『こっちは晴れてるけど、すごく寒いです』
携帯のメール送信ボタンを押す。
ベランダにあるラベンダーが風に揺れている。薄紫が空の色に映える。
窓辺で床に寝転んだ私。網戸から容赦なく吹き込む氷みたいな風が、澄んで頭をすっきりさせる。
最近目が悪くなった。遠くに居る人達の顔がぼやける。
着信音が鳴る。
悠樹の得意な歌。いつもカラオケで歌う。
ボタンを押す。焦らなくてもメールは逃げないのに、何故か待ちきれず堪えきれない。
いつも。
『そうなの?風邪引かないようにね。奈都はすぐ病気するんだから。俺のとこはいつも寒いよ。もう氷が張ってる。さすがだよね』
私は微笑んで、またメールを打ち始める。
テレビはいつもみたいに交通事故や人殺しのニュースを流している。耳にゆっくり、それらはBGMになって空気を揺らす。
風が大きな音を立て始めた。木枯らし。どこかで枯葉が舞うのが分かる。
空が突き抜けるように青い。こんな日はいい。空と私の距離を、まるですぐそこに手が届くぐらいに感じられる。
だけど手を伸ばしてみたら、それはただ空を切るだけだった。
頭にあの時の光景が浮かぶ。
真っ赤な色に向かって、たくさんのカラスが飛んでた。
授業中、時々みんなが私を見ている。背中がソワソワするから分かる。みんなの顔ぼやけているから、どんな表情しているのか分からないけど。
ごく穏やかな毎日。
私はノートをまとめるのが得意。一文字ずつ丁寧に書く。悠樹は、私の字が好きだと言った。美味しそうだ、と。だから私の字はきっと美味しいのだろうと思う。
昼休みにメールを打つ。
『みんな、なんであんなに楽しそうに食べてるのかなぁ?自分の事ばっかり話してるよ。みんな他人のことには興味が無いみたい。』
送信ボタンを押す。
お弁当の蓋を開けたけど、箸箱は開けない。
もうすぐ文化祭だなぁ、と思う。廊下を行き交う学生達。もうマフラーをしている。先生達も時折行き過ぎる。教室は暖かい。出ると温度差で鼻が熱くなるから、ずっと教室に居る。座ってる。
机の上で携帯のバイブが震えた。
『奈都。みんな寂しいんだよ。みんな知ってほしいんだよ。でも奈都には俺が居るから、大丈夫だよ』
私の横を通り過ぎた生徒が、ちらりと振り返っている。
私は仕方なく箸箱を開ける。
学校から帰る。曇り空が街をどんよりと湿らせる。雨が降る前、蛙の死体の匂いがするといつも思う。だけど私がそう思っているものは、実は違う何かの匂いかもしれない。歩きながらメールを打つ。
『悠樹。今日悠樹の家に遊びに行ってもいい?ねぇ、雨が降りそうだよ』
すぐに返事が帰って来る。
『駄目だよ。雨が降りそうだから。今日は真っ直ぐ家に帰って。奈都は奈都の家のリビングで、雨の音を聞きながら昼寝をして』
悠樹の家には行かれないと分かっていたので、さほど落胆しない。
言われた通り、今日はリビングで雨を感じよう。
もう降り出しそう。
蛙の匂いがする。
リビングで眠っていると、悠樹が出てきた。
夢の中で悠樹は物凄く大袈裟に感情を表現していた。どうしたものかと思っていたら、文化祭の劇に出ているようだった。安っぽい衣装を着て、安っぽい短剣を片手に。まるで子供騙しな。小学生の学芸会みたいな。
目が覚めたら頬が冷たかった。毛布一枚だけでは、体が芯まですっかり冷えてしまった。
悠樹は文化祭になんか行かないよ。そんなしょうもない事、悠樹はしないんだ。だって悠樹は今、すごく忙しいんだよ。
『悠樹。夢に出てきたよ。今何してるの?雨が止んだね。ベランダのラベンダーが濡れてるよ』
台所から、ママが私を呼ぶ。なんだか面倒臭い。ママが言いたいことはもう分かってる。
『俺は文化祭なんて出ないよ。興味が無いから。奈都も行かないよね。その日はずっとメールしていようか』
悠樹は、私がメールするとすぐ返事をくれる。私のことを全部分かってるんだ。だってもう随分と色々な話をしたもの。最近会えないけど、大丈夫。
少し垂れ気味な優しい瞳。すっと美しい鼻筋。薄い色の髪。優しくて華奢な指先。骨張った肩の感触。全部私に染みついているから。大丈夫だよ?
ママは近頃冷たい。戸惑ってるのだと思う。私をガラスか何かだと思ってるのかな?教室のみんなもそうだよ。触ったって、話しかけたって、私壊れたりしないよ?
真夜中の散歩。雨に濡れた地面が街灯に反射する。猫一匹居ない。なんか、そこの角から悠樹が出てくる気がする。
ホワイトチョコレート。二人の好物。喉が焼けるように甘い。
『悠樹。近頃食べてないよ。なんでかな。辛いんだ』
ケータイの画面が、暗闇に薄ぼんやりした光を放つ。
寒さが背骨を軋ませる。耳が痛い。
着信音。
『食べていいんだよ?』
なんでそんなこと言うの?
食べられないよ。
ケータイを胸に抱きしめる。目をつむる。瞼にチカチカとアルミ色の粒が走り抜けていく。沢山。
気付いたら、もう角を曲がり終えていた。
ペンキの匂い。文化祭の準備が始まったんだ。みんなザワザワしている。高校生活最後のザワザワ。
私、文化祭には出ない。だって悠樹が出ないって言ったから。私が出る必要もない。
『悠樹。今、すごくうちに帰りたいよ。だって、なんだか私サボってるみたいなの』
苦しくなって、メールを打つ。
携帯はすぐに震える。
『帰ろう。帰ろうよ。俺がメールしててあげる。怖くないよ?』
一年前の冬休み。悠樹が悠樹のおばあちゃんの家に連れて行ってくれた。おばあちゃんの家はこの街から電車で一時間ぐらいのところにあった。田舎に親戚の居ない私は、山とか田んぼのある場所に行くのが初めてだった。
「もうすぐ夕日があの山に落ちるんだ。夕日が隠れきる瞬間、絶対にみてなよ」
田んぼの畦道に私達はつっ立ってその瞬間を見守った。息を殺して。私は決して見逃すまいと、一秒も目をそらさなかった。
「悠樹」
「何?」
二人とも山の方を見つめたまま。
多分悠樹の顔が夕日に照らされてさぞ綺麗だったのだろうけど。その時の私は真っ直ぐ向こうを向いていた。
「夕日って、太陽だよね?なんで夕方になると赤くなるのかなぁ?」
数えきれない程のカラスが山のてっぺんに向かって飛んでいく。そのシルエットは、夕日にかきけされないようにとがむしゃらに黒く見える。
「奈都。太陽は沢山の色を出してるんだよ。でも色には強いやつと弱いやつがあって。太陽が地球から離れていくと、弱い色がここまで届かなくなるんだ。赤は強いから、今ここに届いてるんだよ」
悠樹はいつでも私に分かりやすく説明してくれる。
知らぬ間に悠樹の冷たい手が私の手に重なっている。
「じゃぁ。夜になるとどの色も届かないの?だから真っ暗になるのかな?」
「そう」
もうすぐ落ちる。
山の先端に僅かな光が乱反射している。
「赤色が黒色に負けるんじゃないの?」
あ。もう消える。
「分からない。負けるのかな?」
気付いたらリビングのソファーで眠っていた。制服を着たまま。
ママが私の横に座っている。
「なっちゃん」
私は目をこする。夢と現実が、まだはっきりしない。
「…ママ?」
「なっちゃん、ご飯食べなさい」
ママの顔はぼやけているから、よく分からない。
「泣くなとは言わないから」
「もう泣くなよ」
悠樹が少し呆れたように言った。
「頼むから」
つい一ヶ月前の事だ。
私は悠樹の胸に顔を埋めて子供みたいに泣いていた。悠樹の服の匂い。悠樹の家の洗剤の匂い。
「…悠樹。嫌だよ」
「もう決めたんだ」
「嫌だ…」
子供をあやすように私の背中をポンポン叩く。
「悠樹なんか、嫌いだよ」
それから私達は一度も会わなかった。
中学生の頃。私は手紙を書くのが好きだったから、悠樹によくあげた。
悠樹は字を書くのが嫌いだったし、読んでからわざわざ返事を言いに来た。だけど、
「手紙なんて書かなくても口で言えばすむのに」なんて一度も言わなかった。
時々自転車に乗せてもらって学校から帰った。私はそれがすごく好きだった。
「手紙、読んだ?」
悠樹の背中。温かかった。指先は冷たいのに。
「読んだ。うまそうだったから食べた」
私は目を細めてその後ろ姿を見つめる。大人になりかけの背中。
「返事は?」
「うーん。いいよ」
「ほんと?絶対約束だよ」
「分かったって。嘘はさっきので最後」
そう言って悠樹は、ポケットから私のあげた手紙を取り出し片手でひらひらと振ってみせた。
――絶対嘘をつかないでね。私も絶対つかない。ずっと。約束してくれる?
悠樹は約束を守った。一度も嘘をつかなかった。何か私に悪いことをした時にも、絶対に隠さなかった。
文化祭。私、なんで来たんだろう。
体育館に並べられたパイプ椅子。隅っこの方に座る。
辺りを見回す。
可能性が、無くはない。居るかもしれない。
『悠樹。来ちゃった。私』
すぐに返事が返って来る。
『俺を探してるの?』
すぐに返信する。
『そう。でも人が沢山いるから。難しいかもしれない』
ザワザワ。舞台の幕が開く。吹奏楽部の演奏が始まる。
『無理に見付けなくてもいいじゃないか。メールをしよう』
トランペットが目立つルパン三世のテーマ。
『会いたいよ。悠樹』
一ヶ月前のあの日。
「遠いところにある大学に行くんだ」
勇樹が突然言った。
頭が真っ白になった。
「遠いって?どこ?」
「北海道」
腹がたって涙が出た。
悠樹は
「しょうがない」
を繰り返した。
何がしょうがないだ。ふざけるな。私を捨てるの?もう五年も一緒に居るのに。
「ごめん。奈都」
だけど。ほんとに仕方がないんだと分かった。
だって私達は一度も約束しなかった。
ずっと一緒に居ようと。だから悠樹が約束を破った訳じゃない。嘘をついた訳じゃない。
文化祭が終わった。あっけなく、色々なものが片付けられていく。
時折、私の方を指差して何か話している人が居る。顔は見えない。
『悠樹。今から悠樹の家に行くよ。会いに行くよ』
返事は来なかった。
「奈都。俺、今日レギュラーになったんだ」
悠樹は部屋にある新品のサッカーボールを片手の指でくるくる回している。
高校生になった年の夏のことだった。
「うそ。ほんとに?」
心がはずむ。
「ほんとに」
悠樹の顔に、隠しきれない嬉しさがにじむ。はにかんだような表情。
誇らしい、私の悠樹。
「すごいじゃない。二年生でもベンチに座ってる人がたくさんいるのに」
悠樹の横顔が美しい。鋭くて、強くて。
悠樹が大人になるのを私はずっと見てきたんだ。そう思うと、涙が溢れるぐらいに切ない。
愛しい。愛しい悠樹。ぎゅっと抱きしめる。細くて大きな体。
もっともっと強く抱き締めて、悠樹の中に重なれたらいいのに。
どんなにくっついていたって、胸が苦しくて切ないよ。
「奈都。痛いよ」悠樹が笑う。
「うん。おめでとう」
悠樹。どんな時でもしなやかで。いつでも輝いている。
疲れ知らずのその手で、その足で、私を何処へでも連れていってくれる。頼みなんかしなくたって、私の中は悠樹でいっぱいだよ。
「奈都」
「ん?」
「観に来てくれる?」
私の髪をゆっくり撫でる。
「観に行くよ」
その次の週の試合で、悠樹はたくさんゴールを決めた。
悠樹は風みたいに走って、時に顔いっぱいに笑った。
「奈都。奈都が居てくれたら何も怖くないよ。奈都。だから、どんな時でも俺のとこに居てよ。それだけで、俺は全部受け入れられる。約束して。奈都が笑ってくれたら怖くないよ。どんな怖い状況に居たって、奈都が居たら、見ててくれたらそれでいいよ」
悠樹の家に来るのはすごく久しぶりだった。おばさんが笑顔で迎えてくれる。
「なっちゃん。久しぶりねぇ」
いつものおばさんだ。紅茶を入れてくれた。
ひどく安心する。私は台所の椅子に腰かけて、それをすすった。
「なっちゃん」
「はい」
呼ぶだけ呼んで、おばさんは黙り込んでしまった。
「おばさん。私、悠樹に会いに来たの」
おばさんは少しだけ泣きそうな顔で微笑んで、
「ありがとう」
と言った。
仏間で悠樹が笑っている。
「おばさん…」
「なっちゃん。お葬式に来なかったから。心配してたのよ」
おばさんの頬に涙がつたう。
「なっちゃんが来てくれて、悠樹も喜んでるわ」
線香の匂いが充満した部屋。
黒い枠の中に入った悠樹が笑っている。
久しぶりに悠樹の顔を見た。
「おばさん。違います。私は悠樹に会いに来たんです」
「なっちゃん…」
「悠樹は死んでませんよ。今でも私、メールしてるんです。ほら、これ見て下さい」
携帯をポケットから取り出す。画面に『新着メール一件』と出ている。
「ほら。また来てる」
急いで受信ボックスを開く。
「ね?おばさん。見て」
おばさんの目の前に携帯をつきだす。
「…なっちゃん」
おばさんは声を上げて泣き出してしまった。
「なんで泣くんですか?悠樹どこに居るんですか?会わせて下さい。会いたいんです」
声が震えた。
「…なっちゃん。悠樹は死んだの。なっちゃん…」
おばさんは私に抱きついてずっと泣いた。
私は立ち上る線香の煙の中に悠樹が笑っているのをぼんやりと眺めていた。
帰りにおばさんが手紙をくれた。「渡そうか、どうしようか迷ってたの」
ちゃんと家に帰ってから読んでね、と言う。
帰り道。夕日が眩しかった。だけど山なんてどこにも無くて、あるのはビルとアーケードと煙突だけだった。私は死人みたいに何の感情も持たずに歩いていた。
横を二人乗りの自転車が走り抜けていく。思わず振り返る。
今のは私と悠樹ではなかったか。
リビングで手紙を開いた。
悠樹の字だ。
驚く。
悠樹は手紙を書くのが嫌いだったのに。
――奈都へ。
どうして奈都はそんなに泣くのかな?北海道なんて、飛行機で一時間だよ。すぐに来られる。
遊びに来ればいいじゃないか。
北海道は自然がたくさんで、きっと、ばぁちゃんちの田舎よりずっとずっと夕日が綺麗だよ。
俺もまだ見たことがないけど。
奈都に見せてあげたいな。
でも、奈都は俺がこの街から居なくなったら、またたくさんたくさん泣くんだと思う。でも、俺は行くよ。
奈都を泣かせたくて行くんじゃないのは、分かるよね?
奈都。寂しくなった時はばぁちゃんの田舎で見た夕日を思い出して。
赤色は強いから。
多分ずっと届くよ。
夜が来て真っ暗になっても、次の日には赤色がまた届くよ。
奈都がメールの返事くれないから、手紙書いちゃったよ。
初めてだな。
奈都。笑った顔見せて。
俺が行く前に。
奈都の笑顔はきっと、どんな遠くに居ても思い出せるから。
そしたら俺、強くなれるから。
俺が行くまであと六ヶ月。
それまで奈都の笑った顔たくさん見せて。
そしたら、奈都がこの街で笑った時、北海道まで届くから。
もうずっと会ってないね。
明日は一緒に帰ろう。
久しぶりに後ろに乗せてやるよ。
悠樹より――
目がぼやける。本当に目が悪くなったのかな。目の前の文字も読めないなんて。
悠樹。悠樹。悠樹。
会いたいよ。
携帯を開く。
『悠樹。早く会いに来て。私もう死にそうだよ』
返事がすぐに返ってくる。
『次のあて先へのメッセージはエラーのため送信できませんでした。
送信先メールアドレスが見つからないか、送信先メールサーバの事由により送信できませんでした。メールアドレスをご確認の上、再送信してください。』
愕然とした。
悠樹。なんで?
受信ボックスを開く。
そこにあるメールは全部同じ文章だった。
『次のあて先へのメッセージはエラーのため送信できませんでした――』
そんなはずないよ。
なんで?
何度も何度もそれらを確認した。昨日のも、一昨日のも。
だけど、悠樹からのメールは一通も無かった。
真夜中の散歩。猫一匹居ない。悠樹が死んだあの日から、私は少しおかしくなっていたようだ。
――悠樹は北海道に行ったんだ。ちょっと早めに。だから会えないんだよ。だけど北海道から、いつもメールをくれるんだ――
目を覚ませ、と氷のような風が鋭く体を突き抜ける。
冬になったな、と思う。悠樹の葬式に行かなかったのは、見たくなかったからだ。
なのに、まるで今そこで見てきたみたいにその光景が頭に浮かぶ。
棺桶に横たわる悠樹。きっと手を伸ばしたら触れた。骨張った肩に。
だけど笑ってくれない。動いてくれない。
悠樹に会いたい。
私。このままだと死んでしまうよ。
どこにも悠樹が居ないよ。
この世界のどこにも居ないよ。
ここは真っ暗だよ。街灯もない。
赤い光が届かないよ。
悠樹の嘘つき。
私まだ後ろに乗せてもらってないよ。
北海道の夕日見てないよ。
悠樹。
「悠樹…」
地面にしゃがみこんで泣いた。
私の目の前がぼやけていたのは、目が悪くなったせいじゃなかった。
「悠樹。悠樹。悠樹」
冷たい手のひらに、熱い涙がポタポタと落ちる。
「奈都」
はっとして顔を上げた。
「…悠樹?」
悠樹が立っていた。
あぁ。いつもの悠樹だ。
「奈都。泣かないでよ。頼むから」
しゃがみこんで私を抱きしめる。
洗剤の匂い。
「悠樹…」
私の背中をポンポンと叩いている。
「奈都。奈都を泣かせたくて行くんじゃないのは、分かるよね?」
私は声をあげて泣いた。子供みたいに。
「奈都。夜が来て真っ暗になっても、次の日にはまた赤色が届くよ」
目が覚めたらベッドの上にいた。病院らしい。
点滴の管が手にくっついている。
「…なっちゃん」
ママが泣いていた。
「夜中に道で倒れてたのよ…ママ、心配したのよ?」
大きな窓から夕日が見える。
眩しい。
部屋の全部が。壁もベッドもカーテンも点滴の管も。全部薄い赤色に染まっている。
「…ママ」
「何?」
「なんか書くものちょうだい」
――悠樹へ
手紙ありがとう。
悠樹の最後の時に会いに行けなかったこと、ごめんなさい。
怖かっただろうね。
焼かれたくなかったよね。
熱かったよね。
見ててあげられなくて、ごめんね。
約束したのに。
守れなかったね。
書きたいことがたくさんあるよ。だけど、なんかいろんな事が頭に浮かんでうまく書けないんだ。
今夕日が私の手を赤く染めてるよ。
笑うから、見ててくれる?
奈都より―― |