!今すぐ司令室まで来てください!!!」
ニーフェの説明を遮り館内用スピーカーから緊迫した声が響き渡る。修一とニーフェは互いに目を合わせると急ぎ早に控え室を出て司令室へと駆け出した。
「事態は深刻だ。」
修一とニーフェが司令室に着いたとき、そこには怒りで震えているマーコットと無表情だが殺気が体中から噴き出しているハロルドがいた。
「ど、どうしたのですか!!」
ただ事ではないと感じたニーフェが焦りながら何が起きたのか聞くが、二人はニーフェの視線から目をつぶり沈黙したままである。このままでは埒が明かないとみた修一が再度
「どうしたんだよ。深刻な状況なんだろう?なら、早く用件を・・・」
「今日の昼過ぎオブライエン中佐を除く第二小隊が周辺パトロールに出ていたことは知っているか?」
沈黙を守っていたハロルドが唐突に言葉を切り出した。
「ああ。俺達の船とは出会わなかったが、ニーフェの話じゃいつもより警戒区域を広げていたんだってな。」
「まさか・・・・」
ニーフェが何かに気づいたようで、赤みをさしていた頬が血の気を失い、顔が徐々に青ざめていく。
「・・・・先ほど最後の通信があった。敵船はバルナ型七機、ラモトレック型三機そして・・・・・・・ザンジバルが一機だ。」
「そ、それでは・・・・・・・」
ザンジバルと聞いたニーフェの顔が完全に青ざめる。そしてふらついたかと思うとその場に崩れ落ちた。修一が慌ててニーフェを助け起こすが、その顔には絶望の表情しか浮かんでいない。
ザンジバル。この戦争に携わる者ならば知らない者はいないだろう。戦争初期に開発され軍事国家ダスカニアの要塞とまで言われた軍艦である。砲門はその数三十門を軽く超え、装甲はバルナ型の十倍の強度を誇り、その圧倒的な大きさは文字通り要塞と呼ぶにふさわしい。その要塞からの火力を受ければただの戦闘船など、数十秒も持たずに撃破されるだろう。・・・・今のところこの軍艦に立ち向かえるのはハロルド大佐のゼピュロスぐらいしか存在していない。
そして、そんなニーフェに追い討ちを掛けるように
「ああ、そうだ。第二小隊は全滅した。」
ハロルドが最後通告を言い渡した・・・・・。
夕焼けの空が赤く赤く血のように染まる。それはまるで、空中で散っていった船乗り達の悲しみと無念をあらわすかのように・・・・・・・・・・。
北の空から軍事国家ダスカニアの戦闘船が、南の空からは独立国家ベルセルクの戦闘船が今まさに命を掛けてぶつかろうとしていた。双方を率いているのはこの戦闘集団の司令塔であるザンジバルとゼピュロスである。ザンジバル率いる敵船の戦力は最後の通信どおりバルナ七機にラモトレック三機。それに対しゼピュロス率いるオルガナ島の戦力はメイネル型一機、マラカイト型七機、修一を含めたコンシュレット型が五機の計十四機である。
敵船とぶつかる直前
「許さない・・・・。」
ニーフェの頭の中にはすでに冷静な思考は存在していなかった。彼女の小隊はすでに全滅という最悪の形でなくなっている。その中には彼女の同僚もいたし、後輩もいた。
中佐に昇進したとき心から喜んでくれた数少ない同僚。
近々結婚するんだとうれしそうに話してくる後輩。
深夜、お気に入りのバーで酒を飲み交わして将来を語り合った同僚。
修一に大切な人だと言われたとき、後からおめでとうと先走りなことを言っていた同僚。
今朝、連戦と書類整理で疲れていた私を心配して、今日はいいからとパトロールに出かけた同僚と後輩とその仲間たち。
私を今まで支えてくれた、私の大切な、私の命よりも大切な、失うことなど考えられないほど大切な、かけがえのないそんな人たち。そして私の存在理由。ああ、今なら分かる。修一のあの叫びともいえる信念が。私は私という存在にかけて許さない。私の存在理由を、同僚と、後輩と、その仲間を奪っていった敵を。許さない。地獄の果てまでも追いかけて、必ず殺す。殺して、殺して、自分らが奪っていったものをその目に焼きつかせるまで。
「絶対にっっっっ!!!!!!」
そして、開戦を知らせる砲撃音が鳴り響いた・・・・・。
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