第一章――一幕
アルテイル王国が戦乱の世に復興して以来、国内、特に城中は慌ただしくなっていた。
毎朝毎晩軍議が重ねられ、議論を白熱させる旧臣の中に、若き君主、シュン=アルテイルもその中にあり、周囲に劣らぬ弁を振るっていた。
だが、論は尽くせど、方針はなかなか決まらない。それは、今のアルテイル周辺の勢力情勢にあった。
現在アルテイルは、東に交戦状態にあり、一触即発の緊張が続いているエラメント王国が、南には、戦乱による帝国の隙を突く形で復興を果たした、女帝セリーヌ=ユグラドルが治めるユグドラシル国と、それぞれ国境を接している。目標としているリヌル帝国は、その二国の先にあり、その道は険しいの一言に尽きる。
この状況下で、議論は二つに分かれていた。
一つは、南下してユグドラシルを討ち、帝都への道を開いた後、一気に攻め上る南征派。もう一つは、北上して現在未属領となっている国、キャラジンを併合して国力を蓄え、第一にエラメントと対峙すべきだという北進派だ。
「北と対峙している暇などない!ユグドラシル如き一潰しにし、迅雷の如く帝都へ攻め上がり、いち早く都に巣くう逆臣共を討つべきだ」
にわかに大声を発して主張するのは、南征派の筆頭にして、アルテイル軍中一、二を争う剛勇、ガジラス=オークスだ。
彼が言い終わった後、南征派の家臣達が一気に沸き立つ。
と、彼らと対するように集まっていた北進派の内の一人がゆっくりと立ち上がった。
「ふむ……ガジラスよ。お主はまだ若い。血気盛んなのは良いが、勇猛に任せ過ぎると身を滅ぼすことも知った方が良い」
伸ばした白髭を撫でながら、老臣、エルシム=タリスが説き伏せるように始めた。
「お主はもう忘れたのか?先日のエラメントとの戦を。今南征に兵を動かし、ここの守りを薄くすれば、たちまち背後を突かれ、散々に敗北するであろう事は、明白であろうに」
言い終わり、立った時と同様、静かに座ると、北進派の面々は静かに頷いた。
「……うむ、エルシム殿の意見には理がある。キース殿、あなたの意見も聞きたい」
向かい合う両派の中央に座し、両者の意見に耳を傾けていたアルテイル王国君主、シュン=アルテイルは、そう言うと傍らにいる人物に目を向けた。
キース=グレイドル。それがこの人物の名である。彼は先代より、軍師の職に従事し、内外の政治全てにおいて王を補佐してきた重臣である。先代の跡を継いだシュンも、彼に全幅の信頼を寄せている。
「は。では、恐れながら申し上げます」
と、一礼してから、キースはまず南征派に目を向けた。
「ガジラス殿。貴殿らの策は悪くはないが、それを成し遂げるには北方の安全を確保する必要があります。貴殿らの中に、エラメント王国と和平を結べる自信のある者はいますか?」
言い終わって、ガジラスらの南征派を見据える。ガジラスは顔を赤くして俯くばかりで、その他の者も一人として名乗り出ることはなかった。
しばらくして、キースはシュンの方へ顔を向け直すと、小さく頷いた。
「よし。今後、我軍は北進し、キャラジンの地を加えることを方針とする。皆、そのつもりで頼むぞ」
シュンの決断に、両派の家臣達は一団して声を上げた。
「殿、北上するにあたり、後顧の憂いを取り除き、エラメントと対等である為に、ユグドラシルと結んでおいた方が得策かと思います」
声が止んだ後、キースはそう付け加えた。俊は頷き。
「確かに、それは名案だ。だが、ユグドラシルとはここ数十年我国とは交わりのない国。この国と同盟交渉に当たるに相応しい人物はいるか?」
シュンがそう訪ねるや否や、家臣達の中から一人、前へ進み出た。
「殿。私にお任せ下さい」
その場の全員の視線がその男に集まる。だが、その男は全員の注目を浴びながらも、少しも動じず、真っ直ぐシュンとキースを見つめている。その瞳には相当の自信が表れていた。
「おお、リチャード殿か」
リチャード=シモフ。最近その素質を見込まれて陣中に迎えられたばかりの、まだ周囲にはあまり知られていない青年だ。
シュンは、まだ二十一歳と歳の近い彼の進言を頼もしく思ったが、不安でもあった。自らを棚に上げて言うのもなんだが、やはりまだ若過ぎるのではないか、と。
「リチャード。此度の外交は国運を担っていると言っても過言ではない。正直、そなたには荷が重いのではないですか?」
キースもそう念を押す。それほどこの同盟が単なる外交ではないことが窺えた。
「そんなことはありません。必ず、ユグドラシルとの同盟をまとめて参ります」
リチャードはそう言い切った。その言葉は自信に溢れていたが、周囲はざわめき、シュン、キースもまだ決めかねていた。
「殿、私からもお願い致します」
そう言いながら、ざわめく間から出て、リチャードの隣に立ったのは、彼と同じ学舎の先輩で、彼の能力を評価し、登用を進めた、イカム=ムシカだ。
「確かに、彼はまだ若輩者です。しかし、秘められた素質は確かです。彼なら必ず成功するに違いありません。もし万一の事があれば、私も共に、責任を取りましょう」
こうしたイカムの懇願も加わり、シュンは遂に頷いた。
「よし。そこまでの決意があるならば、ユグドラシルとの外交にはリチャード殿を遣わす。この任の重大性をよくその肝に銘じて、必ず成功させてくれ」
そう言うと両人はパッと顔を輝かせ、そしてすぐその決意に再び表情を引き締めた。
「リチャード。軍議に二言はないですね?」
キースは尚も念を重ねた。先にも彼が言ったとおり、この外交はアルテイルの、シュンの信念を成し遂げられるかどうかが決まると言っても過言ではないのだ。
「はい。もしもの時は、如何なる罰を受けようとも、恨みは致しません」
リチャードがそう告げて初めて、キースは頷いて見せた。
こうして、ここにアルテイル王国の方針は固まり、シュン=アルテイルは戦乱の時代に、改めて一歩を踏み出したのだ。
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