お別れのたんぽぽ
【お誕生会のためぺこりの夜はお休みよ〜ん】
ぺこりの夜?
どんな夜?
今日は、良子さんのお誕生会を恋人のイタリアンレストランで行います。
実は、僕たちぺこりにとっても大切なパーティーなのです。
「さあ、そろそろ着替えて行かないと。ミチちゃんとキクちゃんは受付なのだからね」
和美さんが、ミチを手招きしています。
「いいよ。このままで」ミチは和美さんが持って来てくれたドレスに着替えるのを昨日から嫌がっていました。
確かに、ミチにドレスって想像もつきません。
宇宙戦隊のコスプレなら、なんとなく想像もつくのですが。
「なによ」ミチが怒ったように赤い顔をして出てきました。
黒のロングドレスからのぞく黒いストッキングの足は、いつもの擦り傷を隠して綺麗です。
頼りなく細い紐だけが掛かった肩は白く透明で、その先に続く首はアップにされた髪で露になっています。
洗練されたスタイルの良い大人の女の人ではないですが、少し太い足も首も僕にはとても眩しくてミチが僕の知らない人になった気がします。
「笑うなよ」ミチは、まだ怒っています。
「さあ、次はキクちゃんの番よ」
今度は店長が僕を手招きします。
怖いです。
僕は、店長が友達から借りてきた黒のタキシードです。
絶対にミチは笑うだろうな。
「キク。ぷぷぷっ」やっぱり笑った。
かくして、僕とミチは似合わない格好でイタリアンレストランの入口に作った受付でお客様に紙で作った黄色いタンポポの胸飾りを渡します。
このタンポポもミチの手作りです。
「いらっしゃいませ」最初に来たのは紋付袴姿の松の湯のお爺さんです。
「今日は、ミチちゃんの祝言だってね」
次は、エステサロンの美人オーナーと恋人のオジサンが手をつないで入って来ました。
「今日は、キクちゃんの成人のお祝いでしょ」
「今日は、春のお祝い会ですね」
僕の隣の部屋に住んでいる中国人留学生の由さんです。
「誰かの婚約パーテイーって聞いたけど」
景気よく入ってきたのは、老舗和菓子屋の若旦那と恋人の美人ホステス美津子さんです。
美津子さんの左の薬指には、小さなダイヤの指輪が輝いています。
「かわいいタンポポの飾りね」
背の高い綺麗な女性(男性?)は、京介さんです。会社の同僚と楽しそうにおしゃべりをしながら入って来ました。
「誰の歓迎会?」
なぜだか、黒縁メガネをかけてやって来たのは「酔いどれ姫」の愛称をもつ売れないホステスの麻衣さんと麻衣さんに勉強を教えている弁護士の龍太郎さんです。
「カクテルを作りに来ましたよ」
これまた、「エロ男爵」と呼ばれる謎の老バーテンダーまで登場です。
「お待たせ!お待たせ!」
最後に来たのは、「駅長」のあだ名で愛されている鉄道写真が好きな写真屋のご隠居さんです。
「えー本日は、晴天なり晴天なり」
店長がバラの花をマイク代わりにして司会を始めました。
「今日は、ここのオーナーシェフ、健一さんの恋人である良子さんの誕生日会に多数の方にお集まり頂き誠にありがとうございます
皆様の胸に付けましたタンポポの花言葉は、【飾り気のない】であります。
飾り気のない良子さん、そしてここにお集まりの皆様の健康と幸福を祈念して乾杯をしたいと思います
乾杯の音頭は、松の湯さんにお願いします」
「どうも、ご使命に預かりました松の湯のジジイです。今日は、誕生会ということで・・・」
急に指名されたので、その後の言葉が出ません。
「・・・・ここに幸あれ!乾杯」
苦し紛れにもほどがあります。
こうして、男爵の作る美味しいカクテルと健一さんの絶品イタリアンを食べながら楽しいパーテイーは始まりました。
店のあちらこちらで、大きな笑い声が聞こえています。
「では、こへから誕生日プレゼントを渡しまふ」
いつの間にか、コップの中がコーラからピンクのカクテルに変わってしまってミチが呂律の回らない舌で叫びました。
「では、健ちゃんよろしく」
健一さんを健ちゃん呼ばわり!
「良子ちゃんと僕の思い出のアジサイをプレゼントします
きっと良子ちゃんは忘れてしまったろうけど」
健一さんは、ブリザーブドのアジサイを良子さんに手渡しました。
「アジサイの安全ピンね」
「キスしてキス」
カメラを構えた駅長さんに囃子たてられて、二人はふざけた様にキスをしました。
店の中は大はしゃぎです。
「ではでは、ここで更にお目出度いことを発表させて頂きます」
店長が、バラのマイクを手に店中に響き渡る声で言います。
「まず、エステサロンのオーナーが年甲斐もなく御懐妊です」
店の中は「おー」、「ほー」「イエイ」などなど意味の分からない歓声が飛んでいます。
「次に中国から勉強に来ていた由くんは、アメリカでの就職が決まりました!拍手!」
由さんは、ペコペコとお辞儀をしています。
「和菓子屋の若旦那は、ついに美津子さんを口説きおとして婚約の運びとなりました!」
若旦那はしきりに頭を掻いています。
「京ちゃんは、お友達と会計事務所を独立します。みなさん、宜しくお願いしますね」
京ちゃんが、みんなに小さく手を振ります。
「酔いどれ姫の麻衣さんは、放送大学の学生として現在猛勉強中です。将来は、絶対に正義の弁護士になってくれることでしょう」
麻衣さんは、龍太郎さんの顔を見て笑っています。
「エロ男爵も駅長も松の湯さんもまだまだ元気です」
店長は、老人たちへの気配りも忘れません。
「そして、フラワーショップ ぺこりは休業いたします」
一気に会場は静まりかえりました。
「この度、ビルの老朽化により取り壊しが決定いたしまいた。
この町の、あの場所で始まったフラワーショップ ぺこりは、しばしの休業となります。
必ず、またこの町で再開をいたします」
そうです。この話を聞いたのはつい最近で、最後まで店長は反対をしていたそうですが危険な建物で営業する訳にもいきません。
店の中は、また色んな話題で賑やかになりました。
僕は騒がしい人の中を掻き分けて、店の隅でボーとしているミチに近づきました。
「今日は、ミチの誕生日でしょう」
そう言って僕は、ミチの手に小さな箱を握らせました。
「なんで知ってるの」
「携帯のアドレスがkawaii・michichan-***@doremo.ne.jpだからね」
(***は数字です。個人情報保護のため***としました)
「誰も憶えてないと思ってた。親だって憶えてないもん」
「ミチちゃん、お誕生日おめでとう」
店長が僕たちの傍に来てミチに小さな袋を渡しました
「ミチちゃん、おめでとう」
和美さんも笑顔で、可愛くラッピングされた箱をミチに渡します。
「なんで?なんでみんな知ってるの」
「アドレスを交換した時から、プレゼントは決めていたのよ。ねえ〜。」
店長が和美さんを見ながら言いました。
「さあ、まだまだ飲むわよ。ミチちゃんは泣き上戸ね」
店長が、ミチの頭を抱えて言いました。
もう少しで、優しい人達との別れです。
みんなの胸についたタンポポには【別離】という花言葉もあります。
|