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フラワーショップ ぺこり
作:晴天



夕霧に消えるカサブランカ


【ぺこりの花で華やかな毎日を演出】

ミチ。今日は貸衣装屋さんか?しかも、しかもキラキラ目の女の子の絵はなんだ!?
もしも、自画像と言うのなら僕も黙っていないぞ。
いや、何も言いません。



今日のペコリはユリの香りで充満しています。注文されたカサブランカの甘い香りで頭がクラクラします。
華やかな席に良く使われる真っ白なユリは、気品ある姿と香りが魅力です。

「キク。オシベを切り落として」ミチがカサブランカを渡して僕に命令します。

「オシベを切り落とすの?」僕が分からないのを知っていて意地悪を言うのです。

「そうだよ。ユリはオシベを切り落とさないと花粉が舞うからね。キクのオシベも役に立たないから切り落としましょうか」ミチはニヤニヤと生花鋏を僕の股間に向けてきます。

「これから、充分に役に立つの!」僕の方が赤面していまします。

確かに今のところトイレでしか役には立っていません。
これから大活躍をする予定でいるのですから、生花鋏で切られる訳にはいきません。


「カサブランカ!時の過ぎ行くままに」店長がなんだか分らないことを言ってモデル歩きで近づいて来ました。

「店長、腰の調子でも悪いんですか?」僕は思わず聞いてしました。

「キクちゃんに気障なオトコのカッコ良さが分らないのね。ミチちゃん、鋏で切っていいわよ」店長まで僕の股間を指差します。

「古い映画の主題歌なんてキクちゃんには分らないわよ。
これから、たくさん使うのだから大事にしなきゃね」和美さんまで僕の股間を指差すことは無いでしょう。

「カサブランカはユリの女王と言われているのよ。花言葉は【高貴】。
なんだか近寄り難いわよね」店長は、カサブランカに花を近づけ過ぎて鼻の頭に受粉しています。

「こんにちは、カサブランカの花束は出来てますか」注文主の登場です。

背の高い髪を七三に分けた30台半ばの男性は、近所の法律事務所で弁護士をしている龍太郎さんです。

いつもより上等なスーツを着た龍太郎さんは、嬉しそうにぺこりの中に入って来ました。

「すいません。今作りますから、お茶でも飲んで待っていて下さい」店長はそそくさと龍太郎さんの腕を取って奥に連れ込みます。

「カサブランカなんて気品溢れる花を誰にプレゼントするの?」店長は大きな身体を龍太郎さんに、すり寄せるようにして座りました。

「麻衣さんですよ。ホステスの麻衣さん」龍太郎さんは、店長から離れるように座り直して言いました。


麻衣さんは酒に弱いホステスさんで昼間はおとなしい人なのですが、夜になると横暴な姫と化してしまうのです。
僕達は密かに『酔いどれ姫』と呼んでいます。

酔いどれ姫は、ホステスさんなのに口下手で酒乱気味ですから人気は、イマイチです。



「麻衣さんが、酔っ払って客に怪我をさせたことがあったのですよ。
腕にあざが出来る程度の軽い怪我だったのですが、客があまりに大騒ぎしたものだから警察が来て事件になってしまったんです。

客にも問題があって嫌がる麻衣さんに無理矢理キスをしようとして逆襲にあったんですから。
前から店でも評判の良くない客だったようです。」

その事件の弁護人を龍太郎さんがすることになり何度か麻衣さんと話すうちに、ある相談を受けたそうです。


「私でも弁護士になれますか?今の仕事は向いてないのは分かっているし、弁護士になって私みたいに夜の仕事で理不尽な思いをしている女の相談に乗ってあげたいのです」

熱心に話をする麻依さんに龍太郎さんは、
「難しいし時間もかかるので諦めなさい」とは言えなかったそうです。

それから二人で、大学受験の猛勉強が始まりました。

朝の6時に事務所に来て、前日の復習とその日の宿題を龍太郎さんが出します。
夕方の6時に来て宿題を添削して、また宿題を持って帰ります。
夜はホステスさんの仕事が終わってから、また勉強です。

深夜の2時には龍太郎さんが電話をして酔っ払ってないか確認するそうです。
3ヶ月の間に酔いどれ姫に変身していたのは、1度だけだったそうです。


「今日も1時間は勉強した?」龍太郎さんの電話に「はあ?誰に言っているの?私は天才なのだから勉強なんかしないわよ」そう言って酔いどれ姫は電話を切ってしまったそうです。

龍太郎さんは、約束を守れなかった麻衣さんに対する腹立たしさと無理をさせた自分への後悔で眠れなかったそうです。
寝ずに考えた答えは、受験を諦めて自分の事務所で事務員として働いてもらうこと。


翌朝、目を腫らして来た麻衣さんに事務員として働くことを提案すると、「ごめんなさい。もう一度勉強を教えて下さい。私は弁護士になりたいのです」そう言って洋服が汚れることも気にせずに土下座をしたそうです。

顔を上げた麻衣さんの目には、涙ではなく「NO」と言わせない威厳さえ感じさせる力強いさがあったそうです。

それから、二人の受験勉強は今まで以上に熱心に行われ、龍太郎さんが麻衣さんを怒鳴りつけたのも1度や2度ではなかったそうです。




「そして見事に合格したのですね」僕は自分のことのようにハラハラした気持ちで聞きました。

「残念ながら受験は失敗しました。頑張ったのですが、時間が足らなかったかな」


「で、裁判は無罪でしょう?」ミチが自分のことのように聞くのが不思議です。

「無罪にはなりませんでした。過失傷害といって示談で済ますことが出来ましたけど。お金は払いましたよ」


「そんな」僕とミチは声を揃えて言いました。


「麻衣さんは散々な目にあったからこそ、『酔いどれ姫』から脱出できたのですよ。

受験には失敗したけどホステスを続けながら放送大学に進み弁護士を目指す道を自分で探して来ました。

今日は、麻衣さんの働いている店で入学祝をしてくれるのです。
最初は馬鹿にしていたホステス仲間も、みんな麻衣さんの頑張りを認めてくれたのですね」

そう言ってカサブランカを片手にぺこりを出て行く龍太郎さんに、店長が呼びかけました。

「カサブランカを渡すときには決めゼリフを言うのよ」

「『君の瞳に乾杯』ですね」龍太郎さんは僕たちにウインクをして夕霧の中に消えて行きました。







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