未確認生物スノードロップ
【ぺこりの花で夢と希望を】
誰も絶望してないから。
いったい誰を慰めたいんだよ〜。
久しぶりにミチが学校に行きました。
平和で静かな朝の始まりです。
僕は平穏な一日の始まりを満喫しています。
そんな僕の幸せは長くは続きません。
やはり。
「キク〜真面目に働いているかぁ〜」遠くからミチが手を振りながら帰ってきました。
「これを見てよ」ミチが店に着くなり僕に片方だけのイヤリングを見せるのです。
白い雨粒のような、雪の雫のようなイヤリングは、公園のベンチに落ちていたそうです。
「これは、卵鳥の忘れものなんだよ」ミチが訳の解らないことを言います。
「タマゴドリの忘れ物なのだね」僕は、ミチの意味不明な話には慣れてしまったので特に詳しく聞きたいとは思いません。
「痛ぃっ」僕の返事が気に入らなかったらしいミチは最近得意の後回し蹴という高度な技を僕の鳩尾に見事にヒットさせます。
「真っ白な卵に真っ白な羽が生えた鳥がカレーパンを食べる私の目の前を飛び去って雲の中に消えたんだよ」ミチは下手な絵を描いて僕に説明してくれます。
僕とミチが不思議な生き物についてアレコレと話をしていると、ハーブの簡単缶詰栽培セットを買いに来た小学生の和夫くんがミチの絵を見て「ヒヨタマだー」と叫びました。
どうやら、ミチの見た未確認生物は最近、この辺によく出没して泣いている小学生の肩に止まっては「笑った方がいいよ」と囁いて飛び去るそうです。
ヒヨコなのかタマゴなのか分からない形から小学生の間では『ヒヨタマ』と呼ばれているそうです。
しかも、その姿は小学生にしか見えなかったのです。ミチ以外は。
和夫くんが、帰った後に僕はミチにイヤリングのあった場所に連れていかれました。
「ここから、パタパタ、パタパタって飛び出してきてんだよ」ミチの指差す先は白く小さい花が咲く小さな花壇の奥です。
花の名前はスノードロップ。
ミチの拾ったイヤリングによく似た可愛い花です。
「なんで、こんな所にイヤリングが落ちていたんだろうね」僕は、不思議生物のことより公園の花壇にイヤリングが落ちる場面の方が興味をそそられます。
いったい、どんな女性が?
どのようにして?
想像は膨らみます。
ミチが不思議生物の謎に取り組み、僕が落ちたイヤリングの空想に浸っていると、色白の髪の長い女の子が黒い瞳に涙をためて後に立っていました。
「どうしたの」ミチは女の子に視線を合わせるように、かがみ込んで尋ねました。
「イヤリング。イヤリングを無くしたの」女の子は黒い瞳に涙を溜めながら言いました。
「これ?」ミチは掌を女の子の前に出してイヤリング見せました。
「うん」
「学校は?」ミチに言われる筋合いはないような気がしますが。
女の子は、黙っています。
女の子は美優ちゃんと言う近くの小学校に通う5年生です。
「だめだよ。学校をサボっているとロクな大人になれないよ」だからミチ、君に言う資格は無いって。今日だって早引きだろう。
「今日だけ。今日じゃなきゃダメなの」美優ちゃんは、許しを得るようにミチに手を合わせます。
美優ちゃんには、マークくんと言う恋人がいるそうです。本人が恋人と言うのですから恋人です。
マークくんは、運動の出来る活発な黒人の男の子でバスケットボール部のポイントゲッターです。
でも、5年生になってからは、大好きだったバスケットボールもやめてしまい、休み時間にも校庭に出なくなりました。
「黒人だからバスケが上手い」、「黒人だから・・・黒人だから」マークくんが何かをするたびに心無いクラスメートから、からかわれ喧嘩になれば皆がマークくんの敵になって囃子立てる。
目立てば目立つほど、活躍すればするほど意地悪になるクラスメート。
友達とも話をしなくなり笑顔が少しずつ消えていったのです。
そんなマークくんの恋人である美優ちゃんにも心無い言葉が、投げつけられます。
それでも、3年生の時に病気で長い間学校に行けなくなり治って登校した時にクラスのみんなに馴染めなかった美優ちゃんを校庭に誘ってくれたり、音楽室の移動に連れて行ってくれたりしたマークくんの恋人をやめることなんて出来ません。
なによりマークくんが大好きなのですから。
そんなマークくんが今日で転校になります。
家でも塞ぎ込むマークくんを見かねた両親が、外国で育った子供の多い学校に転校させるために引越しをすることにしたのです。
ふたりは永遠の愛を誓い。
その証として美優ちゃんの一番大切にしているイヤリングの片方をマークくんにあげる約束をしたのです。
でも、待ち合わせた、この場所にマークくんは来ませんでした。
一時間待っても二時間待っても来ませんでした。
スノードロップの咲く、この場所に。
【希望】という花言葉を持つ白い小さな雪の雫の咲く、この場所に。
待ちくたびれた美優ちゃんは、イヤリングを片方だけスノードロップの中に隠して帰ったのですが、諦めきれずに戻ってきたのです。
「来れない理由があったんだね」ミチはイヤリングを美優ちゃんの右の耳につけてあげました。
「あ!ヒヨタマ」ミチがつけた右の肩に向かって美優ちゃんが言いました。
「どこから来たんだ」ミチも美優ちゃんの右肩に向かって話かけています。
僕には何も見えません。
「行こう」ミチは美優ちゃんの手を引っ張って駆け出しました。
僕も二人の後を追いながら走りました。
僕達が辿り着いたのは小学校の校庭です。
校舎から、お母さんと一緒に出てくる天然パーマの男の子がマークくんのようです。
美優ちゃんは、一歩づつマークくんに近づきます。
マークくんは、美優ちゃんに向かって走って来ます。
二人は校庭の真ん中で出会いました。
「ごめんね。
家を抜け出す時にお母さんに見つかって、学校の友達にお別れを言いに連れて来られたんだ。
友達なんて美優ちゃんしかいないのに」マークくんは、オロオロしながら美優ちゃんに謝りました。
「いいの・・・・」美優ちゃんは、そう言って右耳に付けていたイヤリングを外しマーク君に差し出しました。
美優ちゃんの言った
「いいの」の後の言葉はすごく小さくて僕には聞こえませんでした。
マークくんは聞こえたのでしょうか
きっとマークくんの心には届いたはずです。
「ヒヨタマが雲に消えていくよ」ミチが空を見上げて言いました。
僕には見えない
「ヒヨタマ」は希望という星から来た未確認生物かスノードロップの妖精なんでしょう。
青空に浮かんだ大きな白い雲を見ながら、不思議と今は素直にそう思えます。
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