第一章――三幕
帝都ホーリーゲートの宮廷は、帝国の内面の腐敗の中でも、建国以来の栄華を保っていた。
例えそれが、悲鳴を上げる民から搾り取った血税で維持されているにしても、その華やかさは、今の帝国が周辺諸国に誇れる最早唯一のものであると言ってもいい。
そんな宮廷内の一部で、その華やかさとは対照的な廃れた場所があった。
日が当たらないのか、全体的に薄暗く、通路や柱、壁に至るまで、傷んだまま放置されていて、人が通るだけで埃が舞う所すらあった。
大陸に誇る帝国宮廷内に、そのような場所があるとは、周辺国はおろか、帝都に住む民すら知ることはない。
そんな宮廷の裏ともいえる場所の中でも、埃が取り払われ、できる限り小奇麗にされている一室があった。
「ああ……シラ殿までもが。また、数少ない忠誠の臣が、儚き時代に散ったのか」
その一室には、玉座に見立てているのか、しかし如何にもみすぼらしい簡素な椅子に腰掛け、嘆きの涙を流す少年と、彼の周りにあり、共に涙を流しつつも、彼を慰める者達が数人いた。
この少年こそ、先代皇帝の意思にして、本来帝位に就く筈であった第一皇子、シャンティス=リヌスだ。
クレマンの反逆により帝位を追われてから、数人の重臣と共にこの場所に幽閉され、虐げられた生活を送っていた。
「ああ……宮廷の奥といえども、民の嘆きがここまで聞こえてくるような気がする」
果たして、今は世の終わり、地獄の最中か。どちらにしろシャンティスは、由緒ある王家の血筋を汲んでいるにもかかわらず、このような境遇にいる自分の不甲斐なさに、いっそ死んでいしまいたい心地であった。
「皇子。気を確かにお持ちください」
シャンティスの心境を察し、近臣達は共に嘆いていたが、その中でただ一人、泣きたい気を抑え、そう言って彼を励ましている男がいた。
グレイン=ネッセ。昨日処刑されたシラの遺子で、父子でハーダンの下で働き、国政に努めていた、亡き父に劣らぬ賢臣であった。
「グレインよ。これが嘆かずにいられるのか。私の器量不足で、先祖代々守り続けてきた帝国の歴史に、私の代で傷をつけてしまった。気高き威勢を地に落としてしまった。これでは父上や先祖に顔向けできない。せめてお主の父のように……」
「何を血迷ったことを申されますか!」
グレインは気色を荒らせて、声を上げて言った。
「皇子が御命に万一の事があれば、あのクレマンを喜ばすのみです。私の父を含め、国の為に身を捧げた者は、一重に皇子に帝国再建の志を強くお持ちになられることを願ってのことのはず。それは我々とて同じ心境。ですのに……肝心の皇子がそのような弱気では、誰が今の帝国をお救いになられるというのですか!」
涙を流しながら訴えかけるグレインの言葉を、シャンティスや周りの近臣達も揃って涙を流し、ただ頷きながら聞いていた。
「……グレイン。私は間違っていた。確かに、そなたの言う通りだ。そなたのそなたの言葉を聞かなければ、私はそなたの父や、これまでに散っていった者達の死を無駄にするところであった……。どうか、愚かな童を許してくれ」
「いえ……私の方こそ、一臣の立場もわきまえず、無礼の言の数々、万死に値する罪ですが、どうか、我が租命をお救い下され」
シャンティスは首を何度も縦に振ってこれに答え、グレインは、何度も頭を地に付くまで下げ続けた。
そして、シャンティスは意を決したように座から立ち、近臣を前に口を開いた。
「私は目が覚めた。ただ嘆いてばかりいてはどうにもならない。時が来るまでこの苦渋に耐え忍び、いつかは再び、帝国に光をもたらすことをここに誓う。お主らもこんな私に付いて来てくれるか」
臣達は、まだ幼い、しかし、その内に生れた巨大な信念を感じ、目に涙を浮かべながら、何度も彼に拝していた。
一方、所戻って大陸西部では、アルテイル王国の使者リチャードが三日三晩馬を飛ばして、ようやくユグドラシル王国首都、マリへ到着していた。
「セリーナ様。アルテイル王国から使者が来ております」
リチャードの訪問は、即座にユグドラシル女帝、セリーナ=ユグラドルに報告された。
「……ええ。丁重にもてなして、客間に案内しなさい。失礼の無きよう」
ここユグドラシルでも。話し合いが無かったわけで無い。アルテイルから外交使が来るであろうことは予測された事態であり、セリーナも冷静に対応した。
「では、私が先にリチャード殿に会って、その真意を確かめて参りましょう」
そう彼女に進言する者があった。ユグドラシル王国において、主に外交政策に務めている、アモン=フローバーだった。
「分かりました。あなたに任せます」
「は、アルテイルとエラメント。どちらに付くが我国の利となるか、見極めて参ります」
今、ユグドラシルが抱えている議題は、どこの勢力、もといエラメント王国かアルテイル王国、そのどちらに加担するか、である。
帝国領と国境を接しているユグドラシルには、いつ帝国軍が侵攻してくるかも知れない状況にある。たとえ腐っても数で他勢力を圧倒的に凌駕しているのが今の帝国軍だ。それに一小国がまともに当たったとして、その勝敗は日の目を見るより明らかなのは言うまでもない。
そこで、ユグドラシル陣営が考えたのが、近隣国との同盟だった。この国が帝国以外で国境を接しているのは二国。旧帝国領をすでに四国も領有しているエラメント王国と、まだ復興したばかりで、ユグドラシル同様の弱小勢力に過ぎないアルテイル王国。
この二国のどちらにつくか、陣営内の議論は白熱した。
この最中にきたリチャードの接見な、これからの国の方針を決める上で、とても重要なものとなる。アモンはそう自心に留め、リチャードを待たせている客間に入り、ここに、双国の命運を握る会談が始まろうとしていた。
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