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雨と僕と女の子
作:矢車



【1】


 

  チリンチリン。
 僕は、ペダルをガシガシ踏み込んで、暴走列車さながらに通学路を自転車で走りぬける。
「ドバビュン!!」と、まるでマンガみたいなゴキゲンな音を立てて、僕を乗せた自転車は目覚めたばかりの街を縫うように進む。
 朝からお疲れ様な空気を醸すサラリーマンや、朝帰りと思しきケバいおねえさんをすり抜けて。 
 いつもだったら、すれ違った人の顔を思い出して、その人の人生模様を考えるのが僕の日課だ。
 例えば「朝からお疲れな空気を醸すサラリーマン」氏の場合、「大谷サトシ(45)、妻に息子・娘の4人家族。最近息子が反抗期で、娘も自分のことを嫌っていて、さらには奥さんにも・・・・・・」みたいに。そして、ほくそ笑む。それが僕の日課だ。
だが。今日はそんな暇がない。
なぜかって?それは。目覚まし時計のせいだ。
 皆も覚えておいて欲しい。 
 どうやら、目覚まし時計もストライキを打つものらしい。
 目を覚ましたときには、件の目覚まし時計は朝の八時を指していた。タイマーが鳴った形跡はない。
 多分、僕が目覚まし時計のタイマーをセットするのを忘れていたのだろうが、それを認めるのもしゃくなので、「目覚ましがストを打った」ということにしておこう。しておいてくれ。ていうか、しておいてください。

 そんなわけで、いつもはトロトロと自転車を進めている僕だったが、今日は足の筋肉が引きつって悲鳴を上げるほどペダルを踏み込んでいる、という次第だ。
 左手のデジタル時計を見る。8:35の表示。ああ、こりゃ遅刻だ。 
 「あ、もうダメだ」
 僕はペダルを踏むのを止めた。
 まったく、高校生というのは楽なもんだ。遅刻しても、そこまでマイナスにはならない。もしこれがサラリーマンだったら、と思うと冷や汗ものであるが、僕はあくまで高校生。いくら遅刻しても、せいぜい先生にどやされるくらいのものだ。だったら、別に遅刻してもかまわないよな。
 そういう、「ま、遅刻してもいいか」的な気分が僕の中で広がり、それがペダルを踏む足にまで伝わったのだ。
 結局僕を乗せた自転車は、ガクンとスピードを落とした。
チリンチリン。
「でも、どうしようかなあ」
僕は、思わずつぶやいた。
 もう、一時間目には間に合わない。かと言って、今から登校したら、二時間目には時間がある。
「たすきに短し帯に長し、か」
最近覚えたことわざを、ふとつぶやく。ま、間違って覚えているのはいっそご愛嬌だけれども。
 とにかく、時間がある。どうしようかな。
こういうときに、僕がやることは決まっている。
 街の散策。これだ。
街の散策って、けっこう楽しい。色んな理由はあるが、「自分の知らない所を知るのが楽しい」からだろう。
 普段、自分と出会うはずのない人たちと出会えるかも知れない、という期待のようなものがあって、ワクワクとするのだ。
 まあ、とは言っても、そういう人たちと出会うことっていうのは、本当に稀なんだけど。
 実際のところ、出会えなくても構わないのだ。
 「人と出会えるかも」っていう淡い想像(妄想)が、散策の醍醐味なのだから。
僕は、自転車のハンドルを傾け、通学路から延びている、細い横道に入った。
 この横道は、新興住宅街に続いていた。
 昔この辺りは古い工場が立ち並んでいたけど、最近取り潰されて住宅街になった。
 だから、この辺りの光景は新鮮だ。
5月の風を受け、僕の自転車はシャーっと住宅街の間を抜けていく。
 時計を眺めると、9時を表示している。人っ子一人見当たらない新興住宅街を見渡して、そりゃあ人が見当たらないわけだよ、と僕は思わずつぶやいた。
 朝の9時って、サラリーマンはもう会社に行ってるし、かといって主婦の皆様は家事をしている時間だからだ。
 こんな時間に出歩いているのは、暇な学生だけだ。・・・・いやいや、違うか。
 思い出したように上を見ると、「俺のことを忘れんなよ!」と言わんばかりに太陽がさんさんと輝き、僕の首元を焼く。
 5月の太陽も日差しが強いんだなー、へえ。と僕は思った。
 まるで誰もいないんじゃないかと思わせるほど静かな住宅街をサーっと抜けると、目の前に、今までとは違う色彩が目に飛び込んできた。
 緑。毒々しさすら感じるくらい鮮やかな緑色。
 「きれいだなあ」
  思わず、僕はつぶやいた。
 どんなに毒々しかろうが、緑というのは心が和むものらしい。
 日本人がこの季節に、「初夏」と特別な名前を与えたのは、きっとこの緑を讃えるためなのだろう、きっと。僕は、なんとなく、そう思った。
よく見ると、その緑の鮮やかな空間は公園だった。
どうやら、新興住宅街よりはるかに古い公園らしい。それが証拠に、公園を区切る木の多くが大きく、鬱蒼としている。もしこの公園が最近出来たものだったら、若い木がたくさんあってしかるべきだろう。
 そして、木で囲まれたスペースの内側に、ジャングルジムやら滑り台やらといった「公園の定番」が配置されている。
「へえ、こんなところにねえ」
 僕は自転車から下り、自転車を引きながら公園に入っていった。
 ・・・・・でも、こんなところに公園があったかなぁ。
僕は公園の入り口で首をひねった。
 僕は、生まれてこのかた、この街に住んでいる。にも関わらず、こんな公園見たことがない。
 あ、でもここら辺には遊び友達がいなかったな、と、ふと小学校時代の友達の顔を思い出す。
公園の中は、木陰によって日差しから守られ薄暗い。おかげで、空気がひんやりとしている。
 しかし、ここでも太陽は自己主張をやめないらしく、葉のスキマから、木漏れ日が落ちてきている。
 ぱっと見、何か荘厳な雰囲気すら醸している。
 だが、奥の方を見ればジャングルジムや砂場、ブランコが見えるから、「ああ、公園なんだな」と納得できる。
 僕は、公園を見渡した。
 ひんやりとした公園の空気が、僕の頬をなでる。
 僕は、嬉しくなった。
 自分しか知らない秘密スポット発見!!これは、散策を趣味とする僕にとってはこの上なく嬉しい。
 一人、達成感のようなものに酔いしれる僕であった。
 と・・・・・。
 キコ・・・・、キコ・・・・・。
 何かがきしむような、しかも特定の律動をもって響く音。そんな音が公園に響く。
 僕が音のするほうに振り返ると、一陣の風が僕の髪の毛を撫で、流れていった。
 僕の視線の先には、ブランコがあった。
  


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