【7】
ブランコが、鳴っている?
僕は、奇異な感じを受けた。こんな雨の日に、ブランコを漕ぐ人なんていない。かといって、今日は風は吹いていないから、ブランコが自然とゆれる、なんてことも考えられない。
けれど、聞こえる。
キコキコという律動を持った音が。
ブランコは、まるで霧のように降りしきる雨によって霞んでいる。だれかいるのかも、ここからじゃよくわからない。
でも、もしかしたら。
あの子かもしれない。僕は、なんとなくそう思った。
普通に考えて、こんな雨の日に、公園にあの子がいて、ブランコを漕いでいるはずはない。でも、あの子だったら、いるかもしれない。だって、あの子は、「普通」を嫌う女の子なのだから。
僕がブランコに近づくと、どんどんブランコの輪郭がはっきりと現れていった。
カラフルな鉄骨。柵。鎖。そして最後に、女の子の輪郭が、僕の目に入った。ブランコに座って、雨でびっしょり濡れながらほんの少しブランコを漕ぐ、女の子の姿が。
あれ?あの子じゃない。
僕は、その光景を見て、そう思ってしまった。
だって、いつもあの子は長袖のシャツにデニム地のスカートといういでたちなのに、今、僕の前にいる女の子は半袖のTシャツに三本線のジャージの下をはいている。そして、犬を連れていない。
それ以上に、その女の子の醸す雰囲気が、いつものそれとは違った。
まるで、泣いているようにさえ、見えた。だから、声をかけるのを一瞬ためらってしまった。あの子であれ無かれ、声がかけづらかったのだ。
「ああ、こんな雨の日に、会いにきてくれたの?」
ブランコに座る女の子は、僕の姿を見つけて、言った。
僕も、ようやく理解した。雰囲気はいつもと違うが、あの子だ。
「うん」
僕は、ただ、そう答えた。すると彼女は地面を少し蹴った。ブランコが、キコキコと音を立て、また止まる。
「なにかあったの?」僕は相手を妙に刺激しないように、抑揚を込めずに聞いた。
雨の日に下を向いてブランコを漕ぐなんて、何がしかの事情がなきゃ普通やらない。そう思ったから、僕は訊いたのだ。
彼女は、まるで僕のことを値踏みするような目で僕を見た。そして、目を虚空に向けてから、言った。
「あたしね、普通じゃないの」
「え?」
「普通じゃないから、ダメなの」
「何を・・・・」言ってるの?と言いかけて、僕は口をつぐんでしまった。彼女の目が、あまりに真剣だから。
いや、そうではない。彼女は、僕に、しゃべって欲しくはないんだろう。まるで、「しゃべらないで」と僕に哀願するような双眸が、僕を見つめる。
きっと、聞いて欲しいんだ。何かを。
そう思ったから、僕は、彼女に投げかけたい言葉たちを、一生懸命に飲み込む。
彼女は、まるで独り言のように続けた。
「あたしね、本当は普通がいいんだ。
普通に学校行って、普通に恋して、普通に友達を作って、普通に生きたい。でもね、あたし、ダメなの。何でか、普通には生きられないの」
彼女は、一息付いて、続ける。
「あたしみたいにズレてる人間にとって、この世界は生き辛いのかもしれない」
彼女は、嘆息をした。
僕は、普通の人間だからわからないけど、ズレている人間から見ると、この世界はどこかよそよそしいものなのかもしれない、と、なんとなく僕は思った。
普通のレールに乗れない人間。それゆえに、「普通」を恨む少女。
彼女は、下を向いて続ける。
「あたし、これでもね、中学までは普通だったの。
普通に中学に行ってさ。普通に友達もいて。そういえば、月並みに恋もしてたっけ。でも、中学二年のときだったかな、クラス替えがあって」
ここで彼女は一息置いた。そして、まるで何かを吐き出すように言った。
「一人になっちゃった」
クラス替え、というのは、多感な中学生にとって、大事な要素だ。クラス替えによって新たな友達ができる事も多いが、一方で、孤立してしまうこともある。
クラス替え、というイベントの波に乗り切れず、一人になってしまう子。そんな子は古今東西どこにでもいる。でも、僕は、そういう子の気持ちを考えたことがあったろうか。
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