百花繚乱
【しばらくお休みぺこりです。また、逢う日まで】
ミチのポップも暫くは見納めです。
今日は、ぺこりの最終日です。
店先には、残り少ない花と訪れてくれた人へのプレゼントとしてダークピンクのバラが大量に置かれています。
ダークピンクのバラの花言葉は【感謝】です。
朝から、ぺこりを贔屓にしてくれたお客さんが、ひっきりなしに訪れては「いつから再開するの?」と聞いてくれます。
そして、僕には「しばらくどうするの?」と尋ねられます。
また、ネットカフェで再開を待つわけにもいかないし、そろそろ将来のことも考えなくてはいけません。
だけど、未だに将来の夢や計画は浮かびません。
夕方には、残っていた花もすべて売り切れダークピンクのバラも残りが少なくなりましたが、夜のお得意様のために店の灯りは消さずにいます。
冷蔵庫にも店先にも花の無くなったぺこりは、空っぽのおもちゃ箱のようにモノ足りません。
店長と和美さんは、奥の休憩室で残ったリボンや化粧箱の整理をし僕とミチはネオンだけが目立つ街を見ながら店先を通る顔見知りにバラと感謝の気持ちを渡します。
「キクは、明日からどうするの」
ミチが街を見ながら、改めて僕に尋ねました。
「とりあえず、実家に帰るよ。寝るところもないしね」
「もう、この街には戻ってこないの」
「決めてない。ミチは?」
「私は、出席日数がかなり怪しいから、ぺこりが再開するまでは真面目に学校に行くよ。
再開したら、またぺこりでバイトさせてもらう」
「その先は?高校を卒業した後はどうするの」
「決めてないよ。ずっとぺこりでバイトしているかもしれないし」
「ミチは、花が好きだからね。僕も好きだけど、ずっと花屋のバイトって訳にもね」
「もうキクと働けないのかな」
「分からないね。何も決めてないから。
実家に帰ったら、自分が何をしたいのか考えるよ」
「そうだね。キクもキクの夢を見つけないとね」
「子供の頃から何をやっても長続きしないし特技も無かったから、やりたいことも見つからなかったなあ。
高校を卒業するときも、何がしたいか分からないままにフリーターになっちゃったしね」
「キクはいいヤツだから、頑張れば何でもできるよ」
「そうだといいけどね」
僕達は、時々通り過ぎる馴染みのホステスさんや居酒屋のバイト君にダークピンクのバラを渡してお別れの挨拶をしました。
「私の家には花を飾ったこともないし花壇も無かったの。だから、ぺこりでバイトを始め頃はいつも余った花を持って帰って食卓に飾ってた。
食卓に花があれば口もきかなくなっていた両親も、少しは仲良くなるんじゃないかなって。
でも、私が飾ったんじゃダメなんだよね。
今は、自分の部屋にいつも花を絶やさないようにしてるんだ。
私にとってぺこりが本当の家でみんなが家族みたいな気がしてるんだ」
僕は話を聞きながら気がつくとミチの手を握っていました。
握った右手の薬指には、僕が買える精一杯の指輪がぎこちなくされています。
誕生日に僕がミチに贈った、クローバーのトップがついた安物の指輪。
恋人でもないのに指輪なんて変だけど、それしか思いつかなかった。
サイズも分からなくて買ったブカブカの指輪が、ミチのバイトでカサカサになった指に居心地悪そうにされているのを僕は自分の左手で確かめました。
「そうだ!ちょっと待ってて」そう言って僕は街に走って行きました。
「これで、思い切りポップを書こう」
そう言って、僕は閉まりかかったホームセンターから買ってきた「赤」「黄」「青」「緑」のペンキの缶をミチに見せました。
エステサロンもオーナーの妊娠で一時閉店することになり、他の得体の知れない会社も全て引越しは終わっています。
中国人の由さんも先週にはアメリカに行ってしまいました。
この古い壊れかかったビルには、ペコリだけです。
「よーし、やるかー」
ミチは元気な声を出してペンキの缶を僕から取り上げ、ビルの壁やペコリのショーウインドに花を描き始めました。
真っ赤なバラ
青いバラ
黄色いバラ。
それから、思いつくままに色んな花を描きました。
僕はミチの後を追いかけてペンキを渡したり、梯子を持ったりとミチ画伯の助手を寒い冬の夜なのに汗をかきながらしました。
「キク!梯子をグラグラさせないでよ」
「ハイ、ハイ」
「キク!青のペンキ」
「ハイ、ハイ」
「キク!喉が渇いたからコーラ」
「ハイ、ハイ」
「キク!」「キク!」「キク!」
「ミチ!」「ミチ!」「ミチ!」
途中から、店長も和美さんも加わって僕達は手も服も顔もペンキだらけにしながら夜が明けるまでペイントをしていました。
朝日に照らされたぺこりはペイントの花が咲き乱れた別世界です。
ここで出会った人達も、この店先で起こった出来事もまるで夢だったのではないかと思ってしまいます。
横に立ってぺこりを眺めているミチも店長も和美さんも、夢の世界から僕に逢いに来てくれたような気がします。
僕は、確かめるように右隣のミチの手を握ってみました。
冬の寒さに冷たくなった手。
店長も和美さんの手を握っています。
僕は左手をそっと和美さんに近づけて手を繋ぎました。
横一列に手を繋いだ僕達の目の前には、太陽に向かって咲く大きなひまわりが四本描かれています。
【また、逢おうね!フラワーショップ ぺこり】
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