第一章――二幕
軍議に一通りの決着が着くと、シュンは即座にユグドラシル女帝、セリーナに向けた親書をしたため始めた。
それは、ユグドラシル復興への祝辞に始まり、帝国統一以前まで続いていた友好関係を上げ、その上で今回の同盟による両国の利点を説き、今こそこの乱世の時代に手を取り合うべく、以前の両国関係に服する時だ。という内容が、誠意を込めて記されていた。
書を書き終え、外交使に任じられたリチャードに書簡を預けた。
「リチャード殿。この書をセリーナ殿に届け、よく私の真意を伝えてくれ」
と、付け加えた。
「はい。輪が身命に代えても、必ず成し遂げて参ります」
そう告げて退出する彼の後姿を、シュンは頼もしく見ていた。
そのリチャードは、退出するとすぐに馬にまたがった。
ちょうど門に差し掛かった所で、彼は門の前に立っていた人物に呼び止められた。
「あ、イカム先生じゃないですか」
誰かと思えば、自分をこの任務に推薦してくれたイカムだった。リチャードはすぐに馬から降りて彼に拝した。
「もう出発するのかの?」
「はい。一刻も早く命を果たそうと昼夜を問わず馬を飛ばして行くつもりです」
はっきりと答える彼を見て、イカムはやはりこの男を推薦したのは間違いはなかったと実感した。
「先生。この任を達するためにはどうすれば良いか、一つ教えてはくれませんか?」
ふっと不安そうな表情を覗かせながら、リチャードはイカムに訊ねた。何に白仕官して初めて重責ある任に就いたため、自信ありとは言え、やはり緊張もしていた。
「ふむ。では不才ながら一つ授けよう。聞くがよい」
イカムは一つ咳払いして言った。
「外交に大切なのは、相手を説き伏す弁舌もそうだが、やはり一番は相手に対する誠意だ。殿とそなたの誠心誠意の気が相手に伝われば、セリーナ殿は快く同盟締結に応じてくれるだろう。誠に接しつつ相手の真意を窺い、臨機応変に対応することを心に留めておくがよいだろう」
「……まことに明快なご教授、ありがとうございます。先生の教えを聞いて、私の一抹の不安も吹き飛んだ心地がします」
リチャードが謝して言うと、イカムは柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「では、言って参ります」
そう言い残すと、何度も振り返りながら、南の地へ馬を走らせた。
アルテイル共和国がユグドラシルとの同盟に動き出したその頃、時の栄華を放っていた帝都ホーリーゲイトの宮廷では、連日連夜の宴会に明け暮れていた。
町は悲惨なほどに廃れてしまったが、民に重税を敷くことで宮廷とそこに使える臣官ばかりは富み、裕福の限りを尽くしていた。
こうした帝都腐敗のきっかけになったのは、先帝の若死ににあった。
そして、これを好機と見て動き出しのが、現在帝国の実権を握っている丞相、クレマン=サンドロスだった。
皇帝の死後、即座にクレマンは、先代の遺言に背き、第二皇子で五歳の、リネロ=リヌスの擁立を謀ったのだ。
彼はまず、自分の野望を果たす上で障害となる者の排除に取り掛かった。
この時、彼にとって最大の障害となったのは、先代の信頼も厚く、世継ぎに決定していた第一皇子で十三歳のシャンティス=リヌスの後見人にも任じられていた、当時の丞相、ハーダン=リャオスであった。
クレマンは、かねてからハーダンに不満を抱き、彼に同調する者らと密議を交わして、ある夜に根回しして集めた兵五百人と共にハーダン邸を急襲し、ハーダンとその一族を虐殺してしまった。
最大の障害を取り除いたクレマンは、シャンティスから後継の座を剥奪して、弟のリネロを皇帝に立て、自らは丞相の職について皇帝の後見人になり、幼帝の裏で実権を掌握し、ハーダン派の家臣を謀略の限りを尽くして排除していった。
この横暴極まりないクレマンに反発する者も多かったが、その事如くは実権を握ったクレマンの前に露と消えていき、最終的には、騎士団長キャスバルが国を去って反乱の兵を挙げたことで、宮廷内に於いて表立って彼に逆らえる者はいなくなっていた。
この晩の宴会にも当然ながらクレマンも出席しており、他の臣下と共に酒と女を楽しんでいた。
「丞相殿、丞相殿。小賢しい鼠共が騒いでいますが、如何なさるおつもりで?」
と、酔った家臣の一人がそっとクレマンに言った。
「鼠は所詮鼠に過ぎん。如何に足掻いた所で、虎には勝てんよ」
と、笑いながら答え、聞いていた周囲の家臣達も共に大いに笑い合った。
「鼠はそこらにいるではないか!この逆賊ども!」
その最中、場内に怒号が響き、楽しみ騒いでいた者達は何事かと急に静まり返った。
「おお、どなたかと思えば、シラ殿ではないか」
クレマンは薄ら笑みを浮かべながら宴会場に乗り込んでいた老人に向けて言った。
その老人は、先にクレマンによって殺されたハーダンの手足となって、皇帝三代に渡って仕えてきた重臣、シラ=ネッセで、クレマンによって辺境に左遷されていた。
「汚い口を開くな逆臣。先代から受けた恩を忘れ、よくもそのように酒など飲んでいられるな」
老臣は怒りに顔を真っ赤に燃やして怒鳴った。
「とんでもない事を仰る。先代の不運は儂も痛感するところ、その意を継いで、政に奮迅しておるではないか」
クレマンは酒の席を乱されたことに怒りを覚えながらも、酒席ということもあって、気を抑えながら言った。
「貴様の政治は毎晩鶏の騒ぎ散らすことか。笑止。民を虐げ、世を乱れさせたのは何処の誰だ!よもや知らぬとは言わせぬぞ」
なおを叫ぶシラに、遂にクレマンは我慢の限界を超えた。
「おのれ老いぼれが。殺さずにおいといてやった恩を忘れたのは、貴様の方ではないか!」
激昂し、立ち上がって言うクレマンに、シラは鼻で笑って答えた。
「そんな恩など恩と呼ぶの汚らわしい馬鹿げたことだ。誰が貴様なんぞに命乞いなどするか!貴様に仕えるなら、死んだ方がずっとマシというものだ」
最後は笑いながら言うシラの言葉を聞いたクレマンは髪を逆立て、怒りに身を震わせて、老臣を指差しながら言った。
「貴様の言いたいことはよく分かった。望み通りにしてくれる。おい!早くそこの死に損ないを捕えて斬ってしまえ!」
叫ぶように言うと、すぐに屈強な兵が二、三人場内に駆け込んできて、あっという間に老体は地に押さえつけられていた。
「丞相殿の命故。神妙に致せ、シラ殿」
シラはすぐに宮廷外に連れてかれ、すぐさまその首は胴体から切り離されてしまった。
その翌日、市内に柱の首が架けられ、共に立てられた札には、謀反者の罪状が書き連ねてあった。
シラは民からとても慕われていたために、変わり果てた彼を見て、皆の嘆きは底を知れず、クレマンに対するどうする事も出来ない恨みはただ増すばかりで、嘆くことしかできなかった。
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