【8】
女の子は、空を眺めた。僕も、彼女に合わせ、視線を空に泳がせる。木々から零れ落ちる水滴が、きれいだった。まるで、少女の話をあざ嗤うかのように次から次へと落ちてくる、そんな雨だった。
そんな雨に打たれ、全身を濡らしながらも少女は続ける。
「それで、気がついたらクラスでも浮いちゃってて。
どうにかしなきゃ、って思った。どうにか、あたしは自分の居場所を見つけようとした」
でも。彼女は、言葉を継いだ。
「ダメだった。
もう、あたしの力じゃどうしようもなかった。だから」
だから。少女は、つぶやく。
「学校に行くの、止めたんだ」
クラスになじめず登校拒否。よく聞く話だ。でも、どうして、もっとがんばれなかったの?なんで、レールの上に戻ろうとしなかったの?と僕は思った。
そんな僕の心を見透かすように、彼女は言った。
「ダメなの。一回レールから外れちゃうと、もう戻れないの。どんなに頑張っても。
・・・そんな顔するけど」
彼女は、僕の顔を指して言った。
「あなたは、戻れるの?一回外れたレールに」
分からない、というのが、僕の正直な感想だ。
僕は普通というレールの上から転げ落ちた事はない。それどころか、「あわや」という場面もなかった。彼女がどうにか戻りたいと願う「普通」というレールに、ただただ乗っかって日々を過ごしていたような僕では、もしかしたら彼女の痛みを理解してあげられないのかもしれない。
彼女は、そんな僕を半ば呆れたように眺めて、続けた。
「登校するのを止めるようになってから、あたしは家にこもった。あたしのことを認めてくれないこの世界がいやになっちゃって」
それは、違う。僕は心の中で訂正した。
世界がイヤになったわけじゃないんでしょ?イヤになったのは恐らく・・・・・。
彼女は不意にハハっと笑った。
「・・・・あなた、意外に鋭いのね」
「僕、何か言ったっけ?」僕は頭をかいた。
「顔」彼女は僕の顔を指した。「あなた、顔に出すぎ」
僕は、自分の面の皮をつまむ。この、正直ものめ、と心の中で叱りつけながら。
彼女は、さらに続ける。
「そう、イヤになったのはこの世界じゃなく、あたし自身」
彼女は、地面を蹴って、また続ける。
「なんてあたしはダメなんだ、って思った。
右を見ても左を見ても、あたしみたいにレールを外れた人はいなかった。
みんな、あたしよりすごい。上。
あたしは、みんなよりダメ。下。
ずっと、そう思い続けた。そしたら」
そしたら。
「なんだか、自分に価値がないように感じた。
世間をにぎわす死刑囚だって、少なくとも中学校はしっかり卒業してるのよ?じゃあ、それ以下のあたしって、一体何?
そんなあたしが、この世界にいていいの?」
それで。そう言って、彼女は、今までは長袖で隠されていた左手を僕の目に晒す。
僕は、思わず声を失った。目を背けたかったが、背けることさえ出来なかった。
「サクッと、やるようになった」
彼女の左手には、生々しく痛々しい傷が、まるでルーズリーフの付箋のように、無数に走っていた。これは、もしかして・・・・。
僕がその答えを口に出す前に、彼女は先回りして答えた。
「リスカ」
リスカ。リストカット。それが、彼女が行き着いた居場所だった。
彼女は、腕を晒しながら、続ける。
「なんだか、そのうち、左手が自分みたいに見えてきた。ダメな、自分に。普通にさえなれない、あたし自身に。
そしたら、憎くなった。左手が。
まずは、ボールペンだった。そこらに転がってたボールペンで・・・・・」
「もういいよ」僕は思わず言った。だけど、彼女は続ける。まるで、僕の声が聞こえないかのように。
「・・・・刺した。
痛かったし、血も出た。でも・・・・」
彼女は、笑った。
「嬉しかった。
ダメなあたしを殺したみたいで、すごい嬉しかった。でも」
でも、と言った彼女の顔は、今にも泣きそうだった。いや、もしかしたらもう泣いているのかもしれないが、降り続く雨のせいで、彼女が泣いているかどうか、ここからでは判別がつかなかった。
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