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雨と僕と女の子
作:矢車



【3】


 「ま、とにかく」そう言うと、少女はまたブランコを漕ぎ出した。「あたし、知らない人と話したくないの。ただそれだけ」
ショートカットの髪の毛が、ブランコの律動にあわせ、揺れた。僕は、そんな彼女のショートカットの髪がゆれる様子を、ただ見ていた。キレイだな、って柄にもなく思った。
 僕と彼女の犬は、そんな彼女を眺める。犬は、そのうち興味をなくしたのか、あくびを一つ打って、地面に伏せてしまった。
 裏切りものめ。僕は、横であくびをかく犬を恨めしく思った。
「でもさ、一つ、聞いていい?」僕は、恐る恐る彼女に訊いた。
「なによ」やはり、迷惑そうな、気の無い返事を彼女は返してきた。
「君、学校は?だって、君は高校生でしょ?」彼女の気のない返事にちょっとくじけそうになりながらも、僕は訊いた。
そう。朝の9時にブランコを漕いでる若い娘なんてまずいない。いるとするなら、それは僕のように不真面目な高校生くらいのものだ。
 だから、僕は気になっていたのだ。なんでこの娘はここにいるのか、と。学校は大丈夫なのか、と。
すると少女は、ブランコをさらに漕ぎだした。まるで、天に向かって漕ぎ出すように。
 そして、言った。まるで、吐き捨てるように。
「世の中の17歳が、すべて高校生だと思ったら大間違いよ」
「え?」
僕は首をかしげた。
「・・・・・だから」彼女はじれったそうな顔をして、続けた。「あたしは理由あって学校に行ってないの」 
 「ああ」僕は手をぽんと打った。
 でも、なんで学校に?僕はさらに首をかしげた。
 僕にとって、学校は楽しいところだ。友達もそれなりにいるし、勉強もそれなりに楽しい。まあ確かに嫌な事もある。でも、そんな物は目をつぶってしまえばなんてことはないし、少なくとも、こんなところでブランコを一人で漕ぐよりは楽しいはずだ。
そんな僕の考えを見透かしたかのように、彼女はつぶやいた。
「あなたにとっては、学校は楽しい処なのかも知れないね。でも、あたしにとっても楽しい処とは限らないんじゃない?」
そういうものなのかもしれない。と、僕は思った。
 学校っていうところは、いたいけな子供を原料に「普通」の人材を作る社会のパーツ製造工場みたいなものだ。口では「個性の尊重」だ、「個性を伸ばす教育」だ、とは言っても、結局は勉強や社会のルールを詰め込み、一定の人材を作り出す。そして世にそういった人材を供給する、それが学校なのだろう、きっと。
 この女の子のように「普通」を拒絶する子にとっては、そんな普通を押し付けるような「学校」という場所は楽しくもなんともないのだろう。僕にとっては楽しい学校。その裏では、楽しんでいない人が一定数いる。なんだか、背中が寒くなるような思いをした。
「それより」彼女はブランコの律動を緩めた。「あなた、時間は大丈夫?」
僕は思わずデジタル時計に目を向けた。
 ゲゲ。もう九時半。このままじゃ二時間目も遅刻してしまう。
「・・・・・あなたは学生なんでしょ?」
彼女は、「あなたは」にアクセントをつけて、僕の身なりをまじまじと見ながら言った。
 僕の学校は制服校で、別に着崩す必要性も感じていなかったから、紺のブレザーを普通に着ている。だから彼女にも判ったのだろう、僕が高校生だという事が。
「うん。もう行かなきゃ、時間だ」
僕は犬に手を振って、自転車にまたがった。
「じゃあね」僕は、彼女の無表情な顔を見て、そう言った。
僕はペダルに足を掛けた。その時だった。
「ちょっと待って!」
彼女が僕に言葉を投げかけた。僕は思わずペダルから足を離した。
なに?と僕が聞くと、彼女はちょっと間を置いてから、言いにくそうに言った。
「・・・・・また、会えるかな、あなたに」さっきまでの難詰口調とは違う、優しい声だった。いや、優しい声、というよりは・・・・。むしろ、まるで哀願するかのような口調。
「ん?ああ、会えると思うよ。今日はたまたま一時間目をさぼっちゃったからここにいるんだけどね」僕は頬をポリポリやって答えた。
「あたしは、毎日この時間に」女の子は、柵につながれていた犬を指した。「この子の散歩をして、ここでブランコを漕いでる」
犬は、ふあ〜っとあくびをした。さっきからあくびの多い犬だ。
「うん、わかった。毎日は会えないけど、気が向いたらここに来るよ」
「うん、うれしい」
さっきまで無表情だった彼女は、ふっと笑った。
 それが、彼女と僕との出会いだった。
 なんだか釈然としない、というのが僕の感想だった。
 だって、「見ず知らずのヤツが話しかけてくるな」と言ったと思ったら、「また会いたい」なんて正反対のことを言う。
 乙女心に春の空、てか。と、僕は覚えたての熟語を思い浮かべる。・・・・やっぱり、覚え間違えてるけど。
 けれど、そんな矛盾を抱えてブランコを漕いでいる彼女は、たしかに居たんだ。

  僕らが生きる、この社会に。












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