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悪役令嬢は無邪気に笑う。

作者:夜流
久々にちゃんと書きました。
だがしかし会話文ばっかに・・・。
 数ある貴族向け寄宿舎学校の一つ、ルシアーノ校。
 この学校が特に優秀とされる由縁は、その創設者が国家元首たる国王であり、代々の王族の子息がこの学校に通うことにあった。
 つまり寄宿舎学校の最高峰であり、そこには選び抜かれた多くの貴族たちが通っているのである。
 大理石で築かれた、宮殿と見まごう白亜の学び舎には、今日も多くの若者が上品なグレーの制服を身に纏い、切磋琢磨しつつ己を磨いているのである。

 その由緒正しき寄宿舎学校の渡り廊下を歩く人影があった。
 人影は複数ある。一人は十代半ばと見られる少女で、残る二人は少し年上と思われる青年だ。

 美しい少女だった。
 一切癖なく腰まで流れる、煌めく淡い金髪。透き通るように白い肌。長い睫に縁どられた大きなサファイアの瞳。すんなりとした肢体は華奢で均整がとれている。さながらお人形のように優美で可憐な美少女だ。
 そのただ歩くだけの動作も気品に満ちた、一目で高貴な令嬢と分かるたたずまいである。
 二人の若者もまた見目良い容貌を持っていた。
 一人は短めに整えた紅い髪と輝く琥珀の瞳を持つ、野性的な美男子である。
 もう一人はやや長い黒髪と理知的な青の瞳を持つ、怜悧な美男子だ。

 一目で貴族令嬢と子息と分かる組み合わせだが、場の雰囲気は固く物々しい。
 赤髪の青年は少女を先導するように前に立ち、大股に歩を進めている。
 もう一人の黒髪の青年は少女の真後ろに立って後に続く。
 さながら犯罪者の更迭のような光景だった。特に先導する赤髪の青年は少女の歩幅に構うこともなくすたすたと足を動かしている。
 おかげで少女はほぼ小走りになって後を追わねばならなかった。
 貴族令息としては目を疑うような無礼だが、青年たちも、そして少女もあえて口に出すことはなかった。

 そして渡り廊下の先、裏庭にあるやや広めの東屋に着いた。
 木々が鬱蒼と茂る裏庭は人の声が響きにくく、程よく木漏れ日に満ちた憩いの場だが、何年も使われていないというその東屋は優美な外見を持ちつつもすっかりさびれた場所になっていた。

「あら」

 令嬢は小さく澄んだ声を上げた。

 そこにはさらに三人の青年がいた。
 一人は銀の髪と水色の瞳の優美な美男子。
 二人目は栗色の髪と鳶色の瞳の愛嬌あふれる美男子。
 最後の一人は黄金色の髪と、群青の瞳を持つ涼やかな美男子。

 令嬢はつぃ、と視線を彼らにめぐらし、再び、

「・・・あら」

 小さく声を上げた。
 もう一つの人影に気付いたからだ。
 小さく華奢な人影だった。金髪の青年の陰に隠れて見えなくなるほどに。

 そこには一人の少女がおびえた様子で佇んでいた。顎の先に触れる程度の長さの、ふわっとした栗色の髪。ぱっちりとしたつぶらな緑の瞳。花のような唇は優しい薄桃色で、白い肌によく映えている。貴婦人にはない素朴さと軽やかな愛らしさが人目を惹きつける、可憐な少女である。

 令嬢を連れてきた二人はやはり少女を守るように、金髪の青年の脇に控えた。

「ティア。お前には失望した」

 金髪の青年――ラファエル・ゼノヴァン王太子は冷ややかに言った。
 その声には間違いなく糾弾と侮蔑が色濃く存在した。

 令嬢――ティア・フォティは大きなサファイアの瞳を見開いた。

「今までの悪事・・・この私がしっかりと調べさせていただきましたよ」

 艶やかな黒髪の青年――ジュリウス・アイジスが口を開く。

「悪事、とは?」

 ティアはきょとんとして復唱した。
 ジュリウスはそれを故意に無視すると次のようなことを言ってのけた。

 ひとつ、ソフィア・ルーリィの持ち物が壊されていた。
 ひとつ、ソフィア・ルーリィの事実無根の悪評が女生徒を中心に蔓延している。
 ひとつ、ソフィア・ルーリィに対する直接的な侮辱、無視。
 ひとつ、学校内の茶会やサロンでソフィア・ルーリィに招待状が来ないようにした。
 以上のことが、ラファエルの婚約者であるティアが醜い嫉妬に駆られて行ったものである。

 淡々と述べたジュリウスは最後にわずかに高ぶった口調で断言した。

「以上のことから、ティア・フォティは我ら生徒会の見地においてこの学校の生徒として不適格であり、即急な退学処分を校長に進言する。そして、このような者を王太子殿下の婚約者にするわけにはいかない。最後の温情措置として、自主的な婚約破棄をおすすめする」

 そう。彼ら五人はこのルシアーノ校の生徒会メンバーである。
 この生徒会は家柄、教養、評判によって毎年厳正なる審査が行われ、国の未来を支える将来有望な若者たちによって構成されているのだ。
 将来国のトップを固めることが約束されている彼らの発言権は当然強い。
 それこそ彼ら全員による進言ともなれば生徒の一人ぐらいは追い出せるほどに。
 ティアは公爵令嬢であるため、実際退学に持ち込めるかはほとんど賭けだが、それでも一時の自宅謹慎程度は免れないだろう。そしてその小さな傷は確実に彼女をむしばむのだ。
 この五人を敵に回したことで、この学校、ひいては貴族社会では破滅も同然である。

 五人の青年は殺気すらこもった視線でティアを睨んだ。
 なぜなら彼らは少女――ソフィア・ルーリィを愛していたからだ。
 男爵令嬢でありながら、ソフィアは気丈な娘だった。そして貴族の枠にはまらない奔放さ、温かなやさしさは彼らにとって癒しであり、それが愛情に変わっていくのは時間の問題だった。
 だからこそ、彼らは自分たちの健気で可憐な少女を害した令嬢を、絶対に許さない。

 かくして令嬢は、みっともなく取り乱し、縋り付き、懇願し、逆上・・・・・・

「・・・はぁ」

 しなかった。
 ただ可愛らしくため息をついただけだった。美しい眉をちょこっとひそめている。
 「困ったものですねぇ」とでも言いたげな表情と仕草である。

 青年たちの視線に一瞬困惑が揺れるが、すぐに強い怒りの感情にとってかわった。
 「・・・なんだ。何か言いたいことでも?」
 口火を切ったのはやはり王太子であった。涼やかな群青の瞳が鋭く細められている。

 対してティアは恐れるふうもなく、小さな両のこぶしを握って、それを細い腰に当てる。

 「大ありですわ。殿下」
 「ッ――ティア、これ以上言い逃れするなら――」
 「まあ、まずはおだまりになって?」

 ティアは芝居がかった仕草で右手の人差し指を立てて陶器のように滑らかな頬に添える。

 「とりあえず、私のお話を聞いてくださいまし。容疑者に釈明は許されているはずですわ」

 にっこり笑ってそんなことを言う。
 ジュリウスは眉をひそめてティアの整った顔をじっと見つめたが、結局顎で指して見せた。
 言うことがあるなら言ってみろ、と表情で物語っている。
 ティアは膝下まである制服のスカートを手で摘まんで淑女の礼をとると軽やかに話し始めた。

 「まず、ソフィアさんの持ち物が壊されていたという件ですが、具体的に何が、いつ、壊されていたのですか?」
 「・・・過去に遡っていくときりがないな。この一週間以内では一昨日の午前中にソフィアのノートが、昨日には放課後に彼女の教科書が破られていた」
 「私が行ったという物証はございますの?」
 「その時間帯、貴方は自由時間だったはずだ」

 ジュリウスは冷ややかに見下した口調で言った。確かに一昨日の午前は彼女のとっている授業は休講になり、自由時間を楽しんでいた。
 しかし。

 「その時間は、私はお友達とカフェテリアでお茶をしておりましたの」

 ティアは微笑みを絶やさず言った。
 ジュリウスは一瞬うろたえた表情になるが、すぐに冷たく、

 「あなたなら、指示を出して他の者にやらせることも出来る!」
 「つまり、具体的な証拠は何もないのですね。状況証拠というのもおこがましいですわ」

 ティアはさらりと流した。
 ジュリウスの理知的な瞳に怒りの炎が点るが、ティアはそれもどこ吹く風という風情で再び口を開く。

 「さて、次に女子生徒を中心にソフィアさんの悪評が立っている、というお話ですが。さらに直接的な侮辱と無視、でしたっけ?」
 「ああ。あんたがやったことだろう!」

 ここで口を開いたのはティアを先導していた赤髪の青年だった。
 青年――ライオス・デリンジャーは燃えるようにティアを睨んだ。

 「下賤の生まれだの、貴族の風上にも置けないだの、果てには男漁りをしているだの!!
 おまえら、人として恥ずかしいとは思わないのか!!ソフィアが男漁りしてるだと!?
 自分たちのほうこそ、着飾ることと噂話ぐらいしか能のない連中だろうが!!」

 間違っても貴族令息がか弱い令嬢を怒鳴りつけていい状況など、そうそう発生するものではないが、彼はこの対応が今一番ふさわしいと思っているらしい。
 ティアはこの青年をちょっと睨んで見せた。

 「着飾ることと噂話・・・ですか。どちらもきちんとわけあってのことですが、男の方・・・それも〝脳筋”などと呼ばれる類の方はやはり違いますわね。まあ、そこは今は置いておきましょう」

 ティアは淑女らしく口元に手を当てつつ言った。

 「それに関しては、こう言わせていただきます。果たして、それらが本当に事実無根の噂だと、皆さま、本気で思っていらっしゃるのですか?」
 「なっ――!?」
 「ああ、貴方はちょっとおだまりになって?うるさいです」

 ティアはやはり冷たく言った。

 「ソフィアさんの振舞には多くの人々が眉をひそめていらっしゃるのを、皆様お気づきでないの?ならその目は節穴ですわね」
 「・・・ティア。貴様、不敬罪で死にたいのか?」

 王太子ははっきりと怒りを見せた。

 「おだまりになって。――もう三回目ですわね。
 ソフィアさんの行動を客観視してみましょうか。ソフィアさんは貿易商で最近栄えている男爵家の方です。だからこそこの由緒正しきルシアーノ校に入学されました。そこまではいいのです。
 けれど、問題はそこからです。特に目立った実績もないのに、なぜ、ソフィアさんは生徒会の皆さまといつもお時間を共にされているのでしょう?」
 「俺たちがだれと付き合おうと、お前らに口出す権利があると思っているのか!?」
 「ああ、あなた、お願いですからおだまりになって?
 ――口出しする権利はございませんわ。・・・私たちには。」

 ティアは後半に重きを置いた口調で静かに言った。

 「けれど、口出しする権利がある方を、お忘れなのでは?いえ、あえて忘れていらっしゃるのですね」
 「・・・なんだ、何が言いたい」
 「ほほほ。わかっていらっしゃるくせに」

 ティアは焦らすようにくすくすと玻璃の玉を転がすような笑い声を立てた。

 「言いたくないならこちらから申し上げさせていただきますわ。あなた方の婚約者です」

 一瞬東屋の空気が静かになった。
 そう。ここにいる五人の若者たちは王太子をはじめとして、皆、婚約者を持つ身なのである。
 貴族としてはさして珍しくない。特に彼らのような若く身分も高く教養もある者たちから先に婚約が決定していくのは自明の理ですらある。
 婚約者のいる身でありながら、ソフィアを愛している。
 ならば正義は、絶対的に令嬢の側にあるのだ。

 「ねえ、殿下。お話の後半は確かに実際に在った出来事ですわ。でも、いろいろとそちらに都合よく改変されているわ。王太子たる者、公平な目線はお忘れになりませんように。
 さて、それでは私が何をやったか、むしろ主犯だろうと皆さま思っていらっしゃるようですが、違いますわ。そもそもソフィアさんのこと自体、私も恥ずかしながら噂で知ったのですよ。勿論、その後事実確認はさせていただきましたが・・・。
 信じていらっしゃらないようですね?まあ、ようございますわ。」

 どうでも、と後に続きそうな調子すらあった。
 気づけば場の空気はすっかりティアに支配されている。

 「・・・仮に、それが本当だとしても、だ。貴様の責任は大きいだろう」

 王太子はほとんど射殺さんとする勢いでティアを睨み、吐き捨てた。

 「王太子の婚約者である貴様は令嬢たちの中の絶対的な権力者だ。そのような立場でいながら、このような状況を放っておいたと?」

 「まぁ殿下!」

 ぱっとティアは笑顔になる。

 「そのお言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ」
 「なっ!?」
 「そもそも、なぜ王太子の婚約者たる私が一生徒をそんなにも気にかけねばなりませんの?」

 ティアは童女のように小首をかしげて見せた。

 「そもそもの原因が、もしかして私の妬心にあると思っていらっしゃて?違いますわ。殿下。
 この騒動において一番の悪は、貴方にございます」

 王太子は目を見張った。呆気に取られて言葉も出ない様子であった。

 「一番の原因は殿下、貴方の曖昧すぎる態度です。ソフィアさんという何の実績もないお嬢さんを、ふらふらと傍で遊ばせていたことです。なぜ、ソフィアさんのことについて、一言皆にお声掛けなさらなかったのです?この娘は自分が認めた友人だとか。たとえ言いたいことがあっても、殿下自らそう宣言されたのなら、皆、ソフィアさんには殿下のご加護があると思えたでしょうに!それならソフィアさんがこのような目にあうこともなかったでしょうに!
けれど、貴方は何もなさらなかった。
 ――この状況で、私にいったい何が出来るでしょう?殿下、貴方は私が直にお聞きしてもにらむばかりで何もおっしゃってくださいませんでしたわね。私も困りましたの。皆さんにソフィアさんはいったい殿下の何なのか、と訊かれても答えられるわけがありませんもの。結果的に、私も打つ手がなく、皆の不安と不満を助長したことはお詫び申し上げますわ。
 けど、ねぇ、殿下。
 そもそも、皆を不安がらせたのは、いったいだぁれ?
 ソフィアさんに向けられた言葉。下賤、貴族の風上にも置けない、男漁りをしている。
 実際がどうであれ、こう取られてもおかしくはありません。むしろ貴族としては常識的でしょう。
 そう、貴族!貴方方はまずそこから考えるわけでは無くて?
 ソフィアさんに招待状が来なかった件についてですが、まあそれは起こるべくして起こった、とでもいいましょうか。このような方、あまりお誘いしたくないでしょうし。
 ああ、でもその件についてはきっかけがございますの」

 ティアはぺらぺらと流ちょうに、一気にしゃべった。そしていったん切ると、ひた、とそのサファイアの瞳をソフィアに向けた。しかしそれもすぐ隠される。
 王太子だ。彼がティアの視線から少女を守るように立ちふさがる。
 今までのティアの弁に思うところがそれなりにあるのだろう。何も言わない。
 しかしその群青の瞳に浮かぶのは『皆の不安をあおった』ということよりも、『ソフィアへの嫌がらせを今まで気づかず、未然に防ぐこともしなかった』という後悔の念であった。
 ティアはサファイアの瞳をより強く煌めかせた。
 王太子は――この男は、すでに『私よりも公を優先する』という王族として必須の考えを失っている。

 「あれは少し前のことです。私、何もしていないわけでは無かったのですよ?ソフィアさんにも少々忠告めいたことをしましたし。まあ、『貴族の子女としての自覚をもって』とか、我ながら程度の低いものではありましたが。
 しかし、ソフィアさんは聞く耳を持ってくださいません。生徒会の方々との親密さも増すばかり。
 そこでとうとう我慢できなくなった方がおりますの。ニコルさんです」

 その名前に表情をしかめたのはライオスだった。
 ニコル・フレンディはこの男の婚約者である。しかしティアは特にライオスに注意を払うこともなく、話をつづけた。

 「ニコルさんはソフィアさんと直接お話したいとおっしゃいました。私にも同席してほしいと。公平な目で、判断してほしいと」
 「は・・・」
 「ライオスさん、うるさい。――それで、私は場を整え、ニコルさんとソフィアさんを引き合わせました。
 ニコルさんも出来るだけ穏便に済むように、終始それはそれは穏やかにソフィアさんにおっしゃいましたの。ただ、自分は本当のことを――ライオスさんの心を知りたいと」

 ライオスはこれに瞠目した。なぜなら――

 「けれどソフィアさんはおっしゃいましたわ。あなたは鬼のような人だと。権力でライオスさんを縛る悪女だと。そして最後に・・・本当に去り際に嗤っておっしゃいました。
 婚約者に愛想をつかれた負け犬のくせに、出しゃばるなんて、みっともない、と」

 「――うそよ!!」

 ソフィアは叫んだ。そしてライオスに縋り付いた。

 「信じて、ライオス先輩!!この人は平気な顔でうそを吐くのよ!!私、あの日は本当は・・・、
 ――っもう、本当に怖かった・・・!!」

 呆然としていたライオスははっとした。
 そうだ、あの日は確かに自分は泣いているソフィアを保護したのだ。しかも、その原因が自分の婚約者とティアがよってたかって彼女を責め立てたことであると知って、ライオスは激怒した。
 そしてそのままニコルに逢いに行き、ものすごい剣幕で怒鳴りつけた。
 ソフィアは緑の瞳に澄んだ涙の雫を浮かべて自分を見上げている。そうだ。自分は何も間違ったことなどしていない。
 それなのに、なぜ、あのときのニコルの涙が脳裏に浮かんで、離れないのか・・・。

 「・・・平気でうそを吐く。否定はしません。私もこのような身分の者。笑って嘘もつきましょう。
 けれど、これだけは言わせていただきます。あなたにだけは言われたくない」

 ティアは笑顔を完全に消していた。氷のように冷たい表情で、ソフィアを含む六人を睨んだ。

 「さて、ことの次第は、このようなことですわ。殿下。もっとも、このようなこと私が説明せずとも校長先生が私と同じような説明をなさってあなた方に頭を冷やせ、とおっしゃられたでしょうけど」
 「・・・・・・だまれ」

 王太子は理性を失くした目で言った。

 「話を聞いていれば、そちらこそ自分にとって都合の良い話ばかりではないか。
 しかしそうだな。私にも非があった。だから今ここで明言しよう」

 王太子は一拍置いて、堂々たる声で宣言してしまった。

 「私は、ソフィアを愛している。ソフィアは私の愛する人だ。何者も害することは許さない。
 そしてティア。貴様に私の心が向くことは、金輪際、決してない!!」

 王太子はほとんど吠える勢いで言った。それは王族としての決定だった。
 ――ソフィアの立場はたしかに明確になったのだ。
 その意味が分からない周囲ではない。四人の青年はどよめき、しかしそこにあるのは貴族として王族の宣誓に立ち会った驚きというよりも、愛する少女を我がものであると宣言したことに対しての批判と嫉妬だった。
 ティアは感情を感じさせない瞳で王太子をじっと見つめ、そして笑った。

 「それは、私との婚約を正式に破棄してからおっしゃいませ」
 「無論だ。時が来れば国王の御印が押された文書を持って宣言してやる」
 「さようですか」

 ティアはもう用はないとばかりに背を向けた。
 東屋を出ようとしたとき、顔だけ向けて言った。

 「では、私も明言させていただきますわ。私は、愛妾を許さないほど狭量ではございません」

 王太子は何事か喚きたてたが、ティアが振り返ることはなかった。



 そして、後日。



 「どういうことだ!!ティア!!」

 フォティ公爵の屋敷。薔薇色の大理石が敷き詰められた玄関ホールで怒鳴り散らす王太子の姿があった。

 「どう、とは?こっちが言いたいですわ」

 ティアは水晶の欄干を持つ螺旋階段から降りて静々と王太子の前に歩み寄った。
 若草色のドレスを着こなしたティアは腰に手を当てて怒った口調で言う。

 「私、忙しいのです。まだ髪飾りの選別も終わっていませんし、ドレスも――」
 「婚約破棄とはどういうことだ!!」

 王太子は唾を吐いて喚いた。本日の王太子は私服であった。それでも金糸を取り混ぜた白い装束は自然と目を惹き、青年の金髪碧眼にもよく映えている。まことに王族然とした端麗な装いでありながら、王太子その人の態度は頑是ない子供のようだった。

 「あら。ちゃんと国王陛下からお聞きしておりませんでしたの?」

 ティアは改まった口調で高々と言った。

 「私は王太子殿下との婚約を破棄しますと。
 ――そして、カルバン帝国の皇帝、アルジャーノン様に嫁ぐと」
 「だから、なぜ!!」
 「なぜ、と申されましても・・・、王宮でお父様とご一緒にご挨拶させていただいたのですが、その時に滞在中の無聊を慰めるために少々話し相手になるよう申し使わされましたの。それから少しの間皇帝陛下とご一緒させていただきましたところ、陛下はたいへん私をお気に召してくださいましたの。それはもう、正妃としてお迎えしていただけると約束してくださるほどに!」

 ティアは頬に手を当ててうっとりとした。磁器のような頬は薔薇色に輝き、それを白金の髪が縁どって作り物のように美しい。それでいて表情は生き生きとした若い娘のそれである。

 「陛下もそれは喜んでくださいましたの!カルバン帝国と言えばこの大陸随一の貿易港を持つお国ですもの!内陸に位置する我が国ではなかなか手に入らない品物や文化もたくさんございますし、それらを優先的に我が国に流していただけるんですって!皇帝陛下にとっても私との婚姻はそれはそれは意義深いものですもの。即位されたとはいえ、お若く妾腹の陛下に周りの方が素直に追従してくれなくて困っていらっしゃるんですって。でも、古くからの同盟国である我が国の後ろ盾があれば周りの方もそうそう文句など申せませんでしょう?我がフォティ家は第二の王家とも呼ばれておりますし、現王家には陛下と釣り合うお年頃の王女様がいらっしゃらないから、私が適任なんですって!それにそれに、私自身のこともお気に召したと!とても可愛くて賢いと褒めてくださいましたの!アルジャーノンさま、本当に素敵なお方ですのよ!褐色の肌に、銀の御髪と紺碧の瞳がとてもよく映えて、男らしいのに優雅でいらして!」

 ぺらぺらぺら。ティアはそれはそれは饒舌に熱く語った。
 ちなみに彼女はただいま嫁ぎ先に送る荷物の選別中である。なるべく早い挙式を皇帝は所望していた。

 「お前は私の婚約者だろう!?そのような軽々しい心変わり、不義ととられてもおかしくないであろうが!!」
 「まあ、私のお話、ちゃんと聞いてくださってました?国王陛下もお喜びでしたのよ。ご心配なさらずとも殿下にはきちんとほかの婚約者が・・・ああ」

 ティアは得心したように小さなこぶしをもう片方の手の平にぽんと打った。

 「もしかして、だから、ですの?」
 「――ッ」

 王太子は苦虫をかみつぶすような、屈辱的な表情をした。
 ティアはそれを図星と受け取ってふぅん、と露骨に見下す目つきになった。

 「後任のご婚約者に・・・、殿下は、ソフィアさんを推挙なさったのですね」

 無謀ですこと。ティアはその言葉を目線と態度で示した。

 「で、当然のこととして陛下はそれを退けた、と。代わりにあてがわれたのはアリアさん?それともシャルロッテさん?いずれにしろ・・・」

 ティアは猫のような笑みを浮かべた。

 「――ソフィアさんをお迎えするのは、絶対に許さないような方々でしょうね」
 「――私は・・・!」
 「今更何か?流石に父王陛下に諭されてソフィアさんでは正妃は務まらないとようやくご理解なさったの?それともどうしてもソフィアさんを妻にしたいなら王位継承権を返上しろとでも?当然ですわね。別にこの国の王子殿下はあなただけではないのですし」
 「・・・私は、望んで王子になったのではない」
 「あら、――それが、ソフィアさんに付け込まれた理由?なら、さっさと返上なさればいいのに。まあそれは置いといて。結局こういうところですか?――愛妾を許すと言った、私を娶って、王位も女も手に入れる、と。・・・浅はかだこと」

 王太子は顔を真っ赤にして怒りながらも、返す言葉が思いつかなかった。自身の浅ましさなど本人が一番よくわかっている。一度袖にした女に再び言い寄っているのだから。しかし、それでも、愛する人を手中に留めておく他の方法など、一切思いつかない。
 当然である。他の方法など、ないのだから。
 だから、王太子はなんとか言葉を繕って、口を開き――、

 「どういうことよ!!」

 そこに怒鳴りこんできた女がいた。

 「ソフィア!?」

 驚愕の声を上げる王太子。

 「あら」

 小さく困惑の声を漏らしたティア。
 その背後に視線をやって、ティアはなるほどと思った。ソフィアについてきた御者らしき初老の男性の衣服の胸に施された家紋。あの理知的な黒髪の青年、ジュリウスの生家、アイジス家のものである。何か知らないが、とにかくティアか今ここにいる王太子かに用があるのだろう。しかしソフィアの伝手ではこの公爵家の門をくぐることなど不可能である。そこで泣きついたのがジュリウス、というわけだ。
 こちらも浅ましい。女のために実家の家紋つきの馬車を貸してやるとは。

 しかしひとまずはそれも横に置こう。ティアはずかずかと優雅さのかけらもなく向かってくるソフィアを見据えた。
 ふわふわした短い栗色の髪には編み込みを入れて白い薔薇を挿し、レースを縫い取ったレモンイエローのドレスもとても可愛らしい。
 しかしその整った顔に浮かんでいるのはまさに悪鬼の形相だった。白い肌は真っ赤に染まり、目はいさめられ、歯をむき出しにしている。
 ティアの背後にいた侍女が反射的に主の前に進み出ようとするぐらいには危険な雰囲気も身に纏っていた。しかし、ティアはそれを軽く手を挙げて止めた。
 ティアはまず挨拶でも述べようとして唇をわずかに持ち上げたが、それよりも先に王太子が駆け寄った。

 「ソフィア!?いったいどうし――」
 「さわんじゃないわよ!!」

 ばしっ、と。ソフィアの細腕が鞭のように王太子の差し伸べた手を打ちすえた。
 王太子は絶句した。先程まで熟れた柿のようだった顔がくるりと表裏を返すように白く染まった。
 ティアは流石に少しだけ王太子に同情した。いったい、この娘は本当に愛しい人なのだろうか?

 ソフィアはティアの目の前に進み出ると爆発するように喚いた。

 「なんであんたなんかがアルジャーノン様の正妃になるのよ!!」

 「は?」

 ティアはぽかんとした。なぜそこを責められるのだろう。王太子も同様の困惑を浮かべている。

 「なに、と言われましても・・・、私、確かにあのお方と婚約しておりますのよ。ほら、この髪飾りも、アルジャーノン様が贈ってくださいましたの」

 ティアははにかみながら指先でそっとそれに触れた。淡いピンク色の貴石と真珠を組み合わせて花束を象った、可愛らしい髪飾りだ。内陸国のゼノヴァンには珍しい、真珠をふんだんにあしらったそれは、確かに異国の香りがする品だ。
 が、ソフィアは納得しなかった。むしろ眦が避けんばかりに両目を見開いた。

 「それは、あのイベントの・・・!!――返しなさいよ!!泥棒!!」

 意味不明のことを喚くとソフィアは狂った猫のようにティアに飛びかかった。しかし背後に控えていた侍女がすかさず前に出て軽く少女をいなし、後ろ手にしてひとまず持っていたリボンで腕を縛る。
 ソフィアは手足をばたつかせて足掻きながら、なおも唾を飛ばして喚き散らす。

 「返せ!この泥棒女!!それはヒロインの私がアルジャーノン様のご寵愛の証として戴くものよ!?人の物を取って恥ずかしくないの!!この卑怯者!!」

 ますます意味不明の罵倒を受けながらもティアは冷静だった。軽く小首をかしげて問う。

 「あなたがご寵愛を求めているのは、我が国の王太子殿下では無くて?」

 これは少女の心の琴線のどこかに触れたらしい。顔色をほとんどどす黒く染め上げてソフィアは叫んだ。

 「そんなわけないでしょう!?あんなの、アルジャーノン様に逢うためだけの、単なる道具よ!!隠しキャラのアルジャーノン様に逢うためには逆ハーエンドにしなきゃならないんだから!!」

 ティアは目を細めると、もう話すこともないと言いたげに表情を閉ざした。そこにすかさず侍女が少女に無理やり布をかませる。んー、んー、となおも何かを訴えながら、ソフィアは従僕たちによって引きずられていった。

 可哀想なのは王太子である。
 若者はすっかりふぬけたように座り込んでいた。かつて凛々しい覇気に満ちていた美貌からは表情が抜け落ち、一気に老けたように見えた。
 気持ちはわかる。愛し合ったと思っていた人は、何がどうしてそうなったのかはわからないが、異国の皇帝の寵を求めていただけだという。
 何より彼を、何の躊躇もなく言い切って見せたのだ。道具、と。
 これを屈辱と言わずしてなんというのか。
 本来なら怒りに震えるべき場面なのに、その気力すら浮かばないらしい。
 王族としてそうすべきなのに、そう彼もわかっているはずなのに、若者はもはや抜け殻のようにただただ膝をついていた。

 そんな王太子に、ちょっとかがんで視線を合わせ、ティアは笑った。
 まるで花がほころぶように、無邪気に嗤った。

 「このようなこと、私が言うべきでもないでしょうが、言わせていただきますわ。
 早急に、ソフィアさんとの関係を清算なさることをお勧めいたします」




 ゼノヴァン王国で一人の年若い娘が処刑された。娘はカルバン帝国皇帝、アルジャーノン・デ・ソレス・カルバンの婚約者、ティア・フォティを害そうとしたらしい。
 現行犯ということで裁判すらなく、直ちに娘は処刑され、実家の男爵家は取りつぶしとなった。
 当然である。フォティ公爵令嬢は今や国内に複数いる王子たちよりもはるかに貴重な貴人――すなわち、皇帝の寵姫であり正妃となるべき唯一の人なのだから。

 それから数か月後。
 王太子は自ら継承権を返上した。
 明確な理由は明かされていない。ただ、本人が自身は国王の器ではないからと頑なに固辞したらしい。
 新たに立太子された第二王子がその後賢王と呼ばれるようになってからは、そんな彼の判断は英断とほめそやされることになったものだが。
 第一王子は伯爵位と王家直轄だった領地をもらい受け、穏やかな生活を領民にもたらしたという。
 ただ、彼は妻を娶らず、彼の死後はその地は再び王家直轄となったのだった。



 



アルジャーノン(隠しキャラ)は、逆ハーの後、ヒロインが皇帝を招いた舞踏会で出会う攻略対象。そしてそこで一目ぼれされて皇后に、と乞われる。逆ハーメンズたちは嫉妬しつつも結局愛するヒロインの幸せのために彼女が皇后になれるよう力添えする、というストーリーでした。
読んでいただき、ありがとうございました。深夜テンションなのでもしかしたら手直しするかもです・・・。
11/17 手直ししました。日刊恋愛ランキング15位、ありがとうございます!

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