自信に満ちたクロッカス
【ペコリの花を東南に】
ミチ。風水?
金運アップなの?
適当なことを言っているとドクター・コパに怒られるぞ!
ドーター・コパだって黙ちゃいないよ。
朝からペコリの店先は賑やかです。プラカードを持った男性5人が駅の方から来たかと思っていたら、駅員さんと女性も後から来て言い争いをしています。
『女性専用車両反対!男女差別をなくそう』
プラカードの文字は、力強い楷書体です。
「女性専用車両は女性を弱いものとして差別している。公共の乗物で性差別があるのは違法じゃないのか」一人の男性が、駅員さんに文句を言っています。
「しかしですね。女性を痴漢被害から守る手段として・・・」
駅員さんは、女性達に連れてこられたらしく後ろにいる女性達の顔色を伺いながらプラカードの男性に説明しています。
男性の団体は、中年から初老のスーツを着たサラリーマン風、女性達は20代から40代ぐらいのOL風です。
どちらも朝の通勤ラッシュにイライラしている人達のようです。
「男性の痴漢が多いから、こんなことになるのよ。私たちだって自分の降りやすい車両に安心して乗りたいわ」
20代の女性が目を吊り上げて抗議しています。
「痴漢の問題と性差別の問題は別!」他の男性が女性に文句を言います。
「男性だって、痴漢と間違われるのは嫌でしょう」40代の女性がカン高い声で言い返します。
僕はジョーロを持ったまま、その光景をアングリと口を開けて見ています。
「あいや、御両者」何を思ったかミチが両手を広げて仲裁に入りました。
えー?ミチに何か意見があるの?
満員電車どころか学校にもまともに行かないくせに。
「あなたの気持ちも分かる。
そして、あなたの意見も分かる
しかし、お互いに我慢してこそ明るい社会が築けます。
さあ、この花たちを見なさい。
木瓜の花だって青く咲きたかったかもしれない。
ヒマワリだって冬に咲きたかったかもしれない。
それでも、我慢して木瓜は赤い実を、ヒマワリは汗が吹き出る真夏に咲いています。
どうか、皆さんも我慢して美しい花を咲かせようではありませんか」
ミチの言っていることは、さっぱり分かりません。
ただ、自信に満ちた態度とお坊さんの説教のような抑揚に誰もが黙って聞いています。
「とりあえず、駅長室で代表者の方の話を伺います」
駅員さんは、皆があっけに取られた隙に上手くこの場を沈めることに成功したようです。
男性団体の一人と、女性の中で一番意見を言っていた人が駅員さんについて駅に戻りました。
「みなさん分かってくれたようですね」
ミチは満足気に残った人達を見回しますが、誰ひとりミチの方は向いていない気がするのですが。
「さて、今日も良いことをしたな」
ミチはひと仕事終えたぞ。という感じで早くも休憩室に入ってしまいます。
まだ、朝の仕事が残っているよ。
クロッカスを店先に並べるのも僕の仕事?
「クロッカスですね」
これまたサラリーマン風の若い男性が僕に話しかけて来ました。
今日は、サラリーマンさんに縁があるのでしょうか。
「さっきの人達は、どうなったのでしょう」
男性は、今まで騒いでいた女性専用車両事件に興味があるようです。
「いや、駅員さんが駅に連れて行きましたよ」
僕は変なことを聞く男性に警戒心たっぷりに答えました。
「待てい!」ミチがスカートを翻して飛び出して来ました。
「貴殿は、婦女子を恐怖に陥いれる痴漢の三五郎だな」
ミチは、大見得を切って男性の前に立ちはだかります。
「え?三五郎?」男性は呆気に取られたように自分のことを指差しました。
「女性専用車両の次第によっては、自らの欲望を満たさんとする極悪人!」
ミチは完全に三五郎さんを痴漢と決めつけます。
しかも、三五郎という名前じゃないと思う。
確かに、爽やかな好青年には見えない青白い顔に寝癖のついたボサボサ髪は怪しげな雰囲気と言えば、言えます。
「トー」久々に見たミチのとび蹴りです。
そして、久々に見たパンツ丸見えです。
「すいません。時々、おかしくなるのですけど、決して悪いヤツじゃないのです」
僕は、奥の休憩室でひたすら平謝りです。
オデコを擦りむいた男性は、絆創膏の上を指でなぞりながら苦笑しています。
男性は、冬人さんと言う、ごく普通のサラリーマンでプラカードの一団が気になってついて来てしまったそうです。
冬人さんは、ついて来た中にイリコさんという密かに恋焦がれている女性が居たそうです。
口も利いたこともないのですが改札で友達がイリコと呼んでいたのを聞いただけなのでどんな字を書くのかも分からないそうです。
僕は、勝手に頭の中で伊里子さんと変換してしまったのですが。
冬人さんは、女性専用車両が出来るまでは伊里子さんと同じ車両に乗っていたそうです。
その車両が二人の乗り換えに便利なのです。
冬人さんは、明るく友人と話をしている日に焼けたショートカットの伊里子さんを見ていると元気がでて会社に行く励みになっていたそうです。
向こうも、冬人さんがチラチラと見つめていることに気がついていたようなのです。
だから、女性車両問題で伊里子さんがついて行った時は自分が見つめていることで不愉快な気持ちにさせていたのではないかと気になったそうです。
「そりゃ、そうですとも。見知らぬ青白い男にジロジロ見られたら誰だって気持ち悪いですよ」
ミチは冤罪で飛び蹴りをした上に言葉の暴力まで振るいます。
「やっぱり」男性はうな垂れて擦りむいたオデコを机にぶつけてしまいました。
「そんなこと・・・・」僕は男性の冴えない風体をみると、そこから先の言葉が小さくなってしまいました。
「男らしく玉砕しなさい。そして、キッパリと諦めて違う電車に乗りなさい」
ミチは冬人さんが振られることを前提に話をしています。
しかも、二度と会うなとまで言っています。
僕は、そこまでは言えない。
「こんにちは、かわいいクロッカスね」
店先で聞き覚えのある女性の声がしました。
ぺこりの上の階でエステサロンをしているオーナーです。
「おー!良いところに、お見えになった」ミチは時代劇風にオーナーに近づいて行きます。
何故か時々時代劇風になるのは前世の記憶でしょうか。
ミチは、コソコソとオーナーに耳打ちをしています。
「OKですよ」オーナーはニッコリと男性に微笑みます。
それから、冬人さんは会社が終わるとエステサロンに通うようになりました。
しかも朝はランニングと筋トレをペコリの前でやらされています。
2週間も経つと、青白いひ弱な青年が元気な好青年に変身です。髪型もボサボサやる気なしスタイルからイマドキ風になりました。
喋り方も立ち振る舞いも、なんだか自信に満ちています。
上のエステは凄い!
「そろそろ、告白だね」ミチはクロッカスの小さな花束を冬人さんに渡して言いました。
「はい」冬人さんは、自信に満ちた笑顔で花束を受け取ります。
「クロッカスの花言葉は【あなたを待っています】素敵でしょう」
エステサロンのオーナーも小さく拍手をして冬人さんを送り出してくれました。
「冬人さんは、カッコ良くなりましたね。さすが、エステシャン」
僕はオーナーに言いました。
「彼が一番変わったのは自信。私はその手助けを少ししただけよ」
オーナーは冬人さんの背中に軽く手を振ります。
振り向いた冬人さんを、冬の柔らかい朝の日差しが包んでいます。
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